早く観光がしたいなぁ。
用意されたのは、ライナス帝国の平民が着ているような質素な服だった。
ただし、防御系の文様魔法がバレないようたくさんついている。
「あら、可愛い!簡素なのも、ネマの可愛さが強調されていいわね!」
妹贔屓が激しいお姉ちゃんのこと、鵜呑みにしてはならない。
「これならば、貴族の令嬢とは思わないでしょう。あとは、言葉遣いを気をつけてくださいね」
パウルには太鼓判を押される。
おかしいな?内側から溢れるほどの品格があるはずなのに……嘘です。
ようは、素のままでいいよってことでしょ?
楽勝!楽勝!
事前に、ルイさんから森鬼と海は連れてこないようにと言われていたので、お見送りするとついてきたスピカと一緒に待ち合わせ場所に向かう。
連れていっても大丈夫なのは、小さい子たちということで、白とグラーティア、星伍と陸星、稲穂という布陣になった。
稲穂はいつものショルダーバッグに入っているんだけどさ。
待ち合わせ場所には、ルイさんと警衛隊の隊長さん、知らないお姉さんがいた。
「ルイ様、お待たせしました」
「やぁ、ネマちゃ……ぶっ!」
うん。いいリアクションありがとう!!
口を押さえ、腹を抱え、肩を震わせながら笑いを堪えようとするルイさん。
「思いっきり笑ってくれた方が傷は浅いんですけど!」
遠慮はいらないとわかると、あははと大きな声で笑い、しまいには酸欠を起こしかけるほどだ。
変装に思えないくらいしっくりくる格好だと、自分でも思うし。もう、好きにしてくれ。
「ルイ様、女の子を見て笑うなんて失礼ですよ」
知らないお姉さんがそう注意してくれたけど、ルイさんはまったく聞いちゃいない。
「ネフェルティマ様、申し訳ありません。殿下はこうなると、しばらくは使い物になりません」
ルイさんとこの隊長さんが申し訳なさそうにしているが、笑っていいと言ったのは自分なので仕方ないね。
「いや……ほんと……期待通りだよ!」
笑いながらしゃべろうとしているので、聞き取りづらい。
「これなら、庶民にしか見えないね!」
ルイさんたちも普段とは違い、凄く質素な服装だ。
しかし、それでも育ちのよさが出ている。
私だけ庶民だと、浮くじゃん!
「今日は、僕たち夫婦の子供になってもらうから」
「夫婦?」
えっ?ルイさん結婚してたの?
驚いて、ルイさんとお姉さんを交互に見てしまう。
「ルイ様がお忍びをされる際、わたくしが恋人や妻を演じながら護衛につくのです」
なるほど。そうやって周囲の目を誤魔化しているのか。
お姉さんは可愛いタイプの女性なので、美人系のルイさんと並ぶと映える。
……そんな二人の子供が私って、無理があるよ!
ただでさえ、自分の家族とも似ていないって言われているのに。
「申し遅れました。ルイベンス殿下の警衛隊に所属しております、メルティナ・ルターレイです。どうぞ、メルと呼んでください」
メルさんに挨拶を返すと、隊長さんも改めて名乗ってくれた。
正直、記憶になかったので助かる。
「ルイベンス殿下警衛隊隊長、フォードル・アーバンです。今日は、姪っ子を可愛がりに来た伯父をやるので、よろしくお願いします」
「おじさんは、どちらのお兄ちゃんなんですか?」
さすがに弟って外見じゃないから、お兄ちゃんだよね?
「殿下の兄はちょっと遠慮したいので、メルの兄ってことで」
「酷いなぁ」
そう言いながらも、ルイさんは笑顔だ。
ルイさんの人柄なのか、警衛隊の人たちもフレンドリーだなぁ。
どっかの隊長さんとは大違いだよ。
「みなさん、仲良しなんですね」
「フォードは僕の遊び相手だったんだ。彼の父親が最初の隊長をやっていてね。クォンも含めて、一緒に怒られていたよ」
クォンって……あ、総帥さんか!
三人でやんちゃして、フォードさんのお父さんに怒られてって、想像つかない。
ルイさん、儚げ美人な外見でいたずらっ子だったの?
その頃はまだ皇子なのに?
ヴィもああ見えていたずら少年だったみたいだし、活発な男の子はそんなもんなのかな?
ダオやお兄ちゃんはいたずらなんてしないけどね。
「ルイ様、話が進まないので、少し黙っていていただけますか?」
メルさんって、可愛いのにはっきり物言う人なんだ。
これはルイさん、お忍びのときは尻に敷かれているな!
「ネフェルティマ様、今日はルイ様とわたくしをお父さん、お母さんと呼んでいただきたいのですが……」
うーん。パパンとママンじゃない人をお父さん、お母さんって呼んだら、二人が悲しみそうだよね。
私自身も違和感が大きいし……。
「もし抵抗がおありでしたら、無理にとは言いません。友達のような関係の親娘もいますから」
「いいの?」
こっちの親子事情ってよくわからないんだけど、貴族じゃ友達のような関係って無理だし。
「もちろんです。仲良しなのがわかるよう、髪型をお揃いにしてみませんか?」
どこからともなく櫛を取り出したメル
さんは、凄くいい笑顔をしていた。
うちの使用人たちが、私を着飾らせたいときの笑顔と一緒だね。
近くにあった段差に座り、メルさんのやりたいようにさせる。
「わたくし、自分の子供にもこうやってお揃いをやってあげたいと思っているのです」
「メルさんは結婚しているの?」
「……ルイ様に手がかかるので、恋愛すらできませんよ。酷い上司だと思いませんか?」
本人がいるところで、聞こえるように言うってことは、冗談半分なのかもしれないけど、私には肯定も否定もできないよ!
「ルイ様が結婚すればいいのでは?」
「みんなそう思って、姿絵を見せるのですが、凄く好みがうるさくて……」
なんでも、ゼアチルさんの娘さんも振ってしまったらしい。
ゼアチルさんにそんなに大きな娘がいることにびっくりだけど、ライナス帝国一の美少女と言われるほど美しい人なんだとか。
確かに、ルイさんの横に並ぶなら同じレベルの美しさか、メルさんのように系統の違う可愛らしさが必要だと思う。
「好みの問題ではなく、皇族として足りるかどうかなんだよ、メル」
ルイさんは、お兄さんであるトゥーエン様の結婚を見て、しっかりと吟味しなければダメだと思ったらしい。
マーリエ母は、社交界で影響力の大きい人だけど、いろいろと後ろ暗いところもあるようで、ルイさん的にはそれが許せないんだって。
「トゥーエン兄上や僕はいずれ、タウ・ライナスを返上するときが来る。だが、たとえ公爵となろうとも、皇族のときと同じようにセリュー兄上を支える。ライナス帝国に殉ずる覚悟を持った人物を探しているんだ」
今は殿下と呼ばれる立場であるルイさんだが、先帝様が崩御されると臣籍降下し、公爵として新たな名を賜るのが習わしだ。
しかも、一代公爵なので、ルイさんが亡くなれば侯爵に下がる。
貴族的な考えだと、嫁がせる方は娘と結婚させてもうまみが少ないんだと思う。
だって、臣籍降下するまでは、実家の名前を名乗ることになるんだし、準皇族と呼ばれるものの、公式な地位ではない。
公爵家に嫁がせたのと同じだと割り切っても、孫の代では侯爵になる。
つまり、ある程度の力を持っている侯爵家にとっては、娘という大事な駒をなくすだけなのだ。
それならば、まだ皇帝になる可能性がある皇子たちを狙った方がマシだと考えるよね。
「カーナなら、うちの貴族たちにも負けなさそうだし、ありだと思わない?」
「思わない!おねえ様はダメ!!」
なんてことを言い出すんだ、この男は!!
確かに……確かに、身分的な問題や国家間のあれやこれを考えると、お姉ちゃんがライナス帝国に嫁ぐのはありなのかもしれない。
しかし!お姉ちゃんを他国にはやらん!!
「おねえ様には、おねえ様のことを理解して、好きに魔法のお勉強をさせてくれたり、妹にかまけていても許してくれる、おにい様のような男性が似合うんです!」
だから、ヴィもダメ。
早く、婚約者候補から外してくれればいいのにさ。
ルイさんくらい歳が離れていいのであれば、ジーン兄ちゃんでもいいはず。
ジーン兄ちゃんならば、気心知れているし、お姉ちゃんの好奇心を満たすお話やお土産を買ってきてくれるし、私にも優しいからね!
「僕がガシェ王国に行ったっていいんだよ?」
ルイさんは面白がっているだけなんだろうけど、これにはメルさんと隊長さんから待ったがかかった。
「ガシェ王国にはすでにリリーナ様がいらっしゃいます」
国家間の均衡を崩すつもりかと、二人の顔がマジだった。
まぁ、王妃様がガシェ王国に嫁いでくるからと、王様の弟さんはミルマ国にお婿にいったらしいし。ガシェ王国にライナス帝国が肩入れしすぎていると言われたら、外交が険悪になるかもしれない。
「オスフェ家は立場的にも、結婚に関しては凄く大変そうだな。カーナに対してそれなら、ラルフ殿も同じだろう?」
お兄ちゃん?
お兄ちゃんは跡取りだから、お嫁さんを取るのは当たり前だけど、ミルマ国の王女様がどうのって話があったなぁ。
「おにい様はヴィが結婚しない限り、お相手が決まることはないですよ?」
我が国の公爵家は、国の調整役の側面もあるため、ヴィが国内からお嫁さんを選んだ場合、お兄ちゃんが国外の王侯貴族からお嫁さんをもらうことになる。
今回は年頃の子供が我が家にしかいなかったためだが、複数の場合もある。
曾祖父ちゃんの時代は、王様も弟である曾祖父ちゃんも国内でお嫁さんもらっちゃったから、他の三公爵家が他国からお嫁さんに来てもらったとか。
曾祖父ちゃん、本当に迷惑かけまくりだな。
「ネマちゃんが甥っ子たちの誰かとっていう手もあるんだけどなぁ」
ないないない。
自分でも自覚あるけど、凄い表情になっていたんだろうね。
再び、ルイさんが腹を抱えて大笑いしている。
「はい、できました」
メルさんが手鏡を持たせてくれたので、どんな髪型になったのかを確認する。
お揃いって言っていたから、メルさんの髪型なんだろうなとは思っていたが、これほどとは。
高い位置でのポニーテールなんだけど、編み込みがカチューシャみたいになっている。
「おぉ!かわいい!」
使用人たちの派手にやってやるぜ!って感じじゃなく、本当にささやかなおしゃれって感じなのが、服装にも合っているね。
「それじゃあ、行きましょう」
メルさんが差し出してくれた手を、私は笑顔で掴んだ。
お母さんとは呼べないけど、親戚のお姉ちゃんみたいな感じがする。
「セーゴ、リクセー、イナホ。ネマ様のことをしっかりお守りするんですよ」
「「ワンッ!」」
-きゅう!
スピカに名前を呼ばれたためか、元気にお返事をする三匹。
「稲穂、今は大丈夫だから、ちゃんと顔を見せてお返事しようね」
私の言いつけを守って、ショルダーバッグの中から一本の尻尾をチラ見せしながらお返事していた稲穂。
バッグの中でくるりと方向転換をして、バッグの縁に顎をちょこんと乗せる。
-きゅっふしゅんっ!
改めて返事をしようとして、くしゃみとかぶった。
くしゃみした瞬間に、尻尾がぶわっと広がるのが可愛い。
-みゅっ!みゅぅぅー。
稲穂と一緒にバッグの中に入っていた白が飛び出してきた。
たぶん、名前を呼ばれなかったことに不服を訴えているんだと思う。
グラーティアも私の肩で、牙を忙しなく鳴らしている。
「ハクとグラーティアは、ネマ様から絶対に離れないでね。いつもみたいに遊んだら、パウルさんに言うから」
パウルの名が出ると、二匹はとたんに大人しくなり、プルプルと震えている。
うんうん。パウルに怒られると怖いもんね。
その気持ち、よくわかるよ。
「それではルイベンス殿下、ネマ様のことをよろしくお願いいたします」
スピカは丁寧な動きで頭を下げる。
「うん。ネマちゃんのことは僕たちがしっかり守るから、安心して」
お忍びなので、ルイさんの側にいるのは隊長さんとメルさんだけだけど、道中やエルフの森周辺には、すでに警衛隊のみなさんが平民に変装して紛れているらしい。
宮殿の小さな門から外に出る。
今まで、遠くから見ることしかできなかった場所に行くのだと思うと、凄くワクワクする。
門を出たところに、一台の馬車があった。
貴族が乗る馬車とは違い、レニスやシアナ特区で見かけた幌付きの馬車だ。
隊長さんが御者に話かけているので、彼も警衛隊の人なのだろう。
「これに乗って近くまで行くんだよ」
ルイさんに抱えて乗せられた馬車は、木の板で座れるようにしただけのものだった。
クッションもなければ、カーペットも敷かれていない。
「おぉ!」
そして、馬車が動けばめちゃくちゃ揺れる。
馬車をひいているのが一頭だけだからか、スピードはそんなに出ていない。
でも、景色が見たくて、荷台の後ろから顔を出そうとしたら、メルさんに止められた。
「そっちは危ないわ。見るなら前からにしなさい」
前と言われて、御者の後ろ部分からも外が見えることに気づいた。
板というか仕切りみたいなものに手をかけて、身を乗り出すように覗き込む。
「ほわぁぁぁ……」
我が国の王都と違って、凄く鮮やかだ。
建物の壁が全部真っ白いのは漆喰を使っているのかな?
屋根はヨーロッパでもよく見かける三角形のものだけど、色がついている。
使われている色は精霊色の赤、青、緑、黄のみだが、どの建物にも個性があって見ているだけでも楽しい。
屋根の面ごとに色を変えているものや、パッチワークのように組み合わせていたり。
大きな建物には、何かマークのようなものが描かれていた。
大通りの路面店はどこも賑わっていて、人通りも多い。
服や装飾品といった、女性向けのお店が多い気がする。
カフェみたいなお店もあって、テラス席は全部埋まっているので、人気のお店なのかな?
あー、美味しそうな匂いもする!
揚げ物の匂いだなぁ。あ、ハンバーガーみたいなものを食べている人がいる!
あの食べ物がなんなのか聞きたいけど、でも、景色も見逃したくない。
食べ歩きするのもいいなぁ。宮殿の料理も凄く美味しいけど、たまにはああいったの食べたい!
「ネマ、外は楽しいかい?」
「……うんっ!すっごく!」
ルイさんにネマって呼ばれたことに、少しびっくりしたけど、なんとか普通に返せた。
さすがお忍びに慣れているだけあって、ルイさんの演技は自然だ。
視界に森の先端がちらほらと入るようになってきた。
よく見ると、ところどころに白い煙が昇ってるではないか。火事じゃないよね?
木に隠れるようにして煙突があるとか?
「うーん……」
「今度はどうした?」
「あのけむりは何かなぁって」
ルイさんはどれどれと、私の上から身を乗り出す。
私が指差した方向に視線を向け、あれかと呟いたあと、馬車の中に引っ込んだ。
「エルフの森にはたくさんのお店があるからね。料理屋や鍛冶屋、薬屋なんかが火を使っているんだよ」
火事じゃないならよかった。
それより、エルフの料理ってどんな味なのかな?野菜ばっかりとか?
目に入ってくるいろいろなものが気になって、馬車が停まるまで飽きることはなかった。
馬車を降りて、少し歩くらしい。
星伍と陸星は散歩を装うために、首輪に紐をつけられた。
まぁ、飼い犬であることを示す意味もあるので仕方がない。
目の前にはエルフの森がある。
しかし、精霊宮のように木々がひしめき合っていて、人間が入れそうな隙間はない。
どうやら、出入り口は一つしかないらしく、そこには徒歩でしか行けないんだって。
のんびりと歩きながら、ルイさんが教えてくれた。
今なら質問してもいいかなと思って、ルイさんの服を引っ張り、一番気になった食べ物のことを聞く。
「ねーねー。歩いている人が食べていた、丸いパラスみたいなのは何?」
「パラス?……あぁ、アッパのことかな?」
パラスは野菜やお肉、果物なんかをパンで挟んだ料理の総称なんだけど、アッパはパラスじゃないのか。
「あれはサーダの実から作った生地に、ガードラの身を揚げたものを挟んでいるんだ」
出た!万能食材サーダの実!
ガードラは大きな魚だから、フィッシュバーガーだね。
「用事が終わったら、買いにいきましょ」
「いいの!?」
「もちろん!」
メルさんの言葉を、ルイさんも隊長さんも止めなかったので、本当に買いにいっていいらしい。やったね!
気持ちスキップしながら歩いていると、迷子になりそうだからってルイさんに手を取られた。
迷子って、一本道なんだけどなぁ。
そして、反対側をメルさんが……これは!
家族で仲いい感じを演出するつもりだろうが、どう見てもさらわれるグレイの図だ!!
あ、でも、ネタがわかる人はいないのか。それは残念。
星伍と陸星は尻尾がすべてを語っている。
激しい勢いで振られる尻尾は、見ているこちらも楽しくなる。
二匹から伸びる紐は隊長さんが持ってくれているんだけど、ぐいぐい引っ張られている。
あの子たち、一応ハイコボルトだから、力は強いんだよね。
「星伍、陸星、おじちゃんを引っぱっちゃダメだよ!」
「うっ……覚悟はしていたが、やはりくるものがあるな」
くるもの……あれか?おじちゃん呼びがショックだったのか?
でも、子供から見たら十分おじちゃんってお年頃だよ?
老いは誰も避けることはできないのだから。
「もう数巡したら、おじちゃん呼びも気にならなくなるよ、お義兄さん」
うわぁ……ルイさんめっちゃいい笑顔。
隊長さんをいじるのが楽しくて仕方ないんだね。
「ルイ、兄さんをいじめないで」
メルさんは少し悲しそうな表情をして、ルイさんを止める。
メルさん、女優になれるんじゃない?
その表情は私でもグッとくるよ。
家族のようで、家族でない会話をしながら歩いていたら、意外とすぐに出入り口に着いた。
なんか、思っていたのと違う!
いつも誤字報告ありがとうございますm(_ _)m




