第八十八話:キングゴブリン
ほとんどの魔物が浅い階層に集結しているのか、普段はたくさんいる魔物の姿が全く見えない。
いや、一応いないわけではないけど、まるで普段の浅い階層のように数匹程度しか会わない。
こうなってくると、ボス部屋まで行くのは簡単である。道も普段からボス部屋手前までは来たこともあって、すぐに29階層まで到達することができた。
次の階層、つまり30階層にボスであるキングゴブリンがいるはずである。
ダンジョンコアはボス部屋の奥にあるらしいので、まずはボスを倒さなければならない。
さて、どんな奴なのかな。
「小娘。まずは小手調べだ。キングゴブリン程度の雑魚恐るるに足らん。軽く蹴散らして見せろ」
「わ、わかりました」
今回の目的は守護者、もといダンジョンの意思だが、どうやらボスの方もフェルに討伐させるつもりらしい。
いやまあ、ダンジョンの意思よりはまた楽だとは思うけど、ボスまでフェルが倒すとなると連戦になる。
果たして、そこまで体力が持つかどうか。
少し心配ではあったが、いざとなれば俺の治癒魔法がある。問題は多分ない、と思う。
「行くぞ」
ニクスは一度確認を取った後、30階層に続く道を降りていく。
しばらく進むと、そこには巨大な扉があった。
材質こそダンジョンの壁と同じく岩のようなごつごつとしたものであるが、ここだけ明らかに人口感がある。
ダンジョンは魔物だという話だけど、この知識はどこから仕入れているんだろうか。
そりゃ確かに人は来るだろうけど、まさか扉を担いでくる人がいるわけでもなし、扉のことを知っているとは思えないのだけど。
それとも、テンプレみたいなものがあるのかな。ボス部屋にはこういうものを設置しようというのがダンジョンの間では共通認識だとか。
まあ、別にどうだっていいけども。
とにかく、この扉の先にボスはいるようだ。気を引き締めなければならない。
ニクスが扉に触れる。その瞬間、扉がひとりでに開き、その先の空間を露わにした。
そこは広い空間だった。洞窟らしく、だだっ広いだけで特に装飾があるわけではないが、円形状に広がっており、道中と違ってかなり明るい。
どうやら床自体が光っているようで、この場所だけ別の素材で作られているようだ。
そして、そんな空間の奥、俺達を待ち構えるように立っている人影が一つ。
3メートルはあろうかという巨体で、手には巨大な剣を二振り持っている。赤黒い皮膚はホブゴブリンの面影があるが、放っている威圧感は段違いだ。
キングの名にふさわしく、頭には王冠をかぶっており、赤いマントを身に纏った姿は見方によっては威厳を感じさせるかもしれない。
なるほど、これがキングゴブリンか。
「キングゴブリン……」
フェルはごくりと息を飲み、そっと剣を構える。
その額からは汗が伝っており、緊張しているのが伺えた。
キングゴブリン、確かに強そうではあるけど、俺としてはちょっと期待外れと言った感じだ。
ボスというからにはとんでもなく強いと思っていたし、もしかしたら俺でも苦戦するかもしれないと考えていたけど、この感じを見る限り多分余裕である。
ニクスが雑魚というのもわかる。一目見て、こいつは自分でも勝てると無意識のうちに思ってしまった。
これはドラゴンであるこの体が強いからなのか、それともキングゴブリンが言うほど強くないからなのか。いや、どっちもありそうだな。
とにかく、この程度であれば負けることはない。
問題はフェルだが、緊張はしているが、思ったよりは落ち着いているだろうか。
フェルにとって、明らかに格上の敵と戦うのはこれが初めてだろう。
俺には何でもない威圧もフェルにとっては結構辛いかもしれない。
だけど、それを感じさせることなく、冷静に相対している。
これは心配しなくても大丈夫そうだね。
「ふぇる、ふぁいと」
「うん、行ってくるね」
俺の激励の言葉にフェルは頷くと、一気に走り出した。
キングゴブリンの方はそれにいち早く気づいたのか、手に持っていたうちの一本を振り上げ、フェルに向かって叩きつけるように振り下ろしてくる。
フェルの身長と比べると、キングゴブリンは倍くらい差がある。剣だけでもフェルの身長くらいあるんじゃないだろうか。
そんな強烈な一撃を前に、フェルは身軽に飛び退くと、その一撃を躱す。
力はかなり強いようだ。目標を見失った剣はそのまま地面に叩きつけられたが、その地面はかなり抉れている。
まともに食らったら一撃でお陀仏だろう。
一撃の重み、リーチの差、何もかも負けているフェルだが、果たして勝算はあるのだろうか。
「やあ!」
フェルは持ち前の素早さを生かして一気に懐に潜り込む。
キングゴブリンは両手の剣でフェルを潰そうと重い一撃を繰り返しているが、フェルがそれに当たることはない。
リーチの差は絶望的だが、懐に潜ってしまえばそのうまみは生かしきれない。
勝負に持ち込むには少なくともフェルの一撃が届く範囲でなければいけないから、この差を縮めるのはスタートラインでもある。
今、振り下ろされた一撃をジャンプで避け、剣の上に飛び乗る。そしてそのまま、腕を思いっきり切りつけた。
「くぅっ……!」
だが、そう簡単にはいかない。
ホブゴブリン程度なら一刀両断できていた剣ではあるが、流石にキングゴブリンともなると防御力も高いのかほとんど刃が通っていないようだ。
一応全く効いていないというわけではなさそうだが、ダメージを与えるのはかなりしんどそうだ。
「ふっ……!」
弾かれてバランスを崩したフェルだったが、すぐさま体勢を立て直し、キングゴブリンの足元へと潜り込む。
剣では不利だと思ったのか、足で踏みつぶそうとしてくるキングゴブリンの猛攻を躱しつつ、フェルは次々に剣撃を叩き込んでいく。
だが、やはり皮は厚い。かきん、と硬い音を立てて剣は弾かれていく。
さて、どうするフェル。このままじゃ勝てないぞ?
「このっ……!」
続いて動いたフェルは背後へ回る。
背後ならば通るだろうか、身長差もあって背中に剣を突き立てることはできないが、腰元あたりに剣が突き立てられる。
「ぐぎゃっ!」
キングゴブリンが悲鳴を上げた。どうやら効いているらしい。
これならいけるかと思われたが、それも一瞬のことだった。
キングゴブリンはすぐさま振り返ると、フェルに向かって剣を振り下ろす。
フェルも攻撃が通ったことで多少なりとも気が緩んだのだろう。攻撃を躱しきることができず、剣先が少し掠っていた。
「くっ……!」
すぐに距離を取るフェル。
切り付けられたのは腹。一応防具は着ているし、掠った程度ならそこまで大事でもないと思ったが、一撃の重さは伊達じゃないらしい。
よく見てみると、防具は横一線に切り裂かれ、わずかに血が滲んでいた。
致命傷とまではいかない。だけど、たった一撃掠っただけでこれとなるとボスの攻撃力は相当なものだ。
フェルの身長ほどもある大剣を両手で操る腕力、それに剣の切れ味が合わさってやばいことになっている。
どうする? 助けに入るべきか?
戦闘はまだ可能だろうが、動きが鈍ってしまっては他の攻撃にも当たる可能性が出てきた。
流石に一撃で死なれてしまっては俺も治せない。そうなると、やはり今のうちから助けに入るべきだとは思うんだけど……。
「やめておけ。小娘の目をよく見てみろ」
思わず前に出た俺の肩をニクスが掴む。
言われてよく見てみると、フェルの目はまだ闘志が宿っていた。
まだ負けていない。まだやれる。そう考えているのがわかる。
ここで助けに入ってはそれに水を差してしまうか。
心配ではあるが、もう少し様子を見てみよう。
俺は少しはらはらしながら戦いの行方を見守った。
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