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第54話 許嫁がお泊まりに出掛けた話

「莉音、来たぞー」

「今開ける」


 3学期の学校も刻々と時間は流れていき、もう2月になろうとしている。

 そんな何もない平穏な日に、俺は家に修馬を呼んだ。



「ここに来るのは約1ヶ月ぶりだ」

「もうそんなに経つのか」


 そんな会話をしながらも、修馬を玄関に通す。今日家に修馬を呼んだのは、他でもない結愛が家にいないからだ。


 別に喧嘩して家を飛び出たとか、ここにいるのが嫌になったとか、そんな理由ではない。

 ついこの間、結愛に出来た新たな友達である、花森美鈴の家に、昼頃から泊まりに行ったのだ。


 今日は土曜日なので、泊まりに行っても明日に支障はない。結愛も人の家に泊まりに行くのは初めてなのか、出発前まではソワソワした様子で準備をしていた。

 


「しかし、白咲さんが泊まりに行っていないから俺を呼ぶとは、莉音も案外寂しがりやなのか?」

「そう言うなら帰ってくれてもいいんだぞ?」

「うそうそ冗談」


 軽いやり取りを行いつつも、玄関に入った修馬と共にリビングまで行く。

 いつもは結愛がいるリビングだが、そこにいるのが修馬だと、どうも違和感を覚えた。



「あ、俺があげたマグカップも、本当に使ってくれてるんだ」

「そりゃ使うだろ」


 部屋の片隅に荷物をまとめた修馬は、辺りを物色し始める。そして真っ先に目が行ったのは、自分があげたマグカップだった。


 前に来た時にも口で伝えはしたが、やはり自分の目で確認した方が確証を得られるだろう。見たいものもそれだけだったのか、後のものにはあまり興味を抱かないようにしていた。



「…………何というか、凄いな」

「何がだよ」


 ドスッと音を立ててソファに腰掛けた修馬は、若干呆れた顔付きで俺を見ていた。



「普通、同い年の女子と同棲とかしたら、間違いの一つくらいあるんじゃないのか?」

「ねぇよ。てかないように気を付けてる」

「だろうな」


 結愛と同棲を始めてからあと少しで半年近くが経つが、今の所大きなトラブルは起きていない。せいぜい年明けに結愛が酔いながら寝たくらいで、それ以外には何事もなかった。


 

「まあ莉音がそんな風に些細な気遣いをしてるからこそ、白咲さんも心を開けたのかもな」

「…………知らん」

「どう見てもお前のお陰だろ。初詣の時とか、白咲さんの表情の緩さが学校の時と違いすぎて、一瞬誰だか分からなかったわ」


 俺だって、結愛が学校にいる時と家にいる時とでは表情が違うことくらい、分かっている。そしてそれが俺と一緒に過ごすようになってからというのも、気付いてはいる。


 でも俺は、ずっとそれに気付かないフリをしていた。もしそれを自覚してしまえば、少なからずこれまでとは見方が変わってしまう気がした。

 


「…………ところでよ。俺は莉音から許嫁と聞いたからもっと堅苦しいものだと思ってたけど、案外そうでもないの?」


 俺が言葉を詰まらせたからか、修馬は話題を変えた。



「いや、他の所の許嫁はよく分からんが、俺達の場合はどちらの親も子に興味なしといった感じだから、特に制限も言いつけもない」


 これといって隠す必要もないので、俺は置かれた状況を話す。そもそも普通なら許嫁同士で同棲すらしないはずなので、俺と結愛の関係は特殊と言えるだろう。


 お見合いもせずに同棲からスタートしたので、他所の許嫁とは少し異なると思う。その分、親の範囲からは逃れられたし、制限はない。



「なるほどな。そりゃいよいよ何でもし放題なのか」

「…………許嫁だからって、何をしてもいいってわけじゃないだろ」


 修馬は少し楽観視している部分があるが、実際はそう上手くいかない。変に距離を詰めたら、それだけで関係は大きく変化する。


 だからこそ、やりたい放題というわけでもないのだ。

 


「お前、いつか苦労しそうだわ。それとも本当に枯れてるのか?」

「何でそうなるんだよ」

「自分で考えろ」


 何故か急に冷たい対応をされながらも、自分のスマホを覗く。男と2人で家で遊ぶなんて、ゲームくらいしかすることがないだろう。


 スマホの画面を横になってしながらも、その後しばらくはゲームに没頭した。



「莉音、飯と風呂あざす」

「それくらい気にしなくていいから」

「出た、莉音のツンデレ発言」

「いつデレたんだよ」


 数時間が経てば、夕食の時間はやって来る。どこかに外食に行く気分でもないので、夕食は俺が簡単に用意した。


 いつも2人分を作っているので、修馬が来ようとあまり差はない。ただ、男2人なので、結愛と食べる時よりは量を多く作った。

 それが終われば風呂に入り、またリビングに集まる。

 

 結愛はどうしているかと一瞬気掛かりになったものの、花森さんとなら大丈夫だろうと、すぐに頭の隅の方へと追いやった。



「なぁ、莉音っていつも白咲さんにそういう風な口調で話しているのか?」

「…………口調に愛想がなくて悪かったな」

「いや、お前には下心がないから、白咲さんみたいに防御力高そうな女子からすれば、割と好印象なんじゃね」

「そういうもんなのか?」

「そういうもんだろ」


 馬鹿にされたのかと思い開き直れば、意外なことに貶されはしなかった。

 結愛も俺の事を信用していると言ってくれていたので、もしかしたら修馬の言う事も一理あるのかもしれない。


 それは結愛本人にしか分からないが。



「それにしても莉音。ここの家にはココアやミルクティー、コーヒーに紅茶と、色々と美味そうな飲み物があるな」

「修馬は一応来客だし、何か淹れてやろうか?」


 喉でも乾いたのか、修馬は冷蔵庫付近をうろちょろと動き回り、インスタントの飲み物に目をつけた。


 今日は修馬は来客ということになっているので、俺が淹れようと台所に向かう。



「何飲みたい?」

「あ、まじで淹れてくれるの?じゃあココアで」

「ココアは結愛が好きだから他のにしろ」


 ヘラヘラとした修馬の表情は、俺の言葉を聞き入れれば呆気に取られたような顔へと変化する。



「…………なるほど。無自覚キラー持ちか」

「何か言ったか?」

「いや、俺はお茶でいいや。それかジュース買いに行く」

「お茶をやる」

「どうも」


 コップを取り出してお茶を淹れたら、それを修馬に渡す。受けとり次第すぐに口に流したら、淹れたお茶はあっという間にコップの中から消えた。



「莉音さ、正直今白咲さんのこと考えてるだろ」

「んー、まあちょっと心配ではある」

「そこは素直なのか」


 修馬がお茶を飲んでいる間、頭の片隅に追いやったはずの結愛のことが、再び浮上してきた。

 これは別に寂しいとかそんな感情ではない。いくら結愛と友達とはいえ、俺よりも良い友達なんてすぐに現れる。


 自分でも正体の分からない痛みが、ツンと胸に刺さった。



「てか、それだとお前は許嫁というよりも親みたいだぞ」

「うるせ」


 修馬がヘラヘラとしながら揶揄ってくるので、臀部の辺りに軽い蹴りを1発食らわせてやる。



「莉音、お前スマホ鳴ってるぞ」

「本当だ」



 机の上に置いていたスマホがブーッブーッと振動し、画面に明かりがつく。修馬の指摘でそれに気付き、スマホの画面を見る。

 そこには、結愛という名前が画面に表示されていた。それが着信だということには、スマホを手に取ればすぐに気付いた。

莉音くんはお父さんか何かかな?

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