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第46話 許嫁と小さな接点

「あーまじめんどくせー」

 

 冬休みも終わり、今日から学校が始まった。何かと充実していた冬休みも、瞬きをすれば終わっていた。


 すでに結愛との朝食を済ませながらも、今は修馬と共に教室で話していた。


 

「てか何で始業式の日から授業するんだよ」

「仕方ないだろ。ぐちぐち言っても何も変わらないから」

「莉音は何でそんなに嫌そうじゃないんだ?もしかして学校来たかったのか?」

「そんなわけない。俺だって出来ることなら早く帰りたい」


 今日は始業式があり、その後には普通に授業がある。なので帰宅時間も前までの学校生活と何ら変わりない。


 始業式前に配布されたプリントにも書かれていたので、一通りの不満は家に置いてきた。



「話変わるけど、白咲さんとはその後どうなの?」

「別にどうもない。まあ一緒にご飯食べるくらいか?後は普通に話したりするくらい」

「ふーんそっか」


 修馬はずっとそれを聞きたかったに違いない。さっきまでは面倒くそうに不貞腐れていた顔をしていたが、今は真面目な眼差しをしていた。



「莉音、少し表情緩くなったよな」

「そうか?変わってないだろ」


 修馬は俺の表情を覗き込むように凝視してきて、感想を述べてくる。いつものヘラヘラとした面でもないので、本当にそう思っているのだろう。



「いーや変わったね。前までは死んだ目つきの時あったし、仲良くなる気ないオーラを撒き散らしてたけど、今……最近はその覇気が弱まった」

「残念だがそんな自覚は一切ない」

「知ってる」


 死んだ目をしているかはさておき、仲良くなる気がないのは事実としてあった。基本的に自分からは話しかけることもないし、そういうことからは一歩引いていた。


 だから友人も極めて少ないし、そうするべきだとも思っていた。それをオーラとして撒き散らしている自覚はないが。



「白咲さんのおかげか……」

「何でだよ」

「そうだろ」


 俺としては変わった自覚がないわけではないが、意識して行ったつもりはない。

 だけど、もし仮に本当に周囲への表情が変わったとするなら、それは間違いなく結愛のおかげと言えるだろう。


 もっとも、それに至るまでの修馬の尽力の方が大きいとは個人的に思う。



「俺は今みたいな、普通に高校生してそうな莉音の方が良いと思うけどな」

「まるで前までは俺が高校生してなかったみたいな言い方だな」

「してなかっただろ。めちゃくちゃ枯れてたし、マジでこんなやつがいるのかと目を疑ったわ」


 修馬が真剣な顔をしているので、それも事実なんだなと俺の中に言い伝わった。修馬とは中学の頃からの仲なので、それなりに信用している。

 それに普段はおちゃらけているが、そういうことをおふざけ半分で言うようなやつではないので、信頼性は高かった。



「なんて、仕方ない部分もあるんだろうけどさ」

 

 俺はその一言でぐっと唾の飲み、緊張感を覚えた。



「何にせよ、その方が人も寄ってきそうだな。でもまだどこか近づきにくい雰囲気があるにはあるわ。それは多分、お前自身が自分の変化を認めてないからだな」


 修馬の的確な一言が、俺の痛い所を正確についた。


 自分自身が自分の変化を認めていない。それは俺だってよく分かっていた。でも分かっているからこそ、素直に認めるわけにはいかなかった。


 認めてしまったら、本当の両親にどんな顔を向ければ良いのか、分からくなるから。

 そうは言っても、本当の両親はすでに空の上にいるので、向ける顔なんてものはない。


 結愛と同棲を始めてから自分が若干変わりつつあるのは自覚があるが、それでも負の感情が俺の胸を覆っていた。



「ま、白咲さんと過ごしてれば、そのうちお前の中で何か変わるだろ」


 修馬はそれだけ言えば、残りの授業の準備をするために俺の元から離れた。俺も気を取り直して教科書を取り出し、机の上に広げておく。


 1秒ごとに動いているはずの時計の秒針が、この瞬間だけはやけに過ぎ去るのが遅く感じた。



「莉音、帰ろうぜー」

「そうだな。帰ろう」


 授業があるとは言っても、冬休み明けなのでそこまでヘビーなものではない。ゆっくりとしたスピードで、楽な感じで進んでいった。


 それを聞きながらもボーッと流していれば、この日の学校なんてものはすぐに終わる。



「あ、忘れ物したわ」

「まだ冬休みの感覚が残ってんな。早く取ってこいよ」


 終礼が終わり、修馬と共に教室を出て校門付近まで歩いていれば、何か忘れたような気がして鞄の中を覗く。

 予感はズバリ的中して、鞄の中には筆箱が入っていなかった。



「あー取ってくるわ」

「取ってこい取ってこい」


 別に筆箱くらいなくても、一日くらい困りはしない。今日は結愛と勉強するのか分からないが、借りさえすればこれといった問題も浮かんでこない。


 でもまあ忘れたことを知った上で借りるのはあまり良い気分ではないので、早い段階で気付けて良かったと、取りに戻ることにする。



「修馬、先に帰っててもいいぞ。どうせそこ出たらすぐに別れるだろうし」

「そうするわ。流石に今日はどこかに寄り道する気にならん」

「同感」


 流石に、校門を出てからすぐに別れる修馬のことを待たせるわけにもいかないので、帰ってもらうことにする。


 今日は特別にどこに行くという約束もしていないし、冬休みの明けの憂鬱が残っているようなので、ここで別れることにした。

 


「じゃ、また明日な」

「また明日」


 そこで手を振って修馬とは離れ、俺は再び校舎の中へと戻った。階段を登っていればすれ違う生徒たちが多く、自分のクラスがある階に着いた時には辺りは静まり返っていた。


 久しぶりのクラスメイトにも会えば、元気な高校生達はカラオケやファミレス、カフェなんかに行ったりするのだろう。教室にはまだ数名が残っているものの、人の気配がほとんどなかった。


 

「あれ?結愛?」

「…………莉音くん?」


 自分の教室に向かっていたら、通りすがった教室には見慣れた後ろ姿をした少女がいた。きっちりと着こなした制服に、伸びたロングヘアーが目立っている少女。



「こんな所で何してるんだ?」

「見ての通りですね。日直の仕事です」


 そんな後ろ姿だけでもオーラがある少女はこの学校には1人しかおらず、言うまでもなく結愛だった。

 結愛は誰もいない教室で、1人腕を伸ばして黒板を消していた。



「この前もしてなかったか?」

「係の人が何か用事があるそうなので、私が代わりました」


 結愛は冬休み前にも日直の仕事をしていたなと思い出しながら問い掛ければ、どこぞのお人好し発言が結愛の口からは述べられた。


 遊びなんかは丁重に断っているが、基本的に人から頼られたら断りきれないのが結愛の性格と言えるだろう。


 そしてそれは多分、良いように仕事を押し付けられただけだ。でも結愛は慣れた様子で、気にした素振りも見せなかった。まるで、ずっとそうしてきたかのように、悲しい面影が見えた。

 


「あの、私は良いんですけど、あんまり学校では親しくしない方が良いですよ。誰に勘違いされるか分からないので……」

「…………そうだな」


 結愛は辺りを見渡し、周囲を警戒する。それもそのはずで、許嫁という関係が誰かにバレたりするのが良くないからだ。

 学校中で噂になっている結愛が俺と許嫁だなんて知られたら、それこそ騒ぎどころの問題ではなくなってくる。


 だからこそ、こんな所を誰かに見られるのは良くないだろう。ましてや名前呼びなんて、いよいよ怪しさが増す。


 俺と結愛は、本来学校での接点がこれといってないのだ。同棲を始める前までは一言も会話をしなかったのが、何よりの証拠だ。


 学校では接点のないただの他人。それが学校でのお互いの立ち位置だった。



「莉音くん?話聞いてましたか?こんな所を人に見られたら、何て言い訳すれば良いか……」


 結愛もあまり俺に近づくなとは言いたくないのだろう。そんなの誰であっても良心が痛む。

 少し顔を引き攣らせながらも、どうするべきかと困惑の顔を浮かべた。



「…………白咲さん(・・・・)は1人で日直の仕事やってるのか?もし良ければ、大変そうだし手伝おうか?」

「莉音くん……」


 でも、友達として接するのではなく、ただの生徒として接すれば、許嫁だなんてバレる事はない。その分いつもの接し方とは距離感が離れるが、これなら怪しさは減る。


 怪しさは減るが、俺が結愛に好意を抱いて近づいているとも見えなくもない。まあそれくらいなら全然許容範囲だ。



「そうですね。1人じゃ仕事量が多いので、お願いしても良いですか?八幡さん(・・・・)


 そう言った結愛の表情は、いつも家で浮かべている、柔らかな笑みだった。


どうでも良いでしょうが、莉音くんはイケメンという僕の勝手なイメージです。でも前髪長めです。


結愛ちゃんも、初期の頃からはだいぶ変わりました。

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