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第90話 一つ屋根の下の男女

「あ、莉音くんおはようございます」


 頭の中にはその見覚えのあるパッケージが鮮明に浮かび、近くから聞こえる澄んだ声と共に、意識は結愛の方へと向く。



「あれ、ゴムは……?」

「ゴム?あぁ輪ゴムのことですか?それともヘアゴムですか?」

「…………じゃあ、ヘアゴムで」


 俺は今の状況が良く分からなかった。何故か俺の体はまだベッドの上に横になっていて、結愛は特に顔を真っ赤にした様子もなく、平然とした面で部屋を動く。



「どうぞ」

「どうも」


 咄嗟に出た言葉のせいで、俺は何故かヘアゴムを受け取ることになり、上手く回らない頭で空気中をボーッと眺めた。



「………なぁ、俺もしかして寝てた?」

「はい。私がマッサージ始めたら、すぐにぐすりと寝ましたよ」

「そうか、なるほどな」


 結愛のその言葉を聞き、さっきまでのが夢なんだとすぐに納得した。

 それもそのはずだ。なんせあの純粋純白な結愛が、枕の下に避妊具を用意しているなんて、あり得るはずがない。


 そもそも可笑しいとは思っていた。マッサージをするにしては体が密着しすぎていたし、結愛の言動もいつもよりも所々色っぽさがあった。



(…………だが、どこまでが現実なんだ?)


 俺は夢と現実の区別がついておらず、どこまでが本当に起きたことなのか正しく認識出来ていない。



 どこまでが夢なのか、それとも現実だったのか、夢のような現実なのか現実のような夢なのか、そのどちらかはさておくとしても、どこまでが実際に起こったことなのかで、大分変わってくる。


 ただ結愛が特に恥ずかしがる様子もなく俺との会話を続けられているので、俺は本当にマッサージを始められたらすぐに寝たのだろう。


 マッサージを始めてからの会話は、結愛のその後しばらくは赤面にさせるような内容なので、そこからが夢という認識で良いのかもしれない。



「そんなに気持ち良かったですか?もしそうなら凄く嬉しいのですが」


 自分の愚かさと共に、俺がさっきまでのことを混雑させながら振り返っていれば、真水のような透明感のある表情をする結愛が、俺の顔を覗き込む。



「気持ち良かったよ。自分の悪い所が丸分かりになるくらいには」

「そ、そんな能力はないと思うのですが……でもそう言って貰えると嬉しいです」


 結愛のこの眩しさに当てられては、やはり自分の穢れ具合が鮮明になって明らかになる。

 そしてこれも夢なのではと思ってしまうほどに、結愛の笑顔は明るく、綺麗で可憐さがあり、心の汚れを浄化してくれた。



「可愛い」

「そうですか可愛いですか、、、へっ!?」


 夢と現実の区別がまだ上手くつけられていないからか、口からは素直な感情が溢れ、結愛は二度見をするように驚いた反応を見せる。



「い、いきなりどうしたんですか?」

「どうしたって、女の人の容姿を褒めただけだろ」

「そう言われたらそうなんですが、莉音くんそういうの滅多に口にしないでしょう。だってあの莉音くんですよ?」


 結愛はいつもよりも大きく表情を動かして、慌ただしい雰囲気をしながら俺の瞳を自分の瞳で見つめる。



「俺だってたまには見た目くらい褒める…………てか俺のこと何だと思ってんの」

「えっと、優しさの塊ですかね」

「もはや人ですらないぞそれ」


 ポッと頬を色付けた結愛は、視線をあちこちに散らした後にそう言った。

 猛獣や野獣だと思われていないことは有り難いことなのだが、男としての自信は誰がどう見ても目を見るよりも明らかに失った。


 少しでも胸を張れるように筋トレとかを頑張ったつもりだが、こうも直接的に言われては男としての立つ瀬がない



「でもそうか、結愛の中で俺は異性どころか人間かすらも怪しいのか」

「あ、いえそれは違くて……」

「塊なんだろ?」

「それは確かにそうなんですけど、、、」


 さらに男以前に人かどうかすら怪しばまれているのだから、本当に異性と思っては接していないのだろう。


 俺も馬鹿ではないので、あくまで比喩表現だというのは分かるが。



「私は莉音くんのこと、ちゃんと人だと思ってますよ?」

「人、ね」

「あ、いや、これも違くて……」


 俺の反応を見て、何とか上手くフォローしようと頑張る結愛は、体全体を使って自分の感情を表現する。



「莉音くんのこと、ちゃんと好き、、です」

「は?」


 結愛の気を遣った言葉がくるのだろうと思ったが、掛けられた言葉はそれとは全く違った。

 俺は「気にしてない」と言う用意すら出来ていたのだが、つい喉の奥に引っ込めてしまうくらいには、予想を裏切ってきた。



「一緒に歩く時、ちゃんとついてきてるか私の方を向いてくれるところとか、隣を歩く時は必ず車道側を歩いてくれるところが、好きです」


 結愛はちょっとだけ恥じらうようにモジモジとしているが、それでも目だけは真っ直ぐと俺の方を見て、続けた。



「私がちょっと悲しいオーラを出したら、そっと優しく頭を撫でてくれるところも、好きです」


 これまでの勢いよく顔を赤らめるのとは違い、今はほんの少しずつ、みるみるとちょっとずつ頬の赤みが増していく。



「だからその、優しさの塊というのは人としての優しさの集まりと言いたいわけで、莉音くんのことは、ちゃんと優しい男の人だと思ってます」

「そう、か」


 そんな結愛を振り絞った結愛を視界に映した俺は、またも結愛との違いを見せつけられた。もう何度目になるのだろうか。


 何度も変わる変わると意気込みながら、全く成長していない。いつも自分からは行動に移さず、他人からの行動を待っている。

 夢の中ですらその有様なのだから、根っから頼りっぱなしだ。


 たまには、自分からアクション起こさないといけない。今までの自分を変えるのなら、自分から行動をしないといけない。

 そう、強く思った。



「なぁ結愛、俺誕生日だし、一つだけわがまま言ってもいいか?」

「はい。何でもどうぞ」


 まあ誕生日という名の特別な力を借りてしまったのだが、最初くらいは許して欲しい。

 美少女にお願いをするというのは、そういう力がないと最初は厳しい。



「たまには、その敬語口調をタメ口に直して欲しい」

「私の口癖を直して欲しい、ですか」

「うん。やっぱりどうしても距離を感じるというか、結愛には心の底から楽しんで欲しいから」

「でも私はむしろ、こっちに慣れたのでこの方が楽なんですけど」


 ベッドの上に座り、隣で若干困惑の顔付きをしている結愛は、自分の髪をいじりながらそう言った。



「そうかもしれないけど、楽と楽しいは違うぞ」

「…………そうですね。少しずつ直していけるように頑張ります」

「はいもう駄目」

「なっ、直せるように、頑張る……」

「そうしてくれ」


 結愛自身どこかで敬語口調を直したいと思っていたのか、俺の提案にはすぐに了承してくれて、そして俺ですら聞き慣れない口調の崩れた話し方を横から観察する。


 まだ言い慣れていないようで、結愛も自分で言ってみて羞恥にまみれた顔をする。



「じゃあ俺は部屋に戻るから。またここで寝るわけにもいかないし」

「ここで寝るのは別に問題ないですけど?」

「いや、俺の心と理性が持たない。…………それと結愛、口調」

「莉音くんが良ければ、こ、ここで寝ても、いいよ?」


 これ以上結愛を見ていればまたもよからぬ夢を見てしまいそうな気がしたので、今度こそ部屋に戻ろうと決意して結愛に告げる。



(やべぇ。逆に攻撃力を上げてしまった)


 つい数秒前の自分の言動を後悔するくらいには、タメ口の結愛には破壊力が増した。

 普通にこんな美少女に部屋で寝ていいと言われるだけでもかなりの攻撃力があるというのに、それをタメ口で言われた普段とのギャップでさらに胸に刺さる。


 子供のように純粋で可愛らしい顔付きとは裏腹に、知的で大人びた所作とのギャップを生む。

 それが全身全霊でお願いしてきているように錯覚をさせ、言うまでもなく理性を大幅に削られた。



「…………遠慮しとくわ。今日は色々とありがと。また明日からもよろしく」


 それでも何とか耐えることが出来たのは、さっき見た夢でこれと同等くらいの魅力を持つ結愛を見たからだろう。

 ある意味初見殺しと言うほどの結愛の笑みや表情は、どんな聖人ですら長時間眺めるのはまずい。



「明日からも、よろしく……です」

「じゃあおやすみ」

「う、うん……。おやすみ」


 俺は逃げるようにその場を後にし、自室に戻る。

 部屋に入って布団に潜ってからも、高鳴った鼓動がおさまるには、かなりの時間がかかった。




『莉音くん、おはよう』


 次の日の朝、いつもと同じような時刻にリビングに行けば、テーブルの上には一枚の紙切れが置かれていた。


 いつかのことを思い出しながらも、キッチンに立っている結愛の所へと向かう。



「結愛、何故置き手紙なんだ?」


 キッチンまで行けば、昨日の夜ご飯の時と同じようにツインテールをしている結愛が、俺の目を逸らして口を開く。



「だって、恥ずかしいんですもん。いきなり敬語以外で話すの……」


 朝から結愛の表情にダメージを喰らわせられながらも、何とか話しは続けようとギリギリで耐える。


 結愛が顔を背ければ、後ろに結んだ髪はぴょんびょんと跳ねた。



「なら、しばらくはまだいつもの話し口調でいい。ただ少しずつ、直してくれよ?」


 俺も鬼ではないし結愛の嫌なことは強制したくないので、無理強いするつもりはない。

 だがまあ敬語口調を直すというのは結愛のためであると思っているので、止める気はない。



「うぅ、、、無理ぃ…」

「何でも聞くって言ったのは結愛だからな」


 結愛は眉を下げて降参の声を上げるが、そんなものには左右されない。

 だけど何となく、少しだけだが男が女の人に何故意地悪をしたくなるのか、分かったような気がした。



「むぅ……乙女心の分からない莉音くんは、嫌い」

「…………話せるじゃん」

「何のことだかさっぱりです」


 ぷいっとまた大きく2つに結ばれた髪を揺らす結愛は、朝食作りの作業へと戻る。



「べーっ」


 それを隣で見つめる俺に、結愛はちょこんと舌を出し、瞼を下ろす。

 その表情が可愛いだなんていうのは、俺しか見れないのだろう。


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