第二十七話:特別な体験
冒険者、フェルミリア側の視点です。
私は今空を飛んでいる。
世の中には、飛行魔法とか飛空船とか空飛ぶ手段は色々あるらしいけど、ドラゴンに乗って空を飛ぶなんて方法を取ったのは私が初めてだろう。
急激な浮遊感に思わずドラゴンの首にしがみ付いて目を瞑っていたが、次第に安定してくると、ようやく目を開けて周囲を見回すことが出来た。
眼下には広大な森が広がっている。
ヒノアの大森林は、大陸随一の広さを持つ森だけど、その詳しい大きさはわかっていない。
森に循環している魔力がそうさせるのか、ここの魔物は他の場所の魔物よりも数段強い。それに、普段なら滅多にお目にかかれないAランクやSランクの魔物がゴロゴロいる。
森の浅瀬程度ならそこまでではないけど、奥地に踏み込むほどその厳しさは増していくので、踏破した者はいない。
それを考えると、今回ルクスの町で進められているヒノアの大森林開拓計画は、ある意味無謀な計画とも言えるのだけど、これでも調査した範囲でしか開拓は行っていないし、王都も全面的に協力する姿勢だから、そこまで悪い賭けではない。
まあ、結果は酷いことになってしまったけど……。
ドラゴンは森の奥地に向かってゆっくりと飛んでいる。
思ったより揺れが少ないから、もしかしたら気を使ってゆっくり飛んでくれているのかもしれない。
ドラゴンの飛行速度は、馬車の五倍くらいと言われているしね。それに比べたら相当ゆっくりだ。
「どこに行くつもりなの?」
ドラゴンに尋ねてみたが、ドラゴンはくるると喉を鳴らすだけだった。
このまま巣にでも連れて帰るつもりなのだろうか。それともこのまま森を抜けて王都まで行くとか?
後者はないにしても、前者はありそうだ。求愛までしてきたわけだし。
鱗を受け取ったのは早計だっただろうか。でも、あの魔性の輝きを前にしては、受け取らないという選択肢はなかったし、ドラゴンの真摯な対応は素直に嬉しかったから後悔はしていない。
もしこのまま連れ帰られてしまったらどうしよう。もう町に帰ることはできないのだろうか。
好奇心はワーキャットをも殺すという言葉があるが、ドラゴンの背に乗ったのはどう考えても早計だった。
最悪隙を見て逃げ出す他ないが、あまり奥地に行かれると、一人で帰れる保証はできない。というか無理だ。
多分、巣にはニクスさんもいるはずだから、その時はニクスさんを頼ろう。あの人ならきっと何とかしてくれる。
しかし、それはそれとして空の散歩というのもなかなか素晴らしいものだ。
通り抜ける風は気持ちいいし、適度な揺れは眠気を誘う。
月を見る限り、夜もだいぶ更けているようだ。
こんなに夜更かししたのはいつ以来だろう。
冒険者になってからは、火の番で交代で寝ていたこともあり、寝る時はすぐに寝るようになってしまっていた。
だからだろう、次第に瞼が重くなっていく。
こんな場所で寝るわけにはいかないと目を擦って耐えていたが、それも限界だった。
ドラゴンの背に揺られながら、私は静かに眠りに落ちた。
体に感じる温もりを感じて目を覚ます。
あれ、ここどこ?
見知らぬ天井を見て少し困惑する。
確か昨日は……そうだ、ドラゴンの背に乗って空を飛んで、そのまま寝てしまったんだ。
ここはどこだろう。というか、これって……。
そこまで考えて身近に感じる暖かな鼓動に気付く。
巻き付けられた尻尾、上にかけられた翼。
どうやら私はドラゴンに添い寝されているらしい。
「ちょ、え、ええ!?」
思わず飛び起きかけたが、翼が邪魔で起き上がることはできなかった。
ドラゴンと添い寝って、どうしてこうなったの!?
頭がグルグルと沸騰する。
わからない。ここがどこなのかもわからないし、どうしてドラゴンが隣で寝ているのかもわからない。
「ようやく起きたか小娘」
「に、ニクスさん!?」
沸騰する思考を鎮めてくれたのは、いつの間にか隣に立っていたニクスさんだった。
ただ、その姿はなぜか裸だ。何も身に着けていない。
豊満な胸や煽情的な腰元があらわになっていて、思わず目を背ける。
「な、なんでそんな格好してるんですか!?」
「何を騒いでいるのだ。とっとと目を覚ませ」
ぽかっと頭を割と強めに小突かれてうめき声を上げる。
衣服に無頓着な人だなとは思ってたけど、裸族だとは思わなかった。
こんなに綺麗な人なのに色々と残念だ。
でも、全裸で町に来なかっただけ良識はあるのかもしれない。もし来てたら大騒ぎになってるだろう。
「あの、ここは……」
「我と白竜の巣だ。貴様が無様にも眠りこけたせいで、白竜のが世話を焼いた」
ごつごつとした岩場が目立つ洞穴のような場所だったから、もしかしたらとは思っていたが、本当にドラゴンの巣に連れてこられてしまったらしい。
そこらに散らばっている魔物のものと思わしき骨や、キラキラと輝く宝石の原石のような石とかは、実にドラゴンの巣っぽいけど、ニクスさんが住むには凄く不便そうな感じがする。
どうやって生活してるんだろう。ドラゴンに魔物を取ってきてもらってそれを食べているのかな。
「それは、すいません。ご迷惑をおかけします……」
「まったくだ」
「それでその、どうしてこんなことになってるんでしょう?」
「貴様が風邪をひかないようにと暖めてやったのだろうよ。白竜のに感謝するんだな」
てっきり求愛の相手だから添い寝しているのかと思ったが、単純に心配してくれてのことだったらしい。
確かにドラゴンの身体は暖かい。すべすべの質感も相まって、いつも使っている宿屋のベッドよりも寝心地がいい気がする。
背中が痛くないと思ったら、下には草のベッドがあるらしい。
もしかして、ニクスさんの寝床だったのかな?
「白竜のが起きたら、昨日別れた場所まで送ってもらえ。町まで送ってやる」
「え、ずっとここにいなくていいんですか?」
「当たり前だろう。貴様のような小娘と共同生活などするわけなかろう」
どうやらニクスさんは私と生活するのは嫌らしい。
人嫌いみたいだから当然とも言えるけど、その反応は少し傷つく。
でも、無事に送り返してくれるらしいので、その辺りは安心した。
このままドラゴンの伴侶みたいになって俗世から離れて暮らすなんてことにならなくてよかった。
「我は少し出てくる。起きたら言えば伝わるだろう」
そう言ってニクスさんは出口に向かって歩いて行ってしまった。
水浴びでもしに行ったのかもしれない。
さて、この状況をどうしようか。
起きるまで待つのはいいんだけど、この体勢は少し恥ずかしい。
なにせドラゴンの鼓動がダイレクトに伝わってくる。
全身を包まれている感じといい、まるで男性に掻き抱かれているみたいだ。
昨日のシーンを思い出す。
自分の鱗を渡すという行為。本当にドラゴンにとってそれが求愛行動なのかわからないけど、そうだと言われても信じられるくらいのことはされている。
こんなに大切にされているのだから……。
ふと、ドラゴンが身じろぎする。どうやら目を覚ましたようだった。
翼がどかされ、外気が体に潜り込んでくる。
少し肌寒さを感じたが、ドラゴンが暖めてくれたおかげでそこまで苦にはならなかった。
「あ、ありがとうね」
ひとまずお礼を言っておく。ニクスさんにもお礼を言っておけって言われたしね。
ドラゴンは小首を傾げながらも短く鳴いて返してくれた。
「ここ、あなたの巣なんだよね? 私みたいな人間を連れてきてよかったの?」
もはやこのドラゴンに敵意がないことはわかっているが、それでも聞かなければならないと思った。
だって、もし私が邪な考えを持つ者だったら、そこら中に落ちている宝の山を持って逃げだしていたかもしれないし、寝込みのドラゴンに襲い掛かっていたかもしれない。
それに帰してくれるとは言っていたけど、もし私がここの情報を喋れば、ドラゴンにとっては不利にしかならない。
それほど信頼されているということなのかもしれないが、たった一度会った程度の小娘のことをなぜここまで好いてくれているのかわからなかった。
もちろん、聞いたところで答えは返ってこない。鳴いて返してはくれたけど、その言葉を私は理解することはできないのだから。
でも、無邪気に見つめる瞳を見れば、全く悪感情を抱いていないということだけはよくわかった。
「……ほんとに変わってるね」
このままドラゴンの元で暮らすのもいいかも、なんて一瞬だけ思ってしまう。
もちろん、そんなことできるわけないのはわかっているけど、ニクスさんという前例もあることだし、全く不可能というわけでもないよね。
まあ、私の場合は町に未練を残しすぎているからその選択はどのみち選べない。
「あ、えっと、ニクスさんが起きたら昨日会った場所に来いって言ってたよ。町まで送ってくれるって」
ドラゴンはそれを聞くと一声鳴いて昨日と同じように背中を向けてきた。
「の、乗って、いいんだよね?」
一応確認すると頷いたのでいそいそと背中によじ登る。
相変わらず手伝ってもらわないとまともに登れなかったが、すべすべの鱗がいけない。
出口まで歩いて向かい、そのまま飛び立つ。
どうやらあの場所は崖の中ほどにある洞穴らしい。飛び立った瞬間、地面が遠くに見えて少し焦った。
ニクスさん、どうやってあそこから降りたんだろう。ぱっと見通路のようなものは見当たらないんだけど。
疑問に思ったが、二度目となる空の旅に感動してあまり気にはならなかった。
夜とは違った森を堪能し、待ち合わせの場所まで到着する。
ニクスさんの姿は見えないが、まだ来ていないのだろう。
「ありがとう。送ってくれて」
私はドラゴンの背中を一撫でした後飛び降りる。
ドラゴンに会いに行くという一見無謀にも見える冒険。
でも、結果だけ見ればドラゴンに求愛され、ドラゴンの背中に乗って空を飛び、ドラゴンと添い寝までしたというありえないような体験談が増えただけだった。
今までいろんな場所を冒険してきたけど、これほど心躍ったのは初めてだろう。
それこそ、また体験したいくらいには有意義な時間だった。
「えっと、また来てもいいかな?」
「きゃぅ!」
だからだろう、自然とそんな言葉が出てきた。
ドラゴンが今までにないくらい大きく頷いていたからきっとドラゴンも嬉しいのだと思う。
ふふふ、ドラゴンと友達なんて夢のようだ。
帰ったら自慢してやろう。
「そういえば名乗ってなかったね。私はフェルミリア。みんなからはフェルって呼ばれているよ」
そういえば初歩的なことを忘れていたことに今更気が付く。
相手がドラゴンだからと言えばそれまでだが、ここまで真摯に対応してくれた相手に名乗らずに去るのでは流石に失礼だろう。
私の名前を言っているのか、何度か鳴き声を上げていた。
ドラゴン語を解読するのは流石に無理だろうな。
「君は、名前がないんだよね」
「きゅっ」
「もしよかったら、私が付けてあげようか?」
「きゅ、きゅぅ?」
ニクスさんは名前がないから白竜と呼んでいると言っていた。
でも、それじゃちょっと可哀そうだろう。
せっかくこんなに友好的なんだから名前の一つくらいつけてあげてもいいはずだ。
ドラゴンの瞳が目一杯見開かれている。
期待するような視線にくすりと笑った後、考えていた名前を贈った。
「……ルミエール。きみの名前はルミエールだよ」
ルミエール。私の故郷の言葉で光を指す言葉。
月光の下で、あれだけ美しく輝く白竜の姿を見れば、ふさわしい名前だと思う。
大袈裟なくらいはしゃぐドラゴンを見てふっと笑う。
名づけは特別な意味を持つと聞いたことがあるけれど、このドラゴン相手だったら別に構わないだろう。
なにせ、求愛された仲なんだからね。
感想ありがとうございます。




