第七十話:心の迷い
それから、週に二日の頻度で魔法の練習が入るようになった。
魔法はほとんど動かないから少しは休憩になるかなと思ったけど、全然そんなことはなかった。
なぜなら、魔力を使えば使うほど精神的に衰弱していって、最終的には気絶してしまうから。
もちろん、それを知らなかったわけじゃない。ニクスから聞いて、魔力の総量を上げるためにも魔法を使いまくらなければならず、そうなれば必然的にそういう目に遭うだろうなとは思っていた。
しかし、その感覚というのは思ったよりも苦しいようで、言うなれば、全力疾走した直後のようなそんな感覚らしい。
ダンジョンで延々と魔物を倒しまくるのとどっちが大変かと言われたら、どっちも大変だと答えるくらいにはきついもののようだった。
少しでも休ませられると思っていただけに、これは大誤算である。
これでは、結局フェルの疲労は取れない。むしろ、精神的に疲れる分余計に辛くしてしまった可能性もある。
あんなこと言ったのは失敗だっただろうか。日に日に弱っていくフェルを見て、罪悪感が止まらなかった。
「ふぇる、だいじょうぶ?」
「大丈夫だよ。ありがとね、ルミエール」
フェルの唯一の休憩時間は夜、寝る時だろう。
相変わらず、自分の部屋があるのに俺のベッドに潜り込んでくるが、それでフェルの気分が晴れるならそれでもいい。
不安に思って話しかけても、大丈夫と返すばかりで胸の内を明かそうとはしてくれない。
理由はわかる。俺に心配をかけたくないからだろう。
フェルは俺についていきたいと言った。そして、俺はそれを一度は断った。
フェルと一緒にいることがフェルを危険に晒してしまうと思っていたし、何よりフェルと一緒に暮らすのは難しいと思っていたから。
だけど、ニクスが道を示してくれて、フェルと一緒に暮らせるかもしれないという可能性が示唆された。
俺は嬉しかった。これでフェルと一緒にいられると。
だけど、その道はフェルにとっては茨の道だった。過酷な修行の毎日に、フェルの精神はどんどん削られていく。
もしかしたら、後悔しているかもしれない。けれど、それを俺に悟られてしまったら、俺は再びフェルから離れる選択を取るだろう。
フェルとは一緒にいたいけど、フェルを不幸にしてまで一緒にいたいとは思わない。フェルが幸せになれないのなら、離れるのも仕方のないことだと思っている。
だけど、フェルはそれでは納得しないだろう。だからこそ、こうやって大丈夫だと言い聞かせ続けているのだ。
「……」
俺がこのまま何も言わなければ、今の関係が変わることはない。
フェルは俺の願いを叶えようと、必死で修行をこなしているし、それに甘んじていればいつかはフェルも強くなって、一緒に暮らせる未来もあるかもしれない。
だけど、もしそうならなかったら?
ニクスはフェルに人間をやめろと言った。軽く言ったように聞こえるけど、それが簡単ではないことは明らかだろう。
物理的に人外になるにしろ、人ならざる力を手に入れるにしろ、そんなものが普通の修業で手に入ろうはずもない。きっと、何か特別な試練のようなものが待っていると思うのだ。
それがどんなものかはわからない。だからこそ、フェルがそれを乗り越えられるかどうかもわからない。
ただ乗り越えられなかっただけならいい。だけど、それでフェルがいなくなるようなことがあったら? 俺は自分を許せなくなるだろう。
俺の我儘によって、フェルの命を奪ってしまった。そんなことになったら、俺は発狂してしまうかもしれない。
本当にこのままでいいのだろうか? 本当に、フェルが人間をやめなければならないのだろうか?
ただ一緒にいるだけだったら、それこそ俺が人間として暮らせばいいだけの話である。
このままフェルに修行を施して野生に引き込むのか、俺がフェルに合わせて人間として溶け込むのか、どちらが正しいのだろうか。
わからない……。
「ルミエール、私は感謝してるんだよ?」
「……かんしゃ?」
「私を認めてくれて、私を連れ出してくれたこと」
そう言ってフェルは俺の頭を撫でてくる。
「確かに修行は大変だよ。正直、心が折れそうになることもある。けどね、ルミエールが一緒にいてくれるんだと思うと、力が湧いてくるんだ」
「そう、なの……?」
「そうなの。だから、全然へっちゃらなんだよ」
フェルの言葉に嘘はない。この選択に、全く後悔はないようだった。
フェルはただ、俺という一匹のドラゴンを相手に本気で一生を捧げようとしてくれている。
確かに、フェルとはすでに親友と言っていい関係になっているとは思う。他のどの人間よりも、深い関係にあるだろう。
しかし、だからと言って人間としての生活を捨ててまで俺についてきてくれるその覚悟は普通ではありえないものだ。
フェルにとって、俺はどういう存在なのだろうか。親友? それとも家族とか?
「だからそんな不安そうな顔をしないで? ルミエールは、何も間違っていないよ」
「ふぇる……」
俺が悩んでいることはフェルにはお見通しのようだ。
でも、それをわかっている上で、間違っていないと言ってくれた。
フェルを信じると思っていたはずなのに、なんだか情けないな。
「……わかった。ふぇる、しんじてる」
「うん、信じて」
恐らく、フェルも気が付いているはずである。俺が人の姿になれている以上、人間として暮らす選択肢もあるのではないかと。
でも、フェルはあえてそれを口にしなかった。
俺がフェルに合わせるのではなく、フェルが俺に合わせる道を選んでくれた。
それがどんなに険しい道かわかっているはずなのにね。
フェル自身、仲間を失ったことから強くなりたいという願望があるのかもしれないけど、今の修業を受けていてもなおそう言い切れるのは素直に凄いと思った。
ここまで言われた以上、俺はフェルのことを信じるしかない。
フェルが俺に合わせてくれるのが申し訳ないと思うのなら、できる限りフェルの負担が減るように策を巡らせるべきである。
それが、フェルに対してできる恩返しになると思うから。
「明日も早いし、もう寝ようか。お休み、ルミエール」
「おやすみ」
俺のことを抱きしめながら目を閉じる。
俺も頑張ってフェルの手助けをしよう。そう思いながら、目を閉じた。
翌日、いつものように朝早くに目を覚まし、朝食を作ってみんなで食べる。
俺が朝食を作り始めてから一か月ちょっと経つが、割と様になってきただろうか。
ニクスは相変わらず何も言わないけど、フェルはいつも美味しいと言ってくれるから作り甲斐があるというものだ。
「ふぇる」
「なあに?」
「がんばって」
「……うん!」
今日もダンジョンへと向かう。
いつか一緒に暮らすことを夢見て、今はがむしゃらに頑張っていこう。
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