第六十二話:ポーターの現実
「おら、早く歩け!」
しばらく待ったりしていると、不意にそんな声が耳に届いた。
声の聞こえた方を見てみると、そこにはちょうどダンジョンから帰還したと思われるパーティが大きなリュックを背負った男の子を蹴飛ばしている光景だった。
「ったく、安いから雇ってみればこんなに使えない奴だとはな」
「まったくだ。おかげでだいぶ早く引き返す羽目になっちまった」
話を聞く限り、多分あの男の子はポーターっぽいね。
ダンジョンに潜ったけど、男の子があまり荷物を運べなかったから怒っていると言ったところだろうか。
「はぁはぁ……ミスリル鉱石ばっかり、こんないっぺんに運べるわけないだろ!」
「あん? せっかく善意で雇ってやったっていうのに楯突こうってのか?」
「ほんとならもっとあったんだ。それをこの程度しか運べないなんて、それでもポーターかよ」
男の子が悪態をつくが、冒険者らしきパーティは相手にしない。
そして、乱暴に蹴り飛ばすと、その背中にあったリュックを奪い取った。
「今度はもっといいポーターを見つけなくちゃな」
「お、おい、報酬は……」
「はっ、ほんとはもっと稼げるはずだったのにお前のせいで引き返したんだ。払うわきゃねぇだろ」
「なっ……!」
男の子は追いすがるが、さっき蹴飛ばされたときに足をくじいてしまったのか、立ち上がることができず見送ることしかできなかったようだ。
悔しげに拳を握り締め、パーティの背中を睨みつけている。
そんなこともあるだろうなぁとは思っていたけど、まさか目の前で遭遇するとは。
周りにいた人達も見て見ぬふりをしているし、誰も男の子のことを助けようとする人はいない。
恐らく、ここに店を構える人達にとってこういう光景は日常茶飯事なのだろう。
確かに、いちいち手を差し伸べていたら商売にならないだろうし、子供もこういうことがあると理解した上でやっているだろうから仕方ないのかもしれないけどさ。
……でも、怪我を治すくらいならいいよね?
俺は少し迷いつつも、男の子の方へ近づいていく。
流石に、怪我をして蹲っている子供を放っておくことはできない。
「だいじょうぶ?」
「……誰だお前」
男の子は怪我した場所を手で押さえながら、こちらを警戒したように睨みつけてくる。
見たところ、大体12、3歳くらいだろうか。かなり痩せていて、服もよく見たらボロボロである。
「るみゅ……りゅみ……んー……るみえーる」
「ルミエール? 聞いたことないな、新入りか?」
名乗ったことで多少なりとも警戒が薄れたのか、男の子の目線が和らいだ。
やっぱり名前を言うのは少し苦手だ。この一か月で多少なりとも練習して喋れる単語の数は増えてきたけど、名前に関してはかなり難しい。
なんか、舌が絡まるんだよね。なんでだろう。
まあ、これに関しては練習あるのみだ。そのうちキチンと言えるようになるだろう。うん。
「んー、わたし、はこぶ、ひと、ちがう」
「ならなんだ、どっかの店の子か?」
うーん、これはどう答えたらいいんだ?
そこらの店の子ではないし、冒険者でもないし、フェルの付き添い? よくわからない。
まあ、それはこの際どうでもいい。今大事なのは、男の子が怪我をしているということだ。
「けが、なおす」
「治すって、どうやって」
「こう」
俺は男の子の足に手をかざすと、治癒魔法を発動する。
瀕死の傷すら一瞬で治す治癒魔法だ。これくらいなら簡単に治せる。
案の定、効果はすぐに現れたのか、驚いたような表情で足と俺を見比べていた。
「お、お前がやったのか?」
「そう」
「治癒魔法が使えるとか、神官の子か? 不思議な奴だな」
男の子は立ち上がって埃をはたく。
立ち上がるとわかるけど、大体フェルと同じくらいの身長だろうか?
さっきまで見下ろしていたのに一気に見上げる形となってしまった。
「ありがとな。助かったよ」
「ん、なおった、よかった」
手を差し伸べてきたのでこちらも手を出し握手する。
体は細いけど、筋肉は割とあるのかな? 意外と力は強かった。
「俺はベル。ここでポーターをやってるんだ。お前は神官の子か? それともどっかの冒険者の子とか」
「んー、ぼーけんしゃ?」
「なるほど、てことは、見送りに来たってわけか」
見送りに来たというか一緒に入るつもりだったんだけど、ベル君はそう解釈したようだ。
まあ、普通に考えたら見た目5歳程度の子供がダンジョンに入るなんて思わないよね。
「みおくり、ちがう」
「じゃあなんだよ?」
「いっしょ、いく」
「はあ!?」
子供がポーターとしてダンジョンに潜るのが普通なら、別に俺が入っても問題ないとは思うんだけど、ベル君は信じられないと言った様子でこちらを見ている。
やっぱり、女だと舐められるんだろうか? でも、ニクスのように女性でも強い冒険者はたくさんいると思うけど。
「お前結構裕福な家だろ。それなのにダンジョンに潜るのか?」
「うん」
「まじかよ……」
裕福な家というのはよくわからないけど、俺の目的はフェルの成長をアシストすることだ。
もちろん、俺自身も成長できたらいいなと思っているけど、今はフェルのことが優先である。
というか遅いな。そろそろ来てもいい頃だと思うんだけど。
「お前が何でダンジョンに行きたいかは知らないけど、悪いことは言わないからやめとけ」
「どうして?」
「ダンジョンにはたくさんの魔物がいる。いくら冒険者が守ってくれるとは言っても、限度があるんだ。せめて逃げる手段を確保しておかないとすぐに殺されちゃうよ」
「だいじょうぶ、にくす、つよい。わたしも、つよい」
「あのなぁ……そういうのを慢心っていうんだぞ」
慢心かぁ。まあ、確かにダンジョン内の魔物がどの程度の強さかわからないし、あまり舐めていると痛い目に遭う可能性もある。
特に、今俺は人間状態なので自慢の鱗は機能しない。下手をしたら一撃で戦闘不能にされる可能性だってあるだろう。
不意打ちなんてされたら割と真面目にやばいかもしれない。その点は気を付けておかないとね。
「でも、ふぇる、きたえる、ひつよう」
「だったらお前は留守番しとけ。好奇心で行くもんじゃない」
ポーターとしてそれなりに長いのだろうか、ベル君はダンジョンのことに詳しいようだ。
うーん、確かに俺は必要ないっちゃないけど、やっぱりできればフェルと一緒にいたい。
ニクスで不足ということはないだろうけど、やっぱり成長を間近で見たいとは思うしね。
俺自身、ダンジョンがどういうものかも少し興味あるし。
「ここにいたか」
と、そんなことを考えていると、ふと背後から声をかけられる。
振り返ってみると、そこにはニクスとフェルの姿があった。
ようやく受付が済んだらしい。意外とかかったね。
さて、終わったならここで話していても仕方がない。行くとしよう。
感想、誤字報告ありがとうございます。




