炙り出されたのはだーれだ?
イクゥ国使節団の送別の宴が開かれる日。
私とお姉ちゃんは、衣装などすべての準備をガシェ王国の方で行った。
今回はガシェ王国の正装ではなく、ライナス帝国の衣装を着せられたんだけど……。
「ネマもカーナもとても綺麗だよ!」
輝青宮へ向かう私たちをお見送りに来たパパンが、眩しいものを見るかのように目を細め、なんならちょっと目を潤ませながらベタ褒めしてくる。
「ネマは、聖獣様たちからいただいた玉は全部身につけているね?」
「うん、大丈夫!」
ラース君の腕輪は服に隠れているので見えないし、ディーのストラップはベルトの中に隠してある。ユーシェのブローチはどこにつけようか悩み抜いた結果、胸元につけることにした。まぁ、そこが一番無難だよね。
「宴が終わったら、すぐに帰ってくるように」
送別の宴で、獣王様に協力していた人物が見つかっても、見つからなくても、私たちはガシェ王国に戻るよう言われている。
獣王様は問題ないとしても、賊ではない使節団の人たちが味方とは限らないからね。
彼らがイクゥ国に帰り、捕まっている人たちの処遇が決まるまでは、ガシェ王国にいた方がいいだろうって。
「やはり今からでもお願いして、私も宴に参加した方が……」
パパンがそんなことを言い始めたので、これは早く宮殿に行った方がよさそうだ。
「お父様がいないと、皆様が困ってしまいますわ。それに、いざというときにお父様がいなかったら、誰が指揮を執るのですか?」
お姉ちゃんもそう思ったのか、パパンを思い留まらせようとする。
この国の宰相職は、王様に次ぐ権限を持つ。
身分としてなら王様の次は王太子なんだけど、状況によっては王太子よりも権限が強くなることがあるのだ。
「宮殿には守ってくれる人がたくさんいるし、おとう様は王宮にいてくれた方が私も安心だな」
お姉ちゃんと私の説得により、パパンは渋々、本当に不満たっぷりって顔をして引き下がった。
「では、お父様。行ってまいります」
「いってきまーす!」
転移魔法陣が発動し、輝青宮へ飛んだ。
宮殿の転移魔法陣の部屋にはすでにクレイさんとアイセさんがいた。
予定の時間より少し早いが、クレイさんが女性を待たせるのはダメだと、アイセさんを引っ張ってきたらしい。
クレイさんは早めにきて正解だったろって、アイセさんにドヤ顔していた。
「これ、ネマにお土産」
控え室に移動して各々寛ぎ始めた頃、アイセさんが何かの瓶詰めをテーブルの上に置く。
「アイセ様、どこかに行ってたの?」
歓迎の宴のときにはいたので、そのまま宮殿に留まっているとばかり思っていた。
どこのお土産なのか教えてくれないまま、謎の瓶詰めの蓋を開けるアイセさん。
瓶の中身をお皿に移して、フォークをつけて私の前に……。
見た目は白くてまん丸で、お団子みたいだ。漬けてあるシロップみたいなのが甘いのか、ほのかに漂ってくる香りも甘い。
一口で食べるには大きいので、フォークで半分にしようとしたら、ツゥルンッとお皿の上で逃げられた。
何度やっても逃げられるので、フォークをぶすっと突き刺して口元へ。
一口分、前歯で噛み切ろうとしたら……グニュッとしたなんとも言えない食感、じゅわっとしみ出る液体。それが舌に触れた瞬間、襲いかかる衝撃の甘さっ!!
あまりの衝撃に手からフォークが落ちる。
「ゔぁぁぁ……」
なんとか噛み切ったものの飲み込めず、口も閉じるに閉じられず、唾液が溜まる一方で。
まるで毒を盛られた被害者のように、体をこわばらせて苦しむ。
口から唾液が溢れそうになって、なんとか飲み込むも、襲ってくる甘さに再び悶えた。
甘さが歯にしみるってこういうことかぁぁぁ!!
「あ゛あ゛あ゛あ゛……」
ゾンビのような声にかぶさるように、誰かの笑い声が響く。
「ひぃ、腹痛い……」
お腹を抱えてあははと大笑いするアイセさん。
笑ってないで助けろっ!
アイセさんの笑い声で、ようやく事態に気づいたお姉ちゃんとクレイさんがこちらにやってきた。
「アイセ!何をした……って、これはテタスのクルヌブ漬けじゃないか!?」
クレイさんの叫びを聞きながら、お姉ちゃんが差し出してきたお皿に口の中のものを吐き出す。
お水も渡されたので、勢いよく飲んで口の中を洗い流した。
……それでも口の中が甘いぃぃぃ。
宴が始まってもないのに、すでにげっそり疲れた。
てかアイセさん!いつまで笑ってんの!!
「ネマなら面白い反応をしてくれると思ったけど、予想以上だった!」
笑いが止まらないアイセさんは、まさに悪戯が成功して喜ぶ悪ガキ。
お腹がお水でたぽんたぽんになったところで、ようやく口の中が落ち着いた。
「これは本当に食べられるものなのですか?」
お姉ちゃんは怪訝そうに瓶を見つめる。
ラベルには、テタス名物クルヌブと書かれていた。
「これはテタス領に古くからあるお菓子で、ヌブクという甘い実の粉を練って、クルというひたすら甘い花の蜜で長時間低温で茹でたものだ」
クルの蜜とヌブクの実でクルヌブ。わかりやすいね。
「食べられないくらい甘いのはおかしい!」
甘いもの大好きな私でも無理だったんだよ?これを食べきれる人いないでしょ!
「あー、テタスの郷土料理は全部甘い。地元民にとって、甘味はこれくらい甘いのが美味しいらしい」
なんと、味覚崩壊を起こしている地域があるとは……。
その領の環境が糖分ないと生きていけないとかなのかな?どんな環境ならそうなるのか、ちょっと想像できないけど。
「お土産として大人気なんだけどな」
アイセさん、それ、怖いもの見たさ的な、ネタとしての人気だよ!
私は食べられないけど、食べ物を粗末にするのもよくないので、このお菓子は白たちにあげよう。スライムならゲロ甘でも気にせず食べるはず。
控え室でだいぶのんびりしているけど、すでに会場には招待された貴族たちが集まっているらしい。
のんびりしていていいのか聞いたら、陛下が皇族は時間を置いてくるように指示があったと教えてくれた。
これも炙り出し作戦のうちなのかな?
ようやく会場に入場するようにと侍従が伝えにきて、アイセさんのエスコートで宴が開催される広間に向かう。
会場は、歓迎の宴をやった広間とは別の部屋だった。会場にいる貴族の数も、前回よりちょっと少ないかなって感じだけど、会場が狭いからそう感じるのかも。
高座の配置も変わっていて、前回は右に皇族、左に使節団だったが、今回は使節団はおらず、皇族とそのペアが並んで座るようになっている。
皇族の顔ぶれも減っており、ダオとマーリエは参加が許可されておらず、マーリエ父もいない。ルイさんはまた、獣王様をエスコートして入場すると思われる。
送別の宴なのに、送別するイクゥ国の使節団の姿がないことに、出席している貴族たちは困惑しているみたい。
その証拠に、皇族が入場しても会場はざわめいたままだ。
陛下の入場が告げられて、ようやく会場は静かになる。
礼をして、陛下のお言葉を待つ。
「皆、面を上げよ」
お許しが出たので姿勢を戻し、陛下の方を向いた。
ちょっと顔色がよくないけど、相変わらず、獣王様は美しい……。
挨拶もできないまま獣王様が帰ってしまったら、ダオとマーリエは悲しむだろうなぁ。
洗脳されて仕方がなかった部分があるとはいえ、陛下が獣王様を子供たちに近づけないようにするのも理解できる。
楽しかった時間は本物だから、二人が獣王様の目的を知ったら裏切られたような気持ちを抱くかもしれない。
それなら獣王様とは会わずに、遊んでくれた優しい人として思い出にした方がいいと思う。
ダオとマーリエに思いを馳せていたら、獣王様の隣にいる人に気づくのが遅くなった。
なぜか、マーリエ父が獣王様をエスコートしている。
「ルイ様じゃない?」
思わず呟いてしまったら、アイセさんがこっそり耳打ちしてくれた。
ルイさんは、捕らえた使節団の処遇を交渉するために、イクゥ国に行っていると。
それで、代打としてマーリエ父がエスコートすることになったらしい。
マーリエ父が獣王様をエスコートするからという理由で、マーリエ母とマーリエの参加を免除した。……ということになっているそうだ。
ダオのパートナーもいなくなるのでダオも欠席。
テオさんの婚約者候補さんの姿もなく、テオさんはエリザさんをエスコートしていた。
国賓扱いされているとはいえ、皇族の中に他国の貴族がいるのは目立つ。
ライナス帝国の衣装を着せられたのも、この場で少しでも目立たないようにするためだったようだ。
「急なことではあるが、イクゥ国の使節団が帰国することとなった。すでに帰国の途についている者もいるが、獣王には無理を言ってこの宴に参加していただいている。別れは惜しいが、楽しい時間にしようではないか」
陛下の言葉が終わると、今度は獣王様が一歩前に出る。
「皆には申し訳ない。残りわずかではあるが、よろしく頼む」
覇気のない声だったが、それがかえって帰国を惜しんでいるように聞こえる。
獣王様とマーリエ父のダンスで宴が始まった。
「ネマも踊るか?」
アイセさんが踊っている二人を見つめながら聞いてきた。
「身長差で無様なことになりそうだからやめておきます!」
アイセさんの身長なら、お兄ちゃんやヴィのときみたいにはならないと思うけど、それでも優雅に踊れる身長差ではない。
「確かに。僕もこんな歳で腰を痛めたくないな」
アイセさんは私を見下ろして笑う。
まったく失礼な!
アイセさんを無視して、参加している貴族たちを見渡す。
総帥さんを発見したけど、総帥さんの周りは大人の獣人ばかり。
歓迎の宴では、ミーティアちゃんやルネリュースの妹さんといった年下の子たちも参加していたから、総帥さんの息子さんがいないかなって、ほんのちょっと期待してたんだけどなぁ。
さすがにまだ四歳の幼児は連れてきたりしないか。
そのとき、見覚えのあるクマの耳が目に飛び込んできた。
あの灰色がかった珍しい色はラックさんでは!?
獣王様の協力者を探すために、貴族のふりをさせられていたりする??
ラックさんの側には美人なお姉様がいるけど、たぶん赤のフラーダにいた人だ。
他のメンバーも参加者に紛れているのかと探していると、フラーダの面々ではなくヘリオス伯爵を見つけた。
男装の麗人にしか出せない格好よさを、今日も振り撒いているな。
ヘリオス伯爵の周りは、同年代の若者で集まっているようだ。
ヘリオス家に連なるお家の者たちなのかな?
ただ、ルティーさんの姿がない……。
陛下は間違いなくルティーさんを招待している。
もしかして、陛下がもう捕まえちゃった!?
陛下を見やるも、陛下は感情の読めない表情で会場を眺めていた。
なんの変化もなく宴は進んでいき、獣王様が高座に戻ってきた。
たくさんの人としゃべったから、ちょっと休憩のようだ。
「ヘリオス伯爵を呼べ」
いよいよ陛下が動き出す。
警衛隊員が会場からヘリオス伯爵を探し出し、高座の前まで連れてきた。
「フランティーナ・ヘリオス、御前に参りました」
「そなたに早く知らせてやろうと思ってな。例の物の正式名称が決まった」
何を言うのかと思ったら、それ!?トロッコもどきの正式名称を今言うの??
「例の物と申しますと、ド……ロスラン計画の移動手段のものでしょうか?」
ヘリオス伯爵、ドワーフ計画って言いそうになったけど、獣王様がいるから言い直したな。
というか、獣王様がいる前で正式名称言っちゃっていいのかな?獣王様、トロッコもどきのこと知ってんだっけ?
ライナス帝国内では、ロスラン計画やそれに付随する計画のことは部分的に公表されている。
トロッコもどきに関しては、貴族向けの説明会をやったので、イクゥ国が調べようとすれば情報の入手はできると思う。
トロッコもどきの話題が出ても、獣王様に変化はない。一生懸命知らないふりをしていたりする?
「あぁ。正式名称は魔動列車に決まった」
少しだけざわめきが起きた。
陛下の声が届く範囲にいた人たちは、しっかり聞き耳を立てていたようだ。
「それは素晴らしいです。名称が決まれば、領民たちもより親近感を覚えてくれるでしょう」
ヘリオス伯爵は嬉しそうに笑みを浮かべた。
ヘリオス領では、ロスラン計画を不安視する声があるらしい。
まぁ、新たな政策は慣れるまで不満の声が上がりやすいと聞くが、ヘリオス伯爵はイクゥ国の難民を受け入れているので、治安の悪化などを心配する領民も多いのだろう。
今回、イクゥ国の使節団が問題を起こさなければ、友好国の人たちとして難民の見る目が変わっていたかもしれないだけに残念だ。
「魔動列車って、ネマが考えたのか?」
アイセさんが質問してきた。
「違うよ。オスフェの研究所のみんなが決めたの」
そのとき、ジャラッという聞き慣れない音がした気がして、会場の方を向いた。
ぐいっと体を持ち上げられる感覚と謎の浮遊感。
「噴射」
アイセさんが何か呟くと、浮遊感よりも空気抵抗だか加速度だかの力の方が強くなる。
「うぇぇぇ!?アイセさぁぁぁん??」
アイセさんに荷物のように脇に抱えられ、アイセさんの靴から物凄い勢いの風が吹き出しているのが見えた。
床から数メートルも跳ぶのは人間には無理なので、あの靴は魔道具かなにかだろうか?
眼下ではヘリオス伯爵が私たちを見上げており、その口元は不自然なほど口角が上がっている。
彼女の足元がほのかに光り始めると、どこからともなく袋がいくつも投げ込まれた。
そのうちの一つから中身がこぼれる。そこそこの大きさがある魔石がコロコロと床を転がる。
アイセさんはそれらの袋を踏まないよう、ヘリオス伯爵の隣に着地して……。
「テルフビリュフ・アーベラ」
ヘリオス伯爵が何かを唱える。
私には、その言葉の意味はわからなかった。エルフ族の名前のように、馴染みのない発音だったし。
それとは別に、馴染みのあるキラキラが出現したことで、転移魔法が発動したことを知る。
「ちょっとぉぉ!!」
私の叫び声は虚しく、キラキラの中に消えていった。
どこに連れていくのさー!!
ネフェルティマ・オスフェ、人生三度目の誘拐です!!




