ネマのためなら頑張るけど……。(ラルフリード視点)
シアナ特区で魔物たちの今後を話し合っているときに、ヴィルから手紙が届いた。
手紙の内容は、至急王宮に上がるようにとのこと。
今、シアナ特区を離れるわけにはいかないと、精霊にお願いしてやり取りをしたんだけど……最終的に王太子命令とまで言われてしまった。
ヴィルが僕に命令を使うなんて、いったい何があったんだろう?
魔物たちが同席する話し合いにだけ参加し、あとはシンキとヒールランに任せてひとまず屋敷に戻る。
身嗜みを整えてから王宮に向かうと、ヴィルの執務室にはすでに人が集まっていた。
「遅い!」
「僕にも領主代理の仕事があるんだよ」
シアナ特区に関しては、そのほとんどが僕に任されている。とは言え、父上の承諾が必要なことも多い。
「殿下、ラルフも暇ではないので、話を進めましょう」
ヴィルの執務室には、父上と情報部隊の隊長、そしてアイセント殿下がいた。アイセント殿下は心なしか疲れているご様子だけど……。
「ラルフはまず、これを読んでくれ」
そう言って渡された書類の束。そこそこの厚さがあるそれに、僕は素早く目を通す。
「創聖教に潜入している者がようやくあの遺跡に入ることができた。その者が遺跡に施されている紋章だと、写したものを報告してきてな。ミルマ国の遺跡で見たものと似ていないか?」
見る限りでは、類似しているようにも思う。しかし……。
「遺跡が造られた時代が近いのであれば、文字などが似かようのも仕方ないのでは?」
「あぁ、それでだ。創聖教が集会を行っている遺跡が、聖地の遺跡と同様のものだとしたら……ソヌ族が精霊を弾く術を使っていたことに説明がつく」
ミルマ国の遺跡で出会ったエルフがさらわれたとき、精霊が居場所を見つけられなかった件か。
エルフが捕らえられていた部屋には大量の魔石と魔法陣があり、それが精霊を弾く術なのではないかとヴィルは言っていた。
その術を創聖教がどういう経緯で手にしたのかは不明のまま、帰国することになったのだけど。
「ヴィルは、この遺跡にある文字を創聖教が解析して、魔石を用いた魔法陣に再構築したと考えているんだね?」
「そうだ。おそらく、ルシュを捕らえた部屋に使っていたのは、試験的な目的もあったのだろう」
この地に精霊の力がおよばない場所が存在する。
それは、精霊を見ることができる者にとっては脅威に感じるね。
「我々の見立てでは、その精霊が感知できない場所に、ルノハークがやろうとしていることに関連するものがあるのではないかとみている」
父上の言葉に引っかかりを覚えた。
「聖主のことではなく?」
「存在を疑問視するほど、何も取っかかりが掴めないのが現状です。そんな聖主が、隠れ家だからと油断するなんてありえないでしょう」
答えてくれたのはシーリオ隊長だった。
彼の説明によると、創聖教に潜入している者たちでは聖主が存在している証拠を掴めなかったそうだ。
しかし、別の筋からの情報で、創聖教の総主祭が聖主と思しき人物と接触しているのが確認されたらしい。
「……その情報は信用できるのですか?」
情報部隊でも掴めなかったものを、誰とも知れない者がそう簡単に入手できるのはおかしい。
「その者については詳しく話せないが、信用における人物だから安心していい」
父上にそう言われては、僕はこれ以上言うことはない。
「ラルフにやってもらいたいことがある」
ヴィルの真剣な眼差しに、ここからが本題なのだと察した。
「ディー殿の力を使って、精霊が立ち入れない部屋の文字をすべて書き写してもらいたい」
精霊が入れない場所でも、ディーの能力を使えば見ることはできる。
だけど、ディーの力だって万能じゃない。
「それは構わないけど、光がない場所にはディーの能力は使えないよ?」
「大丈夫だ。昼間はかろうじて光が差し込むし、夜には灯りの魔道具が灯される」
それを聞いて、僕は安易に承諾してしまった。
それがどんなに大変なことなのか、僕は身をもって知ることとなる。
◆◆◆
ディーの力は光があればどんなに遠い場所でも見ることができる。
だから、王宮かオスフェの屋敷でできると思っていた。
「ここだよ」
転移魔法陣で王宮からワイズ領の直轄地であるコーキナに飛び、そこで庶民の服に着替えさせられ、ディーは目立つからと大きな箱に入れられ、馬車で進むこと一昼夜。
到着したのは、ワイズ領の南東に位置するアッケンという街にある小さな工房だった。
「ここは……」
「説明をするから、中に入ろう」
自分の家のように堂々と工房の中に入っていくアイセント殿下。
そもそも、なぜ彼が同行しているのかもわからないままだ。
アイセント殿下のあとについて中に入ると、一階はどこにでもありそうな作業場となっていた。
労働者に扮した情報部隊の騎士が、ディーの入っている箱を運んでくる。
ようやく箱から出られたディーは思い切り体を伸ばしたあと、後脚で首元を掻く。
「窮屈だっただろう?」
『うん。もう狭いところはいいや……』
ディーの頭を撫でて労う。
帰りは箱に入らなくていいようにしてあげないとだね。
「ここが食堂。必要なものがあったら、ここにいる彼らに頼むといいよ」
工房の二階は住居になっていた。
食堂は常に人がいるようにしているらしい。食事も時間関係なく出してもらえるとも。
食堂の他には共同の浴室と憚りがあり、あとはすべて個室になっているそうだ。
「君の部屋はここ。これでも一番いい部屋だから、我慢して欲しい」
僕に割り当てられた部屋は一応、貴人用に整えられている。とは言っても、そこそこ質のよい机と寝台しかない、まさに寝るためだけの部屋みたいだけど。
自室と比べるともちろん狭いが、浴室と憚りが部屋にあってちょっと安心した。
オスフェの者がいない環境で、無防備になるのは抵抗がある。
「今回の件に関わっている人を呼んでくるから、少し待ってて」
アイセント殿下は、僕を寝台に座らせると部屋を出ていった。
誰を呼んでくるのだろうと不思議に思っていたら、部屋の外でアイセント殿下の声が響く。
「ルシュッ!……ルシュッ!寝ているのか!」
ドンドンと激しく扉を叩く音。
それから、アイセント殿下の声が聞き取りづらくなったので、部屋の中に押し入ったのかもしれない。
それにしても、あの方が荒っぽい言動をするとは意外だったな。
しばらくすると、アイセント殿下がエルフを引きずって戻ってきた。
一見すると子供のようだが、エルフは外見と年齢が一致しない。
それに、このエルフがミルマ国で出会ったエルフなのであれば、すでに大人なはずだ。
「あっ!獅子光様!またお会いできて光栄です!!」
エルフは真っ先にディーに反応すると、突然拝み始める。
ディーはなにこの人と、困惑した声で僕に言ってきた。
「確か、聖地の遺跡にいたエルフの方ですよね?」
エルフの名前は発音が特殊なので、正確に覚えていないけど、ミルマ国でさらわれたエルフの呼び名がルシュだったのは覚えている。
「はい。ユルシュディエ・ジュド・ヘイウォーヴと申します!」
改めて名前を聞いて、彼が子供のような外見に納得した。
土の精霊と親和性が高いジュド族は、体が小柄という特徴を持つ。
シアナ特区の治癒術師ヴェルシアもジュド族のエルフで、外見はカーナより幼く見える。
「君は、ドワーフと一緒にミルマ国にお世話になっているのではなかった?」
ルシュが、それはですねと説明しようとしたら、アイセント殿下が遮った。
「僕が説明するので、ルシュは大人しく聞いてて」
「えっ……アイセント様、どうしたんですか!?しゃべり方が変ですよ?」
「いいからお前は黙ってろ!」
アイセント殿下の態度に、いろいろと腑に落ちる。
僕たちは互い面識があってもそのほとんどが公式な場で、ライナス帝国の皇子とガシェ王国の公爵嫡子という立場だった。
ミルマ国では、その間にヴィルが入ったことで、彼の私的な面に少し触れられたけど、それでも友達の友達といった距離があった。
そして今回、非公式な場で、ヴィルもいない状況において、アイセント殿下が僕に見せたのはライナス帝国の皇子の顔。
無闇に馴れ合わない。それがアイセント殿下の処世術なのだろう。
「まず、このルシュは、魔族が残した古の魔法を研究している。つまり、彼以上に遺跡に詳しい者はいないということ。君がヴィル兄上に頼まれたものを彼が解析する」
「それでヴィルがルシュ殿を連れてきたと?」
「ミルマ国に見つからないように、ルシュを連れてきたのは僕だよ」
どこかげんなりとした様子のアイセント殿下。
きっと、ヴィルが無理を言ったのだろう。
「ミルマ国に残るエルフともやり取りができるよう、転移魔法陣も渡してある」
今さらだけど、ヴィルはなぜ精霊を追い払う魔法に固執しているのかな?
わざわざミルマ国からルシュ殿を連れてくるなんて、発覚したらそれこそ外交問題になるくらい危険だとわかっているはず。
場所が判明しているなら、壊すだけでもいいと思うんだ。
聖獣の契約者ですら手がおよばないとなると、ルノハークのように悪用する者が出てくる可能性だって高い。
ルノハークの動向や聖主の手かがりを探すだけなら、文字を書き写す必要もないわけだし。
「ヴィル兄上がなぜこんな手間のかかることをするのか、不思議に思っている?」
アイセント殿下の言葉に僕は驚いた。
表情には出していなかったのに!
「一つは学術的な面を考慮してのこと。もう一つは古の魔法を今の魔法に転用すること。聖獣の契約者ならばわかるでしょ?」
遺跡そのものの価値となると、確かに残しておいた方がいい。
もしかしたら、聖地の遺跡のように何か仕掛けがあるかもしれないからね。
そして、ヴィルの本命は二つ目の転用だ。
悪用されると厄介なものだけど、逆にこちらも利用できる部分は多い。
精霊がいなければ、一時的に名に誓ったことを無効にできる。
今は聖獣の契約者がそれを行っているが、精霊のいない部屋があれば、契約者以外でも尋問ができるようになる。
ただ、それが周知されれば、名に誓わせるのではなく、口封じに殺す手段を選ぶ犯罪者が増えるので、利益ばかりではないけど。
「理解しました。それでは、一度やってみましょうか」
「あ、ではこれを!古の魔法に用いられている文字の一覧です。あと、こっちは多出する単語と思われる一覧で……」
ルシュ殿に渡された紙には、角張った文字がびっしりと並んでいる。
基本となる形は四十八個か。結構多いな。
「ヴィルが言ってた遺跡の場所はここか。どうかな、ディー。やれそうかい?」
『うん、大丈夫!』
地図を見せてディーに説明する。
場所に関しては、精霊たちも手助けしてくれるとのことなので迷子になる心配はなさそうだ。
僕は目を閉じて、ディーの力に身を委ねる。
ぼんやりと森のような光景が浮かび始めると、すぐに建物がはっきりと見えた。
その建物は山肌を削って造ってあるようで、聖地の遺跡と似ている。
精霊たちに導かれるように風景が流れていき、少し薄暗い小さな部屋へとたどり着いた。
精霊の姿がまったくない。ここで間違いないだろう。
窓はなく、古びた机と小さな本棚があるだけの、まるで独房のような部屋だ。
壁に貼ってある地図だけが、異彩を放っている。
本棚には、創聖教に関するものばかりで、特に興味を引くものはない。
机の上は綺麗に整理されているが、壁の地図には何かの印といくつか書き込みがしてあった。
これは……ずいぶん昔の地図?
ガシェ王国がある場所には、旧王朝とその旧王朝に滅ぼされた国の名前が書かれている。ライナス帝国は今の半分ほどしかなく、その代わりにデルニア帝国となっていた。他にも、イクゥ国ではなく獣王国になっているし、大陸争乱時代より前なのは確実だろう。
この印の場所は……遺跡?いや、ファーシアとザイシウェル、イロンガネもあるということは……女神降臨の地!?
それに、この書き込みはマカルタ語だ。かなり高度な教育を受けた者でないと扱わない言語だけど。
力が集まる……八個……白と黒?
マカルタ語はラーシア語の原語とされているので似ているんだけど、文法が異なる部分もあるのでちょっと読みにくいな。
あとは、壁に刻まれている文字だね。どこから始めようか?
わかりやすく、扉の近くから始めようと思ったら、扉にも文字が刻まれていることに気づいた。
じゃあ、まずは扉から……。
目を開けて、机に移動した。そして、紙と筆を用意する。
先ほどまで薄暗い部屋を見ていたからか、部屋の中がやけに明るい。
この間も、薄暗い部屋の光景は見えていて、扉の文字を紙に書き写す。
最初は順調だった。
だけど、どこまで書き写したのか見失うことが増え始めると、『見る』と『書く』を同時に行う難しさが僕を苦しめる。
似ている形の文字もあるため、正確に書かなければならないのに、刻まれた文字は癖字なのか判別つかないものもあった。
「はぁぁぁ……」
薄暗い部屋の風景を消してもらい、こめかみを指で揉む。
長時間精霊文字を読んだときより疲れた……。
「だいぶ苦戦しているね。これ、使いなよ」
アイセント殿下が僕に差し出してきたのは、魔道具や文様符を作る際に使用される筆記具だった。
通常の筆記具とは異なり、魔石を溶かした墨を使用するため、先端部分に魔法が施されている。一種の魔道具でもある。
「通常の墨でも書けるように手を加えてあるから、書き心地は保証する。君用にちゃんとしたものを急いで用意させるから、今はそれを使って」
小さな魔道具は作るのも大変なので元々高価なのに、改良まで加えてあって、さらにはライナス帝国の紋章入り……。
手にするのも恐ろしいと感じるけど、今は甘えることにする。
それくらいつらい作業なんだ……。
「ありがたく使わせていただきます」
少し休憩したのちに、書き写す作業を再開した。
筆に比べて、お借りした筆記具は驚くほど書きやすかった。
腕への負担も少ない!
シアナ特区の方はすべて指示を出してきたので大丈夫だと思うが、シンキをネマのもとへ帰せないのが問題だな。
とにかく、この作業を終わらせるしかない。
ネマに謝罪の手紙を送ったあと、寝る間も惜しんで作業を続けた。
しかし、作業を開始して七日後。
ルシュ殿からあることが告げられる。
「ミルマにいる仲間とも議論を交わした結果、聖地の遺跡とは時代が異なり、文字や規則性が変化している可能性があります」
「……つまり?」
「癖字だと判断した文字が、変化した文字の可能性があるので、その部分を再度書き出して考証をですね……」
僕とアイセント殿下は頭を抱えた。
僕に触れることで、他者にも光景を共有することができると気づいてから、アイセント殿下も書き写す作業を手伝ってくれていた。
書く動作のときに片手が使えないと綺麗に文字が書けないことがわかり、どこを触れさせるのがいいのか試行錯誤を繰り返す。
そして、行き着いたのは、膝から下の脚をくっつける。これが一番楽なんだよね。
すぐに離れるという欠点は、互いの片脚を縄で縛ることで解決した。
「アイセント様、ヴィルに応援頼みませんか?」
「……そうだな。このままだといつまで経っても帰れない」
アイセント殿下が同意してくれたので、僕はヴィルに手紙を書くために立ち上がる。
「それなら、この分野に詳しそうな方がいいです!こちらの解析もちょっと苦しいので手伝ってもらえればなぁって……」
苦しいと言いつつも、ルシュ殿はどこからどう見ても元気だ。
好きなものに触れられて、ルシュ殿だけが充実しているように思う。
「この分野と言っても……」
元々研究している者が少ない分野な上に、信用のおける者となると皆無に等しいかもしれない。
「ルシュ殿の要望も書いておくけど、期待はできないよ」
そう断ってから、ヴィルに増員のお願いを手紙にしたためる。
その後、ヴィルがあっさりと承諾してくれたのは意外だったけど、応援としてやってきた人はさらに意外な人物だった。
「母上!?叔父上!?」
明日からお仕事の方が多数だと思いますので、ディーが安眠の魔法をかけてくれるそうです!
――ぎゃぁう!




