第八十四話:手遅れ
「に、ニクス様、もういいとは……」
「律儀に貴様らのルールに合わせてやったのが間違いだった。貴様らが下らぬ理由でこれ以上我の時間を奪うのなら、ここからは我のルールで行かせてもらう」
二コラさんも別に本気でこれが通るとは思ってなかっただろう。
一応ごねておいて、後で少し条件を緩めて結果的に利益を得ようという策を考えたのは町長だろうし、二コラさんはそれを伝えるように言われたに過ぎない。
実際、その策はそれなりにうまくいっていたように思える。なにせ、報酬は最低限でいいという言葉を引き出せたのだから。
しかし、そこでさらに欲をかいて貸出料を払えなんて言う意味不明なことを言い出したのが間違いだった。
別に報酬はいらないのだから、貸出料を払うこと自体は別にいい。だけど、これがまかり通ってしまったらこれ以降、別の冒険者に依頼を出す際に前例ができてしまうし、他の冒険者に迷惑が掛かってしまうだろう。
何より、気分が悪い。
なぜ、町の危機に手を貸してやろうと言っているのに搾取されなければならないのか。相手は協力する立場であって、こちらは相手の奴隷ではない。
一応最低限のルールを守るニクスであっても、流石にこれは我慢ならなかったのだ。
「ど、どうする気で?」
「そもそもの話、案内役とやらは初めから必要ない。ダンジョンコアの場所くらいある程度の予測が立つし、人間どもが張った結界など枯れ葉に等しい。さっさとダンジョンに潜り、守護者とやらを倒すだけだ」
「そ、そんな無茶な! いくらダンジョンのランクが低いとは言っても、守護者はボスを上回るのですよ? それに結界は正規の手段を取らなければ絶対に解除できないのです。仮に自力で辿り着けたとしても、守護者と出会うことはできませんよ!」
「貴様は耳が悪いのか? 結界などどうとでもなる。このニクスをあまり舐めるなよ」
必死に引き留めようとするニコラさんに冷たく言い放つニクス。
いくらダンジョンコアが一般の冒険者には知られていない情報だとしても、ニクスはSランク冒険者として通っている。
恐らく、今までにも似たような依頼を受けたことがあるのだろう。その経験をもってすれば、ダンジョンコアの場所を把握することはそう難しいことではない。
結界に関しても、ニクスほどの実力があれば多少のものであれば解除は無理でも破壊することは造作もないだろう。
つまり、初めから案内役など必要なかったわけだ。
それでも案内役を待ったのは、俺が言ったのもあるが、一応メリアさんの顔を立てたのもある。
きちんと依頼として受け、そのルールに則って達成することを意識したからこそ、あえて案内役の派遣を待ったわけだ。
そのルールを相手が守らない以上、もう付き合ってやる必要はどこにもない。こちらのやりたいようにやるだけだ。
「守護者は倒してやる。だが、その舐めた態度を改めない限り、次にスタンピードが起きた時が町の終わりだと思え」
そう言って、部屋を後にする。
これでもう報酬は絶望的になったと思うけど、まあ初めから報酬はどうでもいいし、問題はない。
さて、これで障害はなくなった。後はダンジョンに乗り込んで守護者を倒すだけである。
「小娘、行けるな?」
「は、はい、いつでも行けます」
「よし、ではこれより守護者を目標にダンジョンへと潜る。気を抜くなよ」
時刻はすでにお昼過ぎ。いつもであれば、ダンジョンに潜るには少し遅い時間ではあるけれど、もう一週間も待ったのだ、これ以上待つことはできない。
俺は気を引き締めて、フェルの手を強く握る。
まだ心配はあるけれど、フェルならきっと大丈夫。そう信じよう。
後ろでバタバタと騒がしい音が聞こえた気がしたが、特に気にすることはなく、俺達はダンジョンへと向かう。
ダンジョンの入り口ではいつものように多くの露店があり、子供のポーターが売り込みをかけていた。
しかし、今日はどうにも少し騒がしい。よく見てみると、受付の建物に多くの人が集まっていた。
どうやら何かあったらしい。近づいてみると、その人だかりの中心には男性が血まみれで倒れているのが見えた。
「お、おい、何があったんだ!?」
「あ、あぁ……」
どうやら怪我をしているのは一人だけではないらしい。
その後にも次々と怪我人が運ばれてきており、職員達はその治療に追われているようだった。
これはもしかしてだけど、遅かったかな?
「みんな大変だ! 1階層にホブゴブリンの大群が出やがった!」
「なんだと!?」
「一体どういうことだ!?」
一人の冒険者がそう声を上げると、その場は騒然となった。
1階層は常に掃除が行き届いていて、魔物はほとんど出現しないようになっている。
それなのに、それが大群で現れたばかりか、その種類はホブゴブリン、つまり、本来は浅い層には出現しないような強力な魔物だという。
明らかな異常、つまり、スタンピードが始まったということだ。
「ど、どうすんだ! ホブゴブリンなんて相手できねぇぞ!」
「すぐに強い奴を呼べ! ギルドに連絡しろ!」
「いや、もう逃げようぜ! こんなところにいられるか!」
場はパニックとなった。
迎撃しようと考える者、逃げ出そうと考える者、どうしたらいいかわからず立ち尽くす者、誰一人として、冷静に判断できている者はいなかった。
1階層にまで魔物が出てきたということは、今ダンジョンに潜っている冒険者はほぼ全滅しただろう。そして、ここで食い止められなければ、魔物は町へと溢れ出す。
もし、案内役をすぐに派遣していればこんなことにはならなかっただろう。こうなったのは、すべて町長の強欲さによる失態である。
だが、それを今言っても仕方がない。今はどうにかこの場を収めなければ。
「放せ! 俺はあいつらを助けなくちゃいけないんだ!」
「んなこと言ったって、俺達でどうこうできるわけないだろ!」
と、ふと視線を向けた先に見覚えのある姿を発見した。
少し大柄な男の子に引き留められているのは、ベル君だ。
どうやらダンジョンには潜っていなかったらしい。
今の時間なら、潜っていてもおかしくなかったので無事でよかった。
「べる、ぶじ?」
「あ、ルミエール、お前も無事だったか!」
ベル君は引き止めている男の子の腕を振り払うと、俺に向かって縋りついてくる。
その目には涙が溜まっており、顔は鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
「お願いだ! 仲間を助けてくれ!」
「なかま?」
ベル君の話では、子供のポーターは後ろ盾がないので、みんなで集まって情報交換をし、少しでも生存率を上げようとしているらしい。
しかし、今回唐突にスタンピードが起きたせいで何人かの仲間がダンジョンに潜ったままで、未だに戻ってきていないのだとか。
特に今日は、ベル君自身が勧めたこともあって責任を感じているらしく、自分で助けに行くんだと走り出そうとしていたところを、この大柄な男の子に止められていたらしい。
まあ、そりゃこの日に限って誰も非合法のポーターを使わなかったなんてことないよね。
彼らは日々の生活にも困窮するストリートチルドレンであり、よほどのことがなければダンジョンに潜らない日はないだろう。むしろ、ベル君がこうして残っていたことの方が驚きだ。
「おちつく、なかま、なんにん?」
「今日潜ってたのは六人だ。そのうち二人は戻ってこられたみたいだけど、他の四人はまだ……」
「わかった。たすける」
なんにしても、子供が危険な目にさらされているとなれば助けるしかない。
もちろん、守護者を倒すことも大事だけど、こうなってしまったのは俺達がさっさと行かなかったせいでもある。
もしまだ生きているのなら、助けてあげなければいけない。
俺はベル君の肩に手を置くと、力強く頷いた。
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