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第三十六話:無茶な要求

 朝起きて、狩りをしに行き、人間達の様子を見に行き、魔法の練習をし、また狩りをして住処に戻る。

 時たまフェルが遊びに来た時は、すべての予定を取りやめて一日中遊ぶが、それも数日に一回程度の頻度。

 出来ることなら毎日会いたいところだけど、それは流石に贅沢な要求というもの。

 待ち焦がれてどうしようもなくなる前に会いに来てくれるだけましだ。

 十分に充実した日々。この生活がずっと続けばいいと思っていた。

 しかし、唐突に現れた一人の人間によってそれは崩れていくことになる。


 いつも集合場所に使っていた街道は、工事が再開されたから森の入口にあるちょっとした空間に集まるようになったのだが、そこにはフェルではなくギルドマスターの姿があった。

 以前と同じく大剣を背負い、厳つい顔で佇んでいる。

 その隣には、身なりのいい服を着た中年の男性がいた。


「ああ、来たか。この人がお前に話があるらしい」


 気になったので降りてみると、メルセウスが手招きしてくる。

 知り合いかな?

 フェルもよく冒険者の知り合いを連れてくるし、メルセウスもそういう知り合いを紹介するために連れてきてくれたのかもしれない。

 俺は隣にいる男を見る。

 俺の姿に驚いているのか、若干腰が引けている。武器などの類は見られず、手元には丸めた紙のようなものを持っている。


「お、お初にお目にかかる。私はベランジェ様の名代で来ました、執事のエドワードと申します」


 恭しく礼を取るエドワードと名乗る男。

 ベランジェって誰?


「ここの領の領主様だ」


 首を傾げていたらメルセウスが補足してくれた。

 へぇ、領主様。

 まあ、自分の領地でドラゴンが現れたなんて知れたら、そりゃ何かしら対処はするか。

 メルセウスも俺のことを討伐リストから外してくれたと言っていたし、その件で何か話があるのかもしれないな。

 一応、名代とはいえ、偉い人相手なので居住まいをただす。

 まあ、この体ではせいぜいお座りしてる感じにしかならないけど。


「この度はベランジェ様から知恵のあるドラゴンのあなたと交渉がしたいということで参りました。ベランジェ様の言葉を読み上げます」


 そう言って、手にしていた紙を広げる。

 どうやら目録のようなものらしく、つらつらと色々と話してきた。

 最初は真面目に聞いていたけど、聞けば聞くほど酷い内容になっていったので少し顔を顰めてしまった。

 一つ、俺を討伐対象に指定しない代わりに有事の際には力を貸して欲しい。

 一つ、俺の鱗や牙を定期的に譲ってほしい。

 一つ、森で討伐した魔物はすべてこちらに譲ってほしい。

 一つ、自分が怪我をした際には治癒魔法で即座に治療すること。

 ……とまあ、他にも色々言われたけど、大体が相手ばかりが得をしてこちらが不利になる要求ばかりだった。

 確かに、討伐リストから除外してくれたのは嬉しく思うし、俺も人間が好きだから多少は何かしてあげたいと思うよ? でも、これは流石にやりすぎだろう。

 鱗とかにしたって脱皮したものなら上げられるけど、そんな頻繁には起きないし、森の魔物は俺の食料でもある、食べ残しくらいならいいけど、すべて譲るわけにはいかない。

 治癒魔法については多分フェルが話したのかな? それはいいとして、領民を、とかならともかく自分だけって言っているし、他の人のことを考えているとは思えない。

 そもそも、俺は戦争とかそういう揉め事に首を突っ込む気はない。

 俺は殺戮者ではない。守りたいもののために戦うとかならともかく、人同士の争いに手を貸してやるほどお人好しじゃない。

 人間を殺すってこともあまりしたくないしね。

 で、それらに対する俺の見返りは、討伐リストから外したことのみ。

 それにしたって事情を知らない冒険者とかが襲ってくることはあるだろうし、絶対とは言いきれない。

 魔物に対しては何の効果もないし、一生の安全が買えるというわけでもない。

 どう考えても釣り合うような交渉ではないな。


「では、交渉成立の証に鱗を賜りたいと存じます。どうかこの手に」


 一方的に話し終わった後、無作法にも手を差し出してくる。

 口調こそ丁寧ではあるけれど、こちらを舐め腐っているのが丸わかりだ。

 そもそも、俺は納得などしていない。それなのに交渉成立ということは、こちらの意見を聞く気なんてないということだ。

 知恵があると言ってもそこらの動物程度とでも思っているのだろうか。

 一方的に話して、一方的に調印させようという魂胆がよくわかる。

 というか、こんなので俺が手を貸すとか本当に思っているのだろうか?

 仮に俺がここで内容がわからず鱗を渡して交渉成立となったとしても、いざ有事の際に力を貸せと言われて俺が動くわけがない。

 あの時契約しただろうと言われても、その程度の知能の魔物が言葉を理解できるはずもないし、無理やり連れて行こうとでもすれば抵抗されて大怪我するのは目に見えている。

 わざわざ交渉なんてしようとしてきたってことは、俺が人間と同じくらいの知恵を持っていると思っているのかもしれないけど、だとしたらこんな契約はお粗末すぎる。

 そりゃ普通のドラゴンだったら人間の法なんて知らないだろうし、これが普通だと言われたら納得してしまうかもしれない。

 だけど、こちとら元人間だ。これが明らかに悪質な取引だということはすぐにわかる。

 さて、どうしてくれようか。

 エドワードは笑みを浮かべながら俺から鱗が渡されるのを今か今かと待っている。交渉が失敗するなんて微塵も思っていなさそうだ。

 うん、まあ、とりあえず。


「なっ!?」


 俺は男が持っていた紙に爪を伸ばし、びりびりに引き裂いてやる。

 鱗が与えられるだろうと思っていたエドワードはびっくりしてその場に尻餅をついていた。

 まあ、紙は胸元近くに持っていたし、俺が加減しなければ紙ごと胸を引き裂いていたところだろう。

 俺が攻撃してこないと思って安心していたようだが、俺は人間に友好的ではあるけど、何でも許すような聖人じゃないんだからな。


「な、何を! ベランジェ様の命令に逆らうつもりですか!?」


 ベランジェだかベロンジョだか知らないけど、俺はドラゴンだ。人間の権力なんて知ったことではない。

 軽く鳴いて脅しつけてやると、ひぃと悲鳴を上げながら後退っていった。

 うん、意識しないと甲高くなってしまうからいまいち迫力が出ない。威嚇の練習でもした方がいいのだろうか。

 ちらりとメルセウスの方を見る。

 俺の声に少しびくりとしたようだが、そこは流石ギルドマスター。特に動揺を見せることなく佇んだままだ。それどころか、呆れたようにエドワードの方を見ている。

 メルセウスからしても、今回の交渉は酷いものだったようだ。


「ぎ、ギルドマスター! ドラゴンは攻撃してこないのではなかったのですか!?」


「そりゃ何もしなければ襲ってはこないでしょうが、怒らせたらどうなるかわからないでしょう」


「お、怒る? なぜ、怒る要素がどこに……」


「だから言ったでしょう。このドラゴンは知恵を持っていると。そこらの犬畜生とは違う人間並みの知恵をね。無茶な交渉をしてるってことは、あなただってわかっているんでしょう?」


 青い顔をしてメルセウスに縋りつくエドワード。

 恐らく、メルセウスはもしもの時のための護衛なのだろう。だが、協力する気は全くなさそうだ。

 そりゃあね、メルセウスはフェルほどではないけど、ちょくちょく様子を見に来てくれているから、俺がどういう人格をしているのかはある程度把握している。

 もちろん、人間社会についてある程度知識を持っていることも。

 多分それは伝えていたと思うけど、それを信じなかったのか無謀にもあんな無茶な交渉を仕掛けてきたわけだ。


「む、無茶であるものか! あれは人間のルールではごく一般的な……」


『まだ何か?』


「ひぃ!?」


 なおも言いつのろうとするので顔を近づけて口を開いてやる。

 本当に食べる気はないけど、効果は抜群だったようだ。

 エドワードは悲鳴を上げながら走り去っていった。


「すまんな。領主の命令だったから止められなくてな」


『メルセウスは悪くないでしょ。いいよ別に』


「そうか、それは助かる」


 言葉が通じたわけではないだろうけど、軽く手を振ってあげたら意味は伝わったらしい。

 上がだらしないと下の者は苦労するよね。

 俺も色んな奴から仕事を押し付けられて大変だった。まあ、断らない俺も悪かったんだけどさ。


「あの領主は諦めが悪いからな、これからも絡んでくると思うが、出来れば生かしてやって欲しい」


 うげ、あんなのがまた来るのか。それは嫌だな。

 でも、生かしてってことは半殺しくらいならしてもいいってことかな?

 あんまりしつこいようならちょっと脅かしてやるか。

 感想ありがとうございます。

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領都を大火が襲うまで……
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