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第43話 許嫁と友達

「それで、2人はどういう関係なんだ?」

 

 次の日、修馬に俺らの関係性を理解してもらうためにも家に呼んだ。

 昨日は修馬も家族と来ていたこともあり、関係を説明するのは日をずらした。よく考えれば修馬の祖父母の家は近くにあるんだったと冷静になって気づくも、今となってはもう遅い。


 ソファに俺と結愛が座り、修馬はダイニングテーブルの椅子をソファの前に置くという形を取り、話を始めた。



「話すと長くなるけど、簡単に言うなら友達だな」

「ほうほう」

「だから初詣に一緒に行った」


 別に嘘はついていない。昨日の初詣に関する説明なら友達という関係性だけであり、許嫁だというのは全く関係ない。


 でもまあこうして家に呼んだので、許嫁のことも話すつもりではいる。いつまでも隠し切れるとは思っていなかったし、結愛も俺が決めたのなら同意するとのことだった。


 

「それにしては距離が近かったような……手とか繋いでたような気がするが?」

「結愛が離れないように繋いだだけだ。邪な気持ちがあったわけじゃない」

「俺は手を繋ぐことが駄目な行為とか言ってないぞ」

「付き合ってると誤解されないように説明してるだけだから」


 許嫁のことを話す前に昨日のことへの誤解は避けておこうと、その説明を先に行う。

 許嫁ということを話すのなら付き合ってるのか付き合ってないのかはどちらでも良いような気もするが、結愛への被害が少ないように避けれる誤解は避けておく。



「でもまあ、よく白咲さんの友達になれたな」


 やはり修馬もそこが気になるようで、俺の隣に座る結愛の方に一瞬視線を向けて、またすぐに俺の方へと戻した。



「修馬、そのことなんだが……」


 もうこれ以上は隠すわけにはいかない。隠すために嘘をついてもいずれはバレるし、バレないにしても罪悪感は残り続ける。なので打ち明ける。むしろ相手が修馬だから良かったと、ホッとしていた。


 手に汗を握りながらも、俺は口を開く。



「…………俺と結愛は許嫁なんだ。友達でもあるけど、将来的には結婚させられる」

「莉音と白咲さんが許嫁…………?」


 そんなことを急に言われても「はいそうですか」と簡単に納得出来るはずがない。



「もう数ヶ月前からここで同棲してる」

「じゃあ引っ越したのはそのためなのか?」

「そうなるな」

 

 修馬には一人暮らしと話していたので、そのこともきちんと説明しないといけない。

 


「今まで隠してて悪かった。言い訳にしか聞こえないだろうけど、もう修馬には余計な心配掛けたくなかった」


 なんて全部綺麗事かもしれないが、修馬に心配させたくなかったというのは本心だ。修馬には中学の頃からずっと友達でいてもらったので、許嫁とかいう不安要素を増やしたくはなかった。


 だからといって隠し続けるのも友達としてどうかと思うので、今回結愛と一緒にいるのを見られたのはある意味幸運だったのかもしれない。



「ま、莉音が今楽しいなら俺は何も言わないけど」

「は?」


 俺はてっきり、「良くも騙したな」とか「ずっと嘘ついてたのかよ」とか、そういう言葉が返ってくると思っていた。


 修馬の性格上そんなことはあり得ないが、まさか興味なさげな顔で興味なさげな言葉が返ってくるとは思いもしなかった。



「いや怒っていいんだぞ。お前には隠してたんだし」

「でも今日話してくれただろ?」

「話はしたけど……」


 ならもう良いじゃん。そう言いたそうな顔をした修馬は、ハッと何かに気づいたような顔をする。



「てことはあれか、俺があげたマグカップもここにあるのか」

「え、それはどっちも大切に使わせてもらってるけど」


 俺は台所の方を指差して、今のマグカップの使用状況を話す。多分リビングからはマグカップの姿は見えないだろうが、飲み物を飲む時はいつも使っていた。


 それこそ色違いのお揃いだったが、そういうのは忘れていた。



「白咲さんも使ってくれたんだ」

「はい……。毎日使わせてもらってます」

「良かった」


 そんな他愛もない会話をしたら、今度は修馬が結愛のことをロックオンした。聞きたいことでもあるのか、首を傾けている。

 


「ねぇ、ところで白咲さんは何かコイツに嫌なこととかないの?」


 俺の予想は的中して、修馬の照準は結愛へと定まった。


「嫌なこと、ですか?」

「そうそう。莉音とは一応許嫁とはいえ友達なんでしょ?嫌なことがあれば、俺がガツンと言うよ」

「そうですね…………」


 修馬が許嫁のことを聞く様子はなく、むしろ楽しんでいるように感じた。



「今のところはないですかね。強いて言うなら子供扱いしてくることでしょうか」

「へぇー。莉音ってそんな一面あるんだ」

「はい。でも基本的に優しいですよ?」

「それは俺も知ってる」


 結愛から嫌なところがないと言われたことに対する嬉しさと同時に、修馬が変な事を言わないか心配になる。


 それでも些細なやり取りをしているだけなので問題はないだろうが、それを俺の目の前で行われると何ともむず痒い。



「修馬はなんでそんなにニコニコしてんだよ」

「俺は嬉しいわけですよ。あの莉音が友達を作ってくれたことが」


 ここに来た時は真剣な顔付きな修馬だったが、俺が許嫁のことを打ち明けたら、また普段通りのヘラヘラとした表情へと戻っていた。



「何で修馬が嬉しんだよ」

「あの頃、周りに壁を作って人との距離を避けてきたお前が、高校になって少しマシになったかと思えば特に変わらずこれまで通り。それでようやく友達を作ったんだ。親友としてこれ以上にないくらい嬉しい」

「……そうかよ」


 理由を聞いてみれば、中学からの付き合いである修馬にそう言われたのが嬉しく、つい素っ気ない対応をしてしまう。

 親友。その響きが俺の中ではとても広がったし、同時にそこまで心配してくれていたのかと、ありがたさも感じた。



「あの頃……?」

「中学の頃の話な。まあ気にしなくて大丈夫だ」

「そうですか、、」


 結愛にはまだ本当の両親が事故で亡くなったことは話していないので、俺と修馬の会話にはピンとこない所があったようだ。


 純粋な瞳で首を傾げているので、隠すのは気が滅入るけど、結愛の前ではあまり親の話はしない方が良いと思うので、胸の中にしまった。


 それでもいつかは話そうと思っているので、結愛が過去に踏ん切りをつけられる日が来たら、隠さずに話すつもりだ。まあ今の段階でも結愛は親のことを忘れそうにはなっているが、まだ時期が早いかもしれない。



「白咲さん、莉音って愛想悪いけど困った時には助けてくれる優しいやつだから、これからも仲良くしてあげてね」

「それはこっちからお願いしたいくらいです」


 1人で考え事をしていれば、修馬と結愛のやり取りは盛り上がって続いていた。



「あ、あと優しくした後に素っ気ない態度も取るかもだけど、多分照れてるだけだから気にしないで」

「そうだったんですね。覚えておきます」

「勝手に話を進めるな……!」


 そろそろ止めないとあることないこと言われそうなので、ここらで打ち止めにしておきたい。

でも結愛が和らげな笑みを浮かべていたので、まあいいかと思ったりもしている。



「じゃ、俺帰るわ。言っとくけど他言したりはしないから安心して」

「他言するようなやつじゃないって知ってるから話した」

「相変わらずのツンデレ野郎が」

「うるせ!」


 少し雲行きの怪しかった俺の表情を見兼ねてか、もう話を終えて聞きたいこともなくなった修馬は、そう言って立ち上がった。


 修馬はやはり相手の表情をよく見ている。そういう所は尊敬出来る部分であるし、人として見習いたいと思った。もっとも、ヘラヘラとした一面はこれっぽっちも憧れてはいない。



「白咲さんも気をつけてね!莉音が襲うかもしれないから!」

「最後の最後で変なこと言うな!」

「こっわ、逃げろ!」


 帰り際にはいつもの修馬に戻り、またニッコリとありえないくらいに口元を緩めて、慌ただしく靴を履いていた。



「じゃあな莉音!白咲さんもまたね。…………いや、八幡くんたち(・・)か!」

「…………じゃあな」

「またぜひ」


 許嫁のことで一歩線を引かれたらどうしようと思ったが、その心配は無用だった。

 揶揄ってきている所を見るに俺と結愛の状況を楽しんでいるかのようにも思えるが、それが修馬なりの気の使い方なのはすぐに分かる。


 俺としても可哀想と言われるよりも全然良かった。あの時と一緒で。



「結愛もごめんな、あんなうるさいやつが来て」

「いえ何か新鮮で楽しかったです」


 修馬が扉を出たのを確認したら、隣に立って見送った結愛に声を掛ける。

 


「……………莉音くん、私のこと襲うんですか?」


 突然の一言に、思わず吹き出しそうになった。

さっきは感動しつつあったが、やっぱり修馬は良いやつではないかもしれない。現にこうして結愛が変な勘違いをしてしまっている。



「そっ、そんなことするわけないだろ。てか女の子が気軽にそういう事を言うんじゃない!」

「寝ている私の髪にしか触れなかった莉音くんに言われても説得力ないです」

「ぐっ……。それは悪かったな」


 まさか女性側からそう指摘されるとは思ってもいなく、痛い所を突かれた。俺は結愛のためを思って堪えたのだが、結愛からすれば寝ている自分に手を出さない安全な男友達とでも思ったのだろう。


 かといって手を出せば変態と罵られるはずなので、それなら堪えた方がよっぽど良い。男が生きにくい世の中だ。



「しばらく忘れてましたけど、私達は許嫁なんですね」

「同棲するのに慣れたから感覚的には分からなくなってきたけど、一応許嫁らしいな」


 ここ最近は結愛が許嫁ということを忘れていた。忘れてしまうくらいには楽しかったし、充実していた。


 それはもしかしたら結愛も同じだったのか、修馬を相手にして自分達の本来の関係性を思い出したようだった。



「莉音くんも、もっと私を頼っていいですからね。相談くらいになら乗れると思うので……」


 結愛は、さっき言った中学の頃の話のことを今でも引きずっていた。だが俺にも事情があると察してくれたのか、待ちの姿勢でいてくれるらしい。


 俺は結愛のことを思って話さない方が良いと決断したが、実際はただ怖かった。自分の過去を話すのが。


 結愛のように自分の事を話すのが、俺にとっては怖かった。いや別に話すのが怖いわけではない。話したことで、俺に対する見る目が変わってしまうのが怖かった。

 

 もうあんな思いはあの時だけで十分だ。そう思ってしまう。



「…………いつかそうさせてもらうわ」

「待ってます」


 それでも結愛は追求せず、待つと言ってくれた。

それだけ言い残して一足先にリビングに戻る結愛の

背中は、小柄なのにやけに大きく見えた。

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