第六十七話:満身創痍
「……小僧、貴様は何様のつもりだ?」
ベル君の悲痛な叫びにニクスはぎろりと鋭い視線を送った。
「白竜のがちょっかいをかけたからこちらに興味を持ったのはわかる。しかし、貴様はなぜ自分に関係ないことにそこまで首を突っ込むのだ?」
「な、何を言って……」
「貴様が心配する白竜のがダンジョンで死んだとして、貴様に何の損がある? 目の前で戦っている小娘が死んだところで何か不利益なことがあるか? 貴様には何の関係もないことだろう」
「なっ……!」
ニクスの言う通り、確かに俺やフェルが死んだところでベル君には何の関係もない。
いや、もしフェルが死ぬようなことがあればダンジョンから脱出できなくなるかもしれないという心配はあるかもしれないけど、そうだとしても赤の他人に対してそこまで必死になる必要はない。
これが友達とか家族だったら必死になるのもわかるだろうけど、さっき会ったばかりの俺達にそこまで感情的になるのがニクスには理解できないのだろう。
理屈としては確かにそう言うことである。しかし、人間それだけでは納得できないこともたくさんあるのだ。
俺もそうだしね。
「ふざけんな! お前は仲間がどうなってもいいっていうのかよ!?」
「我がいながらこ奴らが死ぬとでも? それは我に対する侮辱とも取れるが、そのことは理解しているか?」
「そ、そんなこと言ったって、お前はフェルさんに戦わせるばかりで何もしてないじゃないか! どうせ口だけで何もできないんだろ!?」
「そういう解釈をするのか。まあ、貴様がどう思おうが我の知ったことではないが、これは我らの問題だ。ガキが口を出すんじゃない」
「こんの……!」
ベル君は頭に血が上ってしまったのか、ニクスに殴りかかろうとした。
流石にそれをやられるとニクスが何をしでかすのかわからないので止めさせてもらう。
ベル君の腕を掴んで引っ張り倒す。
俺なんかに引き倒されるとは思わなかったのか、ベル君は目を白黒させていた。
「だめ」
「なんでだよ! お前はフェルさんのことが心配じゃないのか!」
「しんぱい。でも、しんじてる」
ニクスはできないことは言わないはずだ。
強く突き放すことはあっても、見捨てるということは絶対にしないし、頑張ればできることしかやらせない。
もちろん、それは俺が相手だからであってフェルにまでそれが適用されるかどうかはわからないけど、俺が目の前で見ている以上、無為に死なせるなんてことは絶対にしないはずである。
それに、フェルだってそんなニクスに応えようと必死に戦っている。
心配ではあるけれど、何でもかんでも危ないからと止めていてはいつまで経っても一緒に暮らすなんてことはできないだろう。
「なんだよそれ……」
「べる、しんじて」
「こんな鬼畜野郎を信じろって?」
「うん。にくす、つよい」
「……」
ベル君を一緒に連れてきたのは間違いだっただろうか。
あの時はしつこかったのもあって、そこで時間を浪費するくらいだったら一緒に連れて行ってしまった方が楽だと思っていたけど、こうして修行の場面を見せるのならあまり連れてこないほうがよかったかもしれない。
俺もここまで厳しい修行をするとは思っていなかったから予想しようもなかったけど、よくよく考えればいざという時に元の姿に戻れないというデメリットもあるし、できる限り身内だけで入ったほうがいい気がする。
悪いけど、次からはベル君は誘えないだろうな。
「……わかった。お前がそこまで言うなら信じてやる」
「ありがとう」
「でも、これ以上進むのはだめだ。修行するんだったら、この階層まででやめておけ」
ベル君は少し悩んだ後、どうやら信じてくれたようだが、一つ条件を出してきた。
なんでも、ダンジョンの奥地にはボスと呼ばれる一際強い魔物が存在するらしい。
基本的に最深部、つまりこのダンジョンの場合は30階層にいるらしいが、稀に階層を移動していることもあるらしいので20階層以降は結構危険なのだとか。
今のフェルの実力ではボスには絶対に勝てない。だから、修行をしたいならこのあたりの階層で留めておけということらしい。
まあ、最初から最深部まで潜る必要はないし、このあたりの魔物はフェルの少し格上くらいの相手だから修行するにはちょうどいい場所である。
それくらいだったら、飲んでもいいかな?
「いいだろう。こちらとしても貴様のような小うるさい小僧がいては面倒だ。今日は早々に切り上げ、貴様がいない時に進むとしよう」
「そうかい。なら俺ももう何も言わないよ。でも、忠告はしたからな」
ニクスの言い方は意地悪ではあるけど、あれは優しさでもあるんじゃないかなぁ。
ベル君を連れたままでもボスがいる階層まで進めるだろうし、何ならボスも簡単に倒せる気がするけど、それだとベル君は不安だろう。
だからこそ、ベル君を守る意味でも今日は早々に引き上げる選択をしたんだと思う。
まあ、ただ面倒だからっていう可能性もなくはないけどね。
その後、一時間ほど修行をした後、ダンジョンから脱出することになった。
フェルは満身創痍のようで、俺が話しかけても反応しないくらいだった。
当然、歩くこともできなかったので、俺がお姫様抱っこして運ぶことになった。
いくらフェルが小柄だとは言っても、自分よりもかなり大きい人を抱き上げる俺の姿にベル君は目を見開いて驚いていたけど、これで少しは俺にも力があることがわかっただろうか?
帰り道に関しては、立ちはだかる魔物はニクスがすべて倒してくれたので何の心配もなく、無事にダンジョンの入り口まで戻ってくることができた。
「なんなんだよお前ら……」
「貴様が知る必要はない。役目は果たしただろう、さっさと消えろ」
「まって」
ベル君はもうこりごりだと言わんばかりに去っていこうとするが、まだ渡すものを渡していない。
俺はベル君の手を取ると、少しばかりの金貨を渡す。
ポーターの相場がどのくらいか知らないけど、まあこれくらいあれば足りないってことはないだろう。
いや、ベル君の反応を見る限り、渡し過ぎたかもしれない。ぎょっと目を見開いて、俺のことを見ていた。
「おまっ、これの価値わかってんのか!?」
「たぶん?」
「いや、それは絶対わかってない! こんなに受け取れるか!」
そう言って押し返してくる。
うーん、貰えるなら多いことに越したことはないと思うんだけどな。
仕方ないから数を減らして、一枚だけ上げることにした。
これなら問題ないでしょ。
「これでも多いっての!」
「だめ?」
「いや、欲しいけど……ほんとにいいのか?」
「うん。はこぶ、ひと、おれい」
「くっ、わかったよ……。もう返せって言われても返さないからな!」
奪い取るようにして金貨を取ると、ベル君はそのまま走り去っていった。
まあ、これからしばらくダンジョンに通うんだし、またすぐに会える気もするけど、まあいいか。
「帰るぞ」
「あ、うん」
俺とベルとのやり取りを見ていたニクスは、ぶっきらぼうにそう言うと歩き始めた。
早いところフェルを休ませてあげたいし、気が付けばもう夕方を通り越して夜である。
露店もすでに閉まっている場所ばかりだし、さっさと帰らないとやばそうだ。
帰る道中、ぐったりとしているフェルを見て門番が心配そうに声をかけてきたが、大丈夫だと言ってごり押した。
受付をして入った冒険者は、ダンジョンを出た時も報告をする必要があるらしい。
すでに夜なので受付は閉まってしまっているが、門番が伝えてくれるらしいので全員無事に脱出できたと言っておいた。
ダンジョンに入るのも面倒だね。そんなことを思いながら、借家へと帰っていった。
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