遺跡の謎と棲み着くもの。(ヴィルヘルト視点)
ネマのラースを呼ぶ声につられて上を見れば、ラースがあくびをしながらこちらを見ていた。
巨大な穴を覗く天虎。下から見たら、少し間抜けな顔をしている。
『坊、遅かったな。待ちくたびれたぞ』
『体力のないお子様とお嬢様がいるんでな。それで、危険はなさそうか?』
ラースを先に行かせたのは、登山に付き合わせる必要がなかったのと、遺跡に危険がないかを調べてもらうためだったのだが……。
ラースは早々に終わらせて昼寝をしていた。
『珍客はいるが、危険はなかろう』
『珍客?』
ラースと念話をしている間、ネマは早くも階段に疲れ、シンキの世話になっている。
カーナディアは最初からカイの世話になっているので、ネマもそうすればよかったのにな。
『会えばわかる。愛し子は喜ぶだろう』
どうやらラースは精霊たちにも口止めしているようで、嫌な予感しかしない。
階段を上りきると、ネマはすぐにラースへ駆け寄る。
ネマのあれも、もはや病気だな。
地上……というよりは、二つの山の谷間に出た。
そして、周りを見回して目に留まったのは、高さの異なる塀。
山の傾斜を段状に整え、そこに人の身長より高い塀を築き視界を遮る。
二つの山の峰を確かめると、見張り台のようなものがあった。
なるほどな。ここは砦として使われていたわけか。
おそらく、通ってきた道はあとから作られたもので、本来はこの谷間に繋がる道があったのだろう。
山の形状、下で見た城壁を考えるに、ここを攻撃するとなればその道を通るしかない。だがその道は、峰にある見張り台からよく見えるはずだ。
そして、厄介なのがこの塀。段状の地形なので山側の塀が高くなる。谷側の塀は乗り越えられるだろうが、塀の上に敵が上がれば峰から攻撃しやすく、格好の的となるだろう。
両側の山は攻撃の拠点で、そうやって敵を谷の中央部に集めれば、あの大きくて深い穴がある。
土魔法の『破砕』を使えば塀を壊せるだろうが、詠唱する時間を稼げるかどうか。
「敵を招き入れて戦う砦は初めて見る」
「ここが砦だとお気づきになるとは、さすがです」
「我が国の初代国王について学ぶ際、砦も一緒に学ばされるから、多少わかる」
ガシェ王国初代ギィ・ラス・ガシェは、土の特級魔術師でもあった。
彼は、乱世の時代にいくつもの砦を築き、建国したばかりのガシェ王国や同盟国を守った。
ただ、彼はある遺言を残す。
『私の死後、役目を終えた砦はすべて解体せよ』
そのため、国内に初代国王が築いた砦は現存していない。
唯一残っているのが、ミルマ国の王城というわけだ。
「えっ……ここってとりでなの!?」
ラースと戯れていたネマが、こちらの会話を聞いていたのか驚いている。
「正確には、砦としても使われていた、ですね。元はオム族が儀式を行う場所でした」
その聖なる場所ですら砦にしなければならないほど、熾烈な戦いがあったということか。
おそらく、大陸争乱のときではない。もっと昔に砦に変えたと思われる。
「儀式の間は今も綺麗に保存されていますので、ご案内いたします」
この塀の区域をどうやって抜けるのかと思ったら、案内役の男はまた例の治癒魔法を使った。
すると、塀の上にいくつもの橋が現れる。
侵入者がいないときは、この橋を使って行き来していたのだろう。
塀に上る足場はないのでよじ登らないとならないが、まずはネマと魔物たちを上にやる。
「すごーいっ!!」
――ワンッ!!
――ワンッ!!
ネマはコボルトたちと一緒に橋の上ではしゃぎ始めた。
「ネマ、危ないよ」
ラルフは自力で上がり、ネマのもとへ急ぐ。
ネマのことだから、うっかり足を踏み外して落ちてしまいかねないしな。
まぁ、そのときは精霊が守るだろうが。
俺も塀に上がり、ネマたちのあとへついて行く。
橋が架けられた塀を見渡せば、ネマがはしゃぐのもわかるな。まるで蜘蛛の巣のようだ。
峰が高い方の山に近づくと、縦長の入口のような穴が見えた。それ以外は、苔が張りついている部分もあるが、岩肌が続いている。
その入口を抜けると、言葉に尽くしがたい光景が広がっていた。
「山の中に建物がある!」
ネマの言う通り、外からは山に見えたのに、中には小さな町くらいの規模の建造物が建ち並んでいた。
山の外側だけを残して中を掘り下げたのか、手の込みようが尋常ではないな。
しかも、峰だと思っていたものが、塔の最上部だったとは……。
もう一方の山も同じような造りになっているのだろうか?
「この建物も儀式に使っていたのか?」
「いえ、儀式を行っていたのは、あの奥にある一番大きな建物です。他の建物は何に使用していたのか、今も判明していません」
「判明していない?」
案内役の説明によると、ここは大聖女が発見したらしい。
大聖女は女神に導かれてこの地を訪れ、それからここを聖地とし、神を祀るようになったそうだ。
それ以前の記録は、どんなに調べてもないと。
自分たちの部族が守る聖地なのに、記録も残っておらず、一切がわからないなんてことがあるのか?
そういえば、オスフェ公がファーシア周辺の遺物を調べていたな。ここも魔族が居着いた遺物の一つなのかもしれない。
遺跡の方へ下りると、儀式を行っていたという建物まで一直線に道が伸びていた。その道自体も変わっていて、建物の屋根部分が道になっている。
「先に下の建物を見てもいいですか?」
途中に階段があり、下りられることに気づいたネマが目を輝かせて言う。この表情を見ると、よく似ていないと言われているがそっくりな兄妹だということがわかる。
案内役はすぐに承諾し、ネマは我先にと駆け出した。
『愛し子は入っちゃだめなのっ!』
『ヴィル、愛し子を止めて!!』
突然、精霊たちがネマを止めろと騒ぎ始める。
その声にシンキが反応し、飛び降りてネマの行く手を塞いだ。
「びっくりしたぁ……」
「精霊が入るなと言っている」
シンキがネマを止めている間に、パウルとスピカが建物の周辺を調べている。
俺は精霊に問うことにした。
「あそこに何がある?」
『何もないよ?』
『大丈夫!』
精霊からの答えに、俺は頭が痛くなった。
「ネマを止めろと言った理由はなんだ?」
『わたしたちが見えなくなっちゃうから』
「見えなくなるとはどういうことだ?」
下位精霊は幼い子供のようなもので、ときに意思の疎通が難しい。
仕方ないので、俺を守る中位の精霊に聞く。
『ここ、精霊との相性が悪いのよね』
『そうそう。僕たちを弾く術が施されてあるから、愛し子やヴィルを認識できなくなるんだ』
「精霊を弾く術だと?」
精霊は、創造の神が創り出したときから世界中にいて、それを拒む術は存在しないはず。
唯一、聖獣の契約者がわずかな時間、狭い範囲と限定された条件で精霊を寄せつけないようにすることができる。
「危険はないんだな?」
『ないよ。他の子たちは、愛し子を認識できなくなるのを嫌がっているだけだから』
危険がないことを確かめ、俺は建物の中へ入る。
一歩、建物内の足を踏み入れると、あれほどうるさく飛び回っていた精霊の姿がなくなった。声すらも聞こえない。
風の音は聞こえているので、きっと文句を言っているな。
「ヴィだけずるい!!」
文句を言っているのは精霊だけではなかった。
「ネマ、シンキと一緒に入ってこい」
シンキの反応を見たかったこともあり、建物の外で騒ぐネマを呼び入れる。
外の風の音が強くなった。あいつらめ。
「ナノたちはここに入ってこられないのか?」
中に精霊がいないことに気づいたシンキは、一度外に出て精霊に確かめた。
「……静かでいいな」
すぐ中に戻ってきたシンキはそうこぼした。
それに関しては、俺も心から同意する。
精霊は心強い存在であり、とても役に立つ。しかし、下位精霊たちは遊ぼうと誘ってきたり、わざと視界に入ってこようとしたり、周りで延々とおしゃべりしたりと、とにかくうるさい。
「精霊が今は一人もいないってこと?何で!?」
ネマが驚くのも無理はない。
炎竜殿が力を抑えているせいで精霊の姿を見ることはできないが、ネマの周りにはたくさんの精霊が侍っている。
ラースがつけた風の精霊、炎竜殿がつけた火の精霊、ライナス帝国の聖獣たちがつけた水と土の精霊。そして、シンキを慕う精霊たち。酷いときにはネマの姿が見えなくなるほど、精霊が集まる。
「この遺跡にある建物には、精霊を寄せつけないようにする術が施されているらしい」
精霊から聞いたことを教えてやれば、ネマは何やら考え込み始めた。
ネマはたまにとんでもない発想から本質を捉えることがある。何を言い出すのか楽しみだな。
「ここに住んでいた人たちは、精霊がいないことで何か得をするのかな?普通は見えないからじゃまにはならないし……あっ!神様に対して悪いことをしてたとか!!」
ここに住んでいる者がいたとしたら、精霊が見える者だったのだろう。
考えられるのは精霊術師の集団、エルフ族だが精霊を好ましく思っていない者たちとかか。
俺でも鬱陶しいと思うことがあるのだから、精霊術師が精霊のいない生活空間を求めてもおかしくはない。
エルフ族だったのなら、精霊を好ましく思えないこと自体、仲間から見放される原因となる。迫害とまではいかないにしろ、種族と距離を取ろうとするだろうな。
それに彼らは、人には伝わっていない魔法や忘れ去られた魔法を知っている。
ネマの言う、神に悪いことをするというのは可能性として低い。ないと言ってもいい。
なぜなら、悪いこと以前に、創造神に触れることができる種族がいないからだ。近いのは聖獣の契約者だが、そのようなことを考える者ははなから選ばれないし、そういう思考に染まったのなら聖獣に見捨てられる。
「それにしても……何もないね」
ネマは落胆を見せるも、好奇心は抑えられないようで壁を触ったりしている。
建物の中は人が住む部屋というより、人が集まるための部屋といった感じだ。だが、物がまったくないため、何に使用されていたのかわからない。
自分ならこの部屋をどう使うか……。
「あ、おみやげと同じもようがある!」
見て見てと、しつこく呼ばれたのでネマのもとへ行く。
「ほら、ここ!同じものでしょ?」
ネマの指先には、確かに見覚えのある形が刻まれていた。
城下町に遊びにいった際、ラルフに買ってもらったのだと、ずっと石を見せびらかしてきたのだ。
もちろん、羨ましいなどと微塵も思わなかったがな。
「こうして並んでいると、文字のようにも見えるな」
一つだけなら、何かを象徴する紋章のように見えるのだが、並んでいると一定の規則性があるように思える。
案内役に、オム族独自の文字なのかと問えば、違うと返ってきた。
つまり、大聖女が発見したときには、すでにこの模様は存在していたのだろう。
「この模様の研究は進んでいるのか?」
「今は行き詰まっているそうです。文字だと仮定しても、現存する言語との共通点がないと、学者たちが頭を抱えています」
「我が国からも何か協力できないか、検討してみよう」
我が国の学者たちは変わり者が多いので、普通ではない観点から何か思いつくかもしれない。
「ありがたい申し出ですが、陛下がお許しくださるか……」
案内役の懸念ももっともだ。
ただ、精霊を寄せつけない方法があるなら、ぜひとも知りたい。
さすがに一般に広めることはできないが、限られた者だけでも十分に価値はある。
特に『名に誓う』ことを強制された事件被害者の救済には。
「なに、提案するだけだ」
女王陛下が自国だけでどうにかすると言うのなら、それは尊重する。だが、動向は探らせてもらう。
◆◆◆
他に何ヶ所か遺跡の建物を見て回り、ネマは満足したのか、ようやく奥の建物へ向かう。
しかし――。
『坊、来るぞ』
ラースの声とともに、何かを弾く音がした。何者かの攻撃をラースが防いだようだ。
俺が号令をかけずとも、パウルたちは素早くラルフたちの周りを固める。
「前に出るなよ!」
襲撃者が何者か判明するまで下手に動くと危ない。
気配を探っても、俺は場所を特定することができなかった。
代わりに、ネマの魔物たちや獣人のスピカが、鋭い感覚で捉えたようだ。だが、彼らが反応している方を見ても、何がいるのかわからない。
「ラース、何がいる?」
『人には見えぬか』
ラースは風を起こし、その何かに向けて放つ。その風は足元の塀に当たると、そこから見たことのない生き物が現れた。
実物を見たことはないが、その奇妙な姿は知識として知ってはいる。
鈍い銀色のボア種に似た頭と胴体、獣の前脚、肉食鳥類の後脚、そして毒を持つ鉤爪状の尾。
地竜の中でもっとも凶暴だと畏れられているムシュフシュで間違いない。
『人には知られていないようだが、あの種は体色を変えて擬態することができる』
まぁ、人には伝わらないだろうな。ムシュフシュに遭遇して生きていられる人など、そういないからな。
それに、ああやって身を隠して攻撃しているのなら、ムシュフシュに襲われたと気づかないまま死んでいった者も多いだろう。
ラースによって擬態を暴かれたムシュフシュはこちらを威嚇してくる。暴れ出す前に取り押さえるか。
俺は静かに魔法を発動させた。
『ヴィル、酷いねー』
『生き物の周りから空気を奪ったら死んじゃうよ?』
『でも、あのムシュフシュ、愛し子を傷つけようとした!』
『ソル様のお力があるから、愛し子は傷つかないよ?』
先ほど、こいつらの言葉を無視してネマを建物内に入れたことを根に持っているのか、精霊たちがやたら絡んでくる。
俺は今、魔法を使っているのだぞ?加減を間違えば、本当にムシュフシュが死ぬことになるというのに。
「黙れ。殺しはせん」
周りの異変に気づいたムシュフシュは、儀式を行っていたという建物の中に逃げようとする。
俺はそのあとを追い、奴が意識を失うまで範囲内の空気を薄くしていく。
動きは緩慢になっているのに、ムシュフシュはずいぶんと粘る。
山の上は地上と比べると空気が薄いせいで耐性を持っているのか、倒れるまで時間がかかってしまったな。
「……ヴィル。君が強いのは知っているけど、ヴィルも守られる立場であると理解しているかな?」
ラルフが笑みを浮かべて、俺の肩に手を置いた。
冷気は出ていないが、なぜか怒ったときの表情をしている。
「いや、お前のところの護衛は、ラルフたちを守ることが優先だろう。俺にはラースがいるから心配はいらない」
「これでも僕はオスフェの跡取りだよ?主君の後ろに隠れていろと?」
肩にある手に力が込められた。
確かに、以前と比べると力が強くなっているかもしれないが……。
「お前たちに何かあったら、ネマが暴走する可能性が高い。それならば、俺がやった方がいいだろう?ラルフの気持ちもわかるが、この状況では俺が前に出るのが最善だった」
いまだに、突然炎を見てしまうと怯えるネマだ。身近な者が傷つけば、あの事件を思い出して炎竜殿の力を使わないとも限らない。
「いいか、ラルフ。たとえ守るべき存在であっても、ときには利用しろ。そして、俺のことは信用しろ。特に守りたいものがいくつもある場合はな」
まぁ、俺が烈騎隊を率いていることを、まだラルフは知らないから俺の実力を信用しきれないのだろう。
すでに初陣はすませてあるし、人を殺めたこともある。実戦経験はまだまだ浅いが。
「……ヴィルのことは信用しているよ。それこそ、幼いときからね。でも、約束してくれ。ラース殿が守ってくれることを過信して、無茶をしないと」
「過信ではない、事実だ」
「でも、ここの建物の中は、精霊が関与できないんだろう?そういったことが、今後ないと言い切れるか?ネマのことだってあるのに……」
そう言われると、さすがに返答に困る。
愛し子がどのような力を持ち、どのような影響を与えるのかは、今のところラースも精霊も知らない。
創造神が与えたという『役目』によって変わるからだ。
ガシェ王国の初代国王とライナス帝国の初代国主は愛し子だったという。
新たな国の主になるのが役目だとしたら……これから先、何が起きるのか予想もつかない。
オスフェ家の独立?他国への侵略?
オスフェ公とカーナディアなら、ネマのためにと言ってやりそうではあるな。
「それは……そのとき次第だろう。王太子としてやらなければならないときは、俺はどんな無茶でもするぞ」
「そのときは、僕も一緒に無茶をしてあげるね」
怒っていたときの笑みとは打って変わり、少し悪戯めいた笑みに俺もつられる。
ラルフは要領がいいから、悪戯しても見つかることがなくて、なぜか俺が侍女頭に怒られていたな……。
「では、怒られるのも一緒だな?」
「うーん、そうなるかな?」
「言質は取ったぞ。一緒に怒られろ」
そう言うと、ラルフは困惑した表情を見せた。
しかし、すぐに俺の言った意味がわかるだろう。
「ヴィーーーッッッ!!ムシュフシュに何したのぉぉぉーー!!」
ほらな。我がお姫様がお怒りだ。
もふなで原作12巻は2022年01月14日発売です!
双葉社の書籍情報ページが整いましたら、活動報告に詳細を上げますので、今しばらくお待ちください。
あと、いつも誤字報告ありがとうございますm(_ _)m




