第29話『反省』 後書き:イラスト
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蜘蛛糸から解放された冒険者たちは、まだ混乱の中にありながらも、徐々に意識を取り戻し、静域の広場に集まり始めていた。
繭から出た者たちは互いに声を掛け合い、無事を確かめながら、状況の把握に努めている。
その中に、旅団グッドボーイの団長カイル=ヴェスティン、副団長エルマ=ハイトレヴ、魔律術師ララ=レルフィア、商人経理ロー=グラフトの姿があった。
カイルは蜘蛛糸の残骸を手に取り、眉をひそめた。
「やっぱりこの蜘蛛糸、完全に力を失っている。誰かがノクスの“核”を壊したのか。
……夢牢の“核”、ちょっと常識では考えられない硬度だったよ」
エルマは頭を搔きながら、周囲を見回す。
「少なくとも、捕獲されてたヤツらに破壊できるとは思えないな。
周囲に魔物の気配も無いし……よく分からんな」
ララは蜘蛛糸を見つめて呟く。
「んん……?この魔力残滓、どっかで見たような……」
その時、森の奥から、ぽやっとした声が響いた。
「ララさ~ん、カイルさ~ん」
ララがぱっと顔を上げる。
「あっ、フェル!」
ローの目が細くなり、メガネをクイッと持ち上げる。
「フェルナさん……!
あなた、“待機”の命令を受けていたはずですよね?
なぜ森の中まで入って……んん?
……なんですかその薄汚いカラスは」
フェルナはカーヴァを肩に乗せたまま答える。
「カーくんだよ。カラスのカーくん」
カーヴァ=ノワは羽を整え、くちばしを軽く鳴らした。
「初めまして。私は《断絶の翼》──カーヴァ=ノワと申します」
その瞬間、場が静まり返る。
「しゃ、しゃべった!!」
カイルとララが同時に叫び、エルマは目を丸くする。
ローはメガネを押し上げたまま、固まっていた。
カイルは目を見開き、笑顔で声を上げた。
「君か……断絶の翼カーヴァ!
ははっ、カラスだったのか!先ほどはアドバイスありがとう。
旅団グッドボーイの団長を務めてる、カイルだよ。
よろしくね、カーくん!」
カーヴァ=ノワは羽をたたみ、丁寧に頭を下げる。
「カイル様、先ほどは夢牢の中で大変お世話になりました。
私も皆様同様、《夢牢の主》ノクスに囚われていた身。
ですが先ほど、夢うつつのまま蜘蛛糸から解き放たれ、あわや地面に激突するところでフェルナ様に助けられました。
このご恩に報いるため、フェルナ様に生涯仕えたいと考えております」
ローがメガネを押し上げながら、じろりとカーヴァを見つめる。
「おや、カイルとは顔見知りですか?
しかし……仕えるも何も、フェルナはうちで雇っていますが、まるで役に立っていないんですよ。
それに加えて、喋るだけの怪しいカラスなど、これ以上受け入れる余地はありませんね」
ローはフェルナに視線を向け、冷ややかに言い放つ。
「そもそも、フェルナさん。あなたには色々とミッションが課されていましたよね。
皆さんから与えられたミッションについて、状況を報告してください。
カラスの話はその後じゃないでしょうか」
フェルナは首をかしげながら、答える。
「ミッション……ミッション……うーんと……。
森の中で結構待ってたよ!
でも、ごはんだって呼ばれたから、入ってきたんだ~。
でも、やっぱりごはんがないって言われて、今もお腹ペコペコで……。
ノクスって人に、ごはんくださいって言っちゃった……」
「ノクス!?ノクスにまで!?
ごはんをねだってしまったというのですか!
ああ……そんな、悪魔に魂を売るような行為を……全く……この駄犬は……!」
ローは頬を紅潮させ、ポケットの中の干し肉を今すぐフェルナに与えたい衝動をぐっとこらえる。
カイルが笑いをこらえながら、そっとローの肩を叩く。
「まぁまぁ、ロー。状況は想像がつくよね。ノクスは相当狡猾な敵だった。
でなければ、これだけの人数を囚えることなんて、できなかったと思うよ。
そもそも、僕たちも囚われてたわけだし」
ローは高まる鼓動を抑え、メガネを押し上げ直す。
「ハァハァ……確かに、そこは仕方ない部分もありますね……。
ですが、私からのミッションもありましたよね!
役に立つものは、何か手に入れられましたか?
まさかこのような無価値なカラス一羽でうやむやにできるとでも……?」
カーヴァ=ノワは一歩引いた姿勢で、静かに羽を整えながら口を開いた。
「残念です。ロー様のご懸念は、もっともでございます。
フェルナ様は“待機命令”を破り、さらに私のような怪しき者が突然現れたこと──。
怒りの核心は、“旅団の負担とリスクが増えること”にあるとお見受けいたします」
ローは腕を組み、ふんと鼻を鳴らす。
「……まあ、そういうことだ」
カーヴァは小さく頷き、続けた。
「そのような状況で、完全に魔力を断絶するだけの、しがないスキルを持ったカラスなど──。
受け入れる余地は、確かに無いでしょう」
その瞬間、ローの体がビタリと止まった。
「今……何と……?
完全に魔力を断絶……?」
ララとエルマは目を丸くして顔を見合わせる。
カー君の能力を知るカイルだけが、口元に笑みを浮かべていた。
「ふふ、やっぱりローは食いつくよね」
カーヴァは少しだけ羽を広げて見せる。
「はい。どのような魔力であっても、完璧に遮断することが可能です。
効果のほどは、先ほど皆様が夢牢の中で体感された通りでございます。
これから先、罠の解除や各種アイテムの制作時──。
魔力の干渉を防ぐ場面は、冒険の中で幾度となく訪れるかと存じます」
ローはじっとカーヴァを見つめたまま、メガネを押し上げる手が震えていた。
「な、な……カーくんと言ったかな?
まったく……ここまで会話して、君から感じる知性は……驚くほど洗練されている。
それに……ふふ、よく見れば高貴で艶のある羽をしていますね。
嘴にも品がある。うむ、実に見事だ」
カーヴァ=ノワは一歩引き、わずかに首を傾げた。
「滅相もありません。私は“薄汚くただ喋るだけの、怪しく無価値なカラス”にございます。
今回の件は、本当に残念に思います……」
羽をたたみながら、静かに続ける。
「私めの能力をもってすれば、フェルナ様のため──ひいては皆様のために、全力でサポートできると確信しておりました。
ですが、ロー様のご憂慮はもっとも。これ以上ご迷惑をおかけするわけには参りません」
カーヴァは懐から、淡く輝く魔石を取り出した。
「ノクスから得た、この完全な魔石を携え──新たな主人を探しに行こうと思います」
ローの顔が引きつり、メガネがずり落ちそうになる。
「ノ、ノノノ……ノクスの完全魔石!?ど、どこでそれを……!
カ、カカ、カーくん!待ってくれないか!まずは落ち着こう!落ち着いて話そう!
落ち着くことが、お互いを知る一歩。そうでしょう。
君こそ、我が旅団にとって最も必要なピース……ですよね!?
カイルさん!ララさん!」
エルマはあくびをし、カイルは苦笑しながら肩をすくめる。
「ん?あぁもちろん。カーくんには是非加入してほしいね」
ララは呆れ顔で腕を組む。
「ローはほんとにさぁ……いっつも口が悪いから、そんなことになるんだよ~……反省しなよ……」
カーヴァは一礼し、声の調子を少し柔らかくした。
「おや?そうですか。
ロー様の寛大な判断に、心より感謝いたします」
くちばしを軽く鳴らしながら、続ける。
「ところでロー様……フェルナ様の“おかわりミッション”についてですが──。
ノクスの完全魔石と、私めの加入では、まだ不足しておりますでしょうか?」
ローは口を開きかけるが、カーヴァはすかさず言葉を重ねる。
「また、フェルナ様は今すぐにでもご飯が必要なようですが、大変に疲弊されております。
……本日の給仕係はどなたが担当されるのか、伺ってもよろしいでしょうか?
また、今すぐ食べられる物は、お持ちではありませんか?例えばそのポケットの中にあるものなど──。
ロー様の寛大なご対応を、フェルナ様もきっと深く感謝されることでしょう」
ローは慌ててポケットに手を突っ込んだ。
「あ、あぁ!もちろんだとも!
さ、フェルナさん!ずいぶん待たせてしまったね!すみませんでした!
まずはこちらの干し肉をどうぞ!
さぁ!本日はカーくんが入団された記念すべき日!
入団祝いを兼ねて、特別に私が腕を奮いましょう!実にめでたい!
無論、正当な報酬として、フェルナさんには、"おかわり"をする権利があります!!」
フェルナは目を輝かせて、ぱくっと干し肉を受け取った。
「わーい!ローさん、ありがと~!もぐもぐ……」
カーヴァ=ノワは羽を整え、くちばしを軽く鳴らした。
「それでは、改めまして──。
私は《断絶の翼》、カーヴァ=ノワ。
今後とも、旅団グッドボーイの一員として、誠心誠意お仕えいたします」
******
移動拠点が設営され、静域の森に仮の安息が訪れる。
焚き火の灯りが揺れる中、5人と1羽はそれぞれの思いを胸に過ごしていた。
ララは焚き火のそばで、ぼんやりと上を見上げながら呟く。
「うーん、あの時感じた魔力の残滓。微妙にフェルと似てたような……。
似てるだけ?いや、まさかなぁ~……」
エルマは寝袋に横になりながら、フェルナについて考える。
『フェル、飯のことしか言ってない割に、妙な気配がしてんだよなぁ。
魔力は小せぇはずなんだが、底抜けに感じるっつーか……森で会ったとき、特に強く感じた。
……ま、気のせいか』
カイルは日誌を閉じながら、静かに呟いた。
「フェルちゃん……不思議な子だなぁ。
うっすらと、大量に魔力を放出した後の“揺らぎ”を感じるんだよなぁ……。
まさか、秘められた力がドーンと覚醒!ノクスを倒した!?
なーんて、あるわけないか……」
一方、ローはフェルナとカーヴァをそっと呼び寄せ、骨付き肉を差し出していた。
「フェルナさん、今回はカーくんを連れてきてくださって、ありがとうございました。
これはあなたの功績に対する、私個人からの特別な贈り物となります」
「わーい!もぐもぐ!おいしいですローさん!」
フェルナは幸せそうに頬をふくらませながら、骨付き肉をかじる。
カーヴァは丁寧に頭を下げる。
「ご配慮、誠にありがとうございます。
ロー様の温かいお言葉、心に染み入ります」
ローはフェルナの食べる様子を見つめ、頬を赤らめながらぼそりと呟いた。
「はぁぁ……フェルナさん、全く……こんな食い意地の張った駄犬……。
うち以外で面倒を見れる人はいないですよ……全く……」
そして、カーヴァに向き直る。
「カーくん。はじめに強く当たってしまい、すみませんでした。
これから、旅団の一員として、よろしくお願いしますね」
カーヴァは静かに微笑み、羽を軽く広げた。
「とんでもありません。こちらこそ出すぎた真似を……。
今後とも、よろしくお願いいたします──ロー様」
こうして、旅団に《断絶の翼》──カーヴァ=ノワが正式に入団したのであった。
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