48.アリーシア"母"になる!
朝食を終え、エミリーと合流したアリーシアは庭園へ向かった。勿論シリウスを抱いたまま…アリーシアはこれまで長い長い時間を孤独に過ごしたシリウスを離したくなかった。そう…今のアリーシアは母性に溢れていた。
「皆さんお待たせ致しました!昨日は帰りの馬車でも眠ってしまって…今日はお時間は?ゆっくりお話し出来ますか?せっかくのお泊まりでしたのに昨夜もお話し出来なかったから…わたくし残念で…」
「あの…アリーシア様?そのお姿は…?」
「あぁ…わたくし"母"になりましたのっ!」
ガゼボでお茶を飲んでいた、エドワード、ジュリアン、ラシュカール、見事に三人とも吹いた。
対して、公爵家の優秀なメイド達は…何事も無かったかの様に対応してくれている。
「シリウスは長い間…それは気の遠くなる様な時間を、一人で孤独に耐えていたのです。なのでこれからはわたくしが力の限り全力でシリウスを甘やかす事にしたのです。この抱っこ紐を使えば、ずっとこの子を抱っこ出来て疲れる事ありませんの!素晴らしいでしょう?ウフフこの重みがたまりませんわ〜」
と昨日と同じ様に体を揺らしている。ぬいぐるみに使っていた物を調節して使える様にしてもらっていたのだ。
エドワードはその慈愛に満ちたアリーシアを椅子に座らせ昨日の事などアリーシアから直接聞こうとした。そして魔物除けの草の話になった時セオドアが口を開いた。
「アリー、さっき食堂で話してた時…夢の中で神獣様にアリーはその草を作れるって言われたんだろ?それ作り方ってもう分かってんの?」
「それが作り方とかは聞いてないの、漠然と作れるよって言われただけで…ただ…その草がどうやって出来ているのかは聞いたわ。簡単に言うと、聖力を吸い上げたものがその草になるんですって…それは簡単には見つけられないわよね…私にも聖力があるとは言ってたけど…」
何やら皆の視線が刺さる…
「やっぱりね…俺が言ってた通りだろ?アリーには不思議な力があるって、きっと俺が見える光もその聖力ってのに関係あると思う!ルーナだって治してくれたし、アリーが嬉しそうな時とか、周りの空気が綺麗になってるんだ、花壇の水やりだって花が元気になってキラキラしてんだぞ!昨日だって摘んで時間経った草だってずっと元気だったし……」
「セオドア君…君、そこまで詳しく話したの初めてですよね?あの女が魔法を使った時の事は聞きましたけど…これはジェイソンお義兄様に即刻報告せねばっ!ついて来なさい!ほらっ行きますよ!」
テディーがラシュカール様に連れて行かれ、王子二人は呆れた様子で見送っていた。その為私達は何となく口をつぐんでいると、ミラ様が話かけてきた。
「アリーシア様お聞きしてもよいですか?アリーシア様は昨日、私が魔法で座る場所を柔らかくした時に…"耕された土"って仰ったのですが…あれはどんな意味なのですか?」
「えっ?そのままですよ?ミラ様が魔法で耕して下さったのでしょう?ありがとうございました、お陰で座っても痛くならなくてよかったですわ。」
「いいえ、あのくらいなんでも…少しでもアリーシア様のお役に立てたのなら…ってそうではなくて、私土を掘り起こしただけで…耕すって農家の方が畑でなさる事なのでしょう?」
「あぁ!そういう事ですのね、だから昨日皆さん不思議そうなお顔をしてたのかしら?ミラ様がして下さったのは土起こしだったのに、私がつい"耕した"なんて言ってしまったので混乱されたのね?…
まぁ説明をすると…仰る通り農家の方達は鍬という農具を使って畑を耕しますが、それは結構な重労働なんです…何故なら掘るだけでなく土を返す事であり、天地返しと言われる作業なのです。
これは固くなった土を砕いたり下に溜まった養分を含んだ土を表面の土と入れ替えて混ぜ合わせるのです。
そうする事で養分濃度は均等になり土に空気が含まれる事で通気性も出て新しい肥料が染み渡り、柔らかい土には根もはりやすくなる為、質の良い物がより沢山収穫出来るようになる。
と、簡単に詳しく言うと、これが土を耕すと言う事なのですが、…土魔法の使い手と使い方によりますが、畑に応用出来れば、作業も多少は楽になるでしょうし…畑自体の効率も上がりますわよね?それとも…それ用の魔道具を作った方が早いかしら?」
「アリーシア(様)っ!」
王子二人とミラがすごい勢い詰め寄った。どうしたのだと聞くと王子達は城で魔法使いを集めて検証したいと言い、ミラはこれまで自分の魔法は土人形を作ったり穴を掘るか、それかせいぜい花壇で土をならすぐらいしか使い道がないと思っていたから可能性が広かった!と興奮している。
アリーシアは誰でも思い付きそうな事なのに…何故?という感覚だったが、この世界ではそうではなかった。
何故なら魔法が使えるのは貴族が圧倒的に多く、その貴族は自分達が食べているパンや小麦がどうやって作られているか知っている者は少ない。
まして農業の過程や土壌の事など知る由もないのだ。
なので土魔法が使えても、防御の為の土壁や、礫を飛ばす攻撃魔法で、生活の中で役立てるという発想は、恵まれた生活を送っている貴族にはなかった。
対して農業に準ずる者は殆どが魔法が使えない平民であり、魔法に対する知識すら持っていない者が大半を占めているので、農業に関する知識はあっても、効率的な肥料の使い方であったり、土壌自体の改良など……
例え楽がしたいだとか、収穫量を増やしたいと思ったところで、知識も無ければ考えもつかなかったのである。




