秘密のお部屋。
食後のお茶を楽しみつつも、どうやって警衛隊を調べるのかを話し合っていたら、思わぬ来客があった。
「ダオ、大丈夫かっ!!」
部屋に入ってくるなり、ダオに駆け寄ってぎゅーっと抱きしめたのはクレイさん。
「クレイ様、ダオが苦しいって。昼食が戻ってきちゃうから今すぐ離して!」
ダオは食欲が落ちていたので、私よりも食べる量は少なかったけど、お茶を飲んだタイミングでぎゅーってされたらマジでヤバい!
私もパパンで経験しているので、ダオが今感じているであろう苦しさがよくわかる。きっと、気を抜くと逆流するんじゃないかと、心の中で焦っているに違いない!
「あ、あぁ……すまん」
クレイさんのぎゅーから解放されたダオは、ホッとしたのもつかの間、ウッと口元を押さえた。
クレイさんにダオをソファーに横向きで寝かせるようお願いして、森鬼には窓を開けて風が通るようにしてもらった。
「目をつぶってジッとしていれば、すぐに治まるよ」
ダオにはそう告げて、私はクレイさんにお説教だ。
剣の鍛錬を始めたとはいえ、ダオはまだ華奢な方だし、クレイさんのようなガタイで力一杯抱きしめられればポキッと折れてしまう。
「ダオがかわいくて、めでたくて、力いっぱいぎゅーってしたい気持ちはよくわかるけど、クレイ様は大人なんだから力加減を調整できるでしょ!」
「いや……ダオが狙われたかもしれないと聞いて焦っていたんだ。ほら、ダオはこういうこと初めてだから」
クレイさんが言うには、他の兄弟と違って資質を示していないから、狙われることもないだろうと思っていたんだって。
「……つまり、ダオ以外の殿下方は命を狙われたことがあると?」
「アイセは表立って騒いだことがないから、どのくらい狙われたのかは把握していないけど、私や兄上は一時期多かったよ。エリザは……聞かない方がいい」
いや、そこでエリザさんのことだけ隠されると余計に気になるのだが……。
エリザさん本人に聞いたら教えてくれるかな?
「これでダオまでも狙われるとなると、警衛隊の増員は急いだ方がいいかもしれないな」
「もとから増員する予定でもあったのですか?」
「あぁ。ある程度の実務がこなせると判断されると、公務も振られるようになるからな。公務ともなれば、今の倍以上の人数が必要となる」
ふむ。ちょうどいい機会だし、警衛隊のことをいろいろと質問してみるか。
「ちなみに、ある程度ってどのくらいですか?」
「そうだなぁ。私のときは、とある領地の硝子工房をこの目で見たかったのだが許可が下りなくてな。ふて腐れていたら、皇太后様が視察にすればよいと助言をくださったんだ。それで、視察のための計画書を作ったのがきっかけだったと思う」
そもそも、なぜその硝子工房を見たかったのかとか、何歳のときの話なのかとか、質問したいことはたくさんあるけど、クレイさんの語りが続くようなのでお口はチャック。
「警備面で凄く駄目出しされてね。それで初めて、警衛隊の本質を知ることができた」
「けいえい隊の本質?」
警衛隊って、皇族の警護をするだけじゃないの?我が国の宮廷近衛騎士団みたいなものだと思っていたけど、何か違うのかな?
「ダオの警衛隊と私の警衛隊には一つ大きな違いがある」
「違いって?」
ソファーに寝そべっていたダオが起き上がり、クレイさんに問いかけた。
ここからは、ダオが聞きたいことを質問していった方がよいと判断し、私は聞き役に徹しようと思う。
「ダオの警衛隊は第一体制、私の警衛隊は第二体制となっている」
クレイさんの説明によると、皇族の成長に合わせて、警衛隊の仕組みが変化していくらしい。
第一体制は幼少期の、皇族が警衛隊の運用に関われない状態に用いるもので、隊長が決定権を有していて、副隊長は置かずに補佐役が三名配置されるそうだ。
皇族が成長し、判断力がついてくると、第二体制へ移る。このとき、皇族が決定権を有し、隊長と副隊長を指名、また警衛隊へのスカウトも行うとか。
これにより、警衛隊に特徴が表れるようになる。
クレイさんの警衛隊はオールマイティに、何かに特出することないように編成したと言っていた。
ダオも他の警衛隊を気にしたことがなかったのか、クレイさん以外のところはどんな感じなのかを聞いていた。
テオさんのところは武力を求められるそうで、獣人が多いらしい。エリザさんのところは女性の隊員が多いんだって。アイセさんのところは少数精鋭で、自身がスカウトした隊員しかいないとか。
ちなみに、第一体制のときは三十から四十名ほどしかいない隊員も、第二体制になると八十から百名くらいまで増える。
なので、アイセさんのところは第二体制なのに四十名くらいしかいなくて、クレイさんがもっと増やせって言っても聞いてくれないと愚痴をこぼしていた。
「あとは第三体制だが、これは聖獣様と契約した者にしか許されていない」
第三体制になると、なんとワイバーンが編成に組み込まれるようになるんだって。
まぁ、聖獣の契約者は聖獣に乗って移動するから、機動力が必要ってことなんだと思う。ワイバーンがいるので獣人の隊員が少ない代わりに、エルフが多くいるらしい。
エルフなら、精霊を通じて聖獣の動向を知ることができるからね。
「でも、なんでそんなやり方をしているの?」
個々の成長に合わせて……個性を大事にしているって言えば聞こえはいいけどさ、兄弟の中での優劣が幼少期から顕になって、外野がうるさく騒ぎ出しそうじゃない?
私も王宮くらいしか遊びにいっていないのに、上の二人とは出来が違うって噂されてたのに。
「公務に関わることを判別できないと危ないからさ」
「ん?公務は、予定を決める人がいるでしょう?」
我が国でも、王族のスケジュールを管理している部署があって、国内だと内務部門が、国外だと外務部門と連携していろいろと決めていると教えてもらった。
「まぁ、予定を調整する部署はあるが、そいつらが味方とは限らないよ。誰かに買収されて、襲いやすい道を選んだり、侵入しやすい宿を選ぶことだってあり得る。だから、計画書の段階で自分で気づけるようになることと、信の置ける者を隊長、副隊長に選ばないと命に関わる」
……改めて、改めて言おう。なんて恐ろしい国なんだ!!
我が国でも貴族間の派閥争いはあるし、過去には王位の簒奪もあったけど頻繁ではない。
王様やパパンたちにバレないようこっそり不正したり、あくどい手口で利益を得ようとするちょい悪貴族の方が圧倒的に多いもの。
そのちょい悪貴族たちも、王様とパパンの手のひらの上で転がされているのだと、オリヴィエ姉ちゃんが珍しく狡猾そうな顔をして言っていたのを覚えている。
「……兄上、あの……」
ダオはクレイさんに声をかけたけど、言うか言うまいか悩んでいるようで、言葉は続かなかった。
クレイさんの方が察して、人払いを命じた。
それに安心したのか、ダオは警衛隊のことを説明した。
事件に関与している者がいるかもしれないから、調べたいということも。
「じゃあ、ちょうどいいね。第二体制に移行するから、隊員から話を聞いているって口実にできる。隊員たちのことを調べるついでに、残すか切るかを判断するといいさ」
「その移行って僕が決めていいものなの?」
「当たり前だろ。警衛隊に関することはすべて、その皇族に委ねられているのだから」
とは言いつつも、積極的に教えていないのは、それすらも自分で気づかないといけないってことなのだろう。
皇族に厳しくあることで、国が長く繁栄しているのかもしれない。
それから、クレイさんは思う存分ダオを可愛がると、何かあれば頼ってくれと言い残してお仕事に戻っていった。
ダオもクレイさんから元気をもらったのか、だいぶ気が晴れたようで、これから隊長さんと話すと意気込んでいる。
「その前に、どうやって調べるか決めた?」
「うーん、個々に話を聞く場をもうけて、ネマとシンキには隠れて側にいてもらうっていうのは?」
「相手がうそついているか、精霊に聞くの?うそをついていた場合は、その先のじん問はその場で対応しないといけないよ?」
というか、精霊は人の嘘が見抜けるのかな?そこら辺どうなのか、森鬼を通じて確認してみた。
精霊からの答えは、名の誓いによるものでないと正確にはわからないらしい。悪いこと考えているんだろうなぁとか、この人は優しい人だなぁっていうのが、なんとなくわかる程度なんだって。
そもそも、そんなに興味ないので、面白い人しか見てないって言われた。精霊らしいね。
それなら……。
「パウル、何かいい案ないかしら?」
我が家のスーパーマルチな使用人なら、尋問だって極めていそう。というか、パウルにできないことはないと思うの!
「一度では無理ですので、何度かに振り分けて絞っていくしかないと思われます。ですので、まずはダオルーグ殿下が感じた印象と質問の受け答えで判断してはいかがでしょう?質問も、全員に共通して行うものと、個々に行うものを用意した方がよいです」
……なんか、期待したのに普通の答えだった。
こう、嘘を見抜く五つの方法!とか、自白させるマル秘テクニック!とかあると思っていたのに。
「おや、ネマお嬢様は不服ですか?確実に白状させる方法はあるにはありますが……」
おっと、顔に出てしまっていたのか。
しかし、確実な方法があるのにもったいぶるのは……まさかねぇ?
「言いたくなるまで痛めつければいいのです。ですが、さすがにダオルーグ殿下の警衛隊を再起不能にするわけには参りませんので」
ですよねー。そういう過激な方へいくのはやめてもらっていいですか!
「あ、あの!じゃあ、一緒に質問を考えてもらっていいですか?」
「もちろんです。ネマお嬢様のこともありますので」
私が関わる以上、私から目を離せないという理由だろうけど、ダオへの接し方が私より優しいように感じるのは気のせいだろうか?
納得のいかない気持ちを抱えながら、パウルとダオが真剣に話し合い、質問を決めていくのを眺めていた。
パウルのアドバイスを元に決めた質問は、かなりの数になってしまった。特に事件に関する質問は、情報共有が行われるのを見越して、なるべくかぶらないようにしたいんだとか。
どの質問をどの隊員にするかも重要ということで、全隊員の個人情報、履歴書みたいなやつを入手しなければならない。
「まずは隊長殿を見極めましょう。彼の忠誠がダオルーグ殿下へ向かっていれば、遠慮なくこちらへ引き込めます」
ちょいちょい発言が物騒だけど、隊長さんがダオの忠臣でなかったら、パウルはどんな手段を講じるのだろうか?
怖いので、隊長さんが忠臣であることを祈るしかない。
「まずは、隊長殿で試してみましょう。わたくしが気配を消してお側につきますので、ネマお嬢様は隠し部屋にて観察していてください」
「「隠し部屋??」」
思わぬ単語が出てきたせいか、ダオとタイミングよくハモった。
「えぇ。セーゴとリクセーからルイベンス殿下とテオヴァール殿下の私室に隠し通路と部屋があったと報告を受けましたので、皇族の私室は必ず備わっているものなのでしょう」
星伍と陸星が宮殿内をくまなく散歩して、隠し通路を発見していたのは知っているけど、個人の部屋にまで押しかけていたとは!
ルイさんは二匹のことを気に入っていたので、自分で招き入れた可能性はあるけど。
「隠し通路ならありますけど、隠し部屋は聞いたことなくて……」
「おそらく、通路の途中にあると思われます。応接室には覗き窓のようなものがあるのは確認できておりますので」
パウルの有能ぶりにはもう驚かないけどさ、人が事情聴取を受けているときに、何をやっていたのやら。
じゃあ、隠し部屋を確認しようってことになったけど、隠し通路の入り口はダオの寝室にあるらしく、誰にも教えるなと言われていたため、警衛隊の人も知らないらしい。
これ以上コソコソすると、警衛隊の人たちにも訝しまれる可能性が高いよね?
どうやって怪しまれずに寝室の隠し通路に向かうか。
「隠そうとするから怪しく思われるのです。堂々としていてください」
パウルに問うたらそう返ってきたので、半信半疑のまま、ダオの寝室へ移動することに。
人払いされていたけど、警衛隊の二人が扉の前で待機していた。当然、ダオが移動するとついてくる。
寝室の中にも入ってきたので、どうするのかとパウルと見やると、彼はダオに何やら囁いていた。
「ここから先、目にするもの、聞くものを他言しないで欲しい。もし、君たちしか知り得ないことが外部に流出したことが判明した場合、聖獣の加護が失われると心せよ。ネマが聖獣と仲がいいのは、君たちも知っての通りだからね」
ダオ、セリフと表情が一致していないよ。そこは、困り顔じゃなくて、ニヤリと腹黒い笑みを浮かべるんだよ。
パウルが囁いていたのは、聖獣をネタにした脅迫の言葉だったのだろう。だけど、ダオの可愛らしい顔で脅迫になるのか不明だ。
警衛隊の二人は御意と答えてくれたので、とりあえず一安心と思っていいのかな。
「彼は精霊術師ですから、貴方たちが約束を破ればすぐにわかりますので」
ダオの迫力に欠ける脅迫を後押しするように、精霊の監視をチラつかせるパウル。
ぶっちゃけ、聖獣と精霊という創造神の眷属を出されては、名に誓うよりも強力な気がする。
「貴方たちは隊長殿のあとでいろいろとお話させていただきますので」
うぁぁぁ、パウルさん、いい笑顔!
ただでさえ切れ長な目をしているので、そんな顔をしていると鬼畜さがにじみ出てしまう。
ただならぬ雰囲気を察した隊員さんたちは、カクカクと操り人形のように頷いた。
「さて、隠し通路の方へ参りましょう」
「……あ、うん。こっちだよ」
ダオも雰囲気に飲まれていたのか、パウルに声をかけられて我に返る。
そして、大きなベッドの下を指し示した。
ちょうど真ん中辺りの横板が音も立てずに外れた。
ベッドの下は、ダオが這いつくばった状態で頭を上げていられるくらいの高さしかない。
「なるほど。この板は内側からもはめることができるのですね」
なるほど。隠し通路に逃げたことをわからなくするための工夫だね。
しかも、大人が武装した状態ではベッドの下に潜り込むこともできないだろう。隠し通路がバレたとしても、この大きなベッドを動かすには時間がかかりそうだし、逃げる時間を稼げる。
「ここに腕輪をかざすと入れるようになります」
ゴソゴソと動いたあと、淡い光がダオの左腕から発せられる。すると、スーッと床が消えたのがわずかに見えた。
ダオは体の向きを変えて、足下から消えた床の中に入っていく。そのあとにパウルが続き、凄く窮屈そうに入っていって、中を確認してから私が呼ばれた。
ベッドの下で匍匐前進をして方向を変えると、スカートがめくり上がったのを感じた。
しんどい体勢で整えるも、このまま足から降りたら下着が見えそうじゃない?まぁ、パンツの上にキュロットみたいなペチコートを履いているから、パンツは見えないと思うけど。
スカートに悪戦苦闘しながら降りようとしたら、パウルが支えてくれたのでなんとかパンツ丸見えは回避できた。
隠し通路に降り立つと、中は思ったより広く、森鬼でも普通に立つことができた。
ただ、真っ暗なのでそこから動くことができなかったんだけど、ランタンの魔道具がちゃんと用意されていた。
光を頼りに通路を進むと、すぐに分岐路が見つかった。
「おそらく、こちらの奥ですね」
「これ、どこに繋がっているの?」
目的の応接室の隠し部屋はパウルが示した方で、このまままっすぐ行ったらどこに出るのだろう?
パウルの先導についていきながら、通路の先が気になってしょうがない。
「一番遠いところでイェリード要塞まで行けるっておばあ様が言っていたよ」
「ん?この通路、もしかして……」
「おばあ様がカイディーテ様と一緒に作り直したんだよ」
カイディーテは土属性だから、地下通路なんてお手の物だろう。どれだけ張り巡らせようと、地盤が沈む心配もないしね。
地下迷宮とか作ったら、楽しいだろうなぁ。この隠し通路も迷路みたいだし探検したい!
「ダオは、この通路の中を全部覚えているの?」
「ううん。宮殿の外に出るのと軍部の詰め所に出る順路だけだよ」
実際に通ったことはないけどねと言うダオの声は、どこか楽しそうだ。
やっぱり、こういう探検はテンション上がるよねぇ。
でも、隠し部屋にはすぐ着いてしまう悲しさよ。
隠し部屋は横長の、前世で暮らしていたワンルームの半分くらいしかない狭い部屋だった。
シンプルな木の椅子が二脚あるだけで、覗き窓とやらは見当たらないけど?
パウルは粗方の位置を把握していたようで、壁に手を這わせてすぐに、ありましたと覗き窓を発見した。
わざわざ、こちら側もわかりづらいようにしてあるのが不思議だね。
目の幅くらいしかない小さな覗き窓を覗くと、確かに応接室の光景が見える。先ほど、エルフのお二人が座っていたソファーが正面に見えるので、覗き窓があるのは私が座っていた側の後ろってことになる。
全然気づかなかったよ。
「ネマお嬢様はシンキと、このままこちらでお待ちください。ダオルーグ殿下とわたくしは、応接室で隊長殿の到着を待ちましょう」
と、あっさりと置いていかれた。
シーンと静まり返った隠し部屋。部屋に備えつけてあった光源の魔道具は、光量が絞られており薄暗い。
なんだか、ゾンビとかアンデッドが出てきそうな趣があるけど、さすがに聖獣が住む宮殿の地下には現れない……よね?
ちょっと怖いので、森鬼にくっついてパウルたちを待つことにした。
――沈黙が重い。
「ネマお嬢様」
「ぴゃいっ!!」
びびび、びっくりしたぁぁぁ!!心臓がギュッてなったよ!今、バクバクしているよ!
「ぱ、パウル……おどかさないでよぉ……」
「失礼いたしました。シンキ、応接室の声が漏れないようにして欲しいのと、私の声をダオルーグ殿下だけに届くようにしてください」
「わかった。ナノ、だそうだ」
森鬼が精霊に声をかけると、ブワッと風が舞った。私にはそよ風程度だったのに、森鬼の髪の毛がぐちゃぐちゃになっているのは精霊の悪戯だろうか?
森鬼も鬱陶しそうに、顔の周りを手で払っている。
「精霊さん、よろしくね」
すると、風が私の周りを回っているのを感じた。
風の精霊が張り切っているのかなと思った瞬間、私はヴィに教えてもらったことを思い出して焦る。
風の精霊は遠慮しないし、思い切りもいい。
つまり、やり過ぎた結果、大惨事となる。
「森鬼のお願いが優先だからね。物足りないって思っても、ダオのためだからこらえてね!」
私のお願いがどこまで考慮されるかわからないけど、予防策は取っておかないと。
精霊に遊ばれているうちに、隊長さんが到着したらしい。
隠し部屋の灯りは消され、覗き窓から差し込む応接室の光だけとなった。
私は森鬼に抱っこされた状態で覗き窓を覗いたのだが。
これ、向こう側から見たら、壁に目が浮かび上がっているように見えない?
うっかり気づいちゃったら、超ホラー!絶叫間違いなし!
学校の七不思議ならぬ、宮殿の七不思議とかできちゃったりして……。
ダオが座ると背もたれで姿が隠れ、隊長さんの反応しか見えないのが残念だ。
それに、いつの間にかパウルもいない。視野が狭いので、見えないところにいるのだろうけど、隊長さんも気づいていないっぽい。さすがパウル!
ダオが固い声で質問を始めると、隊長さんは生真面目に淡々と答える。
最初は補佐役の三人についての印象。今、第二体制に移行することをどう思うか。事件のとき担当予定だった治癒術師についてや先ほど脅されていた隊員たちについてなど、時折パウルの指示を受けながらどんどん質問を重ねていく。
「あの……これは本音で答えてもらいたいんだけど、レクスは僕のことどう思ってる?僕はね、レクスのこと、兄上みたいだって思っているんだ。レクスはよく、クレイ兄上みたいに、僕のことを心配してくれるから」
この質問には隊長さんも答えづらいのか、少し表情が崩れた。そして、ダオを見やる眼差しが柔らかくなる。
きっと、ダオは恥ずかしがりながら先ほどの質問を口にしたのだろう。ダオへの過保護っぷりからも、隊長さんがダオを好ましく思っているのはわかる。ゆえに、ダオの可愛い姿を目の前で見てしまえば、顔も緩むよね。
「おそれながら……私には歳の離れた弟がいるのですが、殿下のお姿を見ていると、故郷にいる弟を思い出すのです」
隊長さんは領地を持たない子爵の次男だという。
ライナス帝国では、領地を持っているのが伯爵以上の爵位で、子爵や男爵位は領地を持つ貴族の傘下に入って手伝いをするようだ。
爵位の世襲は当主指名制となっているものの、やはり長男が跡を継ぐことが多い。
隊長さんはお兄さんが跡を継ぐので、身を立てるために武の道に進み、先代の隊長――ダオが生まれたときに皇帝陛下が指名した――に警衛隊にスカウトされたらしい。
故郷を離れ、帝都に出てきたのが十五歳の時。弟さんは当時三歳で、今はそのときの隊長さんと同じ十五歳になって、文官を目指して最上学術殿に通っていると言う。
「殿下とは歳が違いますが、この目で弟の成長を見ることができませんでしたので」
だから、弟の成長をダオに重ねてしまうということか。
「ありがとう。僕はこのままレクスに隊長を続けてもらいたい。受けてくれるかな?」
立ち上がったと思ったら、隊長さんはダオの前で膝を折り、頭を垂れる。
「このレクス・フェンザーのすべてをもって、ダオルーグ殿下に忠義を尽くすと名に誓います」
『では殿下。これで隊長殿が裏切ることはございませんので、全隊員の名簿を用意するよう伝えてください』
感動的なシーンが繰り広げられているのに、パウルのせいで余韻すらなくなってしまった。
もう少し、主従の絆を確認する時間を与えてあげようよ。
なんとか上手く話がまとまったようだけど、考えてみたら隊長さんちょっと可哀想かも。
ダオが自分を頼ってくれたと心なしか嬉しそうにしていたんだよね。
でも、私たちがいろいろと企ててしまったので、もし知ってしまったらショックを受けそう。
隊長さんがいなくなったあと、警護していた隊員二人にも話をした。そのときはパウルも姿を見せて……と言うか同席していて、容赦なく威圧したせいで圧迫面接みたいになってた。隊員さんたちの顔が若干引きつっていたよ。
とりあえず、今日はこの辺でってことになり、私はようやく隠し部屋から出ることができた。
正直、薄暗くて狭い部屋は長時間いたくないね。眠くなる。
◆◆◆
自室に戻ってくると、なぜかヴィが寛ぎながら読書をしていた。
「ようやく戻ったか」
明らかに不機嫌な声。
「ヴィルヘルト殿下、失礼ですが侍女の案内でこちらに?」
「いや、俺がここでよいと無理を言った。カーナディアの許しは得ているから、叱ってやるなよ」
パウルは、ヴィが不機嫌なのはスピカやシェルがちゃんとおもてなししなかったからだと思ったのかな?
この、自室のように堂々と寛いでいる姿を見れば、不機嫌な原因は別にありそうだけどね。
そもそも、この部屋を訪ねてくる客人は応接室を拒否する傾向がある。
あれか?パウルたちが丹精込めて、私たち姉妹が居心地がよいようにと整えたリビングが素晴らしいからか?
大きな家具は備えつけのをそのまま使用しているが、小物などはほとんど我が家から持ち込んだもので、部屋の雰囲気はオスフェ家の屋敷に寄せてあるんだよ。
ベランダの方から、ラース君がのっそりと歩いてきた。
グルルと喉を鳴らして、ヴィに何かを伝えている。
「そうか。ネマ、まぁ、座れ」
「えっ……もうすぐご飯……」
「座れ」
チラリとパウルの方を見ると、目で従ってくださいと言われているようだった。
仕方ないので、ヴィの横に座る。離れて座りたかったんだけど、ここに座れとポンポンされてはね。
「何やらコソコソしているようだが?」
「気のせいです!」
「ほぉ。では、精霊たちがダオルーグの警衛隊のことを調べていると言っていたのは偽りなんだな?」
あ、精霊たちに内緒にしてとお願いするの忘れてた!
「隠し部屋で警衛隊の隊長を覗き見していると、風の精霊が教えてくれたが見間違いだったようだな」
……精霊は嘘つかないし、見間違うこともないとわかっていてこの発言。
ここで私がそうだよと言えば、自分の不都合を精霊になすりつける不届き者になってしまう。
「……精霊さんが正しいです。ダオとけいえい隊を調べることにしたの」
白状すると、ヴィは思いっきりため息を吐いた。
「最悪の場合、お前たちの立場が悪くなると理解していての行動か?」
他国の人間である私が、皇子の身辺を嗅ぎ回ることの危なさをダオから忠告は受けていると言えば、ヴィはそれだけじゃないと。
外交問題に発展せずとも、怪しいというだけで居心地が悪くなるのが貴族社会だって言われた。
でも、私はこの国でも引き篭もりみたいなものだから、貴族との付き合いはない。どちらかと言えば、軍人さんの知り合いの方が多い気がする。
ヴィにそう伝えると、王宮にいるときとまったく変わってないと笑われた。
確かに!ガシェ王国でも、騎士の知り合いの方が多いな!一応、顔見知りの侍従や侍女もいるけど。
「俺が言い聞かせて、ネマが折れるとは思っていない。お前たち、ネマに張りついていろ。周りの奴らがやり過ぎないよう、ちゃんと下位を統率しておけ」
誰に言っているの?
ラース君も私の方ではなくて、私の頭の上の方を見つめている。
ということは、そこら辺に精霊がいるのかな?
「シンキ、そいつらは他の奴らより使える。加減も心得ているから、何かあれば頼るといい」
森鬼もラース君と同じく、私の頭の上の方を見ている。なんか、あらぬ方向をジッと見つめる猫みたい。
「わかった」
ヴィの目的は、その精霊を私につけることだったようで、それからは特に小言を言われることはなかった。
しかし、なぜ一緒に夕食を食べているのか……。
お姉ちゃんも最初は嬉しくない様子だったけど、ヴィが学術殿での生活がどんな感じなのか聞いたりして、思った以上に会話が弾んだ。
スープカレーもどきは美味しかったけど、やっぱりカレーライスが恋しくなった。




