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許嫁は一緒にご飯を食べたい

「…………帰ろう」


 結愛から送られてきたメッセージを見た俺は、そう呟いて戻ることを決意する。今更遅いかもしれないが、ようやく養親の言ったことを破る決心が出来た。


 運が良いのか悪いのか、養父には何があっても声を掛けるなと言われている。何かあったら養母を訪ねろと言われたが、これは俺個人の問題だ。

 わざわざ律儀に抜け出しますと報告する馬鹿はいない。


 だから、家からは比較的簡単に抜け出すことが出来そうだった。これまで散々言うことを聞いてきた分、たまには反抗もしたくなる。


 持ってきた荷物をまとめたら、すぐに家を後にすることにした。ついでに部屋にあるお菓子なんかも持って。

 どうせここに置いていた所で腐らせるだけになりそうなので、それなら向こうに持ち帰って食べた方が良い。


 養父からここにあるお菓子なんかは全て俺が食べていいと言われたのだから。



「よし、荷物は全部持ったな」


 一通り部屋の中を確認すれば、すぐに家を出た。養親に別れの挨拶はしない。したところで無視されるのだから、する意味もない。


 扉を開く音だけが鳴れば、それに誰かが気づいた様子もなく、また静かさがやってきた。



(墓参りはまた今度行こう)


 俺の本当の両親への墓参りは、また今度で良いだろう。今はそこまで気にしている余裕がなかった。

今から墓参りに行けば、間違いなく今日は結愛のいる家には帰れないだろう。


 お昼くらいならまだ時間にゆとりがあったが、今はもうどの家庭も夕食を食べる時間帯だ。流石に時間的に厳しすぎる。


 なのでまた今度行くしかない。


 しょうがないだろう。なんせ結愛と約束してしまったのだ。美味しく出来上がった手料理を食べる約束を。だから今は戻るしかない。

 あくまで約束を果たすために。



「発車します」


 そこから急いで駅に向かうが、俺がちょうど駅に着いたタイミングで電車は発車してしまう。



「間に合わなかった……」


 一番出発が早い電車はたった今出発し、次の電車が来るのは今から1時間後だった。1時間という時間は、多いようで少ない。

 今から養親の家には戻れないし、墓参りにも行けない。電車に乗ってからの時間も合わせれば、その倍近くは掛かってしまうだろう。


 今の時刻は7時過ぎと遅すぎない時間ではあるが、この時間からは特に出来る事もない。次に電車が来るのは8時だし、その間にご飯を食べるわけにもいかない。


 なので大人しく待つ事にした。12月の暗い景色を視界に移しながらも、電車のいない線路をただひたすらに眺める。



(まだか……)


 ちょこちょことスマホで時間を確認しながら、電車が来るのはあとどれくらいかと確認をする。


 この時、まだ俺は結愛に返信が出来ていなかった。メッセージに既読もつけたが、既読をつけてから急いで帰る準備をしたので、返信をし忘れていた。


 当然、今もそんな事なんてすっかり忘れている。


 俺がまだ返信をしていなかったと気づいたのは、そこから数十分が経った時だ。ふと結愛の作った料理の出来を再確認しようとすれば、スマホの画面には返信のないメッセージが映る。



(やってしまった…………)


 メッセージを既読無視するのは最低だし、結愛にはひたすらに不安させてしまうだろう。「一緒にご飯食べないんですか?」に対して返信をしないのでは、一緒に食べたくないと勘違いされてもおかしくない。


 そこから、俺は慌てて返事のメッセージを送った。



「今から帰る。一緒にご飯食べよう」


 結愛に送ったメッセージには、すぐに返信がきた。



「待ってます」


 返ってきたのはただその一言だけだったが、心が満たされるように嬉しかった。自分にも帰りを待ってくれる人がいる。そう思うだけで、心躍った。



「間もなく電車が到着します」


 またしばらく待てば、駅内アナウンスが流れる。大晦日の夜の電車に乗る人はそれなりにいたが、早めから並んでいる俺は楽に乗車することが出来た。


 多分これ以上あとの電車はまた混み合うだろう。なので時間的にはギリギリだった。 


 荷物を持って足を踏み出し、空いている座席に着く。足腰の悪い人や年配の方がいれば譲ろうと思ったが、比較的に空いていたこともあり、その必要はなさそうだった。



(結愛も俺を待っていてくれたのか…………?)


 電車が動き出し、再び静かな時間が流れる。家までの距離が近くなれば、俺の頭にはそんな考えが浮かんだ。


 そう考えてしまうのは、健全な男子高校生なら何もおかしくない。むしろ考えない方がおかしいと言える。


 わざわざ実家に戻った俺を引き戻すようなメッセージを送ってきたのだ。待っていてくれたのではと思うのが普通だろう。


 一度考えれば、結論が出てくるまで永遠に頭をよぎる。


 好意は抱いていない可能性が高いが、少なからず早く帰って来て欲しいという気持ちがあったのではと、自分の中で疑った。


 

(…………暑いな)


 電車の中に暖房でもついているのか。急に体温の高まりを感じた。俺は意識を逸らすためにも、窓の外を見て思考を停止させる。


 来る時は遅く進んでいるように見えた外の景色が、今は早く進んでいるように見えた。



「お降りの際は、お忘れ物なさいませんようにご注意ください」


 そこからは無心で電車に乗り、気がつけば俺は帰ってきていた。数日ぶりの懐かしい場所に。


 忘れ物がないかを確認してから電車を降り、どこに寄るわけでもなく真っ直ぐ家まで帰宅する。何がそうさせたのか、俺は家まで走っていた。


 年明けというカウントダウンが刻々と迫りつつ、家までの距離も縮んで行く。


 駅から荷物を持って走った俺は、息を切らしながら見慣れたマンションへと入り込む。

 エントランスを抜け、エレベーターに乗り込めば、自分の部屋の階のあるボタンを押して到着するのを待つ。



「ただいま……」


 変わらず息を切らしながら数日ぶりの取っ手を握り、扉を大きく開く。



「…………お帰りなさい」


 そこには、1人の少女が立っていた。薄ピンク色のエプロンを着ていて、髪を後ろに一つ結びにしている、俺に居場所をくれる少女が。


 何があったのか、指に絆創膏を貼っていて、どこか包容力のある笑みを浮かべていた。

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