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第55話 許嫁の寝顔

『もしもし……?』

「もしもし」


 スマホには結愛からの着信が表示されており、俺はすぐに電話に出る。スマホ越しの結愛の声が、緊張感と共に伝わった。



「結愛?どうかしたか?」


 通話が繋がれば、俺は何よりも先にそう聞いた。



「忘れ物でもしたか?俺で良ければ届けに行くが」

『そ、それはないです』


 今は夕食、お風呂を終えたすっかりと日が暮れた時刻なので、忘れ物の連絡だと考えるには少し遅いだろう。

 だがそうだとするなら、結愛が一体何のために連絡先してきたのか、俺には見当もつかなかった。


 同じ空間にいる修馬は、1人楽しそうにこちらを見ながら笑っていた。



「じゃあどうかしたか?花森さんと喧嘩でもしたか?」

『それはないです。とても仲良くしてもらっているので』

『私と結愛ちゃんは仲良くしてるよー』

「そう。それならいいけど」


 花森さんと喧嘩をしているわけでもなく、むしろ仲睦まじいくらいの雰囲気を感じる。



「お二方、早く用件を言ってくれないと、うちの莉音が心配しすぎて倒れる」

「おい変な事言うな!」


 画面の前で俺がまゆを細めていたからか、修馬は後ろからそんな言葉を向こうに伝えた。結愛には修馬を家に呼ぶことは予め伝えていたので、驚いた声は聞こえてこない。



『結愛ちゃん、言えないなら私が言おうか?』

『い、いえ。自分でいいます』


 それでも修馬の一言が火種となったようで、向こうは向こうで何やら話が進んでいる。

 一間おけば、そっと結愛が言葉を呟く。



『電話をしたとからといって、大した用があるわけではなくてですね……』

「うん」

『ただ莉音くんは何をしているのかなと、気になったから電話を掛けただけです……』


 囁くようなその声は、顔が見えなくとも十分に俺の心臓の鼓動を早くさせた。予期せずそんな事を言われたら、誰であってもドキリとするだろう。


 今はビデオ通話ではないので結愛の表情は見えないが、きっと頬をほんのりと染めているのが安易に想像出来た。



『用もないのに電話をかけたら、迷惑でしたか?』

「いや迷惑じゃない」


 これまで我慢してきた結愛が純粋な意志で行動をしているのだ。それが迷惑なわけがないし、俺からすれば嬉しいくらいだ。



「でも今は花森さんもいるんだし、そっちを優先した方が良いぞ」

『それは分かってますよ……』


 いくら嬉しいとはいえ、物事にはタイミングというものがある。今は花森さんと一緒にいるのだから、そっちを優先して楽しんで欲しいというのが俺の本音だ。


 抑揚のない結愛の声は、自分の感情を表す言葉が上手く出てこないような、そんな声と口調だった。



「…………結愛、ちゃんとごはん食べたか?」

『はい。いただきました』

「お風呂で体も温めたか?」

『はい』

「なら俺なんかに構ってないで、花森さんと楽しんできてくれ」

『元よりそのつもりです』


 一応心配になっていた事を確認するが、すでにそれらは全て終えていたようで、結愛は満足そうな声色で返答をした。



『結愛ちゃん、八幡くんって家でもこれなの?』

『そうなんです。優しいんですよ』

『いやそれだけじゃない気もするけど、私の気のせいかな?』


 女子2人は向こうで何やら盛り上がっており、俺の付け入る隙はない。修馬は随分前からそれを察したようで、目をパチパチとさせながら傍観していた。



「まあ俺は結愛が楽しんでると知れたから安心した」

『友達とのお泊まりなので、楽しいに決まってます』

『結愛ちゃんー!!』

『も、もう……今電話中なのですけど……!』


 そろそろ切ろうと安堵の声をスマホに通したら、結愛の返事に花森さんが明るく対応する。


 結愛に花森さんのような明るい友達が出来て良かったと心から思いながらも、これ以上は邪魔にならないように通話を終わる事を決める。


 結愛も特に用はないといっていたので、こちらから切っても問題はないだろう。



「それじゃ、もう切るからな。また何かあったらいつでも連絡してくれ」

『はい。いつもありがとうございます』

「楽しんできてくれ。あ、寝る時は寒くならないようにな」

「莉音くんも楽しんでくださいね」


 最後にそれだけ言い残して、電話を切る。数分程度の通話だったが、満足度はそれなりに高かった。



「…………莉音、お前は過保護だな。度が過ぎるほどの」

「そうでもないだろ」

「いや、お前が過保護すぎて、俺は見とくことしか出来なかったわ」


 通話が終われば、側から眺めていただけの修馬が俺に近づいてくる。その顔にはヘラヘラした素振りはなく、真っ直ぐとした眼差しだった。


 俺は過保護な自覚はないが、修馬が言うのだから少々過保護な所もあったのかもしれない。



「てかよ、普通に考えて、同級生の女子から電話来てご飯とか風呂の心配するやつがいるか」

「…………いないこともない」


 本気のアドバイスを受けながらも、俺はうっ!と声を漏らしそうになる。



「白咲さんが電話して来たのだって、単純にお前と話したかったからだろ」

「いや、でも何してるか気になっただけって言ってたぞ」

「そういう口実の可能性もあるだろ。何なのお前、そんな鈍感系男子高校生だったか?」


 いつになく俺を刺してくる修馬の言葉は、今日はやけに深くまで突き刺さった。



「…………自分の事になると、苦手なんだよ」

「そうかもしれないけどよ」


 ふと自分の胸に尋ねてみるが、どうも明るい答えは得られそうにない。俺は自分のことに鈍いのではなく、あまり興味を持たないようにしているのかもしれない。


 その方が後々楽だということを理解しているから。幸せで大切なものも、ある日突然消えるということを、自分の目をもって経験しているから。



「まあ、そのうち莉音も自分を見つめ直す日が来るだろ。お前の考え方が間違ってるとは言わないけど、違う見え方もあるんだぞ」

「…………分かってるよ」

 

 修馬の言う通り、俺の考え方とは別の考えがあるのは分かっている。でもやはり、そう簡単には自分と見つめ合うことが出来なかった。



「じゃあ気を取り直してゲームの続きしようぜ。今夜は寝ないぞ!」

「…………了解」


 折角修馬が泊まりに来ているので、とりあえず気を取り直す。いつまでも辛気臭い雰囲気では、修馬に良い思いをさせてあげれない。


 深呼吸をして気を落ち着かせながらも、またオンラインゲームを修馬と共にプレイした。



「あれ、また通知だ」

「今度は何て来たんだ?」


 そこから数時間が経ち、もう日が変わろうとしていた。流石にずっとゲームをするの飽きるので、テレビを見たり他愛もない話をして時間を潰した。


 未だに眠気は来ずに、まだまだ起きていられそうである。


 そんな時にスマホに目を向ければ、一通のメッセージが届いていた。



「花森さんからの、写真とメッセージ?」


 画面にはそう表示されており、俺は少し困惑する。



「何だそりゃ」

「俺も分からん」

「見てみろよ」

「言われなくてもそうする」


 何かを送ってとお願いした記憶もないし、そもそも連絡先を交換した覚えはない。おそらく結愛が教えたのだろうが、俺には特に思い当たる点はなかった。



『結愛ちゃんの寝顔をどうぞ。この前は八幡くんに色々と迷惑かけたから、そのお詫び』


 メッセージを見てみれば、その文章と写真が添付されていた。



『この結愛ちゃん、可愛いでしょ?』


 そこには、年明けの時と同様に、暖かそうなモフモフとしたネグリジェを着た結愛が映っていた。前は白色の清楚感の漂う姿だったが、今回は薄水色の愛嬌のある物を着用している。

 

 元々備わっていた結愛のあどけなさが、服によってさらに魅力を増した。


 今回は花森さんの所有物なのか、近くにクマのぬいぐるみが置いてあり、それが堪らなく可愛らしく見えてしまう。


 長い睫毛に潤いのある唇。それでいて無防備に緩めた頬が、まるで天使のような見た目をしており、俺の胸の中を掻き乱した。



「莉音さん、頬が緩んでますが?」

「うるせっ!」


 つい口角が上がってしまうくらいには、その写真は魅惑的だった。魅惑といえばまた違うかもしれないが、それくらいに反則級の破壊力を誇っていた。



「あ、保存したな」

「俺の行動の一つ一つを解説するな」


 近くにいる修馬のことをあしらいながら、再びスマホの画面に目をやる。



「可愛いと思った」


 そう花森さんに返信をしたら、体中の体温が上昇していたのを身をもって実感する。



「俺達も寝るか」

「だな」


 結局寝ることになったのだが、明かりを消して布団に潜り込んでも、結愛の姿は脳内に浮かんだままだった。

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