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幕間:心配な娘

 ギルドマスターのメルセウスの視点です。

 フェルがこの町を去ってから一週間。あれからこの町は特に問題も起こらず、平和な日常が続いていた。

 いや、問題はあったか。

 つい先日、領主が失踪したと報告があった。

 いつものように起こしに来たメイドが返事がないので部屋に入ったところ、そこには領主の姿はなく、その後屋敷中を探したが、どこにもその姿を認めることができなかったのだという。

 これは誘拐かと慌てて町中に探索範囲を伸ばしてみたが、結局見つかることはなく、今なお捜索は続いているらしい。

 唯一の手掛かりは、失踪する直前、Sランク冒険者であるニクスが会いに来たということだけだったが、そのニクスもまたすでに町を去っていたようで、見つけることはできなかったらしい。


「やはり、あの方はあのニクス殿だったか……」


 ニクスという名前を聞いた時、もしかしたらとは思った。

 世界でも数えるほどしかいないSランク冒険者であるニクス。そのエピソードは枚挙にいとまがなく、国によっては英雄とされているところもある。

 だが、まさかあのぼろ布を纏った女性があのニクスだとは思わなかった。

 Sランク冒険者ともなれば、その給金は相当なものである。安定性はないが、一度依頼を受けるだけでもかなりの金額が舞い込むことだろう。

 そんな人物がなぜぼろ布を纏った貧相な姿で現れると思うのか。同じ名前をした別人と考える方がよっぽど建設的である。

 しかし、このタイミングでSランク冒険者ニクスが現れたとなると、あの女性はあのニクスだったということなのだろう。

 俺が思うに、白竜殿を心配したニクス殿が領主に何かしら言ったのだろう。あるいは脅したのかもしれない。

 それで逃げ出した……いや、もしかしたら殺されたのかもしれないな。

 ニクス殿は苛烈な性格をしていると言われている。もし怒らせれば、冗談ではなく本気で殺しに来るようなそんな性格だ。

 その相手はたとえ貴族だろうが変わらない。実際、それによって指名手配されている国もあると聞く。

 味方にすればとても心強いが、敵に回せばとても恐ろしい人物。それがニクス殿だ。

 そう考えると、ニクス殿相手にあんな強気な交渉をしたのは結構な綱渡りだったかもしれない。よく殺されなかったものだ。


「領主は恐らくすでにこの世にはいない。そうでなければ、俺達はすでに何かしらの罰が下っているはず。そう考えると、ニクス殿は俺達を助けてくれたとも言えるのか?」


 白竜殿を巡った事件で、俺達冒険者は領主の側近であるエドワードに反抗した。

 もちろん、あれは正当な理由だっただろうし、フェルをあれだけ傷つけられておいて黙って見ているということもできなかったから後悔はない。

 しかし、これがもし領主に伝われば、俺達は確実に何かしらの罰が下っていただろう。

 もしかしたら、犯罪奴隷として鉱山送りにされていかもしれない。

 そう考えると、感謝しなければいけないのかもな。


「だが、その代わりにフェルを失った……」


 俺達を気遣って、ニクス殿に働きかけたのが白竜殿なのかフェルなのかはわからない。だが、一つわかることは、フェルはもう戻ってこないということだ。

 いや、別にフェルが死ぬとは思っていない。白竜殿とニクス殿がいるのだ、魔物に襲われるなどの理由で死ぬことはほとんどないだろう。

 問題なのは、白竜殿がドラゴンであり、その住む地域は人間とはかけ離れているという点だ。

 少なくとも、今までのように町を拠点として冒険者稼業を続けるということはないだろう。それはすなわち、俺の下を訪れる可能性がほぼなくなったということでもある。

 フェルは昔から一生懸命で、誰かのために頑張れるような優しい子だった。

 冒険者には向かない体つきではあったが、サジェット達の助けもあって一応剣士を名乗れるくらいには剣の技術も上達し、中堅の冒険者として活躍していたと思う。

 しかし、サジェット達が死に、一人きりになったフェルは志を失った。

 冒険者という仕事は常に死と隣り合わせだ。昨日まで隣で話していた相手が次の日には帰らぬ人になっているなんてよくある話である。

 だが、フェルにとってサジェット達は仲間であると同時に家族でもあった。フェルは一度に家族をすべて失ったのだ。

 もちろん、他の冒険者達もフェルのことは気にかけていたし、俺だってフェルのことは家族のように思っている。だからこそ、フェルの傷を癒してやれるのは俺達だと思っていた。

 しかし、実際にその役割を担ったのは白竜殿だった。

 長年面倒を見てきた俺ではなく、ぽっと出のドラゴンをフェルは選んだ。

 それに思うことがないわけでもない。俺は結局フェルの親にはなれなかったのだと少し寂しく思う。

 それに何より、できることならドラゴンという危険な生物ではなく、同じ人間と交流を深めてほしかった。

 だが、フェルの意思は固く、結局その意見を曲げることはなかった。

 いや、俺が折れたというべきか。

 フェルは白竜殿と共に旅に出る道を選んだ。それがどんなに過酷な道であろうとも、必ず白竜殿と一緒に並び立つのだと張り切っていた。

 フェルにとって、白竜殿はサジェット達に次ぐ存在となったということなのだろう。

 そこまでの覚悟を持っているのなら、もはや俺に止めることはできない。

 元から、俺はフェルの本当の親ではない。家族だと言っていても、それは結局俺のエゴであり、フェルが望んでいたものではなかったのだ。

 ならば、フェルを優しく送り出してやることこそが、俺にできる最大の愛だと思う。


「あいつ、大丈夫かな……」


 フェルの話では、ニクス殿がドラゴンと共に暮らせるように色々と指導してくれるらしい。

 まあ確かに、ニクス殿くらい強くなればどんな過酷な状況でも生きていけるだろう。

 フェルがそんな修行に耐えられるかどうかが心配だが、白竜殿が一緒にいるなら少なくとも折れることはあるまい。

 しかし、心配なものは心配だ。

 ニクス殿がどんな修行をするのか見当もつかない。

 冒険者としての基礎というならば、まずは剣の振り方やテントの立て方なんかを学び、少しずつ実戦を経験して強くなっていくものだが、あのニクス殿がそんな生易しい修行をするとは思えない。

 きっと、滝に打たれるとか毎日千回素振りをするとかそんなことをさせられるんじゃないかと思う。

 フェルは虚弱というわけではないが、そこまで体力があるわけではない。そんな過酷な修行についていけるだろうか。


「はぁ……」


 心配事は尽きない。だけど、こんな風にため息ばかりついてもいられない。

 幸い、もうすぐ冬だからか魔物はあまり活発ではないが、森の開拓をするには相変わらず護衛が必要不可欠だし、そこでまたワイルドベアーのようなAランクの魔物が出ないとも限らない。

 今までは白竜殿がいたから、それが安心感へと繋がって人も多かったが、それがなくなった今、護衛を希望する者はかなり少なくなってしまっている。

 領主がいなくなり、支援金も途絶えた今、これからも開拓を続けるのは不可能に近かった。

 少なくとも、領主が見つかるまで、いや、次の領主が派遣されてくるまでは待っていた方がいいのかもしれない。

 危険に飛び込んでこその冒険者ではあるが、流石に無為に命を散らすのは問題だからな。


「さて、仕事するか……」


 俺は重い腰を持ち上げて仕事へ戻る。

 ギルドマスターというのも楽ではないな。

 感想ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
こっちもこっちで大変だなぁ
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