第四十四話:神の遣い
「……仕方がない。こうして人化を習得した以上はどうせ止めても町へ繰り出すだろう。であれば、人間どもの中でも違和感がないように教育する方がましか」
二クスはそう言って俺のことを抱き上げた。
あまりにもスムーズな動作に、俺は目を丸くしてしまう。
確かに、わざわざしゃがんで目線を合わせるよりは楽かもしれないけど、いきなり抱き上げるってどうなんだろうか。
というか、俺ってそんなに軽いの? そりゃ、見た目幼女だからそんなに重くはないように見えるけど、これでも中身は体重数百キロはあるであろうドラゴンだよ?
その質量はどこへ行ってしまったんだろうか。魔法だから何でもありってことなのかな?
まあ、こんな見た目で数百キロもあったら大変だからその方が楽だけどさ。
「白竜の。これから貴様にその姿での活動の仕方を教える。しばらくあの小娘に会えなくなるだろうが、我慢しろよ」
『は、はい……』
どうやらこれから幻獣種にとっての人間の姿での活動の仕方を教えてくれるらしい。
別にそんなの教えてもらわなくても、人間としてのふるまい方ならわかっているつもりだけど、でも確かに俺が人間だったのはもう十数年も前の話だし、忘れている部分も多いかもしれない。
それに、もしかしたら何か特別なことがあるかもしれないし、ここはきちんと聞いておいた方がいいだろう。
フェルにしばらく会えなくなるのは残念だけど、これは必要経費だと割り切るしかないか。
「まずはその姿での魔法の扱い方だ。イグニス、貴様も手伝え」
「ふむ、友のためとあらば喜んで協力しよう」
どうやらもうここで始めるらしい。まあ、イグニスさんがいた方がアドバイスも貰えるだろうし、こっちのほうがやりやすくはある、のかな?
そういうわけで、二クスの人間講座が始まった。
幻獣種が人間の姿になるのは、人と交流をするためである。
しかし、幻獣種は特別な存在ではあるが、大別すればただの魔物と同じだ。本来なら、人間とは相容れない種族であり、交流する必要は全くないはずである。
ではなぜこんな術が存在するのか。それは、幻獣種が神として崇められることがあるからだ。
人間は、いや、人間以外の人族もそうではあるが、彼らはどうしようもない状況に陥った時に神に縋る。
この世界には実際に神がいて、時には神託を下して人々を救ったり、時には天変地異を起こして人々を苦しめたりするらしい。
もちろん、そんなのはただ人々が言っているだけで、本当にそうかはわからないらしいが、とにかく神という存在はいるようだ。
しかし、そんな神と交信できる人は希少であり、一部の高位の神官などに限られる。そして、彼らは人々の言葉を神に伝えようとはするが、全員の言葉を伝えるのは不可能だ。
だからこそ、溢れた人々は別の神に縋ろうとする。そこで候補に挙がったのが、幻獣種というわけだ。
幻獣種は神の遣いと呼ばれており、特別な力を持つことが多い。小さな村などでは、森に住む幻獣を崇め、神として祭っていることも多いようだ。
そんな彼らに応えるために習得したのが人化の術であり、幻獣種が人と交流する理由である。
「実際、幻獣種は神に仕えている者もいる。幻獣種が神の遣いというのは間違いではない。人化の術は、それらの人族を導くことを目的とした幻獣種によってもたらされたものだ」
何かしらの制約があるのか、神様はあまり地上に干渉することができないらしい。だから、どうしても干渉しなくてはならない時は神の遣いを使って言葉を伝えたり、実際に事の解決に当たらせるらしい。
その時に魔物の姿では言葉を伝えることができないから、人化して人と同じ姿になることで円滑に言葉を伝えられるようにしているわけだ。
「最も、今現在神の遣いである幻獣種はいないがな」
『それはどうして?』
「人は神に縋るが、すべての幻獣がその言葉を聞き届け、解決できるかと言われたらそんなことはない。最初は凶作や日照り、竜巻などの災害をどうにかしてほしいと願い、次にはより多くの作物を取れるようにと願い、その願いはどんどんと欲にまみれていく。そうするとどうなると思う?」
『えっと、対処しきれなくなる?』
「そういうことだ。そして、対処できなくなった時、その幻獣種は神の遣いではなく、ただの魔物として扱われる。後はわかるな?」
『……』
神の遣いとして崇めているのは、困ったことを何とかしてくれる力があるから。だけど、人々の要望に応えられなくなった時、それは崇める存在ではなく、ただ村に居座るだけの魔物に成り下がる。
別に幻獣種が悪いわけじゃない。神の遣いとして、人々に精一杯尽くして導いてきた優しい心を持つ者達だっただろう。だけど、それ以上に人間の欲望は膨大で、抱えきれなくなった幻獣は少し苦言を呈する。
その瞬間、人々は神の遣いではなく、ただ見返りを求めるだけの傲慢な魔物と見てくるわけだ。
普通に考えれば、どっちが間違っているかなんてわかり切っている。
困った時の神頼みとは言うけれど、困ってもいないのに神に頼るのはそれはもはやただの横着だ。
それを理解せず、今まで尽くしてくれた神の遣いを平然と捨て去るのが人間だとしたら、二クスの心配もわかるというもの。
実際、俺も鱗を分け与えたりして結構危ないことをやっている。
一人二人ならいいかもしれないけど、みんながみんな鱗をよこせと言ってきたら俺の体はズタボロになるだろう。
いい人に見えても、時間が経つと豹変するのが人間。確かに、それが人間の性質なのかもしれないね。
「残された幻獣種は神の遣いとしてではなく、自由気ままに生きるために人化の術を使い始めた。もちろん、大半の者はそもそも人間を信用していないからそれを使うこともないだろうが、一部の物好きな奴らは人の文化に興味を持ち、人化の術を用いてそれに触れていった」
必死に尽くしても最後には捨てられる。であれば、もはや人に尽くす理由などどこにもない。
幻獣種が人化の術を使う理由は、人の文化に触れるためというもの好きな理由へと変わったらしい。
自由気ままに人化した結果、人に虐げられる幻獣種は減った。
中には一族の誇りをもって神の遣いとしてふるまい続けた者もいたようだけど、それらはすべて駆逐されていった。
後に残されたのは、神の遣いの役割を逃れた子孫達というわけだ。
「神の遣いが滅ぼされたのは数千年も前のことだ。だから、今の人族はそもそも我らが幻獣種であるということすら知らない者も多い。だが、人化が見破られるようなことがあれば、以前の二の舞になる可能性もある。だからこそ、幻獣種はあるルールを設けた」
『ルール?』
「簡単なことだ。自分が人化した幻獣であると見破られないように気を付けること、それだけだ」
昔は人化できる魔物イコール神の遣いという認識だったらしい。だから、何らかの理由で人化する瞬間を見られたり、人化を見破られたりするようなことがあると、神の遣いと見做されてしまい、面倒なことになる。
だから、なるべくばれないように過ごしましょうという単純なものだ。
『あれ、ということは、フェルにも教えたらダメ?』
「ああ、そうだな。教えないほうが身のためだろう」
まじかぁ……。せっかく人化できたのだからフェルにはぜひとも見てもらいたかったんだけど、ダメなのか。
いやまあ、俺としてもこんな幼女姿を見せるのはちょっと恥ずかしいし、ある意味で見せられなくて正解なのか?
どっちにしろ喋れないんだし、人化していようがいまいがあんまり関係はない気がする。
大人の姿ならまだいいんだけどね。俺が大人の姿になれるのはいつになることやら。
まあ、大人になったとしても女性であることに変わりはないから複雑だけど。
俺は微妙な顔をしながらため息を吐いた。
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