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第33話 許嫁は家にまた1人

「じゃあ俺、行くわ」

「…………お気をつけて」


 クリスマスの次の日、俺はそう言って朝から家を出た。何故朝から家を出たのか、それは俺が実家へと一時帰ることになったからだ。


 クリスマスの夜、養親から一通のメッセージが届いており、内容は明日荷物をまとめて顔を出しに来いとの事だった。


 帰るといっても、向こうでするのはせいぜい顔合わせくらいだろうで、それ以外に何かあるとは思えない。なのでまたここの家には戻れるのだが、わざわざそれだけのために帰省しないといけないのだ。


 予定が入っていないから良かったものの、こちらの事を一切考えていない。最初は帰るのもどうしようかと迷ったが、これまでの生活のお金なんかを出してもらっているので、流石に帰らざるを得ない。



(帰りたくないな……)


 俺は心の中でそう呟きながらも、駅まで向かった。最近は、結愛との距離も悪くなくなってきていて、居心地が良かった。

 家への安心感というか、ホッと気を抜ける場所だった。ようやく心落ち着かせられる場所が出来たというのに、これだ。本当にタイミングが悪い。


 そうこう考えていれば駅まであっという間につき、帰省ラッシュで混み合っている電車へと乗り込む。


 クリスマス明けのまだ朝方だったからか、電車に乗っている人は多いものの、思っていたよりかは少なかった。


 窓に映る外の景色をぼーっと眺めて、数ヶ月前の電車通学を思い出す。あの時はまさか同級生が許嫁になるとは思っていなかった。

 しかも同棲もしなければならないのだ。だから見知った顔がいるなんて思うわけもない。



(でも良かったな……)


久しぶりの1人の時間に、懐かしい養親の家に帰るからか、電車の中でここ数ヶ月の感傷に浸っている。色々とありはしたが、最終的には悪くないと思った。


 結愛との暮らしも、日常も。むしろ居心地の良さを感じているので、結果的には良いといっても過言ではないだろう。


 それを本人に直接伝えることはないが。



「ただいま……」


 電車に揺られてある程度の時間が経てば、養親の家のある場所に帰ってきた。

 挨拶をしても返事のない、寂しい家だ。


 俺の本当の両親と養親の家は近いわけではないが、それでも車で数十分で着く距離だった。

 中学の頃は転校するのも嫌だったので、徒歩で通っていたものからバス通学へと変わった。


 なので引き取られてからも、同じ中学へと通わせてもらっていた。今思えば割と面倒なことをしていたと思うが、当時の俺に見知らぬ地へと転校する勇気はなかった。



「帰ってたのか……」


 俺が帰り着いてから1時間くらいが経った頃だろうか。俺以外誰もいなかった家に、養父が姿を現した。



「呼び出したって事は何か用でもあるの?」

「近況確認だ。メールだけのやり取りじゃ確認しきれないこともあるからな。話すことがないならそれで構わない」


 相変わらずぶっきら棒な口調と表情で、何を考えているのか読めない。でもまあこの人達が俺に興味がないのは確かなので、俺も興味を示すつもりはない。



「…………わざわざ呼び出しといてそれだけか?」


 いくらお互いに興味がないとはいえ、流石にあの態度には苛立ちを感じる。予定もなかったので声を荒げて言うほどのことでもないが、学生の貴重な連休を勝手に奪っておきながら、その態度はどうかと思う。


 まあ何不自由なく養ってもらっている立場なので、反論なんてする余地もないのだが。



「そうだな…………。一応お前の両親の墓参りにも行くつもりだ。四〜五日後くらいには仕事に一段落つきそうだから、年明けまで待っておけ」

「ここで?」

「特に予定もないのだろう?なら問題はないはずだ」


 確かに予定はないし、墓参りに行くと言われて断っては、こっちが親不孝だと思われてしまう。別に一人で行ってもいいのだが、墓までは直通の電車やバスがないので時間が掛かる。


 というか、養父が俺を結愛との家に帰らそうとしないのは、年明けの親戚の集まりがあるからだろう。そこで自ら引き取った子が来ていないなんて、周りから何て思われるか分かったものじゃない。


 

「もうすぐで元美もとみさんも帰ってくるから、挨拶しておけ」


 元美というのは養母のことで、養父と同じ会社で働いている。養父が表立って会社を回し、養母が裏で会社を支える。その組み合わせで、いくつもの事業を成功させているようだった。


 この2人も夫婦というよりかはパートナーの方が意味としては近く、確かに相性は良かった。お互いの足りない所を補い合っているという点では、理想の夫婦と呼べるだろう。


 だけど、どう頑張ってもお互いにないものは補い合えないので、子から言わせてもらえば親としては失格だ。なんて俺が言える事ではないのだけど。



「お前の部屋に前にいくつか貰ったお菓子なんかがある。それは好きに食べてもらって構わない。それから生活費を節約しているのは良い心掛けだ。これからもその調子で頼む」

「…………はい」


 最後の最後まで俺自身への心配なんかはないようで、誰も寄せ付けない背中を向けて、自分の部屋へと歩いて行く。



(ここはこんなものだよな……)


 結愛が俺の人となりを見てくれているだけで、ここの家ではそんなものに興味が靡く事はない。それは養父だけでなく、養母も一緒だ。


 こんなにも数日前の日常に戻りたいと思うのは、それほどまでに向こうでの暮らしが気に入っていたからなのだろう。



(あと数日か……)


 別にこっちに帰ってきても、修馬なんかや地元の友達もいる。家に居れば辛くなるが、出掛けてしまえば楽になるはずだ。


 そう思いながらも、俺も自室へと向かうのだった。

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