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第41話 許嫁の着物姿は当然のように人目を集める

「…………莉音くん、これ変じゃないですか?」


 近くの着物をレンタル出来る場所に行けば、結愛が好きなのを選んでから着付けに入った。その間の待っている時間といったら、何とも言えない気まずさがある。


 店員さんとたまに目が合い、視線を逸らすというのを何回か繰り返して、結愛が着替え終わるのを待つ。

 店内には俺と結愛以外にも当たり前だが客がいて、皆んながみんな店内で楽しそうにはしゃいでいた。



「ちょっと、派手すぎますかね?」


 そんな店内にも、着付けを終えた結愛が姿を表せば静寂が訪れる。振袖を着用した結愛からはどこかオーラが出ていて、その姿を目に移せば唾を飲み込んだ。


 結愛が選んだ着物は黒が全体として基調となった色遣いで、そこに明るめのデザインが描かれていた。


 なので黒が際立って目立つわけではないものの、日本の誇る美しい文様が、綺麗に着物に表されていた。それを結愛が着るのだから、魅力は言うまでもなく底上げされる。


 結愛本人の魅力もそうだが、同時に着物としての魅力も桁外れに向上した。

 おまけに、緊張してよそよそしさのある表情は、着物ならではの清純さと共に初々しさを増した。



「派手じゃない……綺麗だと思う」

「あっ、ありがとうございます……」


 さらに頭にはちょっとした髪飾りもついており、それが普段ヘアスタイルをいじらない結愛から新鮮さを出す。


 髪型自体は大した変化ないが、そこに装飾がつくだけで印象は大分変わる。左右のこめかみ辺りについた花のような髪飾りが、結愛のロングヘアーをより見栄えの良いものにしていた。


 思わず周りの人の目を集めるくらいには、その仕上がりは想像を超えていた。


 だから俺も、綺麗という言葉を選んで口にしていた。可愛さも当然あるのだが、人形のような手の届かない美しさが、結愛の姿からは垣間見えていた。



「良かったな。振袖着れて」

「はい……!良かったです……!」


 いつもの靴よりも高さのある草履で、足音を鳴らしながら歩き始める。

 振袖を着るというのがよほど嬉しかったようで、着替えて店を出た結愛の表情には、口元の緩みを隠し切れていなかった。



「結愛?どうした?」


 神社へ戻ろうと結愛の方を振り向けば、店の前で黙って立ち止まり、静かに腕を伸ばしている。



「…………まだ掴んでないです」


 また離れるのを心配しているのか、ゆとりのある袖で口元を隠しながらそう言う。



「はいはい。どこでも好きな所を掴んでくれ」

「……そうします」


 下を向いて、前髪で瞳を隠しながら俺と近づく。



「なっ!?」

「り、莉音くんが雑な対応するからです。それにどこ掴んでも良いと言われたので」

「言ったけどよ……」


 ここに来るまでと似たような距離感に来れば、結愛は俺の服ではなく手を握った。小さくて柔らかな手が触れ、俺は突然のことに間抜けな声を出す。



「それに、周りの人も皆んなもこうしてますよ?」


 結愛の言う通りに周りを見てみるが、確かに手を繋いで歩いている男女が多くいた。でもそれは付き合っている男女であって、友人間では絶対にないだろう。

  


「結愛がいいならいいけど」

「…………私はこれでいいです」


 結愛はまた力を入れて手を握り、俺に引っ張られるようにして足を進めた。



「…………途中で離したらはぐれるかもしれないし、今更離してって言っても離さないからな?」

「べ、別に構わないです……」


 そう言って、俺と結愛は再び神社へと向かう。神社からレンタルショップに行く時よりも視線を感じるのは、結愛が着物を着てちょこちょことこじんまりと歩いているからだろう。


 慣れない草履を履いて歩いているので、俺もそのペースに合わせて足を出す。

 手を握りゆっくりと歩いている俺と結愛は、側から見ればカップルにしか見えないのだが、まだどちらもにその視線には気づいていなかった。



「またここにやって来ましたね」

「だな」


 見覚えのあるさっきと何も変わらない光景を目にし、また参拝するためにも長蛇の列に並ぶ。前に進むにつれすれ違う人も多くなってくるが、もう結愛がそれを目で追うことはなかった。



「結愛はさっきよりイキイキしてるな」

「まあ、莉音くんのおかげで着物も着れましたし、嬉しいし楽しいです」


 純粋無垢な笑みに、キラキラと汚れや濁りのない瞳の前では、悩み事なんて考える暇もなく吹き飛ばされる。


 振袖を着るという、今の所の憧れや望みは叶い、最高の状態で初詣を出来て、心からの笑みを顔に浮かばせていた。



「まだ時間もあるし、この後はその辺をブラブラするか?折角良いのも着てるし、歩き難いかもだけど思い出にはなるだろ」

「はい……。行きます」


 当初の予定では初詣だけの予定だったが、着物を借りたのなら少しでも思い出に残るようなことをした方が良いだろう。


 とは言っても借り物なのであまり派手な事は出来ないが、振袖を着たまま歩くくらいなら容易いはずだ。


 もっとも歩き疲れたのなら、わざわざ見慣れた街を歩いたりはしないが。



「…………結愛、ちょっとこっち来て」

「へ?」


 長蛇の列の頭の部分が見えて来て、もうすぐで賽銭の順番が回ってくるという時に、前からは見覚えのある顔が立ち並ぶ。


 その距離はちょっとずつ近づき、同じ学校の同じ学年の生徒達が、前からすれ違うようにしてやって来た。



「り、莉音くん……!?」


 結愛と2人きり、それも手を繋いでいる所なんて見られたら、誤解は避けられないだろう。

 結愛なんて学校中で噂になっているのだから、こんなのを見られては結愛への面倒事を増やしてしまう。


 本当の彼氏となら全く悪くないのだが、生憎と一緒にいるのは俺だ。結愛にも悪いし、結愛の株を下げてしまうかもしれない。


 そう思ったので、手を握ったままの結愛を、自分の体の方へと寄せて近づけた。本当は俺が壁になって顔を見られない程度に隠すつもりだったのだが、結愛は草履を履いていたこともあり、急に引っ張られたので、バランスを崩した。


 「ボフッ」と音を立てて、バランスを崩した結愛は俺の胸元へと飛び込んでくる。



「あの、いきなり何を…………?」

「ちょっと静かにしてくれ」


 顔の位置が俺の胸元辺りにある結愛は、上を向いて俺を問う。無理もない。これまで何事もなく歩いていたのに、急に体を引っ張られては不安にもなる。


 黒の振袖と相対する結愛の真っ白な首筋が視界に入り、それが妙に色っぽい。


 学校からさほど距離のないこの神社を選んだのは俺の配慮不足と選択ミスだと認識しながらも、結愛を抱き寄せたような形のまま、その同級生達が過ぎ去るのを待った。



「おい見ろよあれ」

「こんな所でイチャつくな!リア充爆発しろ!」

「バカ!聞こえるぞ!」


 でも流石にやりすぎたようで、正体自体はバレなかったものの、憎しみの目を向けられた。

 俺はとっさに顔を背けたので顔バレする事もなく、結愛は胸元に埋めつくされたので、顔が見えるはずもなかった。



「莉音くん…………?」


 過ぎ去ったの確認し、結愛の体を引き剥がせば、これまでにないくらいに赤くなった結愛がそこにいた。



「いや、同じ学校の人がいたからよ」

「…………なるほど。それで」


 俺はまだそれしか言っていないのだが、ある程度は察してくれたようで、納得の顔を見せた。



「急にごめん。でも結愛に迷惑かかると思ったから」


 言い訳にはなるが、いきなり自分の体に寄せてしまったことを頭を垂直に下げて謝罪する。

 抱きしめてはないし、極力体にも触れていないので最低限の配慮はしたつもりだが、それでも女性からすれば嫌だし怖いだろう。


 結愛はそういう意味でも他人との距離を考えているはずなので、バレないためとはいえやり過ぎた。自分の考えの浅さを深く自覚して、引き続き頭を下げ続けた。

 


「…………莉音くん頭上げてください」

「そう簡単に上げるわけには、、」


 結愛は寛大な心の持ち主なので、俺を許そうとした。でも今回ばかりはそう簡単に許されてはいけない。


 男女の距離というのに、しっかりと線を引いておくべきだ。



「…………別に、私はそこまで迷惑じゃないですよ?」


 そんな決心もすぐに揺らぎ、俺はパッと顔を上げた。



(いやどっちだ……)


 分からない。結愛は噂が広がることに対して迷惑じゃないと言ったのか、それとも抱き寄せられそうになるのが迷惑じゃないと言ったのか。


 恋愛経験も女性との付き合いも皆無に等しい俺には、分からない。


 でも一つだけ確かなのは、お互いに心臓がバクバクと音を鳴らしていたことだ。


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