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閑話 アリさんの生態

とある書物に、極悪甲種の営みは人に似ているという記述がある。

この著者は魔蟲(まむし)研究の第一人者で、エルフ族の長い寿命をもって研究し続けた。

そのエルフが、進化が速すぎて魔蟲の分類は不可能と結論を出したというのは有名な話だった。



極悪甲種は基本、夜行性である。

しかし、すべての個体が夜に活動するわけではない。

彼らは魔蟲の中でも寿命が長く、群れでの攻撃力が強いため、巣はすぐに大きくなる。そして役割も細分化していき、昼間にも活動する個体が出てくるという。

ネフェルティマにアリさんと名付けられた極悪甲種は昼間に活動する個体だった。

巣の中では比較的古い個体で、餌を調達する役割を持ち、巣があるドトル山は自分の庭のように詳しい。


アリさんと名付けられる前、あの日は昼間に活動する仲間とともに、巣の中で休んでいた。

突然、仲間からの警戒音がして、何かが巣の中に侵入してきたのだとわかった。

巣の中には、外に出ない個体や幼虫といった弱きものがたくさんいる。

戦えるものが弱きものを守らねばならない。

巣の守りを担う強きものと餌を狩る強きものたちで力を合わせて侵入者を追い払う。

それは短い間だったが、巣の被害は大きかった。

侵入者が出した煙に毒でも含まれていたのか、弱きものや幼虫が死んだ。

それを補うためには、母たる王に卵を産んでもらわないといけないし、残った幼虫たちにも栄養を与えて成長を促さないといけない。

そのためには餌が必要だ。

考えることなく、仲間たちは餌を探し求めて巣から出ていった。

早く餌を持ち帰らねば。

強きものが腹を空かせれば、弱きものを食らってしまう。

巣を守るためには強きものが必要で、強きものが戦うには餌が必要だ。

巣を守るためなら、仲間も犠牲にする。

それは仕方ないことで、その犠牲を最小限にするためには調達組がたくさん餌を持ち帰るの一番だ。


極悪甲種は何か考えているわけではなく、本能で種族を守るためにどうすればいいのかを知っていて、それに従って動いているにすぎない。

アリさんも餌を探して山をさまよっていたが、こういうときに限って餌になるような生き物が見つからない。

アリさんには知るよしもないのだが、この山に聖獣であるソルとラースが現れたことで、ほとんどの動物が巣穴から出ていなかったのだ。


本来なら休んでいる時間に起こされて、敵を追い払って、陽が昇る前から餌を探して見つからず、気がつけば巣からだいぶ離れた場所まで来ていた。

アリさんは疲れ果てており、少し休むために動くのをやめた。


しばらくすると何か生き物の気配がし、触角を動かし周囲を探る。

巣に侵入した敵と同じ生き物のようだが、気配が違う気もする。

敵意は感じられず、こちらに近づいてくることもなかったので、アリさんは逃げる必要はないと判断した。

気配が増えたり減ったりとしたが、やはりこちらに近づこうとはしない。

そろそろ動こうとしたところで、何か物が置かれた。

なぜか興味を惹かれたアリさんは、それが何か確かめようと触角を伸ばす。

極悪甲種の触角はどの感覚よりも発達していて、味や匂いまでもわかる優れものだ。

触角で雪の上を調べ、柔らかいところを避けて歩く。

置かれたものに近づき念入りに調べた。

それを食べ物だと判断したアリさんは、自分が食べることを選んだ。

お腹が空いているのもあるし、毒が含まれていても、持ち帰るまでに自分が死ねば巣は守られるからだ。

こうして、初めて焼き菓子を口にしたアリさんだが、その美味しさに驚いた。

花の蜜のように甘く、花粉のような柔らかさ。しかし、なんとも言えない香りがまた美味しい。

人はそれを香ばしいと表現するが、焼くということを知らないアリさんにとっては衝撃的だったのだ。

毒も感じられないので、これを巣に持ち帰りたい!仲間にも食べさせてあげたいと思った。

量が少ないのは残念だが、これならば母たる王も食べてくれるかもしれない。

小さくてバラけているので、アリさんはそれを噛み砕き、唾液を混ぜて団子状にする。

これは、幼虫に餌をあげるときの動作である。

口しかない幼虫が食べやすいようにと、取ってきた餌を丸めるのだ。

食べ物のことで頭がいっぱいだったアリさん。

しかし、ここで彼の運命が変わった。


「アリさん、フィリップおじ様を見つけたら助けてあげてね!」


声の主と繋がったことによって、アリさんは彼女が自分の王になったのだと理解した。

母たる王よりももっと大切な存在に。

だからこそ躊躇(ちゅうちょ)した。

本能と新たに芽生えた意識では、これからの行動が相反していたからだ。

本能は餌を巣に持ち帰れという。新たに芽生えた意識は王のもとへ行けという。

どうすればいいのかわからずに、自分の王の方を見やる。

距離はあれど、王が餌を持ち帰れと言っているような気がした。

ならば、王に従うまで。

アリさんと名付けられた極悪甲種は、こうして自分という意識を持つにいたった。


巣に戻るまでにアリさんは考えた。

王が言っていたフィリップという存在について。

きっと、王と同じ生き物だ。

でも、この山にあの生き物はめったに見かけることはない。

となると、あの巣に侵入してきた生き物がフィリップなのかもしれない。


アリさんは気づかないが、思考できるようになったのも名付け親であるネフェルティマの……いや、創造神の影響である。

確実に進化しているのだが、アリさんにその自覚がない。


巣に帰ったアリさんは、団子状にしたお菓子を噛み砕き、半分ほどを母たる王へと献上するために王がいる部屋に向かう。

母たる王を護衛している強きものたちもいるが、仲間とわかっているため警戒する素振りは見せない。

しかし、母たる王は気づいた。自分の子の変化に。

その変化を確かめるために、触角をアリさんへと伸ばす。

我が子の頭に刻まれた紋章のことはわからないが、自分とは違う何かになったのだと感じた。

ただ、母たる王は困惑する。

違う何かになったのなら、群れに置いておくわけにはいかない。

それなのに、我が子からは弱きものたちを心配する気持ち(・・・)が伝わってくるのだ。こんなにはっきりとわかることは今までなかった。

王たる個体ではない我が子が、自分のようになったのではと思い、母たる王は我が子に問うた。

何があったのだと。

すると、不思議なことに母たる王の頭の中に映像が見えた。

それは、アリさんがネフェルティマと出会い、名付けられるまでの一連の出来事だった。

長く生きていることもあり、ネフェルティマがどんな存在であるのかを理解した母たる王は、我が子を触角で優しく撫でる。

この子は見初められたのだと。そして、この子もそれを受け入れたのだと。

母たる王は正直な気持ちを伝えた。

新たな王のもとへ行くも、この巣に残るも好きにするがよい。ただし、新たな王のもとへ行くならば、二度とこの巣に戻ってくることは叶わぬ。

巣に戻れない、すなわち仲間から外されるということ。独りで生きなければならないということだ。

アリさんはすぐに返答できなかった。

自分がどうしたらいいのか、王にもう一度会って決めたいと思ったから。

王が望むなら側にいたいし、巣に残れと言うなら残る。

そんな葛藤が伝わったのか、母たる王は答えを急がせなかった。答えを出すまで好きにしてよいと、我が子を仲間のもとへ返す。


アリさんは王に会いにいくことを決めた。

しかし、王に会いにいくのに手ぶらなのもよくない。母たる王にしたように、貢ぎ物が必要だと考えた。

そこで、フィリップおじ様を助けてねという言葉を思い出す。

あの侵入者がいれば、王に喜んでもらえる。

アリさんは、あの侵入者がどこに行ったのか探すことにした。


巣の中にいる仲間に、侵入者の行方を尋ねて回るアリさん。

その中で、相手の記憶を読み取れることに気がつく。

触覚で相手に触れ、侵入者のことを思い出して欲しいと念じれば、アリさんの頭の中で記憶が再生されるのだ。

種の進化速度が影響しているのか、創造神の力かは不明だが、アリさんはありえない速さで進化を続けていた。


強きものが氷の下に落ちていく侵入者たちを見ており、あの下にある洞窟にいるのだと当たりをつける。

ただ、あの洞窟は入ってはいけないと、母たる王に禁じられている場所だ。

アリさんは行けるところまで行き、そこで一夜を過ごすことになる。


待ち伏せが功を奏し、フィリップおじ様とやらを見つけたアリさんは、彼らを王のもとへ連れていくために脚を進めた。

予想外だったのは、巣の中を突っ切ろうとし、仲間たちに警戒されたことだ。

アリさんには安全な道でも、侵入者であった彼らを覚えている仲間は多い。

あっという間に囲まれて、威嚇音まで出される。

途中で会った仲間は、アリさんが危険ではないと伝えるとすぐに大人しくなったので、アリさんはこの状況に焦る。

なんとか、巣に害をなす生き物ではないことを認識させなければと、彼らの前に出た。


――我らを傷つけることはしない。我が王のもとへお連れしたい。協力してくれないか。


アリさんはただひたすらに仲間たちにお願いした。

このとき、この場にネフェルティマがいれば、アリさんから何らかの物質、いわゆるフェロモンが発せられていたことに気づいたかもしれない。

また、カーナディアがいれば、アリさんからわずかながら魔力が放出されていることに気づいたかもしれない。

そして、ヴィルヘルトとラースがいれば、その魔力が洗脳系の魔法であることをラースが教えたかもしれない。

しかし、ここにいるのは紫のガンダルであり、彼らは創造神が創りし聖獣の住処にいたせいで、魔力を感知する感覚が麻痺していた。


こうしてアリさんは無自覚に仲間たちの意識を誘導し、警戒を解くことに成功してしまった。

無事に巣を抜け、ネフェルティマのもとへ向かうアリさんだったが、夜が来る前に休みたいと言われ仕方なく折れた。

そして、自分はさっさと点在する避難場所の岩場の隙間に入り込んだ。

この山のあちらこちらにある避難場所は、狩りの際の休憩場所としても使われている。

大きな餌を仕留めるには、たくさんの仲間たちがいても時間がかかるからだ。

そして、その隙間でアリさんは恐ろしい言葉を聞いてしまう。


『そういえば、魔蟲のお肉が美味しいって、ネフェルティマ様が言っていたわ』


普段は捕食者側の極悪甲種だが、もちろん彼らを捕食する生き物もいる。

ほとんどはワームやリンドドレイクといった地竜だが、空から大きな鳥に狙われることもある。

ゆえに外敵から狙われる恐怖は本能に染みついていて、それをあの生き物から感じた。

王に会う前に食われるかもしれないと。


恐怖と過ごした一夜だったが、食われることなく朝を迎えた。

彼らを()かし王のもとへたどり着き、王の喜ぶ顔を見て、彼らで間違っていないことに安堵する。

ネフェルティマがフィリップに怒られている間、アリさんは動かずに待っているように見えるが、その実は混乱していた。

触れあっての情報交換は大事であり、仲間の無事を確認するのも大事だ。

しかし、王の種族ではないものもたくさんいて、はるかに強い生き物……初めて見るそれを生き物と言ってもいいのかすらわからないと。

極悪甲種は特殊なにおいで仲間を判別するが、姿形もまとうにおいもまったく違うのに群れなのかと凄く悩んでいた。

王に選ばれたのだから、自分も群れに入ることになるかもしれない。だが、あのはるかに強い存在に食べられてしまうのではないか。そう考えた瞬間に恐怖が襲う。

混乱、困惑、恐怖と瞬く間に感情が移り変わり、体が硬直していたのだが、誰もそれに気づくことはなかった。

結局、ソルもラースも動かなかったので、アリさんの恐怖は警戒に変わり、そして調べなければという使命感が湧き上がる。

おそらく王を同じとする仲間だと思うが、確証がないことと得体が知れないものはまず調べるという習性からくるものだった。

だが、アリさんが動く前にネフェルティマがアリさんに声をかけたことによって、アリさんの意識はそちらに集中する。

アリさんは自分はどうするべきなのか、道を示して欲しいと要望を伝えた。

ネフェルティマが下した決断は……。


『助け合える家族と一緒にいた方がいいよ』


不思議とアリさんはすとんと理解することができた。

王の種族も自分たちと同じで、他の種族が入ることをよしとしない。見つかれば攻撃される。生き物として当たり前の反応である。

だから、同じ種族の仲間のもとにいろというわけだ。

王は自分を突き放しているのではなく、身の安全のためにも巣に残れと言ったのだ。

離ればなれになるのは淋しいが、道は示された。

巣に戻ろうとするアリさんをネフェルティマが引き留める。

まだ何か命があるのかと大人しく待つアリさんの表面にある毛に触れたネフェルティマ。

王は種族が違うので、触れても情報交換はできないとアリさんは思ったが目的はそれではないことに気づいた。

自分たちが触角で調べるように、王も自分の持つ器官で調べているのだろうと。

なすがまま、されるがままにネフェルティマに従う。

すると、群れで狩りをするかと質問されたので、群れの半数以上を動員したワームの狩りを思い出す。

ワームは噛みつくことも針を刺すこともできないため、柔らかい口の中を狙うのが定石だ。

しかし、一歩間違えば、ワームの鋭い牙で体ごと噛み砕かれるし、飲み込まれてしまえば攻撃もできない。

なので、何匹もの仲間が針を刺しては食われるを、毒が効いて弱くなるまで繰り返す。動きが鈍くなれば、口元から食っていく。

犠牲となった仲間も多かったがワームの肉は栄養価も高く、幼虫たちの成長も促すことができ、満足のいく狩りだった。母たる王も、十分な戦果に喜んでいた。

めったにないご馳走なだけに、アリさんはまたワームの肉が食べたいと思っていたところに、ネフェルティマから次の質問をされた。

餌となる生き物を見つけたときは近くにいる仲間を呼ぶので、自分だけで狩ることが少ないことに思い至る。

だいたいは一匹で探し、死骸や花の蜜であればそのまま巣まで運ぶ。生きている餌を見つければ、仲間と一緒に狩るのだ。

王が狩りと聞いたのだからと、仲間との狩りのことを思い浮かべた。

すると、ネフェルティマはやや興奮しながら重ねて問う。

しかし、アリさんにはその意味がわからなかった。どうやって噛みついたのかと聞かれても、顎を閉じれば噛みつくことになるのだから。

アリさんが質問の意図がわからないと言えば、ネフェルティマは言葉を換えて質問しなおした。

獲物である生き物と距離があったのに、どうして素早く噛みつくことができたのかということだが、元からある種としての能力がゆえに、上手く伝えられるのかとアリさんは不安になった。

大抵のものは触角からの情報、においのようなものでどんな生き物でどこら辺にいるのかがわかる。そして、体の表面にある毛、特に口周りの毛にわずかでも触れれば条件反射で顎を閉じる。


アリさんは他の巣の極悪甲種を見たことがないため、自分の種族はみんな同じだと思っているが、ネフェルティマが予想した通り、このルルド山の巣独自の進化だった。

雪や氷で足場の悪い場所が多いこの山で、狩りを成功させるには一撃で動きを止めなければ、餌となる生き物も雪山に対応した進化をとげているのですぐに逃げられてしまうからだ。

南の方に行けば、極悪甲種は大人の手のひらの大きさしかなく、アリさんのように肉食ではなく果物や蜜を好む。

地球の言葉で言うなら、タンパク質を主とするか糖類を主とするかの違いとなる。

また、南の極悪甲種はジシヘルゲというゴリラに似た動物の好物としても知られており、腹に貯めた蜜を美味しそうに食べる姿はまるで子供のようだと一部の人々に人気を博している。


ネフェルティマにお土産を持たされ、何度か落としそうになりながらも食べ物が入った籠を巣に持ち帰ったアリさんは、そのまま母たる王のもとへ向かう。

巣に残ることを母たる王に伝えるととても喜んでくれ、そして、慰めてくれた。

王として慕うものの側にいられない淋しさは彼女にも経験があったからだ。

巣の奥深くで大切に育てられ、期が熟したと母たる王に兄や姉、弟や妹を分け与えられ巣立ったあの日。

兄弟がついてきてくれたとはいえ、安全な巣から出るのは怖く、とても淋しかった。

王となる個体は他の個体より寿命が長いので、すでに兄と姉はおらず、老体となった弟と妹もわずかに残るだけ。

今はこうして子を増やし、巣を大きくすることができたが、自分がいなくなったあとを思うと心配ばかりが募る。

なので、彼女にとってアリさんは希望でもあった。

自分と似ているようで違う成長をしているアリさんが、自分亡きあと巣を守り、上手くすれば繁殖できるかもしれないと。

このとき、母たる王は魔蟲として異常かもしれないが、初めて神に願った。

その願いがアリさんの進化にどう影響するのか。

それはまさしく神のみぞ知る。


アリさんの特殊能力は洗脳と感応能力でした!

その力を使って活躍する日が来るのかは謎ですが……。

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