第27話『ごはん』
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フェルナはその場に立ち尽くしていた。
「ごはん……」
ぽつりと呟いた声は、空間に吸い込まれていく。
目の前にごはんはなく、球体が一つ──《夢牢の核》だけが浮かんでいる。
期待していた分、ショックは大きかった。
お腹はぐぅと鳴り、目がぐるぐると回り、頭がクラクラしてくる。
「うぅ……」
耐えきれず、フェルナは思い切り息を吸い込み、力の限り叫んだ。
「エルマさーん!カイルさーん!どこですかーーーー!!」
その声は、空間全体に響き渡り、ビリビリと空気が震えているかのようだった。
渾身の叫びに反応したのか、《夢牢》の主、ノクス=エクリアの重く、低い声が返ってくる。
「煩い犬め……叫んでも無駄だ。
ここは完全に隔離された空間だ……ここから脱出することなどできん。
……我の養分になるがいい」
フェルナはうつむき、ぽつりと答えた。
「養分ってなんですか。お腹がペコペコで死にそうです。出してください」
「心配せずとも必要最低限のエネルギーは供給されている。
……貴様らは死ぬこともできず永遠にここで生き続けるのだ」
フェルナは真顔で言い放った。
「エネルギーとかいらないので、ごはんください」
ノクスの声が冷たく響く。
「……ごはんなど、その世界にはない。諦めよ」
「ください」
「ないと言っておろう」
「ごはん」
「卑しい犬め!そのようなものはない!」
「お」
「お?」
フェルナはうつむいたまま、ぷるぷると震えていた。
ウェーブのかかった薄青色の髪が緩やかに持ち上がり始め、全身がキラキラと薄青い光を放つ。
そして──。
フェルナは、涙目で叫んだ。
「おおおおおおおお!!!!!」
ノクスが一瞬、言葉を詰まらせる。
「……なんだ?どいつもこいつも無駄な抵抗ばかりしおって……。
我の空間は絶対に破れ……破れ……?」
咆哮と共に青い光が広がった。
《夢牢の核》が軋みをあげ、ヒビ割れが走る。
"犬獣人"フェルナ=ウェルグリスには、秘密があった。
******(回想)
フェルナがまだ幼かった頃。
それは、ほんの些細な出来事だった。
何かにつまづいて転び、手に持っていたアイスが地面に──。
「うわあああああああああああああああああああああああああん!!!!」
フェルナが泣き叫んだ瞬間、家の周囲の空間が歪み、風が逆巻き、空が青白く光る。
庭の木々は根こそぎ吹き飛び、井戸の水は空へと吸い上げられていった。
獣人の母親と普通の人間である父親はその光景を見て目を輝かせた。
「すごい!間違いなく天才ね!」
「やっぱりうちの子は特別だな!」
翌朝、隣町で建物や地形が歪んでいる等の報告が相次ぎ、両親は冷静さを取り戻した。
「……ちょっと危ないかもな」
「ちゃんと教えてあげないと、誰かが吹き飛ぶわね」
親バカだがフェルナを愛してやまない二人は、あらゆる分野の“自称”専門家を家庭教師として呼んでみたが、誰ひとりフェルナの魔力を制御できなかった。
魔力の流れを読もうとした者は頭を抱え、封印を試みた者は道具を焦がし、誰もが首を傾げて帰っていった。
「こんなときこそ……おじいちゃんに頼るしかないわね」
母がぽつりとつぶやき、父は黙って頷く。
そして、山奥の封印領域に住む祖父──伝説の神獣アーク=ウェルグリスのもとへ。
彼は静かにフェルナを見つめた。
その瞳は、星々の記憶を宿しているようだった。
「なるほど。フェンリルの系譜が、ここまで濃く出たか」
アークは一目で理解する。
フェルナに宿る魔力核が、歴代のフェンリルすべての力と繋がっていることに。
「それって、どれくらい凄いんですか……?」
父の問いに、アークは静かに答えた。
「うむ。一言で言うと、ワシよりすごい。
フェルナ自身が、ワシを含め歴代神獣の記憶と力すべてを引き出す器となっているからな。
放っておけば、都市はおろか、地表すべてが消える。
この子が泣けば、世界が軋む。怒れば、神々も目を逸らすことであろう……」
そして、懐から小さなアクセサリを取り出す。
青く輝くそれは、ただの髪飾りのように見えた。
「《封魔石》をあつらえた髪留めだ。魔力を常人程度に抑える。
これをつけていれば、フェルナは“犬獣人”として生きていける。
何があっても外してはならん。……もっとも、何かあれば勝手に外れるだろうがな」
フェルナはその言葉の意味もわからず、ただ「かわいい~」と笑っていた。
それ以来、神獣人である彼女は“犬獣人フェルナ”として生きることになった。
魔力の異常さは隠され、旅団グッドボーイに入団。
ぽやぽやとした性格と、ちょっとした怪力だけが目立つ存在として、誰も彼女の“本当”を知ることはなく、気ままに過ごしていた。
******
そして今──《夢牢》の中。
ノクスにとっては不幸なことに、《魔力断絶》によってフェルナの《封魔石》は無効化されていた。
何もないはずの空間の中、いつの間にかフェルナの背後に、巨大な狼の幻影が静かに佇んでいた。
その毛並みは星のように輝き、瞳は月光のように冷たく澄んでいる。
次の瞬間、二体、三体──数十体──
空間のあちこちに、輝く獣の姿が現れ始める。
それは、歴代のフェンリルたち。
神獣の系譜に連なる者たちが、フェルナの血の元に顕現したのだ。
ノクスは息を呑んだ。
「……隔絶された《夢牢》に何故……幻か……?
いや、この存在感……!!」
言葉を発することなくフェルナを見つめる狼たちから、無限の魔力が流れ込んでいく。
全身が青白い輝きに包まれた瞬間、フェルナは力の限り叫んだ。
「おおおおおおおお!!!!!」
ノクスは驚き、一瞬、言葉を詰まらせる。
「……どいつもこいつも無駄な抵抗ばかりしおって!
数百人分の魔力で強化された我が空間、絶対に破れるはずが……破れ……?」
それは、空腹の限界から絞り出された、魂の叫びだった。
「おーーなーーかーーがーーすーーいーーたーー!!ごはんーーー!!!」
無尽蔵の魔力を収束した"ごはん"の咆哮が、目の前の空間を抉り取る。
《夢牢の核》は軋みをあげ、ヒビ割れが走った後、一瞬で砕け散った。
******
砕け散った核の残骸が、光の粒となって空間に舞っている。
気づくと、森の中で"犬獣人"フェルナは佇んでいた。
涙目のままぽつりと呟く。
「……ごはん……」
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身体強化系:《高速木登り》《高速滑空》《千里眼》
便利系:《サーチ》《鑑定》
皮膜系:《収納膜》《防御膜》《隠密膜》
尻尾系:《ファントムテール》
肉球系:《ジャンプスタンプ》《ショックスタンプ》《エアスタンプ》
ヒゲ系:《ウィズセンサー》《ウィズスピア》
ラースのパーツ:
《言語パーツ》《通信パーツ》
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次回2025/12/5、0:05頃、次話を更新予定です




