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第75話 許嫁のために出来ること

『白咲さんと付き合うにはどうすれば良いと思う』


 もう少しで春休みを迎えそうなある日、教室の中ではそう話す男子達がいた。



『そりゃお前、イケメン高身長の成績優秀、おまけに運動神経抜群くらいじゃないと釣り合わないだろ』

『あのお淑やかさと可愛さだからなぁ!それくらいじゃなきゃ釣り合わないな!』

『確かに!』


 クラスは違うのに、こうも盛り上がりを見せるのだから流石としか言えない。

 まああの容姿であの性格なので、好意を向けられるのも仕方がない。


 多少は学校と家で内面が異なるが、それでも尊敬したくなるという意味で見れば大差はない。


 俺はクラスの男子達の会話を聞きながら、修馬の方に目を向けた。



「なあ修馬、それらが揃ってないと結愛の隣に立つ資格はないのか?」


 結愛の友達として、家族のような関係である者として、果たして俺に隣に立つ資格はあるのかと、今になって問う。


 こうも噂される結愛だ。近くにいる者のレベルが低ければ、結愛のレベルも下がってしまいそうである。



「そんなわけないだろ」

「いや、でも実際、隣に立つやつがしょぼいと結愛の品は下がるとは思う」

「俺は白咲さんはそんなの気にしないと思うけどな」


 修馬はすぐに否定をして、俺の目を見た。


 結愛が人の外観よりも中身で判断するなんて、最初から分かりきっている。


 もし外観で人を好きになるようなら、結愛が俺に気を許すわけがない。それに家での対応からも、人の内面を特に注意深く見ているのがよく伝わってくる。



「俺も結愛がそういう事を言う人だとは思ってないけど、それでも周りから見たら少しは変わるだろ」

「あー莉音の言いたいことは分からんでもない」

 

 結愛が外面だけで判断しないとか、そんな事は分かりきっていて、今俺が気にしているのはあくまで周りの人からの反応だ。


 今こそ孤高の女神とでも言い表したくなるくらいに神聖な扱いを受けている結愛だが、いくらその結愛が認めた人物とはいえ、外野が黙って認めるとは到底思えない。


 俺は結愛を見守ると約束した身なので、出来ることなら側に立っていたいが、それでも俺のレベルが低いので結愛も同等に見られてしまう。



「つまり莉音は、自分が近くにいることで白咲さんの価値を下げるかもしれないと思ってるってことだろ?」

「あくまで客観的な見え方としてだけどな。一緒にいるのは楽しいし、出来るなら見守りたいけど……」


 俺よりも顔が良くて性格が良くて、全体的なスペックが高い人はたくさんいる。現にそういった人物も、数名くらいは結愛に少しは興味があるだろう。

 

 そのような人物と比べた時に、俺は誇れるものや勝るものが何一つない。


 結愛の友達としてならその恋を応援するべきなのかもしれないが、今はそんな気は微塵も起きなかった。


 胸の中にただ一つ、ずっと支えたいという感情だけが浮かんでいた。



「なら簡単じゃん。白咲さんの隣に立つ自信がないなら、隣に立っていられるように胸を張れば良い」


 修馬は堂々と、さも当然かのように言う。



「あのな、それが出来たら苦労しないけど、俺なんかじゃ無理だろ」

「そうか?俺はお前の顔立ち良いと思うし、後は気の持ち方次第だと思うけどな」

「そんな簡単じゃないから」


 隣にいても恥ずかしくないように胸を張る。それが出来たらどれだけ良いか。



「白咲さんの最低でも隣に立てるような自信を持ちたいなら、何か男らしさでも身につけてみたらどうだ?例えばこれを機に筋トレでもしてみるとか」


 俺が煮え切らずに自信を無くした態度をしていれば、修馬は改善策を提案してくれる。

 顔立ちのレベルが同等になるのは無理だとしても、これなら少しは隣にいても恥ずかしくない男になれるような気がしてきた。



「筋トレか、、、」

「それだけでもするのとしないのとではかなり変わって来ると思うぞ。それに何かあった時に守ってあげられるし、頼り甲斐もある」

「まあそうだろうけど……」


 結愛を見守ると決めた上で、やはり何かあった時に守れるようにはしておきたい。結愛なんて華奢で細くて小柄だから、時折見ていて心配になることがある。


 だから修馬のその案は、これ以上にないほど優れたものだと言える。だがまあそれだけで自信を持てるのかと言われれば、どうなのかと少し怪しい所もある。



「別に俺は無理にしろって言いたいわけじゃないぞ。ただお前が周りの目を気にするんなら、やってみるのもいいんじゃないかってことだから」

「分かってるよ」


 修馬の言葉に頷き、続いた話に耳を貸す。

 


「ま、あとは自分で決めろよ。折角過去の事を振り払って前を向けたんだろ?また引きずらないように、後悔のないようにな」


 修馬には俺が結愛に過去のことを話したと伝えており、そして張り切れたとも報告した。これまで陰ながら支えてくれた修馬にはどうしても伝えないといけないし、感謝もしないといけない。


 そんな修馬だからこそ、今回もまたちょこっとサポートしてくれる。俺が自分の意思で前を進めるように、最終的な決断は俺に任せてくれた。



「…………ある程度筋肉でも付けて男らしくなれば、結愛の隣にいても恥ずかしくないくらいにはなれるのか?」

「なれるだろうけど、今のままでも別に恥ずかしくないからな」

「結愛も毎日自分を綺麗に見せるために努力してるんだ。周りに気付いて貰えなくても、必死に続けてるんだ。だからせめて、俺もそれくらいはしないと」

「おう。その意気だ」


 結愛の隣に立っても遜色ないレベルに到達するのは、不可能に近い。しかし、それでも結愛が恥ずかしくないくらいには、努力しないといけない。


 それくらいはしないと、結愛のことを見守ると言った言葉の責任も自覚もないことになる。



「…………じゃあやってみるか、筋トレ」

「そうしろそうしろ!」


 俺がそう判断してみれば、修馬は勢いよく俺の肩を叩いてくる。

 自分のことかのように嬉しそうな顔で、そっと口元を緩めていた。



「…………まったく、これで友達と言い張るんだから困りもんだ」

「何か言ったか?」

「いや、頑張れって言っただけ」


 そんな修馬を前にしつつも、俺は今日からやってみようと胸の中で決断するのだった。

莉音くんが結愛ちゃんのために努力する。またまた堕落から遠ざかる……。いや遠ざかりませんよ?


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