第八十九話:フェルの作戦
フェルの動きは目に見えて悪くなっていた。
先程までは攻撃を躱しつつ距離を縮めることも簡単だったのに、今は防戦一方。
一応、守りに徹しているおかげか攻撃に当たるようなことはないみたいだけど、それでもいつ当たるかひやひやものだ。
俺の心情的には今すぐにでも助けに入りたい。だけど、ニクスはまだ早いという。
フェル自身もまだやれると思っている以上、俺が安易に手を貸すのは間違いかもしれないけど、それでも心配なことに変わりはない。
胃が痛い。心臓がバクバクしている。ここまでくると、フェルが早くギブアップしてほしいとさえ願っていた。
でも、こんなんじゃいけないんだろうね。
俺はフェルを信じると決めた。それなのに、ギブアップを願うなんてどう考えても間違っている。
本当にフェルを信じるのなら、フェルの勝利を確信してどーんと構えるくらいの気概がなければならないだろう。
フェルを信じていないわけじゃない。だけど、相手はボス級の魔物でこちらは成人したばかりの子供。それだけでもかなりの差がある。
これで心配にならなかったら友達じゃないだろう。
だから俺は心配で胸がいっぱいになりつつも、じっと見守ることしかできなかった。
「はぁ、はぁ……」
フェルの息が上がってきている。
もうかれこれ10分くらいは戦っただろうか。
たったそれだけと思うかもしれないが、戦闘においての10分は結構長い。
常に命の危険と隣り合わせという状況を考えれば、その心労はかなりのものだろう。
対して、キングゴブリンの方はというと、そこまで疲れていないように思える。
そりゃ、魔物と人間では体力に大きな差があるし当然と言えば当然だけど、この体力の差は戦いにおいては生死を分けるほどのものでもある。
誰だって、スタミナを使いつくしてから万全に動ける者はいないだろう。動くためにはエネルギーが要り、当然ながらそれが多い方が長く動くことができる。
ここにきてフェルのスタミナは尽きかけている。対して、キングゴブリンはまだ余裕。
ますます状況的に不利。
さっきみたいに何かの拍子に攻撃を当てることができたとしても、その皮膚は厚く、容易に通らないことを考えるともはや勝ち目は相当薄い。
いったいここからどうすれば……。
「……」
気が付けば、フェルは壁際に追い込まれていた。
目の前にはキングゴブリン、背後には壁、もはや逃げ場はない。
流石にこれはもう無理だと一歩前に出ようとするが、ニクスに肩を掴まれて止められる。
まだなの? まだ助けちゃダメなの?
思わずニクスを睨む。ここまでくると、修行と称してフェルを亡き者にしようとしているのではないかと疑いたくもなる。
でも、それならわざわざここまで修行を長引かせるはずもない。ニクスにはニクスなりの考えがあるんだろう。
俺はフェルの方を見る。せめて、もしもの時はすぐに治癒魔法をかけられるように準備しておかなくては。
「……ふふ」
恐らく絶望しているであろうと思われていたフェルだったが、予想に反してフェルは笑った。
この絶望的な状況で笑うなんて、一体何を考えているんだろう。
考察する間もなく、キングゴブリンは剣を突き出す。どうやら天井の関係で振り下ろすことができなかったらしい。
あれならまだ避けられるか……。そう思っていたけど、フェルはここで思わぬ行動をとった。
「……ここ!」
掛け声ともに、周囲に風が逆巻く。
どうやら魔法を使ったようだ。確かに、物理でダメなら魔法でというのは何も間違ってはいない。
だけど、このタイミングで?
どういうことかと思っていると、放ったであろう不可視の刃はキングゴブリンの目に直撃したのか、キングゴブリンの手元がわずかにぶれた。
剣が壁に突き刺さる。パラパラと破片が舞い、あたりに砂ぼこりが立ち込めた。
「はあっ!」
視界が悪い中、フェルは突き刺さった剣の腹に飛び乗ると、そのまま剣を伝って腕へと駆け上がっていく。
そして、頭まで辿り着くと、目眩ましによって閉じられている目に向かって剣を突き立てた。
「ぐぎゃぁぁあああ!」
辺りに絶叫が響き渡る。
なるほど、確かに目のような急所ならそこまで硬くはないだろう。
身長差がありすぎて直接狙えないということは置いておいて、もしそこを狙うことができればフェルにも勝ち目は十分にある。
まさか、腕を橋代わりにして頭まで辿り着くなんて考えるとは思わなかったけど。
今思えば、あの時壁際に追い込まれたのは計算のうちだったのかもしれない。
ただ腕を橋代わりにするだけだったらチャンスはいくらでもあった。
剣を振り下ろしたタイミングで乗ればいいだけの話なのだから。
だが、当然ながらそんな一瞬で乗れたとしてもすぐに振り落とされるのが落ちである。
だからこそ、壁際で剣を突かせるように誘導し、壁に剣を突き刺させることによって固定したのだ。
目眩ましのタイミングも完璧だった。
あそこまで温存していたのはそこまで威力がなかったからというのもあるだろうが、キングゴブリンを油断させる意味合いもあったのだろう。
こいつは魔法が使えない。だから警戒しなくてもいいんだと思い込ませ、魔法の存在を隠した。
だからこそ、キングゴブリンはあそこで剣を放して距離を取るという選択を取ることができず、いきなり目に飛んできた不可視の攻撃に戸惑って動きを止めてしまったのだ。
完璧に計算しつくされた戦術。まさか、フェルがここまでやるとは思わなかった。
いや、こんな言い方するとちょっと失礼かもしれないけど、フェルはどちらかというと素直な性格だからそんな作戦を考えるとは思わなかったから。
「ふぅ……終わりました」
倒れ込むキングゴブリンにとどめを刺し、戻ってくるフェル。
片手でお腹を押さえて少し辛そうだったので、俺はすぐさま走り寄って治癒魔法で怪我を治した。
本当に生きていてくれてよかった。
「そこそこ時間がかかったようだが、まあ、貴様の腕ならば及第点だろう。よくやった」
「ありがとうございます」
「だが、これは前座にすぎん。気を抜くなよ」
「はいっ」
そういえば、今回はダンジョンの意思を倒しに来ているんだっけ。あまりにもはらはらしすぎて忘れてしまっていた。
大丈夫かな、ダンジョンの意思ってボスよりも強いんでしょ?
今回はなんとかなったけど、さっきの戦いを見るに普通に負けていてもおかしくはなかった。
それなのに、さらに強力な相手と戦うなんてどう考えても無謀すぎる。
止めたいけど、でもダンジョンの意思を倒さない限りスタンピードが収まらないのも事実。ここで退いてしまっては意味がない。
せめて、今回みたいに即死級の攻撃がポンポン飛んでくるような相手でなければいいんだけど……。
「ルミエール、治療してくれてありがとね」
「だいじょうぶ?」
「うん、大丈夫だよ。私負けないから」
そう言って頭を撫でてくるフェル。
フェルは強いね。死ぬかもしれないと心配ばかりしている俺とは大違いだ。
でも、俺のためとはわかっているけど、少しは自分の体も心配してほしいな。
「行くぞ」
ニクスの声に頷いて、先へと進む。
さて、ダンジョンの意思とやらはどんな奴なんだろうね。
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