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タチバナミナトという少年

 皆様ご存知、ダンジョン配信。

 近年になって活発になってきた最強の娯楽。

 三十年前、世界各地に突然現れたダンジョンを踏破していく様子をライブカメラで配信する「冒険者」はもはやアイドルだ。

 強いだけじゃなくてカッコよかったり可愛かったり、見ていて飽きることがない。

 それに冒険者ギルドランキングの上位になればすっごくお金持ちになれる、夢のある仕事。

 だから、僕も冒険者になろうと思った。


 現実はそんなに甘くなかったけど。


 低レベルダンジョン「初心者迷宮」

 弱いモンスターしか出てこない、比較的簡単なダンジョンだ。

 一番多く出現するのはゴブリンというモンスター。

 見た目は緑色の肌にデカイ鼻と耳を持つ小柄な人間だ。

 こいつは成人男性なら素手で倒すことも可能なくらい弱い。

 よわよわのよわだ。

 なんだけど……


「ええーい!」


 両手で握りしめた片手剣を頭上から思い切り振り下ろす。

 渾身の力を込めて放たれた剣はなんと、狙いたがわずゴブリンに命中!


 すること無く、ダンジョンの岩肌を思いっきり叩いてしまった。


「……?」


 あまりの事態にゴブリンもキョトンと僕を見つめている。

 その顔はどこか残念なものを見るような表情……に見える。

 ゴブリンの表情なんてよく分からないけど、何となく。


「くそっ! てえーい! たあー! とおー!」


 ぶんぶんと剣を振り回す。

 全く当たらない。かすりもしない。

 それどころか剣の重さに体が流れて転んでしまった。


「あ、当たらない……!」


 格好よく一撃で決めるどころか当たる気配すらない。

 分かってはいたけどこれは悔しい。

 思わず涙目になってしまう。そして更に追い打ちをかけるように。


「ギギ……オマエ、ダイジョウブカ?」


 心配そうなゴブリンに慰められてしまった。

 敵だろ、お前。


「オマエ、ボウケンシャ、ムイテナイ。アブナイカラ、カエレ」


 しかも、めちゃくちゃ優しく語りかけてきた。

 すっごい暖かな顔つきで。

 いや、ゴブリンの表情なんて分からないけど、何となく。


「モット、オオキクナッテカラ、キタライイ」


 大きくてゴツゴツした手で頭を撫でられ、思わずぶわっと涙があふれた。


「僕は……」

「ギッ?」

「僕はもう18歳だあぁぁぁ!!」


 叫びながら剣を思いっきり投げつける。

 当たらないどころか届かない。

 カランと虚しい音を立てて地面に落ちてしまった。


「ギギ……ゴメン、セガチイサイカラ、マダコドモカト」

「お前なんか嫌いだー! ばーかばーか!! うわぁーん!!!」


 優しい目に耐えきれず、僕はゴブリンに背中を向けて逃げ出してしまった。

 ちくしょう! 今回は見逃してやる! 覚えてろ!



 身長150センチ。筋肉なし。中性的な顔に長めでサラサラの黒髪。

 それが僕、タチバナミナトだ。

 冒険者に憧れて早三年。そろそろ貯金も尽きてしまう。

 いい加減どうにかしないといけない。

 でも僕は剣を振る事も出来ないし、かと言って魔道具を買うお金も無い。

 そんな僕に冒険者なんて無理なのかもしれないとは思っている。

 それでも、やっぱり諦めたくない。


 僕は、あの日見た背中に追いつきたい。

 あの英雄のようになりたい。

 何よりも輝く思い出。何よりも強い気持ち。

 想いが僕を駆り立てる。やっぱり、諦めることなんて出来ない。


 とにかく作戦を立てないと……って、あれ?

 ……なんだろアレ。ゴミ捨て場に、明らかにゴミじゃないものがあるんだけど。

 遠目だからよく見えないけど……ドレスを着た等身大の人形が二つ並んで捨てられているようだ。

 人形が着ている白のドレスと黒のドレスは、汚れのひとつも見当たらない。まるで新品のように見える。

 それに、人形は二つともすっごく可愛い。

 人形だから当たり前なんだけど……それだけじゃなくて、今にも動き出しそうなみずみずしさを感じる。

 これ、かなり高価なものなんじゃないだろうか。


 妙なものが捨ててあるなと横目に通り過ぎようとした時、耳が勝手に音を拾った。


「クロ、シロはもう死ぬかもしれないわ」

「シロ、クロもお腹がすいて死にそうです」


 …………なるほど、どうやら僕は間違えていたようだ。

 ゴミ捨て場に捨てられていた等身大の人形は、どうやら人間だったらしい。

 つまり、ゴミ捨て場に、めっちゃ綺麗なドレスを着た可愛い女の子が二人、捨てられている。

 ……えぇ? なんだこの状況。


 意味がわからなくて思わず足を止めてしまう。

 そこに畳みかけるように、二人はまた口を開いた。


「クロ、最後にご飯を食べたのはいつだったかしら?」

「シロ、三日前にパンを食べのが最後ですね」

「お腹、空いたわね」

「お腹、空きましたね」

「通りすがりの誰かが」

「何か食べさせてくれないでしょうか」


 気がつけば、じっと。

 人形のように完璧に綺麗で可愛い二人の女の子は。

 僕のことを、揃って見つめていた。


 ……昔からよくキャッチとか宗教勧誘に引っかかる方ではあったけど。

 いくら何でもこれは予想外だなぁ。

 かと言って三日も食べてない女の子を放っておく訳にもいかないし。


「えっと……ろくなモノ無いけど、良かったらウチに来る?」


 とりあえず声を掛けてみると、二人の少女は揃ってコクリと頷いた。

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