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閑話 ある酒場にて。(赤のフラーダ視点)

ライナス帝国の帝都には、有名な職人街がある。

すべての組合本部が軒を連ねるその一角では『ここで揃わぬものはエルフの森の中』と謳われるほど、様々なものが売り買いされていた。

毎日多くの冒険者が次の依頼に必要な道具を揃え、毎日多くの職人が最高の材料を求めてやってくる。

そして、人が集まるところには、多くの飲食店や娯楽店も集まるのだ。

そんな職人街の片隅に、ある酒場があった。

異国出身の店主が作る料理が美味いと、獣人の間では有名なその店は、店主もまた獣人で、人間だけでの利用を断っている。


「ラックがいてぇよかったわぁ」


「ほんと!私たちだけじゃ入れないものねー」


楽しそうに献立表を覗いているのは、赤のフラーダの女性たち、セイラとシャーリンだった。

どこからかこの店の評判を聞きつけ、仲間で氷熊(ひゆう)族のラックが入れば利用できると、無理やり彼を誘ったのだ。

ラックは自分一人では二人のお守りはできないと、他の仲間に助けを求めたが、受け入れてくれたのは一人だけ。

フラーダの長であるユーガは、獣人だらけの店内を興味深く眺めていた。

どの席の獣人たちも会話が盛り上がっており、時折、どっと笑い声が上がる。


「どこも獣王様の話題で持ちきりねぇ」


「獣王様って、そんなに凄い方なの?」


シャーリンの問いに、ラックはどう説明していいものかと悩む。

獣王が何か凄いことを成したとかではなく、信仰や崇拝とも異なる、獣人としての拠り所、象徴のようなものだからだ。


「私にとっての女神様みたいなものかしら?」


シャーリンは自分に当てはめて考えてみた。

治癒術師である自分は女神様あってのものだし、治癒魔法が使えなかったとしても、女神様を信仰し心の拠り所としただろうと。


「そういうんじゃねーんだよなぁ。いなくてもいいけど、いると安心するっつーか……」


上手く表現できずに、頭を抱えながら考え込むラックを見て、ユーガが思わずといった様子で呟いた。


「……なんだか父親のことみたいだな?」


ラックは自分の父親を思い浮かべる。

幼い頃はほとんど家にいなかった父親。猟に出ては、夜寝るだけに帰ってくるだけ。時には数日留守にすることもあった。

大きくなった今では、あの寒さが厳しい山で妻と子を食わせるために必死だったのだとわかっている。

母親がいないと困るが、父親が家にいなくて困った記憶はない。しかし、いるとそれはそれで安心する。

ユーガの言葉に、納得したラックだった。


「今の獣王様はぁ、女性らしいわよ」


「獣王は一番強い奴がなると聞いていたが、女性とはすげぇな!」


(ゆう)族の兄さん、今代の獣王様が(ほう)族だって知らないのかい?」


ラックたちの会話に、隣の席の男が割り込んできた。


「わりぃな。俺は氷熊族なんでな」


ラックがそう返すと、割り込んできた男はあぁと納得する。

熊族は基本、大陸中に散らばっているが、氷熊族だけは寒い地域に集中しているからだ。

ラックのように冒険者となって各地を転々としていても、長く居住するとなれば寒い地域を好んで選ぶ。

暖かい気候のイクゥ国からは遠いので、獣王様の詳細を知らないもの当然だと思われたのだ。


「いいか、兄さん方。鵬族っていうのはなぁ……」


鵬族の祖となる動物には名称がない。なぜなら、創造の神が愛でるためだけに創った動物だからである。

創造の神は、その動物に世界の色をまとわせた。

赤、青、黄、緑と、創造の神が持つ白と黒。その鮮やかな色合いで空を舞う姿は、神の目を楽しませた。

創造の神は、その動物に美しい声を与えた。その楽器を奏でているかのような鳴き声に、神は聞き入った。

創造の神は、その動物に番を創った。ひとりでは淋しいだろうと、その動物と同じ姿の生き物を。そして、いつまでも一緒にいられるようにした。

神が創りし大陸では、獣人同士が争っていた。

他の種族は獣人同士の争いには見向きもせず、ただ獣人だけがたくさん女神のもとへ旅立った。

獣人は神に願う。この争いを止めるために、獣人が安全に暮らせる国と誰よりも強い王が欲しいと。

獣人を憐れに思った神は告げる。

国はそこにある。お前たちには王を授けよう――と。

神から授かったのは二つの卵。

獣人たちはその卵を大切に、そして創造の神が愛でた動物の獣人が産まれた。

創造の神の目を楽しませた色合いをまとい、創造の神が聞き入った声を持ち、どの獣人よりも強い、男女の獣王が。

獣王は、鳥の翼を持つ王・鵬族と呼ばれるようになった。


「こうして、獣人だけの国ができたってわけさ。まぁ、今のイクゥには人も交じってはいるがな」


酔いもあってか、割り込んできた男は饒舌(じょうぜつ)だ。

イクゥ国に伝わる獣王の伝承を朗々と語り、今の獣王はその鵬族なのだと誇らしそうに胸を張る。


「じゃあ、男性の獣王様もいらっしゃるのね?」


シャーリンの言う通り、伝承が確かならば、獣王は男女ともに生まれるはずだ。


「いや、今代は女性の獣王様だけしかお生まれになっていないそうだ」


それを聞いてラックは不思議に思った。雄がいない種族なんてありえるのかと。

同じようにセイラも疑問に思った。伝承では、必ず男女の対で授けられることになっているのにと。

割り込んできた男は酒を重ね、獣王様の凄さを語り満足したのか、ふらふらとした足取りで店を出ていった。


「なんか不思議なお話だったけど、それよりお料理をいただきましょう?」


「そうだな」


運ばれてきた異国の料理に手を伸ばし、それぞれ感想を言い合いながら皿を空にしていく。

セイラとシャーリンはまだまだいけると、追加の料理を頼み、ラックとユーガは珍しい異国の酒を頼んだ。

そのとき、店内に風が吹いた。

それを感じたのはラックだけだったが、彼はさほど気にしなかった。この店内には鳥の獣人もいるのだから、うっかり翼を動かしたのだろうと。

それにしては、翼の音はしなかったのだが。


『彼は見つけられませんでした』


ふいに、女性の声が聞こえた。

セイラでも、シャーリンのものでもない声が。

ラックは無意識に耳を動かして声の方向を探る。


『監視も厳しくなるでしょうから、これ以上は……』


再び捉えた女性の声。ラックはそれとなく視線をやり、一瞬だけ確かめる。

指先で仲間に合図を出し、小さな声で問う。


「セイラの斜め向かいにいる鳥の獣人の会話が聞こえるか?」


「さすがにぃわたしたちには無理よ」


ラックにはあれだけはっきり聞こえているのだから、セイラたちにも微かでも聞こえているだろうと思っていた。


『仕方ない。彼は諦めよう』


別の人物の声がした。

女性のようでもあり、男性のようでもある、判別しにくい声だった。


『そんなっ!』


会話の内容からして、仲間が捕まり、どうにか救出できないか探っている感じだ。

それを仲間たちに伝えるラック。


「地下にでもぉ閉じ込められているのかしら?」


犯罪者が入る監獄でない限り、鳥の獣人がいれば救出は成功率が高い。たとえそれが室内であっても、屋根や外壁を壊して救出したり、一撃離脱で敵を混乱させて、その間に別の仲間が救出したりと、作戦の幅が広がるからだ。

しかし、救出目標が地下にいては、鳥の獣人の能力が活かせないので、成功率は下がる。


『あのネマという子供をさらって、彼と交換してもらいましょう?』


『愛し子には手を出すな。まだあの子をお迎えする準備は整っていない』


わずかに感じた殺気と知っている名前が会話の中に出てきたことで、ラックは動揺を隠すために拳を強く握った。

それを見たセイラたちも、さりげなく周囲を警戒する。


「あいつら、ネマ様をさらう相談をしてやがる」


それを告げて、ラックは会話を聞きとることに集中した。

鳥の獣人の方は、仲間を取り返すことに執着しているようだ。もう一人に諌められても、他の方法を模索しようとしている。

対するもう一人の方は、こちらの方が立場が上なのだろう。捕えられた仲間を切り捨てることに迷いがない。


『彼はわたしの(つがい)だ!なぜ助けてくれない!?』


鳥の獣人がなぜ必死だったのか。それは、自分の番を救うためだった。

これにはラックも同情する。

氷熊族はそこまで番への執着が強い方ではないが、(ろう)族など番への愛情が深すぎる種族の、その執着ゆえの悲劇はいつの時代にもあるからだ。


『静かにしろ。彼がお前と繋がっていると知られると、ますます彼の命が危うくなるが?』


胸くそ悪いと、ラックは心の中で悪態をつく。

ラックの厳つい形相がどんどん怖くなっていくのを見て、セイラたちは普通の会話を織り交ぜながら打ち合わせを行っていた。


「どうしましょうかねぇ」


「ユーガのお酒、一口もらいますね。あの方たち、何者でしょうか?」


「貴族だろ。それ、強いから一口だけだぞ」


ユーガの直感は、あの鳥の獣人も相手の怪しい人物も、自分たちとは違う階級、つまり貴族だと告げていた。

荒仕事とは無縁そうな手、飲み物を飲むときの仕草、古びた椅子には似つかわしくない姿勢。その一つ一つが、こんな場末の店に相応しくないと訴えている。

シャーリンもいいところのお嬢様で、治癒魔法という女神の加護を受けているからと大切に育てられた。礼儀作法も貴族のものを教えられたという。だが、それでもシャーリンは平民だった。

シャーリンの周りには平民しかおらず、貴族の礼儀作法など一つも知らないものばかりだ。燃えかすに触れると誰もが汚れるように、シャーリンがいくら努力して礼儀作法を身につけても、周りががさつな言動をしていれば、その影響を受ける。

貴族は貴族に相応しいものに囲まれて生活するから混ざらないのだと、ユーガはレニスの街でそれを知った。


「いいこと思いついたわ!みんな、これから名前を呼ばないでね」


シャーリンはユーガの酒をすべて飲み干し、さらにはラックの酒まであおった。


「おい、何して……」


シャーリンはふらふらと例の二人がいる席に近づく。そして、足が(もつ)れたように装い、席に倒れ込む。


「ごめんなさぁい。ちょっとつまずいちゃった」


へらっと笑いながら謝るシャーリンを無言で見つめる二人。

それでもシャーリンはめげなかった。


「お兄さんに〜とぉっておきの魔法をかけてあげましゅ〜」


そう言って、怪しい人物の手を取る。

相手は抵抗を見せたが、シャーリンはお構いなしに詠唱を唱えた。


「ラ・レル・クレシオール。あなたに〜女神様のご加護がありますようにぃ〜」


とっておきと言いながら、シャーリンが唱えたのは教会などで挨拶に使われるような、なんの効果もないものだった。


「他所に迷惑かけてんじゃねぇ!悪いな兄ちゃん、目を離した隙に強い酒を飲んじまったみてぇで」


シャーリンが二人に絡んでいる間に、セイラはお会計を済ませ、ユーガは先に店を出て物陰に身を(ひそ)め、ラックは二人を観察しながら止めに入る時機を見計らっていた。


「そうか。ではさっさと引き取ってくれ」


怪しい人物がようやく口を開くと、ラックはシャーリンを抱えて店を出た。

ユーガを除く三人はそのまま宿に戻り、ユーガの帰りを待つ。

ユーガが戻るより先に、他の仲間が戻ってきたので、酒場で起きた一部始終を説明する。


「ネマ様って、ラックが肩車していた女の子だよね?」


顔の厳つさと大きな体のせいで、子供に怯えられるラックなので、珍しく彼に懐いたネマのことを他の仲間たちも覚えていた。


「確か、オスフェ公爵家のお嬢様だろ?ガシェ王国に知らせるのか?」


「ネマ様はいまぁ、こちらにいらっしゃっているの」


ライナス帝国に行くことになった際、セイラは情報を集めており、その中にはネマのことも含まれていたようだ。


「それで、シャーリンは何をしたんだよ?」


「ユーガが戻ったら教えてあげる」


◆◆◆


「遅くなった。つけられている可能性があるから、今夜は警戒を立てる。朝一で移動しよう」


それからユーガは、自分が見たことをみんなに報告する。

ラックたちが店を出たあと、しばらくあの二人は店内に残っていた。

そして、先に鳥の獣人が出てきたが、ユーガの目的は獣人ではなく、もう一人の方だった。

それから少ししてもう一人も出てくる。

ユーガは気づかれないよう尾行し、怪しい人物がどこへ行くのか確かめるつもりだった。


「途中で馬車に乗られたから諦めた」


馬車には紋章もなく、どこの馬車なのかわからないと言う。


「それで宿に戻ろうとしたが、気配を感じてね。一応撒いてきたけど、用心した方がいいだろう」


「ユーガの方は収穫なしね。私の方はこれよ」


シャーリンが自慢げに見せたのは小さな衣装用の金の留め具。


「見て。小さいけれど、模様があるでしょう?家門の紋章かもしれないし、そうでなくてもこれを作った職人を探せると思うわ」


「お前、いつの間に……」


お嬢様育ちなのに手癖が悪かったのかと、ラックは少し引いた。


「ユゼフにちょっと教わっただけよ?」


このフラーダの斥候を務めるユゼフは、昔から手癖が悪い。財布を()るのは朝飯前、隣の親父が奥さんに内緒で買った酒もいつの間にか盗み、警備がいるシャーリンの家にも平気で侵入しおやつを食べ、怒られそうになると二、三日姿をくらますという、町一番の問題児であった。


「ユゼフ、何変なこと教えてんだよ!」


ラックを除いて、赤のフラーダは全員同じ町の出身で、幼馴染みでもある。

気安い関係ではあるが、元はお嬢様なシャーリンにそんな犯罪紛いなことを教えるなとユーガは叱る。


「でもさー、シャーリン筋はいいし、身を守る技術は必要だぜ?」


ユゼフの言い分は、手先が器用なら暗器も扱えるだろうし、身を守るものを相手から奪うこともできるということだった。

それはその通りなのだが、ユーガとしてはシャーリンにそんな危険なことをして欲しくない気持ちが強い。幼い頃の習慣もあるのだろうが、男心とは複雑なものなのだ。


「その話はそこまで。ラックは何か気づいたことあった?」


シャーリンは他人事のようにユーガとユゼフの言い合いを中断させ、ラックに話を振った。


「あー、わずかだが、鳥の獣人の色を見た。髪が白で尾羽が黒だ」


「それって……」


その色が何を示すのか、気づいた者たちは困惑する。


「急いでオスフェ家に接触しよう」


ユーガがそう告げると、セイラがその方法を問う。


「……聖獣様だ。彼女はヴィルヘルト殿下の聖獣様と仲がよさそうだった」


それを聞いて、ラックはネマと出会ったときのことを思い出す。

確かに、風の聖獣様のことを友達だと言っていたなと。


「じゃあ、エルフの森に行ってみましょう。精霊様のお力を借りれるかもしれないわぁ」


「そうと決まれば、今から動くぞ。あちらが何か仕掛けてくる前に伝えないと」


ユーガの決断に否を唱える者はいなかった。

彼らが夜の帝都に紛れると、微風(そよかぜ)がエルフの森の木々を揺らした。


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