第二十四話:おっかなびっくり
ニクスが来いというので行ってみれば、そこには例の少女が一人で立っていた。
こんな夜中に一人きりで森の中に来るなんて危ないなと思ったけど、きっとニクスが何かしてくれたのだろう。
自然に二人きりになれる方法はないかと聞いてみたが、まさか直接森に連れてくるとは思わなかった。
一体どうやったんだろう。ニクスが町に行ってもだいぶ大騒ぎになると思うんだけど。幻術とかでごまかしたのかな?
というか、あれから一週間ちょっとしか経っていない。仕事が早すぎる。
まだ発声練習もうまくいっていないというのに……。
でも、せっかく機会を作ってくれたんだから無駄にするわけにはいかない。とりあえず、怖がらせないように慎重に行こう。
なるべく音を立てないように目の前に降りる。
少女はぽかんと口を開けているが、特に逃げたりはしないようだった。
「……私に会いたいって聞いたけど、本当?」
『うん、本当だよ』
鳴き声だけじゃ通じないので頷いて見せる。
それを見て、少女は息を飲んだように目を見開くと小さくふっと笑った。
「本当に、言葉がわかるんだね」
あ、まずそこからなのか。
ドラゴンの知能ってどれくらいって認識なんだろう? やっぱりそこら辺の魔物みたいに、本能だけで生きてるみたいに思われてるのかな。
他のドラゴンに会ったことがないからわからないけど、でも、ニクスの口ぶりからすると、普通に同種で会話が成立するようだし、やっぱり知能はあるのでは?
あれかな、あんまり数がいないから詳細がわからず、恐らく他の魔物と同じだろうって思われてるってことかな。
「まずはお礼を言うべきかな。あの時はありがとう、助かったよ」
『どういたしまして』
頭を下げてお礼を言ってくる。
ひとまず怖がられてはいない感じかな。緊張はしているみたいだけど。
でも油断はできない。行動一つで怖がられる可能性はあるから動きは慎重にね。
「ニクスさんから聞いたけど、人と仲良くなりたいんだってね」
あれ、ニクスって人間と話せるの?
もしそうなら教えて欲しいんだけど。というか知ってたなら教えてよ!
何か制限でもあるのかな。もし話せるなら、この場にいてくれたら会話が成り立つのに。
でも、そこまで甘えるのは頼りすぎか。
元々、ニクスは人間と仲良くするのは反対だったみたいだし。
こうして会わせてくれただけでも感謝しないとね。
「変なドラゴン。人間と仲良くしてどうするつもりなの?」
『人間の友達が欲しいんだよ。他に理由なんてない』
本当にただの我儘なんだけどね。
俺が元人間だからこんなことを思ってしまうのであって、普通のドラゴンはそんなこと絶対に考えないだろう。
そもそも、人間は魔物にとっての大敵で、それはドラゴンにも当てはまる。いや、ドラゴンは正確には魔物じゃないらしいけど、大別すれば同じようなものだろう。
種族を超えた愛というものには惹かれるけど、別にそこまでの関係を求めているわけではない。
ただ単純に、言葉を酌み交わし、互いの気持ちをぶつけあえるような、そんな存在が欲しいだけ。
まあ、言葉が通じないって言う最高にハードルの高い問題があるけどね。
「……触ってみてもいい?」
『どうぞどうぞ』
驚かせないようにゆっくりと首を差し出してやる。
流石に少し怖いようで、おっかなびっくりと言った手つきだったが、そっと俺の頭に触れてゆっくりと撫でた。
きっとそこを触ったのは意図したことじゃないんだろうけど、誰かに頭を撫でられるなんて久しぶりだから思わず目を細めてしまう。
感触が気に入ったのか、何度も何度も撫でてくれたのでもうこれだけでもここに来た甲斐があったというものだ。
「大人しい……ほんとに敵意がないんだね」
しばらく撫でた後、そっと手を離したので顔を上げる。
言葉が通じている感じはないけど、雰囲気は意外にいいかもしれない。
この調子ならもっと近寄ってみてもいいかもしれないね。
俺はそっと手を伸ばす。
「な、なに?」
差し出された手を見て少女が少し後退る。
もちろん、いきなり触ったりなんかしない。少女が許可してくれるのを待つ。
「もしかして、触りたいの?」
『うん』
少女に触るってだけ聞くとなんだかいかがわしいことしてるみたいだけど、別に大したことじゃない。
向こうが触ってきたからこちらも触り返そうってだけだ。何もやましい気持ちはない。
「……うん、いいよ。触っても」
覚悟を決めた様にぎゅっと目を瞑る少女。
許可も下りたので止めていた手をさらに伸ばす。
万が一にも怪我させないように細心の注意を込めて、そっと頭に手を落とした。
生憎と指は鋭い爪になってしまっているから細かな感触は楽しめないけど、手の平に感じる髪の触感はさらさらしていた。
綺麗な金髪で、冒険者にしては割と長い。せめて括らないと剣を振る時に邪魔になりそうだ。
しばらく撫でるように手を動かした後、そっと手を離す。
俺の手は小さいけど、それでも人間よりは大きいからね。頭を掴まれたままじゃ怖いだろう。
「ほんとに、優しいんだね……」
目を伏せて固まる少女。
プルプルと体が震えているのは緊張ゆえだろうか。
まだお互いに心を許しているとはいいがたい。もう少し攻めてみようか。
『これ、よかったらどうぞ』
俺は首筋の鱗をすっと引き抜いて少女に差し出す。
剥がれかけの物で申し訳ないけど、プレゼントという奴だ。
大抵の女性はプレゼントをされたら機嫌が良くなる、と思う。
渡される相手がドラゴンの場合はどうなるんだろう。まあ、似たようなものだと思いたい。
「え……これ、くれるの?」
『うん』
正直、俺からしたら毎年生え変わるだけの何の使い道もない鱗ではあるけれど、仮にもドラゴンの鱗なのだから防御力は高いだろう。
冒険者ならば有効活用してくれるに違いない。
まあ、今回渡したのは手の平よりちょっと大きいくらいのサイズのものなので、これで防具を作れって言われたら無理だと思うけど、お近づきの印ってことでね。
「……ありがとう」
困惑していたようだったが、おずおずと受け取ってくれた。
撫でまわして感触を確かめたり、月明かりに翳して見てみたりしていたけど、気に入ってくれたのかな? だとしたら凄く嬉しい。
思わず笑顔を浮かべる。
ドラゴンの表情なんて人間にはわかんないだろうけど、少しくらい気持ちが伝わったらいいな。
「大切にするね」
そう言ってそっと胸元に鱗をしまう。
まあ、最悪役に立たなくても、ドラゴンの素材なら高く売れるだろうし、間接的な金銭補助にはなったでしょう。
まるで天に祈るように胸元を抱きしめる姿に少しどきりとしたが、特に行動に出すことはなく事なきを得た。
……さて、プレゼントで距離も縮まったところで最後の仕上げに入るとしよう。
俺は少し歩み寄り、背中を見せるようにそっと地面に屈みこんだ。
「な、何をしているの?」
『乗って?』
ドラゴンの翼は何のためにあるか。そう、空を飛ぶためにあるのだ。
警戒している状態なら絶対に乗りはしないだろうが、今ならいける気がする。
夜はまだ長いのだ。少しくらい空の散歩を楽しんでもいいよね?
「もしかして、乗れって言うの?」
『そうだよ』
頷いてみるが、流石にすぐには踏ん切りがつかないのか逡巡している。
まあ、信用していたとしても空を飛ぶのは怖いよね。
でも、俺の誇りにかけて絶対に落とすような真似はしない。
どうしても嫌というなら仕方ないけど、乗ってくれないかなぁ。
「……わ、わかった」
たっぷり五分ほど悩んでからようやく決意したのか、恐る恐る俺の背中によじ登ってくる。
足場も何もないので非常に上りにくそうだったが、軽く手でアシストしてやるとようやく背中に乗ることが出来た。
『しっかり掴まっててね』
俺は翼を広げて大きく羽ばたく。
数瞬のうちに飛び上がると、すぐさま夜の空へと舞い上がった。
月明かりに照らされた森が一望できる。
人間ではあまり見えないだろうけど、雰囲気を楽しむだけでもいいだろう。
なるべく揺れが少ないようにゆっくりと羽ばたきながら森の上空へと飛んでいく。
必死に首に縋りついている少女を気にかけつつ、夜の散歩と洒落込んだ。
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