都合のいいオンナ
「わぁ、見て! 蜘蛛の巣に蜘蛛がいるよ」
当たり前のことを珍しそうに知らせてくる優良を馬鹿にするような目で見ると、佳祐はすぐに優しい笑顔を貼りつけた。
「そうだね。……あーあ、こんなところに巣を張りやがって」
佳祐のアパートの部屋は2階だ。ドアの横に設置されたボイラーの配管にゆったりとした巣が張られ、その中心におおきな茶色い蜘蛛がじっとしている。
「中に入って、箒を取ってこよう」
佳祐が言うと、優良は抗議するような表情になる。
「もしかして巣を壊すつもり? かわいそうだよ」
「優しいな、ユウラは」
内心では小馬鹿にしながらも、佳祐は微笑んだ。
「蜘蛛にまで優しいんだな。誰にでも優しいのか?」
「ううん。好きなの、蜘蛛、あたし」
そう言うと優良はしゃみ込んだ。ちょうど床の上に中ぐらいの大きさの赤っぽい蛾がじっとしていた。
優良が蛾を素手で掴むと、佳祐が顔を歪めた。
「げ……! 素手で掴んだ……! 何するつもり?」
「エサだよ」
笑顔で優良が、蛾を蜘蛛の巣にくっつけた。
羽根をばたばたさせて暴れる蛾に向かって、すぐに蜘蛛は駆けつけると、尻から糸を出してくるくると巻きはじめる。
あっという間に白い繭のようになった蛾を見ながら、優良は嬉しそうに笑った。初めて見る彼女のそんな一面に、佳祐は少し気持ちが醒めた。
じつは会うたびに少しずつ醒めていた。
しかし別れるつもりはない。
優良は都合のいいオンナだった。
ここまで書いて心折れた_| ̄|○




