第19話『エコローム③』
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クロたちは中央に向かいながら、大型エコローム戦に向けた作戦をラースに伝えていた。
先ほど《エアスタンプ》で水球の中に突っ込んだが、もしコアを破壊できなかった場合、水球に閉じ込められる可能性がある。
それを避けるためにも、《エアスタンプ》は攻撃ではなく、脱出手段として使う。
大型エコローム戦では、より高所から下向きに飛び出し、重力を利用して初撃の威力を高める。
しかし、一撃で破壊することはまず不可能だ。
そのため、できるだけ深く水塊を貫いたあと、《エアスタンプ》で離脱して柱へ戻る必要がある。
そして再度、柱から攻撃を仕掛けて削る。
その間、ラースには先ほどと同様に"囮"をやってもらいたいが、敵が巨大な分、より慎重に動いてもらいたい。
つまり、ラースが気を引いている間に、柱を使って繰り返し水球を削って、コアを破壊する──。
それが今回の作戦だ。
しかし、改めて中央部に立ち、上部を見上げると──視界を覆うほど巨大な水球が広がっていた。
先ほど倒した個体の、数倍はあるように感じる。
その中心には、《機械のパーツ》が静かに浮かんでいた。
『本当に……こんなの、削れるのか?』
さらに、周囲に溜まった水の中で、無数のエコロームが蠢いていることが分かる。
『いや……ここで悩んでいる意味がない。ともかく、やるしかないな』
クロは《隠密膜》を維持したまま、傍らの柱を駆け上がった。
天井近くまで到達し、巨大エコロームをほぼ真下に見下ろす形で一息ついてから、ラースに作戦開始の合図を出した。
ラースは一回転した後、先ほどの戦いよりも大きな弧を描いて周回を始め、大きく声をあげた。
「皆様こんにちは!お休みのところすみません!私は元気です!
こちらに私のパーツがあると伺い、回収にまいりました!どなたがお持ちですか?」
声が空間に響いた瞬間、巨大な水球が脈打つように震え、周囲の水たまりが一斉に波打ち始めた。
次の瞬間──視界全体が、無数の水棘で埋め尽くされる。
頭上と水面から、まるで空間そのものが牙を剥いたかのように、水棘が乱舞する。
その数、数百。まるで怒りの奔流が形を持ったかのようだった。
水棘は空間を縦横無尽に駆け、ラースめがけて螺旋状に旋回しながら迫ってくる。
一部は空中で軌道を変え、逃走経路を先回りするように襲いかかる。
空間を切り裂き、まるで生きているかのような動きでラースを追い続ける。
しかしラースは、くるくると回転しつつ、緩急をつけた動きで棘の間をすり抜けていく。
上下左右に舞うように、明滅しながら回避を続ける姿は、前回よりも洗練されていた。
時折、棘が背中に直撃し、水しぶきが弾ける。
だがラースは、何事もなかったかのように周回し続けている。
一方クロは、ラースの叫びと同時にすでに動き出していた。
ほぼ真下へ向けて《ジャンプスタンプ》で柱を蹴り、凄まじい加速で巨大エコロームへ一直線に突撃する。
《ショックスタンプ》が炸裂した瞬間、「ドッバァァン!」という爆音が響き渡り、水しぶきが盛大に弾けた。
だが、衝撃の勢いはすぐに失速していく。
慌てたクロは《エアスタンプ》でエコロームを蹴り、柱へと跳ね戻った。
改めて見下ろし、水球の圧迫感に息を呑む。
前回の小型エコローム戦と比べれば、より高度から真下に向けて飛んでいる分だけ、攻撃の威力は確実に増しているはずだった。
それでも、敵の巨大さからか、わずかに表面が削れた程度にしか見えない。
『……デカすぎだろ……。全然コアに届く気がしないんだが……』
下ではラースが元気いっぱいに叫んでいた。
「まだまだです!なぜなら私はラース、囮の申し子!
耐久力は最高!目指すミッション成功!テンションは常に最高潮!」
その時だった。
巨大な水球が、まるで意思を持ったかのようにぐにょりと歪み、形を変えた。
球体の半身が、ラースを狙って瞬く間に伸びていく。
ラースは避ける暇もなく、圧倒的な水の奔流に呑み込まれた。
ラースは必死にもがき、脱出しようと動いている。
だが、水の壁は厚く、自力で脱出できるようには見えなかった。
水球の内部には、先ほどまで無かったはずのうねりが生まれていた。
攻撃を与えた箇所は窪んだままだが、全体が荒く波立ち、音を立てて回転している。
ラースは水球内で「ブーー」という重低音を上げていた。
その音に反応し、周囲の水面に潜むエコロームは、ラースに向けて水棘を飛ばし続けている。
どうやらラースは、囚われたまま、囮役を継続しているようだ。
『《ショックスタンプ》が全然効いてない上に、あの水量とうねり……。
あれじゃラースも脱出できないし、こっちの攻撃も通じそうにない。
しかもラースがいつまで保つか分からん以上、出直すことも、悠長に攻撃を繰り返すこともできない。
つまり──何が何でも、今やるしかない……!
必要なのはたった一つだけだ。他は何もいらない』
クロは目を閉じた。
興奮、不安、焦燥、疑念、心配──全てを捨て、心を静めて一点に集中する。
『必要なのは、ひとつ。一撃でブチ抜く貫通力──!』
全身の神経を張り詰める。
自分自身が一本の強靭な槍となり、空間を貫くイメージを深く描き出す。
鼻先から尻尾へと流れる魔力を一本に束ね、どこまでも硬く、細く、鋭利に練り上げていく。
そして──上を向いた瞬間、鼻先に熱が走り、脳内に声が響いた。
**《ウィズスピア》──発動。魔力による貫通攻撃**
目を開けると、鼻からヒゲの根元にかけて、青い光が脈打つように輝いていた。
鼻先から前方へ向けて、鋭く尖った魔力が歪な形で小さく伸び、チリチリと微かな音を立てている。
『中途半端にやっても意味がない。全部賭けてここで決める!』
足元に魔力を込めて、眼下に広がる巨大な水面を見据えた。
狙いは、先ほどの攻撃で僅かに窪んだままの一点──。
「今助ける」
ポツリと呟き、《ジャンプスタンプ》を発動。
力のすべてを込めて柱を蹴り出すと、魔力が爆ぜ、足元から青白い閃光が迸った。
クロの身体は光の矢のように青く輝き、凄まじい速度で真下のエコロームへ突っ込んでいく。
その瞬間、爆発音に反応して、水球の内部から無数の水棘が射出された。
鋭く、速く、空間を埋め尽くすようにクロを狙って迫ってくる。
それを視界に捉えたクロは、即座に後方へ向けて《エアスタンプ》を発動。
衝撃が背中を押し、速度はさらに跳ね上がる。
爆発的な加速によって水棘の群れをかいくぐり、空気を引き裂くように突き進む。
クロは心の奥で叫んだ──。
『うおおおーーーーーー!』
ズボシュッ!
鋭く重い貫通音と共に水球へ突入した瞬間、巨大な水塊が歪んだ。
中心から外周へ向けて円形の波が広がり、衝撃波が空間全体を揺らす。
周囲の水球は震え、水面に幾重もの波紋が走っていく。
そして──クロの鼻先が、エコロームの中心に浮かぶコアへと到達した。
鋭利な魔力が突き刺さり──コアは粉々に砕け散った。
制御を失った大量の水塊は形を保てず、重力のままに崩れ落ち始める。
クロは身体を翻して空中で《機械のパーツ》を回収し、滑空姿勢に移り、風に乗った。
下を見ると、水球から無事に抜けだしたラースが水棘に襲われながら、エリア出口へ向けて移動している。
クロは滑空しながら安堵の息を漏らし、改めてこの場所の危険性を実感したのだった。
******
《響震の洞窟》には、二つの通路が繋がっている。
一つは《律音の庭》から続く入口、もう一つは洞窟の反対側へと抜ける出口だ。
クロたちは《律音の庭》から《響震の洞窟》へと入り、無事に《機械のパーツ》を入手して、反対側の出口付近にいた。
付近には、エコロームも含め、生物の気配はないようだ。
「上手くいってよかったです!最後の攻撃はカッコよかったですね!
もしあれば効かなければ、私の『スーパーウルトラアルティメット・ギャラクシーバースト』でトドメでしたよ!」
ラースはくるくると回転しながら、興奮気味に明滅している。
「できれば、その技は初めに出してほしいところだが……。
ともかく無事でよかった。今回も助かった……ありがとうな。」
ラースは左右交互に明滅した後、ふわりと浮かび上がる。
「……?助けてくれたのは、クロですよね!それに、我々は"仲間"なのですから!」
クロは笑いながら、収納膜から《機械のパーツ》を取り出した。
「あぁ、そうだな……。
さて、苦労して手に入れたパーツを付けてみようか」
ラースの表面と機械のパーツを見合わせると、一か所だけ紋様が一致する部分がある。
そこにパーツを当てると、「カチリ」という音と共にパーツが沈み込み、幾何学模様に光が走った。
ヴゥゥゥゥゥン……
ラースはくるりと回転し、考え込むように明滅した。
「これは……《通信パーツ》ですね。離れた場所にいる人と話すことができるようです」
「通信……?例えば、セレナに話しかけたりできるのか?」
「いえ、誰とでも話せるわけではなく、通信先は固定されているようです。
とりあえず、発信してみましょう!」
ラースの内部から、ノイズ交じりの低く震えるような音が漏れ始めた。
──ピィィ…クッ…スゥゥ…ザザ…ピィッ…ザザ…スゥゥ……
しばらく様子を伺っていたが、音は同じ調子で繰り返されるばかりだった。
その奥に、何かの“気配”のようなものを感じて、クロは黙って考え込む。
すると、ラースが落胆した声で言った。
「だめですね。パーツの調子が悪く、正しく通信できていないようです」
クロは違和感を胸の奥にしまい込み、ラースの言葉に意識を戻した。
「まぁ、どこかで直るかもしれないし……今考えても仕方がないか。
セレナは“こっちの方角に機械のパーツが5つくらいある”って言ってたし、引き続き探索を続けようか」
ラースはくるりと一回転して、明るく答えた。
「そうですね。一歩ずつ、前へ進み続けることが大切ですからね!」
クロたちは他の《機械のパーツ》を目指して《響震の洞窟》を後にして、次のエリアに向かって歩き出した。
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身体強化系:《高速木登り》《高速滑空》《千里眼》
便利系:《サーチ》《鑑定》
皮膜系:《収納膜》《防御膜》《隠密膜》
尻尾系:《ファントムテール》
肉球系:《ジャンプスタンプ》《ショックスタンプ》《エアスタンプ》
ヒゲ系:《ウィズセンサー》《ウィズスピア》
ラースのパーツ:
《言語パーツ》《通信パーツ》
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次回2025/10/24、20話を更新予定です




