女性がおしゃべりなのは人間だけじゃなかった!
お買い物に夢中になり、指定された時間に少し遅れてしまった。
最初通った道、真っ暗闇に飛ばされたときにいた場所は、やっぱり商店街の裏道的なものだった。
表の道は多くのエルフで賑わっている。
魔道具の工房があったエリアとは趣が違い、人間の様式に近い。ほとんどが二階建てで、二階にも店舗が入っているみたい。
そんな中、連れてきてもらったレアンさんのお店は一階建てだった。お店の裏に庭でもあるのか、大きな木が見える。まぁ、この森からしたら小さいと思うけど。
「こんにちは。ゴルルの飼い主さんの紹介で来ました!」
「いらっしゃいませ。店主のレアンデュザ・ジュビ・ランシャドです。ギュルルは裏にいますので、こちらに」
レアンさんは水の精霊と仲良しな一族のエルフで、どうもこのお店はジュース屋さんのようだ。
お客さん側からキッチンが見え、ミキサーなのかなっていう魔道具とか電子レンジもどきの魔道具とかが置いてある。
果物と野菜は綺麗に陳列されていて、その中にしれっと魔生植物が混ざっているのが気になる。
レアンさんについて行くと、ギュルルがいると言っていた裏は庭になっていて、外から見えたあの木もあった。
「ギュルル、愛し子が会いにきてくれましたよ」
ギュルルは桶に顔を突っ込んでいて、ちょうど食事中だったようだ。
「乳をもらうときは、食事を与えて毛繕いをしてから搾乳するんです」
レアンさんの手にはいつの間にか棒のないデッキブラシのようなものがあり、彼の表情もどこか嬉しそうだ。
『あら?まぁまぁまぁ!炎竜様の娘さん!?こんなに可愛らしいなんて!ちょっと待ってね、これ、食べてしまうから。そしたら、おしゃべりしましょう!』
ゴルルとは真逆の、テンション高めな早口でギュルルは一気にまくし立ててきた。
「わかった!」
私が承諾すると、ギュルルは再び桶に顔を突っ込んで、シャクシャクと気持ちのいい音をさせながら食べ続ける。
その間に、レアンさんはお姉ちゃんとヴィの質問に答えつつ、ギュルルの体にブラシを当てていく。
ヴィが熱心にブラッシング方法を聞いているのは、ラース君にやってあげるためかな?
今度、我が家の使用人を紹介してあげようか?リィヤのブラッシング技術はディーもメロメロだったよ。
レアンさんは硬い肌のブラッシングを終えると、背中の毛並みを流れに沿って軽く動かす。
針が隠れているので、表面部分だけに留めているようだ。
それなのに、ブラシにはごっそり抜けた毛が溜まっている。竜種にも換毛期とかあるのだろうか?
「あまり綺麗なものではありませんけど」
そう言って、手のひらにふわりと落とされた毛玉。毛玉になるとふわふわな感じがするけど、よーく見てみると毛の太さがまちまちだ。
毛玉を軽く握ってみると、チクチクする感触や小さな抵抗を感じる。
つまり、太さによって毛の固さも違うのかもしれない。針にはなれなかった、未発達の針ってことなのかなぁ。
『食べ終わったわ!さぁさぁ、お嬢さん。こちらに来ておしゃべりしましょう!』
毛玉をレアンさんに返してギュルルの側に行くと、彼女は大きな声で鳴いた。
『テッラー!炎竜のお嬢さんが来ているわよー!!』
『ギュルルおばさんうるさいよ。せっかくお昼寝していたのに……』
ギュルルの声に反応して、木の後ろからもう一頭グワナルーンが出てきた。
レアンさんが飼育している子だろうか?
「テッラ、もうお昼寝は終わりですか?」
レアンさんは近寄ってきたテッラに水が入った桶を差し出す。
テッラはそれをがぶがぶと飲み、満足すると今度はギュルルの側に行って頭を擦りつけ始めた。
挨拶的な行動だと思われる。
『あ、本当に竜の娘だ!凄い!初めまして、テッラで~す』
テッラはノリが軽いというか、女子高生っぽいというか……なんか圧される。
「初めまして、ネマです」
二頭をしっかりと観察すると、テッラの方がやや小ぶりだね。
ギュルルの顎の角が四本生えているのに対して、テッラは真ん中の角が一本とちょこっと顔を出している生えかけがある。
ギュルルは二百歳くらいでテッラが百歳過ぎくらいだと考えると、性格だけでなく成熟度の違いも顕れているのかもしれない。
「ギュルル、お腹を触りますよ」
お腹周りも硬い皮膚で覆われているが、レアンさんは柔らかい乳房周囲を指圧のように親指で押し込んでいる。
『はぁ。相変わらず、レアンは触り方が上手いねぇ。ほんと、雄どもは見習って欲しいよ』
『そんなに外の雄は乱暴なの?』
『わたしが生まれた場所は最悪だったね。食べられればなんでもいいだろって腐りかけの果物持ってくるわ、自分たちは食べていないと言い張って乳を寄こせと乱暴するわ。結局、雄どもを捨ててエルフに保護されたからよかった、よかった』
なんか、聞いてはいけない会話を聞いている気がする。
『ゴルルとボルルは優しいんでしょ?よかったじゃん』
『ゴルルはじいさんだし、ボルルは気が弱いからねぇ。ローヴァンには世話になっているから、乳くらいいいかって思っちゃうよねぇ』
ローヴァンは飼い主さんの名前だね。
ようは、お世話をしてくれる飼い主さんやレアンさんなら乳をあげるけど、粗雑な雄にはやらんってことか。
……グワナルーンが数減らしたのって、これが原因なのでは?
粗雑な雄が増え、嫌気がさした雌は群れを作らなくなり、交配が行われなければ卵が生まれることもなく、結果、個体数が減ると。
「ギュルルのおかあさんも同じことされていたの?」
『母親のときはいい雄が少なかったらしくて、雄の取り合いが酷かったそうなの』
グワナルーンは雄は成体になると生まれ育った場所から旅立ち、雌はその場に残る。
若い雄が別の場所で育った雌と出会うことで、血が濃くなるのを防いでいるようだ。
そんな中、ギュルルの母親の世代で、通常であれば雄が雌の取り合いをするところ、逆の現象が起きたらしい。
いい雄を取られまいと雌は他の雌を牽制するし、乳を与えて雄の気を惹く。そしてできあがるダメ雄。
いい雄を捕まえられなかった雌は妥協して他の雄を選び、ようやく得た雄を取られるのもと雄を甘やかした結果、ダメ雄が増えた。
子供が巣立つときには、その甘やかしが刷り込まれているわけで、若い雄が別の場所で父親のような態度をしていれば、雌に見初められることはない。
でも、雄を得られない雌に擦り寄れば……ダメ雄の連鎖再びである。
「ダメ雄が他の場所でも広がったんだろうね……」
とまぁ、ギュルルの話を聞いて、私が想像した流れなので、正しいことはわからない。
人間に狩られたことも、数を減らした大きな要因だと思うし。
『ダメ雄!いい言葉だねぇ。今度からそう呼ぶよ!』
『私、この森生まれでよかったわぁ。誰だか知らないけど、卵だった私を売った奴、ありがとうってね』
テッラはエルフの森生まれなのか。
このままレアンといる方が楽だよね~とまで言っている。
さすがにレアンさんと番うことはできないけど、生涯お一人様を貫きそうな勢いだ。
「ネマ、お乳を搾るって」
『確かにそろそろだね。いい感じに乳が張っているよ!』
お呼ばれしたのでギュルルの後ろの方に向かうと、レアンさんはブラシを搾乳機と思われる魔道具に持ち替えていた。
人間用のお椀型ではなく、乳牛用の細長い乳首に装着する奴に似ている。
ギュルルのお乳の形も牛に似ているしね。ただ、乳牛のようには発達していないので、授乳期の和牛とか水牛くらいだと思う。見たことないけど。
搾乳機から伸びる管の先は大きな瓶。一升瓶どころのサイズではなく、ウォーターサーバーのボトルくらい大きなやつだ。
三十分もしないうちに、瓶いっぱいにミルクが溜まった。
「手で搾ってみますか?」
「私たちがやっても大丈夫なんですか?ギュルル、痛がったりしない?」
『大丈夫よぉ。痛いときはちゃんと痛いって言うし』
ギュルルもやってみたらと言うので、お言葉に甘えて挑戦してみることにする。
前世で、家族旅行したときにやった乳搾り体験がここにきて活きるとは!
まずはおしぼりで手を綺麗にして、レアンさんの指示通りに指を乳首にそえる。
親指と人差し指で乳首の付け根部分をぎゅっとして、リズムよく中指、薬指と順に握っていく。
ここで変に手首を動かしちゃうと、あらぬ方向に乳が飛ぶので要注意だ!
ジャーッと勢いよく出る乳を、レアンさんがボウルで受け止める。勢いがいいので、飛沫が飛び散り、ミルクのにおいが強くなった。
そのにおいにつられてか、星伍と陸星が尻尾をブンブン振って落ち着きがないし、目がキラキラしている。
ボウルに顔を突っ込んでこないか心配だな。
「星伍、陸星、このお乳は商品だからね。舐めちゃダメだよ」
ジャーッジャーッと何度か繰り返して、お姉ちゃんに場所を譲った。
「思ったより……」
感想を述べようとしたところで、お姉ちゃんは口を噤み顔を赤らめた。
たぶん、乳首や乳房といった単語を口にするのが恥ずかしいのだろう。恥じ入るお姉ちゃんもかわゆす。
結局感想は言わないまま、乳搾りを続けた。
ヴィはどうだったかというと、ギュルルが褒めるくらい上手かった。ヴィも初めてだって言っていたのに!
『はぁ~さっぱりした!』
定期的に乳を出さないと、乳房が凝り固まって痛むときがあるんだとか。
ギュルルにとって、搾乳されることはマッサージと同義のようだ。
美味しいものを貢がれ、エルフではあるけれど雄に乳を求められ、雌冥利に尽きる!
「よければ搾りたての乳を飲んでみますか?」
「飲みます!!」
お姉さんのところでは稲穂に提供されたものだったので我慢したけど、ちょっと舐めただけであの美味しさだ。絶対に飲みたい!
「では、お店の方へ行きましょう」
レアンさんは私たちを店舗の方へ促し、自身は搾乳機を片付けたり、ギュルルを労ってお水を与えたりと、忙しなく動いていた。
お店で待っている間、ヴィがギュルルたちとなんの話をしていたのかと聞いてくる。
なので、グワナルーンのダメ雄連鎖とテッラがお一人様の素晴らしさに覚醒したと答えた。
「それ、レアン殿に話しておいた方がよくないか?どこかで雄が保護されたら、テッラに宛がおうとするかもしれんぞ」
ギュルルもテッラもレアンさんを信用しているから乳を与えているようだし、急に雄を連れてきたりしたら、その信用が崩れるかもしれない!?
飼い主さんのところのボルルも聞けばギュルルよりちょっと若いくらいらしいので、お年頃なテッラとお見合いさせようってなる可能性もある。
それでお乳あげない!って事態に発展することもあり得るよね……。
「お待たせしました。今、用意しますね」
キッチンに立ち、手際よく搾りたてのミルクを何かの魔道具に投入して、他にも何かを入れているようだったけど、隠し味的なものかな?
どうぞと渡されたコップは冷えており、あの魔道具は冷却の魔道具っぽいね。
「いただきまーす!」
これぞまさに飲むソフトクリーム!少し凍らせたら、シェークになるのでは?
ここにお兄ちゃんがいないのが悔やまれる!
魔物っ子たちにもミルクを用意してくれて、床に置かれたお皿に群がっている。
ノックスも白も器用に飲んでいて、グラーティアは糸のいかだを作ってミルクに浮かびながら飲んでいた。星伍と陸星が舐めるたびに発生するうねりにも負けていない。
それだけこのミルクが美味しいってことだ。
稲穂は飲んだことあるものだし、まだお腹が苦しそうだったので今回はお預けにした。
切なげに鳴いていたけど、食べ過ぎるなって忠告したのに食べたのは稲穂だよって言ったら大人しくなった。
「こんな美味しいのは初めてだわ!」
お姉ちゃんもお気に召したようだ。
「パパイソの樹液を入れているから、甘くて飲みやすくなっているんです」
「……パパイソの樹液には痺れの毒があったはずだが?」
「あぁ。パパイソの毒は自然の中で育つと発生するもので、種から育て、毒を持たない餌を与えれば大丈夫なんですよ」
樹液と言うからには木だと思うんだけど、木に餌って言葉は使わないよね?
「パパイソって?」
「裏にあった木です。甘い樹液で獲物を呼び寄せ、毒で弱らせてから触手で取り込む肉食性ですので、山の中で見かけたら気をつけてください」
食虫植物を通り越した肉食植物だと!!
確かに、木にしては葉っぱが少ないなぁと思ったけどさ。エルフの森だし、魔生植物かもなぁって思っていたら予想を超えてきた。
「樹液の方も少し舐めてみます?結構甘いので、好き嫌いが分かれますけど」
百聞は一見にしかずということで、樹液を舐めてみることにした。
小さな小皿に移された樹液。においがバニラだ!だから、ミルクがソフトクリームみたいな味だったのか!
指につけていざ実食!
「うぁまーーいぃぃぃ……」
美味しいというより、甘いという味覚が崩壊しそう。
蜂蜜やメープルシロップなんて目じゃないほどくそ甘い。
黒からは毒の報告はないので、ヴィの言っていた毒は発生していないようだ。
「うっ……」
ヴィも舐めて撃沈した。
甘い物が苦手ではないヴィだけど、やっぱりこれは甘すぎた。
「これは……。でも、香りがいいし、これだけ甘味が強いならお菓子の隠し味によさそう」
……確かに!他にも、香りが強くないお茶に入れたら、フレーバーティーみたいにできそう!
「この樹液だけの購入はできますか?」
「えぇ、用意ございますよ」
秘薬の瓶よりさらに小さい瓶を持ってきてくれたレアンさん。すでに商品化済みだった。
パパイソの樹液の他に、グワナルーンの乳も購入した。
模様替えを頑張っているであろうスピカたちへのお土産だ。
海には腹の足しにならないだろうけど、スピカと森鬼は気に入りそう。
お代を払うときに一悶着起きた。
店内で飲んだ分のお代はいらないというレアンさんだったけど、こちらとしては乳搾り体験までさせてもらったのだから、遠慮なく請求して欲しいわけで。
「貴方にとっては商品を提供した正当な報酬だ。愛し子だからと甘やかすべきではない」
と、ヴィがピシャリと言ったことで、レアンさんは納得して受け取ってくれた。
体験料も請求していいんだよ?
これほどまで「乳」を打ち込んだことはない!(笑)




