第三十七話:目論見外れて
領主に仕える執事、エドワードの視点です。
私はベランジェ様の指示で、ドラゴンを手にして来いと言われてはるばるルクスの町までやってきた。
この町の近くに広がる大森林には、ドラゴンが住み着いている。しかし、それはまだ子供で、普段ならば即討伐となるのが常だった。
もちろん、ドラゴンの討伐となればタダとはいかない。
ルクスの町は強い冒険者がいることで有名ではあるが、それはあくまで一般的な魔物に対してだけだ。
ドラゴンのようなSランク級の魔物を相手にできるだけの戦力はない。
ならばどうするか? ドラゴンを討伐できる者を雇うしかない。
ルクスの町の町長は、規定に従ってすぐさま王都からAランク冒険者パーティを呼び寄せ、ドラゴンの討伐に当たらせようとしたようだが、こちらからしたら何を勝手なことをしてくれたんだと言いたい。
Aランク冒険者パーティを、しかも王都を拠点としているエリートを二組も呼び寄せるだけでも相当なお金がかかる。
討伐にかかる消耗品や宿の手配、露払いのための他の冒険者の契約料、とにかくいろんなところでお金がかかる。
そして、その請求は領主であるベランジェ様にされてしまう。
Sランク級は領主が、あるいは国王が全力で支援しなければならない案件。だから、形式だけでも援助はしなくてはならない。
だが、ベランジェ様は不必要な出費を嫌う。
守銭奴であり、金のためならどんなことでもやってのける傑物だ。
かくいう私も、筆頭執事として様々なことで手伝いをしてきて、そのお零れをちょうだいしてきた。
中には犯罪まがいのこともあったが、私はこの仕事に満足している。
それはいいとして、領内でドラゴンが発見され、支援しなくてはならない。それは金が流れていくということであり、ベランジェ様はそれはそれは怒った。
ドラゴンなんぞが出たせいで金が減っていく。許せることではない。
もちろん、支援は最低限の金額だけで済ませた。大部分の支払いは町長に押し付けた。
だが、いつまで経ってもドラゴンは討伐されない。
聞けば、ドラゴンに敵意はなく、友好関係を築くことが出来たという。だから、討伐リストから外して欲しいと。
何をバカなことをと思ったが、ドラゴンを討伐しなくて済むならちょうどいいと、その案はすぐに受け入れられた。
どうせそんなに町に来ないから討伐する必要もないだろうと踏んでのことだろう。そう思っていた。
しかし、後から後から入ってくる情報は、皆ドラゴンのことばかり。
なんでも、冒険者の一人がドラゴンと頻繁に会っているらしい。
そんなことが出来るはずがないと思っていたが、何とドラゴンは襲うどころかその冒険者に自らの鱗を渡し、さらには背に乗せて飛んでいたという。
普通の魔物ではありえない。明らかに高い知性を持っている。
野放しにしておけば危険かもしれない。流石にこれは手間を惜しんでいる場合ではないと思い、すぐさま討伐しようと進言したが、ベランジェ様はもっといい案があると言った。
それはドラゴンを懐柔し、味方につけるというもの。
なるほど、確かにそれならドラゴンの脅威はなくなるし、それどころかドラゴンの力を借りることが出来る。そうなれば、他の領に強く出ることが出来、国王からも何か褒美が貰えるかもしれない。
なにせドラゴンを手懐けることは多くの国が研究してきたが、いずれも失敗に終わってきたのだ。それを自分がしたとなれば、陞爵は間違いないだろうと。
ではどうやって手懐けるか。それほどの知性があるならば適当に契約を持ち掛ければすぐに片が付くだろうとのことだった。
古来より、ドラゴンは契約を重んじる種族だとも聞く。契約で縛ってしまえば、何の問題もない。
まだ子供なのだ。どうせこちらのルールなど知るはずがないだろう。出来る限り有利な条件で契約してしまえばいい。
私は契約書を手にドラゴンと交渉することになった。
町までやってきてみれば平和なもので、とても近くにドラゴンが沸いたとは思えないような様相だった。
冒険者の中には、ドラゴンを見たという者が何人もおり、その中には実際に会ったという者も少なくなかった。
流石に私一人でドラゴンと対峙することは憚られる。万が一襲い掛かってきても、逃げるまでの時間を稼ぐ者が必要だ。
だが、それについては当てがあった。なぜなら、ベランジェ様が直々に書状を書いてくださったから。
当然、領主からの命令を無視できるはずもなく、ギルドマスター自らが護衛をしてくれることになった。
準備は万全だ。後はドラゴンを篭絡するのみ。
と思っていた。だが、私の目論見は外れた。
確かにドラゴンは大人しかった。
人間を前にしても襲い掛かろうとせず、私の話も静かに聞いてくれていた。
だが、話し終わっていざ調印となった途端、態度が一変した。
ドラゴンに調印できるはずもないので、代わりに鱗を渡すように言ったのだが、ドラゴンは鱗を渡すどころか契約書をびりびりに破り去った。
いや、あれはおそらく私の胸を狙ったに違いない。とっさに身を引いたから、間にあった契約書が犠牲になっただけだ。
……本当にそうか?
ギルドマスターは、ドラゴンは人間並みの知能を持っていると言った。
なるほど、確かにそのようだ。だが、だからと言って先程の内容を正確に理解しているはずはないと思い込んでいた。
言葉の意味は理解していても、これが普通のことなのだと言えば通ると思っていた。だが、その結果はこれだ。
食べられそうになり、私は慌てて逃げた。
あれは温厚などではない。正真正銘、冷酷非道なドラゴンだ。
ドラゴンを懐柔することはベランジェ様の昇進がかかっているのだ。だからこそ、筆頭執事で最も信頼が厚い私が選ばれた。
契約をするどころか怒らせて攻撃されたなどと知られれば、どんな罰が待っているか……。
とはいえ、このまま黙っていてもいずれ知られてしまうだろう。そうなれば、私の居場所はなくなってしまう。
なにより、あんな恐ろしいドラゴンが近くにいる町に滞在する気になんて到底なれなかった。
私は逃げるように馬に乗り領都へ向かった。
「で、おめおめと逃げ帰ってきたと?」
「も、申し訳ありません……」
ベランジェ様は私を信じて送り出してくれた。それがこのざまでは怒られるのも当然だ。
しかし、相手はドラゴン。人間の常識など通用しない相手であるということはベランジェ様も思っていたらしい。
私のことを散々罵倒はしたが、これと言って厳しい罰は与えられなかった。
この采配には感謝する他ない。私はまだ信頼されている。それがわかっただけでも十分だ。
「しかし、どうしたものか。契約の条件を緩めるという手もあるが……」
「いえ、それはおそらく無駄でしょう。あれは契約で縛れるようなものではありません」
恐らくこちらの言っていたことは理解していただろう。だが、それ以上に魔物としての本能の方が強い。
ただでさえ正式な調印ができないというのに、代わりの証すらもらえないのでは話にならない。
やはり多少の出費は致し方ないと考え、討伐するべきではないかと思う。
「ふむ、ならば別の手段で縛るしかあるまい」
「と、言うと?」
「いるだろう。そのドラゴンが懐いているという冒険者が」
そう言われてハッとする。
確かに、報告にはそのような冒険者がいると書かれていた。
その冒険者とドラゴンがどれほどの仲なのかはわからないが、少なくとも自分の鱗を分け与え、背に乗せて飛ぶくらいには親交があるはずだ。
ならば、その冒険者が危機に陥ればどうするか。当然助けに来るだろう。
その時に、ちょっと交渉をしてやれば……。
「なるほど、流石ベランジェ様でございます!」
「部隊はすぐに用意しよう。今度こそ、しくじるなよ」
「はっ!」
再び与えられた機会。今度こそ失敗は許されない。
忌々しいドラゴンめ。今度こそ貴様を手に入れてやるぞ。
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