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第50話 許嫁はとっても可愛い

「…………という事があったんだけど」


 その日の放課後、どこに寄り道するわけでもなく真っ直ぐ帰宅した俺は、先に家に帰り着いていた結愛に今日のことを話す。


 鞄を置いてリビングに行き、そのままソファの空いているスペースに腰掛けた。結愛は制服のまま先にソファに座っており、俺が帰って来るまではスマホを眺めていた。



「え、何ですかそれ。莉音くん、その方に何かしたんですか?」

「何もしてない。やっぱり結愛も心当たりがないのか」

「ないですね」


 俺が話しかければ、結愛は開いていたスマホの画面を閉じて意識を変える。

キョトンとした顔でこちらを向いている結愛にも、やはりこれといった心当たりはないらしかった。


 俺は今朝出会った少女と話すのは初めてだったので、てっきり結愛の知り合いなのかと思ったが、そういうわけでもないようだ。



「…………莉音くん、その話しかけてきた女の子って、もしかして茶髪の肩くらいまでの髪の長さの人でしたか?」

「そうだけど、………やっぱり何かあったのか?」

「いえ、直接的な関わりは一切ないんですけど、前にクラスの女子が、ある女の子からやたらと私のことについて聞かれた。みたいな話をしてくれたので、もしかしたらと」

「なるほどな」


 それが今回のことと関係あるかどうかはさておき、その少女が結愛に何かしらの情を抱いているのは明らかだ。


 結愛が捉えている特徴からも、俺が話した少女と一致している。


 隣で眉をひそめている結愛は、おそらく記憶を遡っているのだろう。



「ちなみに俺に話しかけてきた女子の名前は分かる?」

「確か、花森美鈴という名前だった気がします」


 一応聞いてみたら、どうやら名前は分かるようだった。俺に話しかけてきた女子は花森美鈴という名前の少女のようで、名前の通りにどこか涼しげな印象があった。


 今日見た感じでは顔立ちのレベルもそれなりに高く、身長は平均的だった。



「つまり俺は花森さんに目の敵にされてるのか」

「んー、どうなんでしょうね。一概にそうとも思えないような気もしますけど」

「そうか?」

「何となくですけどね」


 それが女の勘というやつなのか、結愛は一方的に悪と決め付けたりはしなかった。

 実際、俺に結愛とのことを聞いてきただけで誰にも広めたりしていないので、確かに悪意のある人間とは思えなかった。


 まあ近づくなと言われたので、腑に落ちない点も多々あるが。



「…………やっぱり、一緒に帰ったのは間違いだったのでしょうか」


 少ししんみりとした空気感になれば、結愛はしょぼんと落ち込んだ様子で言葉を発する。

 結愛は何も悪くないのだが、今回のことに罪悪感や責任を感じているようだった。



「別に結愛が悪いことをしたわけじゃないんだし、間違いではないだろ」

「…………ですけど、今みたいに莉音くんに迷惑がかかるかもしれないです」


 やはり結愛には相談しなければよかったと、今になって後悔した。全て俺1人で抱え込んでおけば、結愛が気に病む必要も無かったのだ。



「こうなることはある程度承知して帰ったんだから、結愛が気にする必要はない」

「そう言ってくれると助かります」


 俺にはそう言うことしか出来ず、しんみりとした顔付きの結愛に正直に伝えた。

 


「…………私はもっと、莉音くんと学校でも仲良くしたいんですけどね」

「え?」


 次に結愛は、さっきまでの空気感が嘘だったかのように、そんな耳を疑うような言葉を発した。

 いや、これまでずっと1人で悲しい思いを耐えてきたた結愛だからこそ、そう思うのも仕方ないのかもしれない。



「友達としてですよ?家だけの友達って、何か寂しいですから」

「そうだな」

「でもこういうことになるから、避けるべきなんでしょうけどね」


 結愛は無理に顔に笑みを浮かべて、平気そうな顔を作って見せる。初詣での時に思ったが、結愛も心は普通の女の子なのだ。周りが着ているものを自分も着てみたいと思う、純粋な心の持ち主だ。


 そしてそれは当然のことだろう。

 女の子がおしゃれをしたい、可愛い服を着たい、そう思うのは、今が一番輝いている年頃の女の子からすれば、当たり前と言う他ない。


 ただ、一度興味を持ってしまったら抑えられなくなるから距離を置いてあるだけであって、結愛だって本当はもっと女の子らしいこと、普通の高校生のようなことをしてみたいはずだ。



「莉音くんは私の初めての友達ですから、一緒に帰ったり、どこかに寄り道したり、そういうさりげないのがしてみたいです」

「昨日みたいなやつか?」

「…………私は別にスーパーでも良かったですけど、それだけじゃなくて、、」


 結愛は下を向き、両膝の上でぎゅっと手を丸める。

 


「普通の友達がやってるようなことを、私もやってみたいです」


 はにかんだ様子で言葉を発する結愛が、俺の目には年相応の可愛らしい少女にしか見えなかった。友達という関係なので、そんな風に思ってしまうのはあまり良くないのだろうが。

 


「それはまあ、またいつか出来たらな」

「叶うかどうかはさておき、期待はしておきます」


 結愛はまた優しく微笑んで、その顔を俺に見せる。今浮かんでいる柔らかな笑みは、さっきとは違って、心から笑っているような温かさだった。

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