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第88話 許嫁に押し倒される話

「莉音くん、プレゼントあります」


 夕食を食べ終え、結愛もお風呂に入ってから2人でソファに腰を下ろしてゆったりとしていれば、隣に座る結愛は俺の腿をツンと突いた。



「まじか。嬉しい」


 我ながら下手くそな返事だと思った。正直そういうプレゼントがあるのは予め予想出来ていたので、まだかまだかと待っていた所もある。



「何ですかそのリアクション。もうあげませんよ?」

「え、本当に欲しい。嬉しいし楽しみ」

「まあそこまで言うならあげましょう」


 俺の反応を見た結愛はクスッと顔に笑みを浮かべて、ゆっくりとソファから立ち上がった。



「ついて来てください」


 隣で結愛が立ち上がるのを見ていたが、その発言を理解するのにはしばらく時間がかかった。



「ここじゃないのか?」

「ここだともう見慣れた景色だから新鮮さが足りないでしょう?こういう時くらい違う場所で渡した方が莉音くんもドキドキするはずです」

「結愛がいいならいいけど」

「駄目なら誘わないです」


 俺は念の為に確認してみるが、結愛は嫌がる素振りも見せずに言葉を発するので、大人しくついていくことにする。


 同級生の女子の部屋。そこには前に一度だけ入ったことがあるが、今とその時では距離感が違う。

 すでに高鳴りつつある心臓の音が外に漏れないよう、必死に堪えながら扉が開くのを待った。



「どうぞ」

「失礼します」


 無意識に礼儀正しく挨拶をしてから入室し、自然と部屋全体を眺めてしまった。



「ここに来るのは掃除した時以来だな」

「そうかもですね」

「相変わらず綺麗な部屋だこと」

「人並み程度に掃除はしてますので」

 

 別に探し物をしているかでもなく、邪な気持ちがあってここに来たわけではない。

 雅な少女は近くにいるが、今は前に来た時との感じ方を違いを確かめているだけだ。


 まあ物欲のないと言っていた結愛では、部屋全体が特に変わった印象は受けなかった。俺が贈ったものが部屋に飾られているのは、どう言い表せば良いか、胸が熱くなる。



「あ、オルゴールも飾ってくれてるんだ」

「はい。もう壊したくないので、今では鑑賞用です」

「そっか。折角なら毎晩聞いて寝ればいいのに」

「むっ!揶揄わないでください」


 丁寧に整頓された机の上には、そのオルゴールが存在感を漂わせて俺の視界に映った。

 


「じゃあ莉音くんはその辺に座っていてください」


 一通り見渡した後は、結愛が指を刺して触る場所を教えてくれる。



「いいのか?俺がこんな所に座って、」

「別に問題があるわけでもないでしょう」

「男が座ったベッドには寝たくないとか、そういうのはない?」

「あるわけないです。私を何だと思ってるんですか。莉音くんは色々と心配しすぎですよ」


 小言のように不満を言い、結愛はむぅと頬に空気を溜める。

 それでも目線だけは俺を向いていて、「もうそういうこと言わないでください」とでも言いたげな瞳を見せてきた。



「もう、気を取り直してプレゼント渡しますよ?」

「…………はい」


 それでもすぐに機嫌を戻して、近くに置いていたプレゼントの入っているのであろう大きな袋を抱き抱えた。



「大したものじゃないし期待に添えるかは分からないですけど、日頃の莉音くんを見て必要そうなものを買いました。受け取ってください」

「そこまで考えてくれたんなら自信持ってくれ」

「感想を言われるまでは緊張するんです」


 初々しさを感じさせる表情で、ほんのりと頬を赤くする結愛は、いつも以上に艶やかさのある髪を揺らしながら、俺へとプレゼントを渡した。



「開けるぞ?」

「開けてください」


 プレゼントを受け取り、これといって焦らす理由も待つ理由もないので、結愛に確認をしてから早速袋の中に手を入れる。



「…………スマホケースに、…………プロテイン?」


 中には2つのプレゼントが入っており、一つ一つ慎重に取り出す。

 受け取ったプレゼントを眺めれば、黙って見つめていた結愛が心配そうな眼差しで口を開いた。



「莉音くんスマホケースとか興味なさそうだからあんまり変えることないし、いつもずっと透明なスマホケース使ってるから気分転換にどうかな、と」


 誕生日プレゼントにスマホケースを贈るなんてことはよくあるが、そこまで見ていてくれたことにもありがたみを感じる。



「これは嬉しいな。ただ俺の機種とかよく分かったな」

「透明なスマホケースのおかげで、スマホ全体を見やすかったです」

「わざわざ調べてくれたのか。その心意気も受け取るべきか?」

「そ、そうしてください」


 やはりその心意気には感謝を示すべきで、結愛は分かりやすく口元を緩めていた。目を細め、小さい子供のようにパァと表情全体を明るくする。



「プロテインは言うまでなく、です」

「俺が欲しそうだからか」

「そうです」


 プロテインに関しては、いつも最後まで筋トレを見ている結愛からすれば、迷うことのない物だったのだろう。

 ただ実は、修馬からの誕生日プレゼントも筋トレグッズだったので、2人ともちゃんと俺が使いそうなものを選んでくれているのが分かる。


 貰ったプレゼントのうち3分の2が筋トレ関連なのは、今は気にしないでおく。



「どうでした?嬉しかったですか?」

「当たり前だろ。大切にする」

「プロテインは大切にしないでくださいよ?飲むものなんですから」

「もちろん。大切に飲む」

「お、お好きにどうぞ……」


 結愛は下を向き、前髪で目元を隠して俺へと言葉を発する。

 清楚感溢れるネグリジェを着ている結愛は、俺から見れば人形のような繊細な美しさがあった。



「俺、そろそろ戻ろうかな。一緒に暮らすのが慣れたとはいえ、プライベートな空間に長居するべきじゃないし」


 そんな結愛を見ていれば、健全な男子高校生である俺は理性を抑えられるか分からなくなっていく。自分のためにも、結愛のためにも、早めに退出するべきだろう。



「あ、あの……ちょっと待ってください!」

「え、結愛?」


 そう思って立ち上がれば、結愛は腕を伸ばして俺の肩を両手で触れた。



「今からお、押し倒しますね」

「…………はい?」


 結愛の言葉の意味を理解する前に、俺の体は横を向き、結愛の体が俺の上に乗った。



「な、何してんだ!?」

「重いかもしれないですけど、我慢してください」

「そういうことが聞きたいんじゃなくて、何故結愛が俺の上に乗っているんだ?あと全然重くないから」


 俺が理由を気にするのは当然で、未だにこの状況が上手く掴めていない。



「たっ、たまには私も……許嫁らしいことでもしようかな、と」


 そんな魅惑的な表情を向けられれば、体が硬直するのが分かる。

 これから何が起こるのか、それは結愛にしか分からない。

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