第二十六話:夢のような出来事
冒険者、フェルミリア側の視点です。
夢みたいな話だった。
ドラゴンが自分に会いたがっているなんて荒唐無稽な話を信じた挙句、森の中に置き去りにされたのだと思っていたら、まさか本当にドラゴンが舞い降りてくるなんて。
月明かりを受けて輝くその体躯は、まるで天使の降臨かとも見まがうほどの美しさで、思わずぽかんと口を開けて見入ってしまっていた。
着地したドラゴンは、訝しげな様子で首を傾げながらこちらを見ている。
な、何か言わないと……。
「……私に会いたいって聞いたけど、本当?」
「きゅ、きゅぅ」
頷きながらまるで肯定するかのように鳴くドラゴン。
子供だからか、まるで小動物のような鳴き声で少し可愛い。
い、いや、油断してはダメだ。相手はドラゴン、決して小動物などではない。
「本当に、言葉がわかるんだね」
確かにドラゴンは強いが、知能はそこまでではないと言われている。
このようにこちらの質問に対して答えるなど普通はありえない。
このドラゴンだけが特別なのか、それとも他のドラゴンも実は知能があるのかはわからないけど、言葉は通じないまでも、こうして意思疎通ができるのは奇跡とも言っていいだろう。
他のドラゴンもこのドラゴンのように友好的だったらどれだけいいことか。
ドラゴンによって滅ぼされたという数多くの町を想うと、少しやるせない気持ちになる。
まあ、このドラゴンも真に友好的かどうかはまだわからないけど。
「まずはお礼を言うべきかな。あの時はありがとう、助かったよ」
「きゃぅ」
下手に刺激しないように平静を装う。
砕けた喋り方にしたのは失敗だっただろうか。ドラゴンに敬語が通じるかどうかは疑問だけど、このドラゴンなら理解していそうで怖い。
生意気な喋り方だって襲われたらどうしよう。でも、今更変えるのも変だよね……。
「ニクスさんから聞いたけど、人と仲良くなりたいんだってね」
ニクスさんの話題を出して様子を見てみる。
このドラゴンが本当にニクスさんと仲良しなら、興味を示すだろう。
案の定、金色の双眸を丸くして首を傾げていた。
人と仲良くしたいというのが本当かどうかはわからない。でも、ニクスさんという前例があるなら、もしかしたら本当かもしれない。
仲良くしたところでどうする気だとは思うけど。
こちらとしてはありがたいけど、ドラゴンにとってのメリットが一つもないような気がする。
「変なドラゴン。人間と仲良くしてどうするつもりなの?」
「きゃぅ、きゅぅ」
思わず本音が漏れてしまった。
少し警戒したが、ドラゴンが襲い掛かってくる様子はない。
見逃されたのか、完全に言葉を理解しているわけではないのか少し判断に迷う。
でも、答えるかのように鳴いてるってことは少なくとも質問については理解していそうだ。
たまたま鳴いてるだけかもしれないけど、すでに質問に頷かれたりしているので、そういうことではないだろう。
ドラゴンの表情なんてわからないけど、その目は実に真剣そうだった。
ニクスさんと同じ種族だからという以外にも、何か重要な目的があるのかもしれない。
……それにしても、綺麗な体だ。
全身がまるで磨き上げられた宝石の如く光沢を放っている。
うっすらと発光しているように見えるのは気のせいではないだろう。
芸術品のような美しさと言えばいいのだろうか、武骨な印象があるドラゴンとは思えないほどの輝きがそこにはあった。
「……触ってみてもいい?」
「きゅっ」
思わずそんなことを口走っていた。
言ってから失言だったと口を押えたが、ドラゴンは首を下げて頭を差し出してきた。
これは、触ってもいいってことなんだよね?
あまりにもあっさりと距離を近づけてきたから思わず動揺してしまった。
恐る恐る頭の上に手を伸ばす。
そっと撫でた感触はまるでシルクでも触っているかのようなすべすべとした感触だった。
硬いのかと思ったけど意外と弾力があり、微かに温かみを感じる。
ドラゴンはくるると喉を鳴らしながら大人しく撫でられている。
心なしか気持ちよさそうにしているようにも見えるけど、それではまるで手懐けられたペットのようだ。
「大人しい……ほんとに敵意がないんだね」
触った感触が気持ちよくて思わず何度も撫でてしまう。
ドラゴンの頭を撫でてあげたなんて言っても誰も信じてくれないだろうな。
しばらくして手を離すと同時に、ドラゴンも頭を上げる。
怒るでもなく、こちらを見つめてくるドラゴンには、友愛の感情が見て取れた。
本当に、仲良くしたいだけなのかもしれない。
そう思っていたのだが、不意にドラゴンが手を伸ばしてきた。
やはり怒っているのかと思わず身を引いたが、ドラゴンはそれ以上は手を伸ばしてこない。
「な、なに?」
一定の距離を保ったまま片手を上げ続けるドラゴン。
その意図がわからずしばし手を見つめていたが、ふと思い至ることがあった。
「もしかして、触りたいの?」
「きゅっ」
肯定するように頷くドラゴン。
恐らく、私が触ったからということなのだろうが、ドラゴンに触られるなんて恐怖でしかない。
今までの行動から、このドラゴンに敵意がないことはわかる。でも、ドラゴンの力なら軽く触れた程度でも大怪我をしてしまいそうだ。
しかし、こちらは触っておいて向こうからの申し出は断るというのも少し気が引ける。
ドラゴン相手にそんなこと気にする必要はないとは思うけど、あまりにも人間らしいドラゴンだからつい人間目線で考えてしまう。
大丈夫だろうか。ちゃんと無事に済むよね?
「……うん、いいよ。触っても」
散々迷った挙句、結局許可することにした。
このドラゴンなら、多少の怪我なら治癒魔法で治してしまいそうだし、私を殺すつもりならとっくにやっているだろう。
きっと大丈夫と心に言い聞かせてキュッと目を瞑る。
しばらくして、ポンと頭の上に手を置かれた感触がした。
その手つきはあまりに繊細で、まるで親が子を撫でるかのように優しい手つきだった。
あまりにギャップのある行動に思わず身を固くする。
しかし、手つきは変わらず、軽く私の頭を撫でるだけで、少しくすぐったいくらいで全く痛くはなかった。
「ほんとに、優しいんだね……」
目をつむっていれば、今撫でてくれたのがドラゴンだなんて誰も思わないだろう。
不覚にも遠い日の温もりを思い出してしまい、涙が溢れそうになった。
しっかりしなくちゃ……。
「きゅぅっ」
しばし俯いていたのをどうとったのか、ドラゴンは自らの鱗を引き抜くと私に差し出してきた。
手の平より少し大きいくらいのサイズの鱗は体を離れてもなお光沢を失わず、月明かりを受けて淡く煌めいている。
「え……これ、くれるの?」
「きゅっ」
ドラゴンの鱗なんてアーティファクト級の超レア素材だ。
過去にドラゴンの素材を入手したなんて報告は数えるほどしかない。それも鱗の破片とかもっと小さなものだ。
ここまで完全な形の鱗は史上初だろう。
そんな代物をくれるという。ドラゴンにとってはそこまで貴重なものではないのかもしれないが、確か自らの鱗を渡すというのはワイバーンの間では求愛の行動だったはずだ。
ワイバーンは下級竜で、厳密にはドラゴンではないのだけど、ドラゴンが現れる際には共にいることが多いことから、ドラゴンの眷族ではないかと言われている。
え、このドラゴンは私に求愛しているの? 人間相手に?
人間と仲良くなりたいという変わり種のこのドラゴンならあり得ない話ではない。
「……ありがとう」
迷ったが、結局受け取ることにした。
私がドラゴンの求愛を受けることはできないけど、それほど慕ってくれているというなら悪い話ではない。
鱗を月明かりに翳してみる。真珠よりも美しい輝きを放つ鱗は、宝石と言われても通用するだろう。
思わず口元がにやけた。
なぜだろう。人間相手ではないのに少し嬉しいと思ってしまった。
レア素材だからというわけではない。もっと温かみのある感情だ。
「大切にするね」
私は鱗を胸元にしまう。
これは大事に取っておこう。
アクセサリーなどに加工するというのも手だが、ドラゴンの素材は総じて固すぎてきちんとした設備が揃った工房でもない限り、加工するのは難しいらしい。
お金も相当かかるので、私では手が出せないだろう。
しばし胸元に手を当ててそのぬくもりを味わう。
そうしていると、ドラゴンが再び行動を起こした。
身をかがめ、背中が見えるように突き出している。
「な、何をしているの?」
「きゅぅ?」
その行動の真意を掴めずにいたが、しばらくして思い至った。
でもそれはあり得ない。
ドラゴンは誇り高い一族だ。同族ですら信用した者以外は近づけない。
でも、さっきの求愛の行動といい、本当に?
「もしかして、乗れって言うの?」
「きゅっ」
確認を取ってみれば、本当にそういうことだった。
ドラゴンの背に乗る。それはある種の憧れの代名詞でもある。
ワイバーンであれば、ワイバーンライダーという特殊な騎士達がいるにはいるが、ドラゴンに乗った者など今まで一人としていない。
ドラゴンは人間が使役できるほど弱い生き物ではないから。
なのに、私は今それを実現しようとしている。
私は夢でも見ているの?
何度目を擦ってみても背を向けるドラゴンの姿は変わらない。むしろ急かすようにじっとこちらを見つめている。
「……わ、わかった」
もちろん怖い。けど、こんなチャンスもう巡ってこないだろう。
恐る恐るドラゴンの背によじ登る。
鱗がすべすべとしていて少し乗りにくかったけど、ドラゴンが手助けしてくれたおかげですんなり乗ることが出来た。
「きゅぅっ」
ドラゴンが羽ばたき、ぐんっと体が持ち上がっていく。
瞬く間に空へと駆けだした頃には地上は遥か遠くになっていた。
か、覚悟はしていたけど、これは怖すぎるって!
感想ありがとうございます。




