第四十五話:人間の言葉
幻獣種が人化する理由はわかった。
なんか、人間の強欲さには少し呆れてしまうけれど、自分だってもしかしたらそんな風になっていたかもしれない。
俺は社畜な毎日にそんなことを考える余裕はなかったけど、もし余裕のある人だったら、現状に満足せず、より高みを目指していた可能性もある。
向上心があるというのは別に悪いことではないけど、それを自分でやるのではなく、初めから神様に縋ってたんじゃ意味ないよね。
神様に縋るのは本当に困った時くらいだろう。
「さて、人にばれてはいけないというのは当然のことだとして、貴様には根本的な部分が足りていない」
『根本的な部分?』
「貴様は常日頃から言っていただろう。言葉が通じなくて困っていると」
ああ、確かに言ってたね。
今でこそ、二クスとは問題なく意思疎通ができているけど、それは二クスが特別なのであって、俺の言葉はすべて鳴き声に変換されている。
当然ながら、きゅぅやらきゃぅやらで人と意思疎通ができるはずもなく、言葉の問題は今の俺にとって最大の壁だった。
「姿だけならそれでも問題はないだろうが、流石に言葉が喋れないのでは怪しまれる。だから、貴様には人間どもの言葉を覚えてもらう」
『おおー!』
人間の言葉を教えてもらえる。そう聞いた時、俺はとても舞い上がってしまった。
だって、今までは覚えようと思っても人間の言葉は全部日本語のように変換されてしまって、覚えようにも覚えられなかったし、そもそも覚えたところで話すこともできなかった。
だけど、今は人化の術によって人間と同じ発声器官を得た上に、人間の言葉まで教えてくれるという。
もし、人間の言葉を喋れるようになれば、フェルともたくさん話すことができるだろうし、それ以外でもこちらの意思を伝えやすくなることだろう。
まさかこんなところで学ぶ機会が巡ってくるとは思わなかった。人化を教えてくれたイグニスさんには感謝せねばならない。
『よろしくお願いします!』
「うむ、いい返事だ。ではまず簡単な言葉からだ」
そう言って、二クスさんによる勉強会が始まった。イグニスさんも加わって、二人体制で準備万端である。
人間の言葉が覚えられる。そう思ってワクワクしていたのだけど、夕方まで続いた講義を聞いた結果、ある問題があることがわかった。
そう、二クス達の言葉もすべて日本語のように聞こえてきてしまうのだ。
慣れているのか、二クスやイグニスさんは人の姿の時は人間の言葉を使って喋っている。しかし、いつもの火の鳥の姿の時に聞く言葉も同じように聞こえてくるので、俺としては何が違うの? と言った感じだった。
いや、一応違うことはわかるよ? そもそも人間と鳥では発声器官がまるで違うだろうし、発音の仕方一つとっても全く違うことはわかる。
だけど、どちらも等しく日本語のように聞こえてしまうので、それで実際に喋ってみろと言われても全くわからなかった。
もちろん、日本語であれば喋れるよ? まあ、だいぶ久しぶりなのでちょっと怪しかったけど、ちゃんと意味は伝わるくらいには喋れていたと思う。
しかし、二クス達にその言葉を話しても首を傾げるばかりで、意味は伝わっていない様子だった。
つまり、やはりあれは日本語ではなく、この世界特有の人間語ともいうべき言葉なんだと思う。
結局、今日一日で覚えられた言葉は何一つなかった。
「イグニス、どう思う?」
「言葉がすべて聞き慣れた別の言語として聞こえてくる、か。一つ思い当たることはあるが、その可能性はとても低いだろう」
「貴様もそう思うか。言葉がすべて別の言語に変換されて聞こえるという現象。以前ならばそこまで珍しいことでもなかったが、今となってはな」
『どういうことなんです?』
二クスが言うには、この言語がすべて別の言語に聞こえてしまう現象は以前にも似たようなことがあったらしい。
それはまだ幻獣種が神の遣いとして活動していた時のこと。彼らは人々の言葉を聞き、それを叶えるべく色々と活動していたわけだが、そこで立ちはだかるのは言葉の壁である。
いくら幻獣が人の姿になろうとも、幻獣が喋る言語はいわゆる幻獣語であり、人間語ではない。それにそもそも、幻獣の方も初めから人間語を理解できるはずはなく、これでは意思疎通が成立しない。
そこで神様がとった行動は、神の遣いである幻獣達にある能力を授けることだった。
その能力は、ありとあらゆる言語を理解できる言葉に変換するというもの。これにより、幻獣達は人々の言葉を理解できるようになり、またそこから人々の言葉を覚えることによって意思疎通を果たしたのだとか。
なるほど、確かに俺が今陥っている現象と似ているかもしれないね。
「この能力を与えられたのは神の遣いだけだ。その後に生まれた子孫達にはその能力は受け継がれていない。だから、その能力を貴様が持っているのは少し妙だな」
「遺伝するものでもなし、神の遣いだった者の末裔、というわけでもなかろう。なぜそんな能力があるのか、興味深いな」
なぜか神の遣いと同じ能力を持っている。確かに妙な話だった。
この能力を付与したのは神様という話だけど、そうなると俺のこれも神様が付与したってことなのだろうか。
確かに、俺は恐らくではあるが神様の手によって転生させられたんだろうし、何かしらの干渉を受けていてもおかしくはない。
日本語に聞こえるのは、俺が理解している言葉が日本語だったからだろうな。
「ともかく、言葉がわかるのであれば、喋るのも造作ないのではないか?」
『言葉が混ざって覚えにくいんだよ』
「ふむ。その感覚は理解できんことはないが、喋れぬのであれば、その姿で人間と接触することは許さんからな」
そんなぁ……。せっかく人の姿になれたのにそれはあんまりである。
これは何としても覚えないといけない。
確かに覚えにくくはあるけど、全く聞き分けられないわけではない。頑張れば、一応なんと発音しているかくらいはわかる。
これがこの意味の言葉なんだとわかる以上は、普通に覚えるよりは楽だと思うが、それでも一言語を覚えるのは容易ではない。
一応、俺だって英語くらいなら話せはするけど、それを覚えられたのは学校でたくさん学ぶことができたからだ。
つまり、何年もかけて覚えたものであって、一日や二日でポンと覚えられるようなものではない。
単語くらいなら、何とかなるかもしれないけど……。
「しばらくは言葉を覚えるのに専念しろ。それまではあの小娘と会うのも禁止だ」
『ぐぬぬ……』
身体能力的なことだったら、高スペックなこの体のことだからすぐに覚えられるだろうけど、言葉となると記憶力がものをいう。
それなりに記憶力には自信があるけど、やっぱり難しい。
これは一か月やそこらじゃ無理だよなぁ……。
そんな長い期間会えないなんて普通に嫌だけど、でも言葉を覚えないと人化した意味がないし、難しいところである。
ともかくやるしかない。俺は必死に頭を巡らせながら言葉を覚えようとした。
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