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第34話 許嫁と年末

「今日は大晦日か……」


 俺が養親の家に帰ってきてから、数日が経った。ここに来た時にはまだクリスマスの翌日だったのに、気がつけば年を明けようとしていた。


 大晦日だからといって、養親はどちらも家にはいなかった。今日だけでなく、俺がここに帰ってきてからも帰ってきておらず、また前までの日常を思い出させられた。


 養父いわく養母はもうすぐ帰ってくると言っていたが、結局今日まで姿を見せていない。別に見たいわけではないが、愛のなさを自覚させられる。


 やはり向こうに帰っておくべきだった。亡くなった両親への墓参りはするとして、わざわざ親戚の集まりになんて出る必要もない。


 今の養親以外はどの人も俺を引き取ろうとはしなかったのだから、行った所で気まずいだけだ。毎年その集まりには養親に連れられていたが、もう顔を出す必要もないだろう。


 まあ今更そう判断した所で遅い。


 昨日のうちに俺のスマホには養父からメールが届いており、用意をしておけと言われている。なので今から帰るわけにはいかない。


 そもそも勇気がなかった。これまで人の顔色を窺い、自分以外のことを優先してきた俺には、養ってもらっている親に反抗する勇気が。


 

「いただきます……」


 この日も静かなキッチンで朝食を作り、余分な広さのテーブルに作った品を並べて食事を取る。


 沈黙の空間には箸と食器がぶつかる音だけが鳴り響き、1人なんだということを嫌でも知らせてくる。つい前を見てしまってもそこに人はいない。


 数日前までは目の前にいたはずの人が、ここの家にはいなかった。そのせいなのか、いつもは温かく感じた食事が、出来立てにも関わらず暖かいのに冷たかった。



(元に戻っただけだ……)


 そう。これは別に何かが変わったわけではない。俺は向こうに引っ越すまで元々1人だったのだ。

 結愛という許嫁と急遽同棲をすることになったから毎日の日常が変わっただけで、本来はこうだった。


 1人で黙々と食事を口に運べば、懐かしい両親のことが脳裏に蘇る。

 結愛と共にご飯を食べている時はそんな事はなかったのに、ここに来てからは何度か思い出していた。


 あの頃は温かく賑やかな食卓に、全てが明るく映っていた。でも今は全てがその逆だ。


 結愛と共にご飯を食べている時にそれを思い出さなかったのは、その記憶を重ねていたからだろう。人と一緒に過ごす事に、自分の弱さを重ねていたのだ。


 そうすることで、思い出さずに落ち着くことが出来た。



「莉音。メールでも伝えた通り、墓参りや親戚の集まりには明日行く、朝は早くなりそうだから、寝坊するなよ」

「分かった」


 その日の夕方、仕事に区切りをつけた養親2人が、疲れた様子で家の扉を開けた。帰ってくるなりそれだけ言い残せば、2人とも相変わらず冷めた表情で自分の部屋へと戻って行く。


 養母なんて足すら止めていない。



「俺はもう寝る。もし何か用事を思い出したとしても、明日の朝にしてくれ。それか元美さんを訪ねるように」


 部屋に戻る前にピタリと体を止めた養父は、最後にそう言って、また止まった足を動かした。


 今日は疲れたからもう話しかけるな。今のは遠回しにそう言っているのだろう。

 一見愛想もなにもない、冷たいと思うかもしれないが、これでもまだ養父は良い方だ。


 養母なんて見向きもせずに部屋へと向かったのだから、俺への興味がないなんてレベルではない。もはや俺がいる事に気づいていないのではないかと疑いたくなるくらいだ。


 そんな人の元に訪ねろと言われても、気が引ける。養父からは挨拶をしろと言われたが、しなくて良いだろう。あっちにその気がないのだから、しても意味がない。


 返ってこない挨拶なんて、もううんざりだ。



(結局こうなるのか……)


 養親の反応なんて、こうなる事は予想していた。それでも何故か心にダメージが入った気がした。


 それは多分、結愛が毎日挨拶を返してくれて、毎日俺の作ったご飯を美味しいと言ってくれたから、予想していても防御が出来ないのだ。


 正確に言うなら、元々あった孤独への耐性が、結愛との同棲を機に弱くなったというべきだ。


 友達として、結愛に暖かい環境を提供しているつもりだったが、提供されていたのは俺の方だった。



(帰りたいな…………)


 そんな気持ち、思っていたとしても絶対に言えない。何度も言うが、俺は結愛に異性としての好意を抱いているわけではない。


 ただ、居心地の良さを感じているだけだ。俺が失ったものを全て満たしてくれるあの家に、安心感を抱いているだけ……。


 だから言えない。もしそれを言ってしまえば、俺と結愛の関係性は友達とはまた違ったものになる。同棲している時点で普通の友達とは少し違うが、そこに安心感を抱いては、友達としての一線を超えてしまう。


 友達の定義なんて、人それぞれなのに。



『ピコンッ』


 明かりのない部屋の中で、スマホの明かりと共にそんな音が鳴る。



「なんだ……?」


 基本的にスマホの通知を切っている俺は、友人達からのメッセージ以外は来ないようにしている。

スマホを手に取って画面を開けば、そこにはやはり一通のメッセージが届いていた。



「ご飯、一緒に食べないんですか?」


 送り主は結愛で、俺にそんな文を送ってきていた。相変わらず形が不恰好な、2人前の料理が飾られた写真とともに。


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