冒険に危険はつきものと言うが……。
今日はアニレーとトマ探しの打ち合わせの日だ。
紫のガンダルだけでなく、パウル、シェル、スピカも参加することになっている。
「カーナお嬢様、ネマお嬢様、そろそろお時間です」
パウルに言われて、ソファーから立ち上がろうとしたところで、ある痛みで固まった。
昨日のテント張りのせいで、筋肉痛がきているようだ。これが地味に痛い。
我慢できないほどではないし、何かに集中していれば気にならないくらいなんだけど、集中が切れると気になる。
「ちゆ魔法で治して欲しい」
「お嬢様、訓練などのあとにくる痛みは、そのままにしておくべきです」
「なぜ?」
「治癒魔法で治してしまうと、筋肉がつかないからですよ」
あ、そうか。
筋肉は超回復によって増えるから、その前に治しちゃうとダメなんだ。
でも、私には関係なくない?
だって、筋肉が必要なのは戦闘職の人たちでしょ。
「樹幕を引き上げられなければ、外で野宿になってしまいますね」
不満が伝わったのか、笑顔で言われた。
でも、私にはソルがいる!
ソルがいれば野宿だろうが、キャンプだろうがなんとかなる!
あの翼の下は温かいことを私は知っているのだ!!
「ソルが……」
「他者の力をあてにしていては、生き延びれませんよ」
すべてを言う前に、正論を言うのはやめてくれ。
なんやかんやとパウルと言い合いをしているうちに、約束の部屋へ着いた。
パウルが扉を開けて、まずは挨拶をする。
「皆様、お待たせいたしました」
部屋の中には、紫のガンダルの面々だけだった。
ヴィはまだ来ていないようだ。
早くラース君をもふりたいんだが。
「シェル、お茶の用意をお願いね」
「畏まりました」
シェルがお茶を淹れている間、スピカがお菓子を用意する。
そのお菓子が、私の好物であるペシェーネだったのを見逃さなかった。
「おしゃべりでもしながら待っていましょう」
お姉ちゃんが、どうぞ召し上がれと言ったので、お菓子に手を伸ばそうとしたのだが、後ろから物凄く威圧されている。
言わなくてもわかる。
これは、パウルの食べすぎるんじゃねーぞっていう無言の圧力だ。
気づかないふりをしつつ、小さなお菓子を上品に摘まむ。
お姉ちゃんは、ガシェ王国の現状を聞いたり、学術殿での生活などを話していた。
私は、パウルと無言の攻防をしながら、なんとか二つ目のお菓子にありつけた。
そのときコンコンッと音がして、ゼアチルさんが姿を見せる。
「陛下方がお見えです」
ゼアチルさんは扉の横に控えて、私たちは全員立って出迎える。
「待たせたね。楽にしてくれ」
ルイさん、ヴィ、陛下の順で入室し、陛下が席についてから声をかける。
シェルとスピカが、増えた人数分のお茶とお菓子を配っている間に、ラース君が私の足元で寝そべった。
ラース君と私は以心伝心!
言わなくても、撫でさせてくれるために側に来てくれたに違いない。
遠慮なく、滑らかな毛並みを堪能していると、打ち合わせが始まった。
「ガンダルの諸君は、どちらから向かうつもりなのかな?」
「まずは南のセナンテ岬から行きます」
フィリップおじさんが言うには、岬の近くまでソルで移動できるし、雪山よりは軽装で行けるという理由かららしい。
「あの……」
そうそう、みんなに相談しないといけないことがあったんだ。
「ソルが人を乗せては飛びたくないって……」
ソルは意外にも、アニレーとトマを探しにいくことには反対しなかった。
ただ、フィリップおじさんたちを運ぶことは凄く嫌がったんだよね。
ずっと説得はしていたんだけど、折れる様子がまったくなくて困っている。
「そうなるとは思っていたよ」
陛下はそう言って、ラース君に視線をやった。
聖獣が契約者以外の人物を乗せることはないんだって。
私と森鬼は愛し子とその騎士だから、特別扱いしてくれているのだろう。
「飛竜兵団が人を運ぶときに使う籠がある。それで妥協してもらえないか聞いてみるといい」
籠がどんなタイプのものかわからないけど、それでソルが運んでくれるといいなぁ。
——もしもし、ソルさんや。
——どうした?ようやく諦めることにしたのか?
——私が諦めるような性格だとお思いで?
——いや、思わぬな。
そうだろう、そうだろう。
つまり、解決策を持ってきたのだよ。
——ワイバーンが使っている籠を借りることができたんだけど、それで許してくれない?
十分に熟考したあと、致し方ないとやっとお許しが出た。
それを陛下に伝えると、宮殿ではなく、人のいない場所に用意すると言われた。
まぁ、以前ソルが宮殿に来たときは、帝都で大騒ぎになったらしいからね。
フィリップおじさんは、籠だと日差しが当たらないからありがたいって言ってるけど、上空は涼しいだろうし、ソルの体の下ならずっと日陰だと思うよ。
「それで、トマを採ったあとは、ヴィルヘルト殿下に持っていてもらえますか?」
「あぁ。風の魔力を与え続けなければならないやつか」
「はい。魔力量も質も、我々よりは殿下の方がいいでしょうからね」
崖から採ってくるのは、フィリップおじさんと風属性を持つショウさんがやるらしい。
トマを採ったら、一度帝都に戻り、エルフの長さんにトマを預ける。
アニレーを採って戻ってくるまで、トマの管理をお願いしているらしい。
確かに、ずっと持っているのも面倒臭いし、枯らしたら危ないもんね。
そして、装備を雪山用に替えてから、カルワーナ山脈に向かう。
「で、ここからが問題だ。エルフの長が言うには、カルワーナ山脈の中で一番高い山、ドトルに洞窟があるとのことだ。しかし、頂上付近は切り立った岩ばかりで、炎竜殿が降りれる場所ではない」
フィリップおじさんは、エルフの長さんからもらったという地図を見せながら説明してくれた。
地図にはいろいろと書き込みがしてあり、うねうねと伸びる線は登山ルートかな?
「ドトルに登ったことがあるというエルフに話を聞けたのだが、魔蟲の中でも特にやばいあいつらがいるらしい」
「あいつら?」
魔蟲と言えば、美味しいイメージしかないんだけど。
「甲種の一種なんだが、群れの数が半端ない上に肉食で、一匹に見つかるだけで死ぬ可能性が高い」
「我々冒険者の間では、極悪甲種と呼んでいます」
魔術師のコールナンさんが教えてくれた。
他にも、極悪飛種や極悪幻種なんかもいるらしい。
そのどれもが群れで行動し、出会ってしまうと生きて帰れないとか。
どんな虫のタイプなのか想像がつかないけど、群れで襲われるなら遭遇したくないな。
「対処法はあるのか?」
ヴィがフィリップおじさんに尋ねると、無言で笑みを浮かべるだけだった。
私が教えてくれないのかと聞いたら、茶目っ気たっぷりにウインクが飛んできた。
「秘密だ。俺たちが紫の冒険者である秘訣でもあるからな」
つまり、企業秘密ってか。
それを知られると、他の冒険者たちも強くなってしまうか、依頼が安易になってしまうのかもしれない。
「わかった。聞き出すのはやめておこう。ともかく、勝算はあるのだな?」
「えぇ、絶対に俺たちはアニレーを採って戻ってきますよ」
言いきるあたり、相当な自信が窺えるな。
「それで、いつ出発する?」
「ヴィルヘルト殿下の準備は?」
「パウル、どうだ?」
聞かれたパウルは、すべて整っておりますと返す。
つか、我が家の使用人を勝手に使うのやめてくれない?
まぁ、私たちの準備もあったので、一人増えても一緒なんだろうけど。
「では、二日後にしよう。それまでに、体調面を整えてください」
◆◆◆
いやー、ワイバーンが揃うと壮観だねぇ。
南側の広場に、十頭のワイバーンが装備をつけて整列している。
その中でも一際目立つのが、飛竜兵団の団長さんが乗るダノンだ。
「そう言えば、ソルとどこで合流すればいいの?」
ワイバーンの側にある籠、というか檻に近いものを見て疑問に思った。
「帝都の東にある、コス湿地帯だ」
湿地帯というと、動植物の宝庫みたいなイメージがあるけど、このコス湿地帯は違うらしい。
どうも、底なし沼が数多くあり、旅人も地元住民も近寄らない場所なんだって。
土の上級魔術師なら魔法で対処できるので、たまに近道として使う強者もいるようだ。
それをソルに伝えると、詳しい場所がわからないというので、私の気配をたどっていくと言っていた。
全員揃ったようで、まずはコス湿地帯に出発だ。
フィリップおじさんたちやパウルたちは、ワイバーンに装着された籠に入って運ばれる。
ヴィは優雅にラース君に乗っているので、私もラース君に乗りたいと思ったら、ユーシェに遮られた。
ラース君に乗せないつもりだな。
「……へいかも行くんですか?」
ユーシェの、私を乗せる気満々の顔を見て、陛下に尋ねた。
「コス湿地帯までだがね」
ラース君とはしばらく一緒なので、ユーシェに乗ることにするか。
陛下に抱き上げられてユーシェに乗ると、陛下も軽々と飛び乗った。
いつか、あんなふうに颯爽と乗れるようになりたい。
「では、行くか」
陛下が合図を出し、ユーシェが真っ先に飛び立つと、それに続いてラース君、ワイバーンたちが空に舞った。
海は鳥のセイレーンの姿でついてきているが、ノックスとじゃれ合っていて楽しそうだ。
あっという間に帝都が過ぎ去り、広い道が伸びているのが見える。
すぐにいくつも分岐していき、だんだんと道がなくなってくると、緑色が増えてくる。
目の前に広がっているのは草原かと思ったら、コス湿地帯の一部らしい。
地面がしっかりした場所に降りるとき、ポコポコと音を立てている泥池を発見した。
あれが底なし沼なのか?
「ネフェルティマ嬢、あれを見てごらん」
陛下が示す先には、湿地に生える草ばかり。
さすがに草を見ろってことではないだろうから、よーく目を凝らす。
ひょこっと出てきてうにーっと伸びる何かを見つけた。
「あれは?」
「アンフィヴェナボアという。もっとよく見るといい」
この世界では巨大アナコンダクラスのヘビしか見たことなかったから、普通のサイズのヘビもいたんだね。
陛下に言われた通り、アンフィヴェナボアを観察した。
ヘビにしては頭が丸っこい気がするなぁ。
地面から頭を伸ばしている姿は、あれだ。チンアナゴにそっくりだ。
一匹が頭を隠すと、隣のアンフィヴェナボアが頭を伸ばす。
二匹のヘビが交互に伸びたり下がったり。
同じような動きを他の子たちもしている。
……二匹でワンセットなのかな?番とか?
「アンフィヴェナボアは番で行動するんですか?」
「惜しいな。あれは、二つの頭を持つ生き物なんだ」
二つ……双頭のヘビってことか。
でも、普通は二股に分かれて頭が二つだよね?
どういうふうに頭がついているのか考えていたら、陛下が正解を教えてくれた。
「片方は頭の方に、もう片方は尾の方に頭がある」
なんとまぁ!
それで、一方が伸びたら、片方が隠れていたのか。
「アンフィヴェナボアは大人しく、他の生き物は襲わないが、猛毒を持っている。噛まれると、二色かからずに死ぬ」
えー、三十分もせずに死ぬって、どうしたらいいんだ?
「かまれたらどうするんですか?」
「帝国内ならほとんどの町で解毒薬を売っている。コス湿地帯を迂回するにしても、一つくらいは用意しているだろう」
旅をするにしても、通る地域の情報をしっかりと集めなければ命に関わる。
それに、帝国内に流通しているってことは、このコス湿地帯だけでなく、他の地域にも生息していることを示している。
「他の生き物をおそわないって、どうしてなんですか?」
「あいつらは舌が肥えていてな、ブハディしか食べないのだよ」
陛下は警衛隊の一人から剣を奪うと、無造作に地面に突き刺した。
その剣先に刺さっていたのは、ナメクジを大きくしたような……いや、血を吸って大きくなったヒルそのものだな。
それが剣に貫かれても死ぬことはなく、不気味に蠢いている。
「この湿地帯で一番恐れられているのが、このブハディだ。こいつらは革靴も平気で食い破り、生きたまま血肉を貪られるぞ」
ヒルよりも凶悪な生き物だった!
血なのか体液なのかわからない汁が出ているが、ようやく動かなくなった。
近づいてマジマジ見ると、口がヤツメウナギと同じで、シールドマシンみたいに歯が円状に並んでいる。
「アンフィヴェナボアは他の生き物を毒で殺し、ブハディを誘き寄せる餌にすることもある」
うわぁ……めちゃくちゃ危険地帯じゃん、ここ。
襲われる前に早く出発したい!
——ソル、まだですか!怖い生き物がいっぱいいる!!
——怖い生き物?水のがいるのだから、襲ってくることはあるまい。
——それでも早く来て欲しい!
——もう着いている。
どこだ?っと上を見上げれば、雲と同じ高さくらいにソルの姿があった。
ソルの気配が近づいてきたからか、ワイバーンたちがそわそわし始める。
「いらっしゃったようだ」
ソルは湿地だろうが気にせずに、草の上に降り立った。
あの下にいたヘビたち、大丈夫かな?
ワイバーンたちもヘビやヒルを気にすることなく、ソルに近づき、頭を下げていた。
この世界の頂点に立つ竜種には、まったく影響ないみたい。
さて、ソルも到着したことだし、いよいよ出発だね。
ただ、二つの籠に分かれてきたので、一つの籠にする必要がある。
凄くぎゅーぎゅーになるので、私は意気揚々とラース君に乗ることにした。
-きゅっ!
稲穂がソルに駆け寄りたいようだが、湿地のため行くに行けないみたい。
連れていってと森鬼におねだりしている。
森鬼は稲穂を抱え、見事な跳躍でソルの側まで跳んだ。
そして、何やら会話をしたあと、森鬼と稲穂はソルの背中に乗ってしまう。
どうやら、うちの子たちはソルの背中に乗せてもらえるらしい。
それならば、ソルと森鬼に任せてしまおう。
海にお願いして、星伍と陸星をソルの背中にいる森鬼のところまで運んでもらった。
白とグラーティアは、私と一緒にラース君だ。
「では、気をつけてな」
-ブルルルッ!
陛下とユーシェ、ワイバーンたちに見送られて、私たちはライナス帝国の最南端、セナンテ岬へ向けて出発した。
はふぅ。ラース君の毛並みはやめられない止まらない。
空を飛んでいる間は、全身でもふもふを満喫するつもりである!
チンアナゴ、可愛いよね!




