閑話 事件の真相はいまだ掴めず。(ヴィルヘルト視点)
ドワーフ族と同行しているエルフのルシュが消えたと聞いて、すぐに精霊に確認した。
しかし、精霊たちも混乱しており、状況が上手く掴めない。
情報が複雑に絡まっているように感じる。
まず、ルノハークがミルマ国で活動しているとみて間違いないだろう。
そして、創聖教とソヌ族が繋がっているのであれば、ルノハークを手助けしているのはソヌ族ということになる。
重要になってくるのは、ルノハークとソヌ族の目的が何かだ。
ルノハークの目的が、ミルマ国内の遺跡で何かを探すことだと仮定する。
では、ソヌ族の目的はアイセが言った通り、王権の簒奪なのだろうか?
もし、俺たちやドワーフ族が聖地に行かなかったら……おそらく、あの女神像は盗まれていた。
それを材料にして、オム族を陥れるには少々押しが弱いように思う。
だから、アーニシャの妹を駒に使った?
そうだとして、ソヌ族がルノハークから得られるものはなんだ?
アイセにも言ったが、ミルマ国に創聖教は根づいていない。どちらかと言えば、敵視している方だ。
そうなると、利害による協力関係ではなく、どちらかが弱味を握り、無理やり協力させている可能性もあるな。
何にせよ、判断材料が少ない。
まずは、ルシュを連れ去った方法と居場所の特定からだ。
俺が精霊たちから話を聞いていると、強い視線を感じた。ネマだ。
ルシュの件にルノハークも関与していたら、ネマが首を突っ込むのは危険過ぎる。
これ以上ネマを刺激しないために、俺の声が聞こえないようにした。
「それで、ルシュが水を飲んでしばらくしたら眠ってしまい、その後、謎の人物が部屋に入ってきた。気づけばルシュの姿が消えていた、で間違いないな?」
『そうだよ!お水には眠り薬を入れてた!』
『このお城で働いてる女の人が入れてたー!』
そこまで見ていたなら、教えてやれよ。こいつら、エルフの扱いが少し雑じゃないか?
「それで、部屋に入ってきた奴の顔を見たのか?」
『仮面ってやつをつけてたからわかんない』
『お祭りのときにつける変な顔〜!』
お祭りと聞いて、他の精霊たちがはしゃぎ始める。
ミルマ国と国境に接する、ライナス帝国北部でそんな祭りをやっていたな。
精霊が仮面をつけて祭りに紛れているから、精霊を目立たなくさせるために人も仮面をつけるようになった。昔からそう言い伝えられているらしい。
ひょっとしたら、いつぞやの時代の精霊王が本当に人のふりをして参加していたのだろう。具現化できるのは精霊王たちのみで、精霊王も他の精霊と同じく、変わったことが大好きだ。
祭りという言葉だけで興奮するということは、今代の精霊王たちも参加している可能性があるな。
それはさておき、その仮面をつけた人物を監視しているのかと聞いた。
『してないよ?』
『いや〜な感じがして、近づきたくないんだもん』
精霊が忌避感を覚えるだと?
「それは、洗脳魔法のときとは違うのか?」
『違うよ』
『洗脳魔法はー、お鼻がむずむずする感じ!』
『あっ!あれに似てるかも!堕落者の近くにいるときの!』
一体の精霊がそう告げると、周りの精霊たちも似てると共感していた。
「仮面の人物は堕落者の可能性があるということか?」
『似ているだけで違うと思う』
『印、なかったよね?』
『なかった!』
堕落者の烙印は隠していても精霊にはわかるそうだ。
つまり、堕落者ではないが、堕落者のような気配をまとっていると。
「じゃあ、簡単だな。その堕落者に似た気配がする人物、もしくは場所を探してこい」
『ヴィル、そういうのオーボーって言うんだよ!』
『オーボー!』
誰が教えたのか想像はつく。
「そうか。それなら、中位の精霊たちに頼むとしよう」
すると、下位の精霊たちは自分たちがやると言い残し、散っていった。
精霊からの聞き取りを終えると、オスフェ公がリィ族の族長と話をまとめてくれていた。
「オスフェ公、ガシェの面々を離宮に帰そう。我が国の者で固めてある離宮の方が安全だ」
離宮にミルマの者がいないわけではない。その者たちを王城に戻し、必要物資の調達など、ミルマ国との調整をオスフェ公に頼む。
「畏まりました。ライナス帝国への説明はどうされますか?」
「それは私がやろう。まぁ、太上陛下はもう把握しておられると思うが」
太上陛下は俺が言うまでもなく、ライナス帝国の面々に離宮へ戻るよう指示を出されていた。
「ヴィル、君の従姉妹が無事に立太子できるよう、力になってあげるといい。ただし、アイセを連れていくこと。守らねばならぬ存在が近くにいれば、無茶もできまい」
まぁ、多少は強引にいくつもりだが……。
ここで逆らえば、自国じゃないからと身動き取れないようにされるだろう。
「わかりました。アイセ、行くぞ」
「ちょっと僕の意思は!?」
「太上陛下の命だ。関係ない」
アイセの肩に腕を回し、逃げられないよう引きずっていく。
オスフェ公のもとには、会議の進行役を務めていた宰補殿の姿があった。
「オスフェ卿とリィ族長からお話は聞きました。ヴィルヘルト殿下が陣頭指揮を執りたいということでしたが、我が国の治安局にお任せいただきたく……」
普通はそうだよな。
俺が宰補殿の立場だったら、絶対に断る。
「宰補殿のお気持ちはわかりますが、私なら精霊を動かせます。ルシュの無事もわかっていない今、時間が惜しい」
治安局の責任者を側につけ、越権行為があれば指摘してもらっていいし、それで国交をどうこうすることもないと約束した。
それでも渋る宰補だったが、リィ族の族長が彼を説得してくれて、ようやく許可が下りる。
また数名の族長が協力を申し出てくれたので、甘えることにした。
この国の有力者がいれば、指揮系統の混乱も抑えられるだろう。
今のうちにできる限りのことをしようと、関係者を集めて会議を行うことになった。
そこで、治安局の責任者である最高指揮官を紹介される。彼は、昼の会議で発言していた武官だった。
「無理を言って申し訳ない」
「いえ、自分では精霊様にご協力していただく捜査を上手く指揮できる自信はありません。適材適所です」
外見から武闘派であることは十分に見て取れるが、ゼルナン将軍ような暑苦しさはなく、気持ちのよい御仁だ。
俺が指揮を執ることに不満を露わにする者がいれば、彼自身が対応するとまで言ってくれた。
そして、協力を申し出てくれた部族は四つ。先ほども協力してくれたリィ族長。もう一つの獣人の部族、ロク族。昼の会議で疑われてしまったトス族。宰補殿の出身部族であるヨツ族の、各族長と族長候補たち。
「では、現在わかっている状況を説明する」
まずは情報共有からと、俺が説明を始めようとすると、アイセから待ったがかかる。
「その前に確認したいことがある」
頷きでアイセに続けろと先を促す。
「族長候補の若い人たちと話しをして、オム族によい印象を抱いていないように感じた。現王政に反抗する組織を、若い世代で結成していてもおかしくないなと。この中で、王族に思うところがある者は今のうちに出ていってもらうべきだ」
ほう。あのわずかな時間で、そこまで口を軽くさせたのか。
本人たちは、女王への不満を口にしたことも意識していないかもな。
「失礼ですが、我々はオム族へ反抗など考えたこともありません。アイセント殿下の勘違いではないでしょうか?」
そう発言したのは、ヨツ族の二十歳くらいの青年。彼の周りにいる族長候補たちは同調するように頷いている。
逆に、二つの獣人の部族は興味ない様子を隠そうともしない。
「そうですか?貴方は、王族を甘やかしすぎるのもよくないと仰っていたじゃないですか」
「それは、族長たちが納得できないなら言える立場にあるのに、陛下が言うならと引いてしまうからで。権力におもねるだけでは、我が部族のためにも、国のためにもならないという意味です」
族長候補の青年の主張に、ヨツ族の族長は頭を抱えている。後継の教育に失敗したとでも思っているのだろうか?
まぁ、彼の言うことはあながち間違ってはない。
彼らは国民である以前に、部族の民だ。置き換えるなら領民とも言える。しかし、族長は領主貴族とは言えない。なぜなら、女王の同志で臣下ではないからだ。しいて言うなら、女王の助言役だろう。
国民が領主や国王に不満を述べるのは、当然の権利だ。命に脅かされることなく、豊かな生活のために、国民は我ら王侯貴族に託している。
王が過ったときに諫めるのは臣下の役目だが、族長という立場はそこに含まれるのか?
ガシェ王国とは仕組みが異なるため、断言はできないが……。
「私の言動が陛下におもねっているように見えたということだな」
「族長も王女殿下のお相手の選定に文句言っていたじゃないですか」
「あぁ。部族間の絆を強めるべきだと、今も思っているよ」
「それなのに、王族はまた外から呼ぼうとしている。我々のことなど、気にもかけてない証拠でしょう!」
ヨツ族の族長と候補の青年のやり取りを聞いて、あることに引っかかる。
「すまないが、外から呼ぼうとしているとはどういうことだ?」
「わたしが聞いた話では、王女殿下のどちらかをガシェ王国に嫁がせ、代わりにあちらのご令嬢を王子殿下へあてがうと……」
そもそも、王女たちが我が国に嫁ぐ云々は本人たちが言っているだけであって、決定事項ではない。
青年の言っていることに関して、誰か情報を持ってやしないかと、我が国の面々を見る。
とてもわかりやすいな。明らかに怒気を抑えていますって顔をしている。
「オスフェ公、何か知っているようだな?」
「我が家がミルマ国に招待された経緯をお忘れですか?あのく……太王夫殿下が妄想を拗らせていらっしゃるようで」
オスフェ公の何も隠せていない物言いで、いろいろと察した。
まぁ、ミルマ国だけでなく、他の国も動きそうだとは考えていたが……早すぎないか?あいつはまだ五歳……いや、七歳?とにかく、まだ幼いことには変わりない。
「太王夫殿下の言うことは気にしなくていい。我が国からかの令嬢を出すことは断じてないし、私もラルフリードも王女たちを求めていない」
俺がそう断言すると、候補の青年は呆気に取られた表情になった。
さすがに、王女をいらないと言ったのはまずかったか?
「そもそも、ヨツ族の族長殿が人前で強く言わないのは、宰補殿のためだと思うよ。板挟みになって苦労するのは彼なんだから。表で言わないからって、裏で動いていないわけないでしょう」
その通りだと、ヨツ族の族長が強く頷く。
「それで、貴方はその話を誰から聞いたんだ?」
確定もしていない王族の婚姻事情を、誰や彼やに口外するのは問題だと思うぞ。
「……族長候補たちの会合で、ソヌ族のレヤンが教えてくれました」
なるほど。ここでもソヌ族か。
となると、ますます簒奪の可能性が高くなるな。
若者の層に王族への反感を植えつけていき、彼らに世代交代した際には簒奪へ動きやすくなっていただろう。
「わかった。ルシュが行方不明になった件とソヌ族についても少し話そう」
俺は知り得た情報をすべて話した。
そうすることで見えてきたのは、ルシュをさらったのもソヌ族だと言うことだ。
他国の要人を招いている王城の警備は、普段よりもずっと厳しいものになっている。内部の、しかも複数の協力者がいなければ無理だというのが、最高指揮官の意見だった。
つまり、ソヌ族の思想に共感した、別の部族の若者が協力している。
「ソヌ族の主な町と重要人物らを監視する」
「治安局の者を動かした方がよいですか?」
「いや、精霊を使う。とは言っても、ラースにくっついている風の精霊はルシュの居場所を探してもらっているから、ソヌ族の町を土の精霊に、重要人物は水の精霊に頼もう」
俺がそう口にすると、火の精霊たちが仲間外れだと騒ぎ出す。
使ってやりたいが、火の精霊の特性を活かせる場面が今のところない。
特に監視は、性格の穏やかなものが多い水や土の精霊が適している。
火の精霊は途中で飽きたと、監視対象に悪戯を仕掛けかねないしな。
治安局が動いていないからと、油断してくれるといいが。
「助かります。盗掘団の他にも大きな事件を抱えているので、内偵などに割く人員が限られていまして」
「大きな事件?」
遺跡荒らしの犯人は、ソヌ族をどうにかしない限り捕まえられないだろう。
「はい。ミルマ国内で、魔石の窃盗が相次いでおりまして。先日も、城下町で評判の魔石の店がやられました」
国中と言っていいほど被害が拡大しているようで、店側に防犯を徹底するよう喚起しているのに収まらないのだとか。
「他に高価なものを狙った事件は起きていないのか?」
治安が悪化すると、そういう輩が集まってくると聞く。
ルノハークと思しき盗掘団が捕まりもしない様子を見て、他の窃盗団がやってきたのでは?
「多少は起きていますが、手口が違うので、別件だとすぐにわかります。魔石を盗む奴らは、とにかく綺麗に(・・・)盗むんです」
店に侵入し、物色、撤収するまで、店の物を壊さずに行っており、現場が綺麗なのだとか。
まるで、店側に気遣っているようだと、最高指揮官は言う。
ルシュの件が片づいたら、お礼にその事件の捜査を少し手伝うと言ってみるか。
それから、今後の方針を話し合う。
協力してくれる各部族は、まず自分の部族からソヌ族の思想に感化され、手助けしている者がいないか調べてもらう。
特に王城に勤めている協力者を発見しなければ、こちらの動きを報告される可能性が高い。
それから、招かれている国賓たちの行動を制限する。
国賓を人質に取って、女王に退位を迫るかもしれないからな。
ソヌ族が王権を手にしたとき、鎖国も視野に入れているのであれば、そういった強行手段もありえる。
行動制限に関しては一つ問題が……言うことを聞かなさそうな奴が一人。
「オスフェ公、ネマに離宮に篭もっていろと言って大人しくしていると思うか?」
「……状況次第かと。ネマに力を貸すお方が揃っておりますし、ネマが心の底から願えば叶いましょう」
あー、確かにな。
危険だと言っても、ラースが一緒なら大丈夫とか言いそうだ。
「仕方ない。ネマはオスフェ公に同行させよう。ラルフとディーがついていれば、なんとかなる気がする」
聖獣が一緒なら、最悪ネマが力を暴走させても対処ができるだろう。
あ、火の精霊に仕事ができたな。
「火の精霊、炎竜殿に今までのこととネマから目を離さないようにして欲しいと伝えてくれ」
『わかった!』
『ばびゅーんって行ってくる!』
……ばびゅーんなんて使っているの、ネマしかいないだろう。
精霊たちの間で、ネマの真似をするのが流行っているのか?
◆◆◆
会議を終えて、俺たちも離宮に戻るも、まだまだやることはたくさん残っている。
一連の事件が解決するまでこの離宮に篭もるのだから、本来やらなくていい仕事が多数発生する。
それを連れてきた者たちに割り振らなければならないし、ライナス帝国側との擦り合わせも必要だ。
人員の采配は母上に任せるとしても、早急に体制を整えなければ。
まずは母上に、明日は安全のために太上陛下方と一緒にいるようお願いした。そして、離宮に篭もるために出てくる不都合への人員の采配も。
あと、絶対に離宮から出ないことを念押ししておく。
「ヴィルってば、心配性ねぇ。警衛隊もいるのだし、大丈夫よ」
そののん気さだから余計心配になる。
「侍従長補佐と侍女頭には俺の方から話しておくから、母上はもう休んで」
母上との話を終えたら、今度は同行の使用人をまとめている侍従長補佐と東棟侍女頭の二人を呼んで、打ち合わせだ。
東棟侍女頭には、自分が来て正解だったと言われた。
王族の私事的な世話をする東棟の侍女頭が、他国についてきたのには理由がある。
オスフェ家も招待されていることを知った侍女頭は、父上に直談判したのだ。
『ネフェルティマ様がいらっしゃるのであれば、どんなことにも迅速に対応できる者が必要です』と。
まぁ、それで納得して許可する父上もどうかと思うが。
「食料さえどうにかできれば、王宮と変わりなくお過ごしいただけますよ」
それだけの技術を持った者を厳選してくれたのだと、侍従長補佐の言葉で察した。
「明日は殿下のお好きなモルフのシェットを作りましょうか」
離宮の料理人も王城へ戻しているので、明日からは同行している我が国の料理人たちが作ることになる。
ライナス帝国も連れてきているだろうから、分担をお願いするつもりだ。
「それは嬉しいな。疲れていると、馴染んだ味が恋しくなる」
その後も細々したものを片づける。ライナス帝国側には離宮に篭もることを話し、詳しい打ち合わせは明日の朝一でやることになった。
ようやく寝台に入れたのは、夜も更けた頃。
日の出前には起きなければならないが、寝ないよりは少しでも寝た方がいい。
そう思って、目を閉じた。
『ヴィル!』
『見つけたよ!』
『気持ち悪い場所があったよ!』
おそらく、寝入ってさほど経っていないだろう。
精霊たちにぺちぺちと叩き起こされた。
「……場所はどこだ?」
『あっちー!』
『村の名前なんだっけ?』
『わたし知ってるよ。ノマ村って言うんだよ!』
村の名前を言っただけで、凄いと他の精霊たちが称賛する。
俺は鈍い体を起こし、魔道具の灯りをつけ、寝ずの番をしている侍従にミルマ国の地図を持ってこさせた。
「それで、ルシュの姿は見えたのか?」
『それがね……』




