プロローグ〜いつもの朝〜
どたどたと朝っぱらから騒がしい物音が聞こえる。
アタシは騒がしくなる原因をちゃ〜んと知っているので、思わず顔がにやけてしまう。
朝。
いつも朝早くに起きるアタシは、今日はいつも起きる時間の六時よりも更に早く、四時には起きてある事をした後、リビングでニュースを見ながら優雅にブラックなコーヒーを飲んでいた。
きっと、アタシの今の心に色をつけるならこのコーヒーよりも黒くなるに違いない。
そんな風に思っていると、バン、と大きな音と共に騒音の元が入ってきた。
ソファに座っていたアタシは自然とリビングの入り口に背を向けることになっているので、にやける顔を持てる限りの理性を総動員して無理矢理抑え、なんでもない風に首だけで振り向いた。
「姉ちゃん! アンタまたこんなことして!」
おーおー朝から大声を出して……ご近所さんに迷惑じゃないか。それに、せっかくそんなにカワイイのだから、そんな言葉遣いはお姉ちゃん感心しないぞ。
そんなことを心中でニヤニヤしながら思う。
リビングに入ってきたのはベビードールを着た可愛らしい子。ちょっとクセのある亜麻色の長い髪は寝起きだからか、少しぼさぼさになっている。身長も低く全体的に幼い感じのするこの子には、アタシの思った通りベビードールがものすごく似合う。もう、ちょーかわいっ。このまま抱きつきたいわ!
けど、せっかく抑えに抑えて平常心を装っているのだから、ここで欲望に忠実になってボロを出すのは良くない。ガマンガマン、と。
「朝っぱらから大声出さないの。わかった、ユンちゃん」
アタシはめっ、とお姉さんぶって叱ってみる。
「うるさいっ! この馬鹿姉! こういうことするのやめてって言ってるでしょ!」
やめられないよ。もう、わかってるくせに。
心の中は下心全開で外に出せないくらいエラいことになっているが、そこはそれ。年上、それもお姉ちゃんとして、気付かれないようにバレないように巧妙に隠しながら、真顔で諭してあげる。アタシって良い姉!
「ダメよユンちゃん。実のお姉ちゃんにそんな乱暴な口利いちゃ。それと、朝起きたら『おはよう』でしょ?」
「ああもうこの馬鹿姉は! 反省の色が窺えない! ってか何!? 私が悪いみたいに言われてる!」
ダンダンと地団駄を踏み出した。
もう、ダメよユンちゃん。そんなはしたないことしたら、ただでさえ短いベビードールが捲れちゃってスキャンティーが見えちゃう。あ、それともわかってて見せてくれてるのかしら。ユンちゃんってば素直じゃないもんね。そうやって怒ってる風を装って愛しいお姉ちゃんにサービスしてくれてるのね。もお、いじらしい!
はっ! いけないわ。ここは衝動的に抱きついて頬擦りするところじゃなくて、お姉ちゃんとして、ちゃんと妹に悪いことは悪いのだと躾てあげなきゃ。
……躾。身を美しく。くふふ、いい響きだわ。
アタシはすぐにでもルパンみたいにユンちゃんに飛びつきたくなる欲望に忠実な心を、精一杯、むしろ一杯一杯に叱咤し、どうにかこうにか妹を叱る姉を演じる。
本当はカッワイイ妹に今すぐハグして部屋に拉致って今日は平日だけど学校サボって一日中二人でいちゃいちゃしていたのだけど、そんなことをすると良くても三日間は口を利いてくれなくなる。さすがにそんなことになるとアタシは一時間と持たずに発狂するか、根の国ツアーにお出かけすることになるのでここは必死に我慢。
ユンちゃんだってお姉ちゃんといちゃいちゃするの好きにくせに。
思うも、やっぱりこんなことを言うとユンちゃんは真っ赤になって怒るから自粛。あ、でも。怒ったユンちゃんもカワイイから、わかっててわざと言うのも手かもしれない。
……どうしよう。
ユンちゃんは地団駄を踏み疲れたのか、肩でぜーはーと息をしながら「姉ちゃん聞いてる!?」と何故かアタシを睨んでいるが、とりあえず無視。今はそれよりももっと大事なことを考えなくちゃいけなくなった。
例えるならそう、万有引力を発見することに勝るとも劣らないほどに大事なことなのよ!
……そういえば、ニュートンって万有引力を木から落ちたリンゴから発見したのよね。
てことは、アタシの場合もユンちゃんのことを見てれば何か大事なことを思いつくかも?
いいえ、違うわね。かもじゃないわ。見つけちゃうはず!
「――だいたい姉ちゃんは……って、な、何よ! なんでそんなマジで見てくるのよ!」
じーっ、と見つめるアタシに、なぜかユンちゃんはうろたえる。
ああ。やっぱり幼児体型なユンちゃんには本当にもう惚れ惚れするくらいベビードールが似合うなぁ。襟元のレースや裾の部分にあしらわれたフリルとか。胸元に入ったスリットをリボンで結んでるけど、そのリボンもレースがついてて煽情的って言うよりもカワイさ倍増、ううん、乗増だわ。透けて見える胸もちっちゃくてたまらなくカワイイし。ピンクっていうのも女の子らしくていいわね。ああ、ああもう……もうっこのままだとお姉ちゃんどうにかなっちゃいそう!
たしかさっきまでは何か別のことを考えていた気がするけど、もうこの際どうでもいいや。ついでに理性とか自粛とかそういう欲望に否定的なモノもどーでもいいわ。丸めてゴミ箱にポイよポイ。
「ユンちゃん。ちょっとこっちに来て」
アタシを疑わしそうな目つきで睨んでいたユンちゃんを手招きする。
何故かジリ、と後ずさるユンちゃん。その目は何故だか怪しいモノを見る目つき。なんでそんなに恥ずかしがるのかなぁユンちゃんは。けど、そんなユンちゃんもラヴリー。
「ほらほら。ユンちゃんこっちへいらっしゃい」
アタシがニコニコしながら再度呼びかけると、しばしの間を置いてから、ハァと溜め息を吐いて渋々と言う感じでアタシの横に座った。素直じゃないユンちゃんはいつもこんな感じだけど、アタシにはそこがまたたまらない。とっても愛しい。
けど、
「ユンちゃん。もっとこっちに来て」
「はぁ。姉ちゃんさぁ私の話ってか抗議をちゃんと聞いてる?」
「うんうん。聞いてるからこっちにもっと寄って」
「なんで? あんまり近寄るのもどうかと思うんだけど……てか着替えたい」
「いいからいいから早くこっち寄るの! じゃないとお姉ちゃん泣くからね! あとあと、着替えたらお姉ちゃんもうユンちゃんと口を利いてあげないからね」
「……お好きにどうぞ」
「ユンちゃんひどいっ!」
うわん、とアタシは本気っぽいウソ泣きをする。うう、本当に涙が出てきた。
そんなお姉ちゃんを見かねたのか、それとも可哀想だと思ったのか。それよりももっと単純に、やっぱりお姉ちゃんのことを大好きだからか、しょーがないなぁ、とか溜め息を吐きながらユンちゃんはアタシの近くに来てくれた。
ユンちゃんはたまにイジワルだけど、やっぱり優しい。お姉ちゃんはそんなユンちゃんが大好きだよ。
「それで何? 早くしてよね。この格好本気で恥ずいんだから」
ユンちゃんの顔は朱色に染まっていて言葉通り恥ずかしそうにしている。何となく怒ってる風なのは照れ隠しだとお姉ちゃんは知っているから、そんな風に睨まれても恐くないもん。
「うん。ユンちゃん」
えへへ〜と笑いながらユンちゃんに逃げる隙を一切与えず抱きつく。ベビードールとスキャンティールというこれでもかと肌の露出の多い、けれどカワイイ格好だから抱きついたアタシはほんとど直にユンちゃんの体温を感じられる。あったかい〜。
ああ、幸せ。
「ちょ、またなのか馬鹿姉! ああ、もうホントに恥ずかしいから離れてよ!」
口ではそうやって嫌がるけど全然抵抗しないユンちゃんがカワイくて、アタシはもっとぎゅーっと抱きしめる。
すぐ傍にあるユンちゃんの耳が真っ赤になってる。
「恥ずかしくなんてないない。二人しかいないんだもん」
「……満足したら放してよね。学校、遅れちゃう」
そうやって言いながら、アタシの肩に顎を乗せるユンちゃんがたまらなく愛しい。
そう、二人しかいないんだから、これくらいしないと寂しくて死んじゃう。
アタシたち姉妹の二人だけの朝は、大体こんな感じで始まる。
「おはよう、ユンちゃん」
「おはよ、お姉ちゃん」




