エルフの森は不思議な森だった。
目が点になるとは、こういうことかもしれない。
目の前には武器を持ったエルフが二人、仁王立ちしていた。
だが、彼らの後ろに扉はない。
ルイさんはエルフの一人に手紙を見せた。
あれはゼアチルさんが用意してくれた紹介状なんだって。
エルフの森は一見さんお断りらしく、利用したい人はエルフか、各組合から紹介状をもらわないといけない。
各組合の紹介状は、一度でも問題を起こしているともらえないっていうのも、なかなか厳しいよね。
「確認しました。どうぞ、中へ」
中へと言われても、どこから入ればいいのかと思っていると、隊長さんが先に動いた。
エルフの足元にしゃがみ、四つん這いになって消えていく。
よくよく見ると、木のうろのような穴があるけど。
隊長さんのあとを、星伍が躊躇なく小走りで追っていった。
「頭、気をつけて」
メルさんに穴に入るよう促されて、おそるおそる進んでみる。
はいはいの状態で、真っ暗な中を進むのはめっちゃ怖い。
「ひょぇっ!」
突然、顔に何かが触れて、変な声が出た。
「ワンッ」
あ、星伍か。びっくりしたー。
そして、今度は後ろから何かに衝突される。
「ぶ……ァン」
陸星だな。
変な鳴き声は、思わずしゃべりそうになったのかもしれない。
そんなに距離はないはずなんだけど、ほのかに明るい場所に出たときは本当に安心した。
あの通路は、わざと光が届かないようにしてあるみたい。
だって、この明かりが少しも見えなかったもん。
陸星も出てきて、私はようやく周囲を観察することができた。
ドーム状の空間で、木の根っこで組まれているようだ。
この空間には、這い出てきた小さな穴と扉が一つあるだけで、ほのかな明かりは魔道具によるものだった。
ルイさんとメルさんも到着すると、見計らったように扉が開く。
「ようこそ、エルフの森へ。案内役のニカーシェ・ジュゼ・セロイフェンです」
エルフの名前って、本当に覚えづらい。
独特な発音のせいかな?
耳が言葉として捉えないんだよ。
案内役の人は、パパンやお姉ちゃんよりも真っ赤な髪の色していることから、火の精霊と仲良しな一族だとわかる。
「愛し子のお越しを、この森のエルフ一同、歓迎いたします」
エルフは精霊を見ることもできるし、声を聞くこともできるから、私が愛し子であることを知っていてもおかしくはない。
「今日はよろしくお願いします」
丁寧に挨拶されたからには、こちらも相応の挨拶を返す。
「それでは、長のところへご案内いたします」
うーん、クールというか淡々としているね。
火の精霊と仲がいい一族だから、もっとテンションが高いのかと思ってた。
火の精霊王みたいにさ。
まぁ、意外といえば、マッチョなのもそうか。
風の精霊と仲良しなアドは身長が高くて、土の精霊と仲良しなヴェルは小さい。水の精霊と仲良しなゼアチルさんは細身の美人さんだ。
私が思い描くエルフ像といえば、ゼアチルさんだよね。
で、火の精霊と仲良しなエルフは筋肉質ってことなのかな?
扉の向こうは別世界だった。
緑の柔らかな光の中に、蛍のように照明の魔道具の光が瞬いている。
ただ、迷宮のごとく階層が入り組んでおり、木の幹でしっかりとした通路もあれば、蔦だけの縄梯子のようなものまで。
ツリーハウスのような建物があったと思ったら、大木に窓がついているところもある。
あれは木の中に家があるってことなのか?
いや、家ならばまだいい。
テントにしか見えないものが、木からぶら下がっているんだけど、あれに住んでいるの?
森の中心部に近づいているのか、進んでいるうちに木々も古木のような風貌に変化していった。
根っこが地面から露出していたり、樹皮に苔がびっしりついていたり。
それでもまだ明るいから幻想的な雰囲気を醸し出している。
段々と薄暗くなり始め、魔道具の光源が前よりも明るく感じるようになると印象が変わる。
神秘的な古木は薄ら寒くもあり、葉をすべて落とした木はお化けのよう。
そんな不気味な木々に守られるようにして、岩を積み上げて作った建物らしきものがあった。
「長、愛し子を連れて参りました」
一言かけて、返事を待たずして中に入っていく案内役さん。
そのあとに続くと、建物の中は意外と広かった。
天井にはいろいろな植物が吊るしてあり、独特な匂いがする。
あれ?あそこにあるのは、やっばい植物じゃないか?ママンの職場で見たことあるぞ!
生き物を襲って、体内にある魔力を奪うことで育つ魔生植物だったはず。
ご飯の場面を見せてくれるって、マッドなサイエンティストに言われたけど、謹んでお断りした。
「ようこそお越しくださいました。このエルフの里の長、シャルヴェル・ジュド・カーグファンにございます」
長さんはくすんだ黄色の髪から、土の精霊と仲良しな一族のようだ。
ヴェルと一緒で体が小さい。
長齢なのか、背中も曲がっているから、なおさら小さく感じる。
服装も長い上着に大きなベルトという格好をしているので、これでとんがり帽子をかぶったら、完璧に小人さんなんだけどなぁ。
「お会いできて光栄です。ネフェルティマ・オスフェと申します」
「愛し子が精霊様に好かれるのは知っておりましたが、これほどとは」
微笑ましそうに私を見つめる長さん。
この顔は知っている。
アドやヴェルが精霊を見ているときの表情と同じだ。
私の周りにいる精霊たちを見ての言葉だろう。
「精霊様方、申し訳ございませんが、愛し子のお姿を見せていただけますかな?」
……うん?私の姿が隠れるほど、精霊たちが群がっているの?
ってことは、森鬼には私の顔がみえていなかったりする??
戻ったら森鬼に確認しないと!
私がそう決意していると、長さんは何度も頷いていた。
精霊たちが何か言っているようだ。
「ゼアチルから話は聞いております。エヴィバンをお探しだとか」
長さんの言葉に、私ははいと答えた。
すると、なぜと理由を問われる。
これは事前にゼアチルさんから聞いていたので、ちゃんと答えも用意してきた。
「我がガシェ王国の獣騎士にレスティンという者がおります。彼は先日の戦いでけがを負い、右足が動かなくなりました。とても動物に愛されている人なんです。彼がもう一度、相棒と呼んでいる子たちに乗れるようにしてあげたいんです」
「その者は騎士だという。ならば、戦いで怪我を負うことも、死ぬことも覚悟を決めておったのではないですか?」
レスティンだけでなく、戦場に立った騎士たちは皆覚悟をしていたと思う。
それは忠誠心からくるものだったり、誰か大切な人を守るためだったり、理由は人それぞれだろうけど。
「えぇ、レスティンはいかなる任務でも覚悟をしていたでしょう。ですが、私は自分のため、そして彼をしたう他の騎士や動物たちのためにレスティンを助けたい」
お兄ちゃんによると、レスティンは獣騎隊への復帰を急いでいるらしい。
職務意識が高いからなのか、部下や動物たちを放っておけないからか……。彼のことだから、どちらもなんだろうけど、怪我をしたときくらいは休めばいいのにと思う。
まぁ、元日本人としては、その意気込みを評価するけどね。
「ほぉ。自分のためですか」
「えぇ。レスティンはそんけいにあたいする人ですから」
彼の動物に関する知識は本当に凄いんだよ!
獣舎にいる動物はもちろん、大陸に生息している動物もほぼ網羅しているんだって。
たぶん、知らないのは精霊宮に住む動物たちくらいじゃないかな。
「愛し子のお気持ちはわかりました。しかし、我らエルフの秘薬は俗世においそれと出すわけにはいかないのです」
長さんが語ったのは、はるか昔の話。
まだ、ライナス帝国すら存在していなかった時代。
エルフは精霊に力を借りつつも、慎ましやかに暮らしていた。
時には魔族と交流を持ち、時には人間と交流した。
しかし、その交流により、エルフの秘薬の存在を知った一部の人間たちが、エルフを襲うようになったらしい。
治癒魔法ですら治せない病気や怪我が治るとなれば、欲する人間も多かっただろう。
人間の強欲さと残虐さに辟易したエルフたちは、山の奥深くへと住処を移した。
それこそ、ライナス帝国の初代皇帝ロスランが、閉鎖的な環境を嫌って外に飛び出すまで続いたとか。
外に出たロスランも、大変苦労したみたいだけど、エルフも獣人も人間も、一緒に暮らせる国を作っちゃうんだから凄いよね。
そういった経緯があって、エルフ以外の者に秘薬を使いたくないというわけだ。
「エルフが関わったとわからないようにすればよいですか?」
「と言うと?」
「我が領地には、神様と女神様のお力をやどす温泉というものがあります。その効果で治ったらしいということにするのです」
あまり嘘はよくないが、温泉の効果には『創造神の涙』という、わけのわからないものがある。
それによる奇跡だと言えば誤魔化せると思うんだよね。
奇跡だから発動条件はわからなくても問題ないだろうし、困るのは神様くらいか?
「オンセン……ガシェ王国にいる孫娘から聞いたことがありますな」
「おまごさんがいるんですか?」
「孫のことを愛し子もご存知だと思いますよ。孫の名はヴェルシアと申します」
ん?……ヴェルシアだと!?
ヴェルのおじいちゃんが長さんだったのか!
凄い偶然があったものだな。
今はまだ、ヴェルの去勢魔法にお世話になるようなことにはなっていないが、彼女は治癒術師としてシアナ特区で活躍している。
「ヴェルがお世話になっておりますので、エルフの関与を完全に隠していただけるのなら、お力になりたいと思っております」
「ありがとうございます。オスフェ家の全力をもって、かくし通すとお約束します」
ようやく、エヴィバンの詳しい話を聞くことができた。
まず、アニレーが生える地域というのが、ライナス帝国の北東部にあるカルワーナ山脈の頂上部の洞窟の中らしい。
しかも、満月の夜にしか花を咲かせず、保存魔法が効かないという鬼仕様。
必要なのは花の蜜だけなので、エルフが作った魔道具に採取してくればいいんだって。
その魔道具は貸してくれるそうなので、厚意に甘えることにする。
次にトマだが、こちらはライナス帝国の最南端の崖に生えている草なんだって。
採ったあとは、常に風の魔力を与え続けなければいけないとか。
北に南にと、移動だけでも大変だぞ。
そして、私が直接行けるような場所でもないようだ。
……ん、待てよ。
信頼のできる冒険者がシアナ特区にたくさんいる。
彼らをソルで運んでしまえば、移動は楽になるんじゃなかろうか?
ライナス帝国に入ることをソルは嫌がっているけど、サチェもユーシェもちゃんと説明すれば許してくれるし。
それにソルが動けば、エルフの印象はほぼなくなるんじゃないかな?
「アニレーとトマを採りにいくのは、ぼうけん者に任せたいと思いますが、彼らのほじょに私と炎竜のソルがつきます」
「ネマちゃん!?」
今まで黙ってくれていたルイさんだったが、驚きすぎたのか素に戻っている。
「炎竜様を人のために使うというのですか?」
「人のためじゃありませんよ。私のためです!」
もう屁理屈に近いけど、レスティンを治すのは私自身のためだ。
だから、ソルにも協力してもらうのも私のためってことになる。
「何も、ネマちゃんが同行する必要はないと思うけど?」
「私がいないと、ソルは人を運んだりしないよ?」
「移動なら転移魔法陣を使えば……」
「ソルの存在感で、エルフが関わっていることをさらにかくせると思うの」
私がそう言うと、ルイさんは確かにと黙ってしまった。
「依頼する冒険者に心当たりでも?」
今度は隊長さんに聞かれて、私はあの冒険者たちを告げる。
「むらさきのガンダルのみなさんにお願いしようと」
現在の冒険者の中では最上位に位置するフィリップおじさんたちなら、信頼も置けるし、腕も確かだ。
そして、私の事情もある程度は把握している。
「紫のガンダルは依頼を選り好みすると噂だが、伝があるのか?」
そんな噂があるの?
まぁ、フィリップおじさんなら選り好みしていてもおかしくはないけどさ。
「むらさきのガンダルは今、シアナ特区をきょ点にしているの。それにフィリップおじ様はおとう様の親友だって」
噂を教えてくれたルイさんにそう言うと、オスフェ公と繋がりがあったのかと納得していた。
フィリップおじさんが元はガシェ王国の貴族だってことは、あまり知られていないのかも。
「紫のガンダルは、我々エルフの中でも有名な冒険者です。彼らなら、カルワーナの険しい山も乗り越えられるかもしれません」
言い換えれば、フィリップおじさんたちのレベルでないと到達できない場所ってことでしょう?
パパンがフィリップおじさんと友達でよかった!
まぁ、依頼を受けてくれるかは、まだわからないけどね。
「紫のガンダルにこの里に立ち寄るようお伝えください」
「あ、でも、まだ受けてくれるとは限らないですよ?」
フィリップおじさん、レイティモ山をかなり気に入っていたから、離れたくないって言うかもしれない。
「そのときはそのときです。何かありましたら、精霊様方が教えてくれましょう」
そうか。長さんに伝えたいことがあれば、精霊にお願いすることもできるのか。
でも、風の精霊は自由すぎるから、いらんことまで伝えそうで怖いな。
「あとはペェバンですが、こちらは精霊宮にいるそうなので、愛し子が取りにいかれるのがよいと思います」
「そのペェバンですが、生きていないとダメですか?」
「いえ、死骸でも問題ありません。無用な殺生は望んでおりませんので、寿命が尽きたものにしていただけると」
実は、私の部屋にあるんだよなぁ。
ベルお姉さんから、レイティモ山のみんなからのプレゼントが送られてきたんだ。
何を思ったのか、セイレーンのお姉様たちからのプレゼントがペェバンだったの。
あれは、私が病気になったら使えってことなのかな?
ペェバンの死骸はたくさんあるから、できるだけ消費したいっていうのもある。
「それなら、レイティモ山で取ったものがあります」
ペェバンが送られた経緯を話すと、ルイさんが声を殺して笑い出した。
「魔物とも友好的な関係を築いておられるのも、愛し子ゆえでしょうな」
長さんは好意的に捉えてくれたけど、ある日突然、虫の死骸や動物の骸骨とか送られたら誰でも驚くと思うんだ!
でも、あの子たちの気持ちがこもっていることは伝わってきたから、凄く嬉しかったよ。
「すべてが揃いましたら、このシャルヴェルが責任を持ってエヴィバンを作りましょう」
「よろしくお願いします」
「あとはこの里をご自由にご覧ください。愛し子にお会いできれば、里の者も喜びます」
長さんのお許しをもらったので、遠慮なく見て回ろうと思う。
ママンにお願いされた、面白い魔道具あるかな?
再び案内役さんの先導で、長さんのもとをあとにする。
「ゼアチルから聞いた話だと、もう少し説得に時間がかかるかと思っていたけど、さすがネマちゃんだねぇ」
変に感心しているけど、何がさすがなんだろう?
首を傾げると、その理由を教えてくれた。
「ネマちゃん、人たらしの才能あるから」
なんだとっ!?
それは語弊ありまくりだ!
「驚いた顔をしているけど、あのテオやエリザもネマちゃんを気に入っているし、人見知りの激しいダオとも仲良くなった。兄上たちや軍の者たちだって、ネマちゃんを買っているんだよ」
私はただ、自分に素直に生きているだけだ!
人をたぶらかしたことはないと断言する!
「ルイ様はもっと女性の扱いを学ばれた方がよろしいかと。人たらしではなく、皆様お人柄に惹かれているのですよ」
メルさんの指摘をルイさんは笑って誤魔化した。
ルイさんも皇族だから、猫かぶりは上手いはずなんだけどなぁ。
こんなふうに歯に衣着せぬ言い方をするのは、それだけ気を許してくれているってことだと思いたい。
長さんや案内役さんには、ルイさんが皇族であることを知られているため、会話は普通に戻っている。
しかし、この森の中には外から来た人もいるから、すぐに家族モードに切り替わってしまった。
「どこか見たいところはありますか?」
明るい場所まで戻ってくると、ずっとしゃべらなかった案内役さんが聞いてきた。
「魔道具が見たいです!」
魔道具の専門でもあるママンが、エルフの森の魔道具は凄いと言っていたのだ。
これは絶対に見ておきたい。
「わかりました。では、いくつか工房を紹介します」
案内役さんのあとについていって気づいたんだけど、行きのときと道が違う。
行きは誰にも会わなかったのに、この道はそこそこエルフが行き交っていた。
風の精霊と仲良しなエルフは背が高いので目が行ってしまう。
そして、この案内役さんと同じ赤い髪のエルフは女性もマッチョだった。
この衝撃はなんとも言い難い。
おっぱいがただの胸筋にしか見えない……。
そんなエルフたちにガン見されるのは仕方ないと思う。
みんな、長さんと同じような顔をしているから、精霊たちのせいだね。
周りにはエルフしかいないので、ここら辺は住居区なのかもしれない。
「あの木、まどがいっぱいある」
他の木と比べると、明らかに窓の数が違う。
あの大きな木の中に、それだけたくさんの部屋があるということなのか?
「あれは独り木と言います。中には小さな部屋が複数あるのですが、独り立ちしたばかりの若いエルフのためのものです」
独身専用のシェアハウスみたいなものらしい。
中がどうなっているのか見てみたいけど、さすがに言うのはやめた。
知らない人が訪ねてきたら怖いもんね。
徐々に人通りが多い場所に移っていき、たくさんの種族で賑わっているところに来た。
冒険者や商人、獣人も大勢いる。
ここら辺がお店の集中している場所なのだろう。
「あそこがこの森一番の魔工匠の工房です」
魔道具を作る人の中でも、国に認められた人にしか名乗ることの許されない称号に魔工匠というものがある。
我が国でも数人しかおらず、その筆頭はサザール老だ。
ママンですら、まだもらえていないことを考えると、どれだけ凄いのかわかる。
「ライナス帝国では魔工匠ってどうやって認められるの?」
ちなみに我が国では、複数の貴族に推薦されて、王様と王立魔術研究所の局長たちによる審議を得て、認められれば魔工匠を名乗れるようになる。
「この国では魔工匠を審査する組織があって、推薦状があれば審査をしてくれるよ」
専門の組織があるのか。
その審査も狭き門なんだろうなぁ。
つまり、そんな凄い職人がいる工房なんだから、きっと凄い魔道具があるに違いない!
めっちゃ楽しみー!
更新の頻度があがっているのは・・・・・・締切だからです!(笑)




