第二十三話:不思議な女性
冒険者、フェルミリアの視点です。
女性に手を引かれて街を歩く。
街はある程度舗装されているとはいえ、石畳だ。素足にはきついと思うのだが、この女性は気にした様子はない。
握る力も強く、歩く速度も結構早いために何度も転びそうになってしまった。
この人には人を思いやるとかそういう気持ちはないのだろうか。
何度か抗議の声を上げると、眉間に皺を寄せながらも歩く速度を落としてくれた。
「まったく、これだから人間は……」
何やらぶつぶつと言っていたけど、何を言っているかまではわからない。
女性は迷う様子もなく一直線に進んでいるが、この先には店も何もない。普通に行けば外に出る門に辿り着くんだけど、そこを目指しているんだろうか。
「あ、あの、お名前は?」
「ニクスだ。貴様は名乗らなくていいぞ、覚える気はない」
いつまでも女性と呼ぶのもあれなので名前を聞いてみると、そう返ってきた。
なんというか、人を毛嫌いしている感じがする。だからあんな格好なのかな。
きっと森に住んでいるのではないかと思う。そうでなければドラゴンと知り合うなどできはしないだろう。町にドラゴンがいたら大騒ぎだ。
でも、その割には怪我一つしてないのが気になる。普通、森で暮らすようなことになれば怪我まではいかににしろ、痣とか汚れとかがありそうなものだけど。
服は確かにボロボロだけど、それ以外は至ってまともだ。むしろ綺麗すぎる。
一体どんな生活をしているんだろう。とても気になる。
「ニクスさん、今から外に出るのは危険ですよ」
「危険などない。我がそこらの魔物に後れを取るとでも思うか?」
そろそろ日が暮れる。夜になれば夜行性の魔物が活発になってとても危険なのだが、ニクスさんはそれをものともしていない。
正直、戦えそうには見えないのだけど、魔法が得意なのだろうか?
あまり言い返すと怒らせそうなので、特には言い返さない。
こんなに人嫌いなのにわざわざ私を探しに来るってことは、ニクスさんはドラゴンと仲がいいのだろうか。
「ニクスさんはドラゴンとどういう関係なんですか?」
「親と子。いや、白竜のは友と言っていたな」
親と子。ニクスさんが子供ってこと? いや、ドラゴンの年齢を考えるとニクスさんが親の可能性もあるか。
すっごく大胆な発言だけど、まさか本当じゃないよね?
でも、ニクスさんがドラゴンを卵から孵化させ、子供の時から育てていたのだとすれば、仲がいいのにも納得できるし、親子という話も納得できる気がしないでもない。
ドラゴンを育てるなんて普通に考えたらあり得ない話だけど、最近は色々とありえないことが起こっているせいで、その辺りの認識が甘くなってきている気がする。
「仲がいいんですね」
「見ていて危なっかしいからな。我が見ていなければならない」
本当に仲がいいらしい。
もしかしたら、あのドラゴンが人間を襲わないのは、ニクスさんの影響なのかもしれない。
ニクスさんのことを親だと思っているから、人間を襲わないのではないか。もしくは、ニクスさんがそう言い聞かせているからかもしれない。
となると、あの時助けてくれたのは、ニクスさんのおかげ?
「あの、もしかして私を助けてくれたのは……」
「勘違いするな。我は何もしていない。あれは白竜のが勝手にやったことだ」
ニクスさんは何もしていない。となると、やっぱり親であるニクスさんと同じ種族だから襲わなかった、ってことかな。
勝手にやったって、じゃあ遺体を守ってくれていたのも、地面に文字を書いていたのも、全部あのドラゴンが独断でやったってこと?
だとしたら相当に頭がいい。そして優しい。
ニクスさんも大概だけど、あのドラゴンにも何かしらの秘密はありそうだ。
「なぜ、ドラゴンは私に会いたいと?」
「人と仲良くなりたいらしい。私は反対したのだがな。人間と関わっても何もいいことはないと」
仲良くなりたい。それはドラゴンにしてはあまりにも可愛らしい理由だった。
私を助けたのも、遺体を守っていてくれたのも、すべては仲良くするためだったってこと?
ドラゴンと人間が仲良くなるなんて御伽噺でだって聞かない。ドラゴンは等しく悪であり、討伐されるべき対象のはずだ。
でも、あのドラゴンはそんな常識を覆してきた。あまりに荒唐無稽な話過ぎて、思わずニクスさんに胡乱な目を向けてしまう。
「ドラゴンが、人間と仲良くするなんて……」
「別に信じなくても構わん。だが、白竜のの気持ちは本物だ。人間と意思疎通をするために人間の言葉を喋ろうとしていたくらいだからな」
あまりに荒唐無稽な話。でも、あのドラゴンならあり得るかもしれないと思ってしまう。
事実、ニクスさんとは仲良しのようだし。ドラゴンと人間がわかり合える可能性はあるのかもしれない。
ドラゴンが人間の言葉を喋ろうと練習する姿を想像して、少し笑いが漏れる。最強種であるドラゴンが、そんなことに力を割くなんて。
くすりと笑ったらぎろりと睨まれたので、すぐに笑いを引っ込める。殺気が怖い。
やがて町を抜け、森の中に入った頃にはすっかり空は暗くなってしまっていた。
何の準備もせずに来てしまったので明りすらない。
しかし、ニクスさんがひとたび手を翳すと、瞬く間のうちに火の球が形成された。
「魔法が使えるんですね」
「当然だろう。この程度できなければ自然を生き抜くことなどできん」
火の球は常に掌の上で煌々と辺りを照らし続けている。
熱くはないのだろうか?
途中、夜になったことで活発になっていた魔物達が襲ってくる場面もあったが、ニクスさんは片手で払うように一瞬にして魔物を焼き尽くした。
この威力、ナシェさんよりも強いかもしれない。しかも詠唱すらしていないなんて……。
人は見た目に寄らないというが、この人はまさにそれだ。見た目と実力が全然合っていない。
これが森で生きてきた人の実力ということなのだろうか。きっと壮絶な人生を歩んできたに違いない。
しばらくそうして進んでいく。もう何度目ともなる開拓街道だが、夜に歩くには危険すぎる場所だった。
やがて先日戦闘した場所へと辿り着く。すると、ニクスさんは火の球を消し、私の手を離した。
「ここでしばらく待て。しばらくすれば迎えが来るだろう」
「え、それってどういう……」
「安心しろ。魔物の処理くらいはしておいてやる」
そう言ってニクスさんは音もなく飛び去った。
後に残されたのは明りすらなくなり、暗闇で身動きできない私だけ。
ちょっと待って、ここで置き去りにされるの?
不安が一気に押し寄せてくる。
ここで魔物が飛び出して来たら一巻の終わりだ。仮に出てこなかったとしても、今から町に戻るのは不可能だ。
まさか、見捨てられた? ドラゴンが会いたいというのは嘘で、私を殺すために置き去りにした?
道中、話しているニクスさんの言葉に嘘は感じなかった。でも、それすら演技だったって言うの?
身体に震えが走る。
どうしよう、どうしよう、どうしよう!
ばさり、と音が聞こえた。それと同時にわずかに照らされていた月明かりが遮られる。
ぎぎぎと顔を上げてみると、そこには真っ白なドラゴンがいた。
月明かりを受け、キラキラと輝くその姿はとても美しい。
私は言葉も忘れ、ただただその姿に魅入ってしまった。
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