第四十一話:目に入らなかったもの
『な、な、な……!?』
いきなり現れた真っ裸の女性。しかもそれが美人で胸も大きいとくれば意識しない男はいないだろう。
たとえそれが親として、師として尊敬している相手であっても。
急いで目をそらし、片手で目を覆う。
イグニスさんはちゃんと服着てるのに何でニクスは服着てないんだよ!
「何をしている?」
『なんで裸なんだよ!』
「別に気にする必要はあるまい? 普段から裸なのだから」
そりゃあドラゴンやらフェニックスやらが服着てたらおかしいけどさ! でも今は人間の姿のわけで、人間は服を着ている方が普通なのだ。
そんないつも裸なのに何を今さらみたいな反応されても困る。
『と、とにかく服を着て!』
「ふむ。まあ、構わぬが」
しゅるりと衣擦れの音がする。どこから取り出したかはわからないが、とりあえず服を着てくれたようだ。
ニクスが合図をするので振り返ると、ボロのようなみすぼらしい服を着た女性が立っていた。
うん、まあ、何も着ていないよりはましだけど、もうちょっと何とかならなかったのだろうか?
『ニクス、それは……』
「わざわざ服のために魔力を回すなど面倒が過ぎる。これで十分であろう?」
なんでも、人化の際に魔力を割くことで服を作ることが出来るそうな。
イグニスさんはちゃんと見た目も気にしてしっかりと服を作っているようだけど、ニクスはその辺がずぼらなのか、服は無駄なものとして見ているようだった。
そりゃ魔物相手に服を着るのはあまり意味がない行為だし、人間相手に見せるにしても、必要最低限服を着ていれば意思疎通に問題はないからいいのかもしれないけど、せっかくの美人が台無しだ。
ちゃんと着飾れば凄い綺麗になりそうなのにもったいないことこの上ない。
「それより、しっかり見ていたか?」
『え? ま、まあ見てたけど……』
おかげで胸やらなんやらばっちり見させられたけどね!
まだ瞼の裏に映像が焼き付いている。
心臓に悪いからいきなりそんなもの見せないで欲しい。
俺は健全な男子だったのだから。
まあ、今はドラゴンになったせいかあまり反応はしなかったけど……。
「今やってみせたのは魔力を全く押えない方法だ。魔力が駄々洩れになっているだろう?」
『言われてみれば?』
確かに、なんとなくニクスの周りに靄のようなものが出ているのがわかる。
もちろん、普通の人間にこんなものはなかった。
つまり、これが魔力が駄々洩れになっているということなんだろう。
でも、別に何も問題はないような?
そりゃ確かに無駄に魔力を消費することになるから効率は悪いだろうけど、ただ人間の姿を真似るだけだったら、それでも問題はないような気がするけど……。
「この状態だと人間は我らを畏怖する。元の状態と同じ威圧を放っているのだから当然だな。だから、これだけでは人間の中に溶け込むことはできん」
『なるほど?』
「そこで魔力を押さえる必要がある。その手段の一つがイグニスが言ったような方法だ」
魔力が漏れ出ているというのは存在感が溢れ出ているとも取れるらしい。
幻獣種は一部を除いて、存在しているだけで威圧感を放っている。だから、そのままの状態だと人間は無意識のうちに怯えてしまうらしい。
ただ魔力が勿体ないというわけではなかったんだね。
「イグニスは球と言ったが、形状は何でもいい。魔力を込める器のようなものであれば形は関係ない。例えば……」
ニクスが片手を前に突き出す。すると、開かれた手の中に一本の槍が出現した。
「このように、武器の形にしてもいい。イグニスもそうしているな」
ちらりとイグニスさんの腰元を見る。
二本の剣を佩いているけど、あれはかっこよさというわけではなく、ちゃんと意味があったようだ。
球というのは最もイメージしやすい形であり、応用できるのなら何でもいいというわけか。
「こうして魔力を押さえてやれば、はた目からは人間と何一つ変わらん。気配も人間寄りになっているだろう?」
『そういえば、確かに』
先程まではニクスがそこにいると判断できたけど、今はそれが少し希薄になっている。
もちろん、ニクスだということはわかるけど、いつもの感じじゃなくて、まるで人間を前にしているような感覚がするのだ。
なんかちぐはぐで少し気持ち悪い。
でも、それだけニクスの人化が完璧ということだよね。
俺もこれくらいできるようになるのだろうか。
「やり方はさっき教えた通りだ。やってみるがいい」
『は、はい』
イグニスさんは懇切丁寧に人化のやり方を教えてくれた。
正直、よくわかっていない部分も多いけど、なんとなくならわかる。
魔法だって初めてでも簡単にできたのだ。同じ魔法である人化ができないはずはない。
目を閉じて意識を集中する。
人の形をイメージして、それを魔力で具現化するように形作って、自分の身体を魔力に置き換えて、それを包み込むような形に……。
きっちりイメージを固めてから教えられた呪文を呟く。
すると、体が煙に包まれ、体が急激に縮んでいく感覚に襲われた。
煙が晴れていく。瞑っていた目を開くと、俺のことを興味深そうに見ている男女の姿が目に入った。
『でき、た?』
「どうやらそのようだ。まさかこうも簡単に習得するとはな」
「普通は少なくとも一か月以上はかかるぞ。お前はかなり魔法の才能に秀でているようだ」
どうやら成功したらしい。
正直一発でうまくいくとは思っていなかったけど、俺には魔法の才能があるようだ。
まあ、思いついた魔法全部できるくらいだからね。できても不思議じゃないか。
俺は自分の身体を確認してみる。
白くぷにぷにとした手、ポッコリと突き出したお腹。意識してなかったせいか、ニクスと同じく服を着ていない。
視線が相当低いから、どうやらかなり小さな子供の姿になっているようだ。
まあ、数千年生きてるって言うイグニスさんがあれくらいの見た目なのだから、まだ十数年しか生きていない俺が人化したら当然子供の姿になってしまうか。
それは仕方がない。これからの成長に期待するしかない。
ふと、視界の端に白いものが写り込む。
どうやら髪のようだ。結構長く、手で梳いてみると腰元くらいまである。
さらっさらの白い髪。これじゃまるで女性の髪だな。
ペタペタと体を触っていき、自分の身体の感覚を確認していく。
だが、その途中でふと目に入ったものに思わず固まってしまった。
目に入ったというか、目に入らなかったというか。
今の俺は裸なわけで、当然いろんなものが丸見えになってしまっている。
この場にいるのは同じ男性のイグニスさんと、裸にはあまり関心がない様子のニクスしかいないから別に見られても構わないと言えば構わないけど、やはり恥ずかしいので隠そうと思ったのだ。局部を。
そうして目をやってみたら、そこには何もなかった。
前世で毎日目にしていた息子の姿がそこにはなかった。
『え……は、え?』
思わず手で触って確認してみるが、やはり何もない。
あるのは小さな割れ目のみ。そしてそれは男性の象徴ではなく女性の象徴ともいえるもので……。
確かにドラゴン姿の時でも自分の息子を目にしたことはなかった。でもそれはスリットに入っているだけで目に見えていないだけだと思っていた。
だが、人間の姿になってはっきりとわかる。
どうやら俺は、雌のドラゴンとして転生してしまっていたらしい。
『はぁぁあああああ!?』
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