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第32話 許嫁とクリスマスの夜

「美味しかったですね」

「そうだな」


 ファミレスでご飯を食べ終えたら、俺と結愛は特に何かをするわけでもなく店を出た。別に付き合っている男女ではなく、ただの友人なので当然だろう。


 そんな会話をしながらも、家路を辿っていた。



「…………寒いですね」

「店の中は暖かかったけど、外は冬だと自覚させられるな」

「もうクリスマスですからね」


 ファミレスから出て真っ直ぐ家に帰っていれば、辺りにはクリスマスを匂わせる装飾や、冬ならではのイルミネーションなど、すっかりと時期に合わせた雰囲気が作られている。


 結愛は白い息を吐きながらも、そう微笑んで、かじかんだ手を両手で擦った。



「…………結愛、そんなに寒いならこれやるよ」

「何ですか?」


 本当にこんなタイミングで良かったのだろうか。俺はバックに入れていた結愛のクリスマスプレゼントを取り出して、それを渡した。



「俺からのクリスマスプレゼント。まあサンタからの渡し物だとでも思ってくれ」


 その言葉を添えて、包装されたプレゼントを結愛が受け取った。俺が結愛に選んだプレゼントは、別に高価な物ではない。それに大きい物でも、女子が貰って絶対に喜ぶものでもないと思う。


 でも結愛には必要だと思ったので、これを機に渡した。



「…………手袋?」

 

 俺が送ったのは、白色が主な作りになっている、モコモコとして暖かそうな手袋だった。これを選んだ理由は決して難しくない。


 結愛がいつも学校から帰ってくる時、マフラーは巻いて帰ってくるものの、手には防寒具をつけずに寒そうにしながら帰ってくるからだ。


 もしかしたら登校時はつけているのかもしれないが、朝は一緒じゃないので知らない。でも帰宅時はいつも素のままの手を晒して帰ってるので、実用性に備えたものを買った。


 これなら当たりはなくとも外れは免れるだろうし、友達へのプレゼントというのが似合う。



「結愛、いつも寒そうにしてたからな。これで暖かいだろ」

「良く見てますね……」

「だって顔に出てるし」


 包装から手袋を取り出した結愛は、それをまだ着けずに胸の前でぎゅっと握りしめる。

 


「これ、本当に貰っていいんですか?」

「サンタは良い子のところにしか来ないんだし、届いたって事は貰っていいんじゃないか?」

「…………じゃあ貰います」


 一度貰ったら抱きついて離さない子供のように、結愛は慈愛ある瞳を浮かべていた。



「クリスマスプレゼント……嬉しいです」

「良かった」


 俺も周りの雰囲気に流されたのだろうか。プレゼントを受け取って喜びを見せる結愛を視界に入れながらも、その姿に嬉しさを感じていた。

 プレゼントを喜んでもらえて良かったと、胸を撫で下ろすように。



「着けてみて」

「はい……」


 取り出した手袋に指を入れ、防寒具としての機能を発動させる。これまで細くて冷たそうだった結愛の手には、防御力がついた。それも暖かそうに耐冷性までついて。



「どうですか?変じゃないですか?」

「似合ってる似合ってる」


 どこかよそよそしそうに手袋を装着した結愛は、ちょっぴり恥じらいを見せつつも着けた手袋を俺に見せてくれた。


 やはり清楚な雰囲気のある結愛に白は似合っていて、我ながら良いチョイスだったと思う。それにモコモコによる可愛らしさが今日の服装に相まって、さらなる高みへと到達する。



「暖かいですね、」

「そうじゃないと困る」


 一時はこのタイミングで渡すことを後悔しかけたが、これで良かったと思った。変に繕うことのない関係だからこそ、格好をつける必要もない。

 

 彼氏彼女のような関係性ならシチュエーションなんかは大事だが、俺たちは許嫁兼友達という関係なので、シチュエーションなんてものは要らない。

 必要なのは相手のことを思う気持ちくらいだろう。想う気持ちではなく、思う気持ち。



「莉音くんにも、プレゼントあります」

「…………そうなのか?」

「はい」


 俺にも結愛からのプレゼントがあるのだろうとは予想していたが、俺は予想していなかった感を装って反応してみせる。



「でも家に置いてきたので、ちょっと待っててください」

「え待っとくのか?ここで?」


 最初は装った反応を見せたが、俺はすぐに素の反応を見せる。

 結愛のバックの大きさ的に持ってきてはいないんだろうなと思っていたが、まさか待っていてと言われるとは想像もつかない。



「あ、でも寒いですよね」

「いや別にそれは耐えられるけど」


 プレゼントの有無関係なしに、待てと言われたら全然待てる。確かに寒いが、家まであと少しなので、結愛が帰ってくるのにもそんなに時間はかからないはずだ。



「すみませんが少し待っててください。……えっと、そこの公園で」

「あー分かった」


 結愛は家の近くの公園を指差して、俺が理解した反応を示せば、すぐに家の方へと走っていった。



(何で今なんだ?)


 俺は言われた通りに公園へと向かうが、当然そう考える。冷えたベンチに腰を下ろしながらも、頭を回していた。


 考えつくのは、俺が今渡したから結愛も今返したくなったのか、あるいは結愛も俺と同じく防寒具をくれる予定で、同じシチュエーションでプレゼントしてくれようとしているのか。

 

 おそらくそのどちらかだろう。


 今思い出せば、俺はこの冬に防寒具を着用した記憶がない。というのも、学校からもそこまで距離があるわけではないので、ギリギリで耐えられると思ったのだ。


 事実、冬休みの始まりまではそれで耐えてきたし、カイロなんかを持っていたので普通に耐えれた。


 結愛は女の子なのできちんと防寒した方が良いだろうが、俺は健康体という自負があるので、その辺に関しては無頓着だった。


 もし結愛も俺の事を同じような目で見ていたなら、防寒具をプレゼントしてくれる可能性は十分あり得る。


 でも詮索はこの辺までにしておいた。すでに手遅れ感もあるような気がするが、これ以上は楽しみが薄まる。



(あ、俺、今楽しいと思ってるんだ)


 そう自覚しても尚、自分から行動に移さずに一歩引いた行動を取らないのは、プレゼントをくれる相手が結愛だからだろう。


 今までなら、そういう気持ちになったらすぐさま逃げる形を取っていた。死んだ両親を忘れて、自分だけ幸せになったらいけないという考えが根付いていたから。


 でも最近はその考え方もちょっとだけ弱まった気がする。それは、結愛自身が過去に立ち向かって、今を少しずつ明るく生きようとしているのを、この目で見たからだろう。


 現に、結愛の俺に対する態度は、最初の頃からすれば比べ物にならないくらいに変わってきている。まだ俺にだけだが、ほんの少し自分を変えるというのは中々難しい。


 だからこそ、結愛を見習いたいと思った。いつまでも亡くした両親のことを引きずらず、前を向けるようにと。


 そうするには、何か一つ足りないと感覚的に分かった。俺だけ幸せになったらいけないという考えに、誰かから否定を求めているような気が。



「お待たせしました」

「早かったな」

「急いできたので」


 1人長々と考え事をしていたら、ちょうど良いタイミングで結愛がやって来た。

 息を切らしながら、手に包装されたプレゼントを持って、慌てて来た様子で。



「莉音くん、目を閉じてください」

「なんで?」

「理由はないですけど、良いって言うまでは開けないでくださいね」

「…………分かった」


 結愛が反論すら許さずに勢い良く言うのだから、俺は大人しく従うしかない。拒否するつもりなんて毛頭ないのだが、黙って瞼を下ろす。


 視界が真っ暗になれば、その分聴覚が研ぎ澄まされ、些細な物音までもが聞こえてきた。


 まずラッピングされた包装を剥がす音がビリビリと聞こえ、頭の中に疑問だけが浮かぶ。しばらくすればその音は止んで、今度は布の擦れ音のようなものへと変わった。


 目を閉じているので確たる証拠はないが、結愛がすでに俺へのプレゼントを開けているのが分かった。



(…………動いてる?)


 擦れ音までも鳴り止めば、次に首の辺りに何か置かれた。もふもふしていて、首全体を暖めるような柔らかな肌触りが鮮明に残る。


 

「目、開けていいですよ」


 すでにおおよその予想は出来ているが、そんなの気にせずに言われた通りに目を開ける。



「…………マフラー」

「莉音くん、いつも防寒具を何もつけてないので」

「良く見てるな」

「案外顔に出ているものですよ?」

「…………知ってる」


 俺の首元には無難なグレーの無地のマフラーが巻かれていて、数分前の会話がフラッシュバックして、何だかクスッと笑みが溢れた。



「プレゼントへの思考が全く一緒だな」

「まあこれなら当たり外れないでしょうし」

「何から何まで一緒か……」

 

 プレゼントを選んだ理由すらも全く同じで、いよいよ可笑しく感じてくる。



「暖かいな、、嬉しい」

「良かったです」


 感謝の気持ちを述べながらも、これには素直に嬉しさを感じた。プレゼントは気持ちが大切というのが、今になって何となく分かる。

 

 でなければ、体温だけでなく心までも暖かくなるわけがない。



「…………でも、全部一緒なわけじゃないと思いますよ?」

「そうなのか?」


 ひんやりとした公園に風が吹き、結愛の長い髪が揺れる。



「内緒です」


 少し悪戯気に笑う結愛の笑みに暖かさを感じたのは、プレゼント効果による錯覚だろう。


 そんな楽しさを感じている俺のスマホには、養父と書かれたメッセージが、数分前に届いていた。

ちなみに、女性が男性にマフラーを送るのには意味があるそうで、すっかり惚れ込んでいるという意味だそうです。


 男性から女性に手袋を送る意味は特にないそうですが。

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