第五十二話:静けさと共に
その後、その場はメルセウスが処理することになった。
荒らされた広場の復旧、今回の騒動の説明など、やることは山積みだ。
手伝いたいところではあるけど、ドラゴンである俺が説明するよりはメルセウスが説明した方がいいだろう。そもそも喋れないし。
だから、その場はメルセウスに任せ、俺はフェルを連れて森の近くまでやってきていた。
これもメルセウスの気遣いの一つである。
フェルはしばらくの間監禁されており、拷問まがいのことを受けていたらしい。だから、しばらくは一番信頼のおける俺に託したいのだという。
フェルのことをとても大事に思っているメルセウスからしたら、自分こそが慰めになってやりたいと思うところだろうけど、ギルドマスターの責務もあるし、何よりフェルが俺のそばから離れようとしなかったからそういう判断を下したようだ。
俺としても、いつまでもあの場に居座って注目を浴びるのは嫌だったし、だったら人気の少ない場所まで行こうと思い、こうして森までやってきたのである。
ここ最近はご無沙汰だったが、いつも集合する森の入り口。すでに日も暮れてきているためか、街道を切り開く者の姿はない。完全に二人きりである。
「……ルミエール」
『うん?』
降りた後もしばらく背中にしがみついていたフェルだったが、少しして背中から降りると、俺の前に移動してくる。
かなり不安そうな目をしていて、未だにあの事件を引きずっていることがわかった。
まあ、まさかあんなことになるだなんて想像もできなかっただろうし、仲間を失ってから沈んでいた後、少し上向いてきたと思ったらこれだったのだから、フェルは相当運がないのかもしれない。
いや、まあ、俺のせいなんだけどさ。
俺がフェルと仲良くしようなんて思わなければ、人と仲良くしようなんて思わなければ、フェルはこんな目に遭わずに済んだと言える。
あの時、ワイルドベアーを倒した後、遺体を返すまではよかったにしても、その後まで関わる必要はなかったかもしれない。
俺の我儘が、フェルを傷つけた。そう言えなくもないだろう。
そう思うと、やはり俺は人間と関わるべきではないのかもしれない。ドラゴンと人間では住む世界が違うのだ。
「ありがとね、助けてくれて」
『あ、うん』
ぽつり、と呟くような声。
なんだろう、必死に涙をこらえているような、そんな感じがする。
不安なのはあるだろうが、それだけではなさそうだ。
「私、信じてたよ。絶対、ルミエールが助けに来てくれるって」
『そっか』
「でも、同時にルミエールがあんな奴らの従魔になっちゃうと思うと、とても嫌だった」
フェルは、捕まっている間、かなり雑に扱われていたらしい。
元々、フェルは俺をおびき寄せるための餌であり、人質だった。
フェルが傷ついている姿を見れば、俺が動揺し、すんなりと契約してくれると思ったらしい。
馬鹿なんじゃないかな。それが力のない人間とかが相手ならまだしも、怒らせたら手が付けられないドラゴンを相手にそんなことしたら逆上して襲い掛かってきてもおかしくない。
一応、そのための対策はしていたようだけど、正直あの程度の兵士で俺を止められるわけないし、かなり舐められていたのは確かのようだ。
一度ならず二度までも、どこまで俺を馬鹿にすれば気が済むんだろう。
あの時は殺す気は起きなかったけど、今考えたら殺しておいてもよかったかもしれない。
もちろん、エドワードは領主であるベランジェに命令されただけで悪くないという見方もできなくはないけど、あの様子を見るにかなり深く繋がっているようだし、同罪としてもいい気がする。
「だから、ルミエールを呼んだ時に反応してくれて本当に嬉しかったよ」
『うん。俺も嬉しかったよ』
あの時、俺の名を呼んだのは本当に賭けだったのかもしれない。
あのまま俺がシロという適当な名を受け入れて、あいつらに従属してしまうより、わずかな可能性でもテイマーの名付けに対抗できると思って呼んだのだろう。
まあ、多分名前を呼ばれなかったとしても、多分従属はしなかった気もするけど、あの時呼ばれていなかったら俺の覚悟は決まらなかった。
あのまま連れていかれていたら、結局ずるずると従魔としてこき使われていたと思うし、道を示してくれたフェルには感謝しかない。
「これからもルミエールと一緒にいたい。いつまでもそばにいて、空を飛んでみたい。……でも、ルミエールはここを離れるつもりなんでしょう?」
『知ってたの?』
どうやら、フェルもあの状況から俺がもうこの場所にいられないことを察したらしい。
俺がもうすぐいなくなってしまう。だから、こんなに不安そうにしていたわけか。
「どうしても、行っちゃうの?」
『うん。そうじゃないと,またフェルを危険な目に合わせちゃうから』
これ以上、フェルを危険な目に遭わせるわけにはいかない。
俺がいなくなれば、フェルを利用する価値はなくなるだろう。いなくなってしまったドラゴンのためにいつまでもとっておくわけもないだろうし、俺さえいなくなればフェルの安全は保障されるはずだ。
もちろん、あの町の冒険者達は仮にも領主に敵対したわけだから、それなりの何かを要求されるだろうけど、そこは冒険者だし、拠点を移すことも可能だろうしね。
お互いのためにも、ここで別れた方がいいのだ。
「お願い、私も連れて行って!」
頷く俺を見て、縋りついてくるフェル。
一緒に行く、か。確かに選択肢としてはあるかもしれない。
ここの領主に目を付けられているのであれば、その目が届かない場所まで移動してしまえば狙われる心配もない。
領主だって、わざわざ別の領地に逃げたドラゴンを追うことはないだろうしね。
しかし、行った先でまた何か問題が起きないとも限らない。
その度に逃げるのか? そんなことできない。
俺はともかく、フェルは人間だ。旅を続けるのには食料だって寝床だって必要だし、それを確保するためにお金だって必要になる。
少しくらいだったら狩りをしたりして賄えるかもしれないけど、ずっとそうやって生活するのは無理だろう。
そんな過酷な旅にフェルを連れて行くわけにはいかない。
「どうしても、ダメ?」
『うん……』
「そっか……」
頷いた俺を見て、俯くフェル。
できることなら、俺だって一緒に行きたい。せっかくここまで仲良くなったのに、フェルと別れるなんて嫌だ。
本当に一緒に行っちゃだめなのか? もしかしたら、何か方法があるんじゃないか?
そう思うけど、ぐるぐると同じ思考に陥って全然思い浮かばない。
涙が流れてくる。俺は、なんて無力なんだ……。
「どこをほっつき歩いていると思ったら、こんなところで何をしている」
静かに涙を流しあう。そんな場面に突如凛とした声が響いた。
俺とフェルの視線が交差する。その先には、燃えるような真っ赤な髪をたなびかせた美女が立っていた。
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