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第26話 許嫁と冬休みの始まり

「今日から冬休みか」


 結愛とクリスマスの約束を立ててから1週間が経った。今日は終業式があり、いよいよ冬休みの始まりだった。

 終業式の後には掃除やホームルームがあり、それらが終われば、俺と修馬は教室を後にした。



「莉音、お前まじで地元に帰んねぇの?」

「帰るわけないだろ。わざわざあんな所に」

「それもそうだけどよ」


 教室からゆっくりと階段を降り、冬休みらしい呑気な話をする。

 修馬には許嫁がいることは話していないが、養親については話しているので、俺が地元に帰りたくない理由として述べた。


 同じ中学出身なので、流石に養親のことについては知っている。



「俺一人で帰るの寂しいんだけど」

「寂しいかもしれないけど、すぐ着くだろ」

「まあすぐ着くけど」


 俺は高校入学時、結愛と同棲を始めるまでは、地元から電車でここの高校まで通っていたので、ある程度は掛かる時間が分かる。


 修馬の場合は、運良く祖父母の家が高校から近かったのでこっちに暮らしているが、地元からは電車で30分くらいで着くので、そこまで離れた距離ではないのだ。



「もし年末とか寂しくなったら、いつでも電話していいからな」

「するわけないだろ」

「ったく冷たいやつだな」


 今住んでいる家には結愛もいるので、基本的に電話は避けたい。だからこれまでも用もなく電話をしたりすることはなかったが、修馬は本当に電話をしてきそうで怖い。


 流石に地元に帰れば向こうの友人や家族との交流で忙しくなりそうなので、暇な時間はないだろう。

 


「仕方ないから俺から電話してやるか」

「出ないから安心しろ」

「人の温情を無駄にする気か」


 今日も変わらずニヤニヤとしている修馬は、校門を出る時まで明るい表情をしていた。



(別に休みの時くらい、気を遣わなくていいのに)


 修馬が俺のためにわざと明るく接してくれているのは知っているので、地元に帰っている時くらいはのんびりと過ごして欲しいというのが俺の望みだ。


 わざと明るいとは言っても元から元気なやつではあるので、そこまで大差ないかもしれないが、休みの時くらいは自分のために時間を使って欲しかった。



「ま、気をつけて帰れよ」

「すぐ着くらしいから怪我とかするわけないけど、心配してくれるのか」

「そういう流れだから言っただけで心は込めてない」

「ツンデレかよ」

「うるせ」


 最後まで見慣れたやり取りを繰り返しながらも、俺の家と修馬の住んでいる家との別れ道に着く。つまり校門を出たということだ。



「じゃあまた新学期な」

「莉音も気を付けろよ」


 そう言って互いに背を向けて家路を辿る。修馬はこの後すぐに地元に戻るらしいので、今年に会えるのはこれが最後だろう。

 冬休み後半、年明けくらいにはまたこちらに戻ってくるそうなので、長期間会えないわけではない。


 冬休みはクリスマス以外にこれといった予定を抱えずに、俺は許嫁の待つ家へと帰還するのだった。



「莉音くん、ようやく冬休みですね」

「そうだな」


 家に帰れば、先に帰宅していた結愛がリビングで鞄を置いて、1人ソファに腰掛けていた。



「外寒かったでしょうから、暖かい飲み物でものんでください」

「どうも」


 俺も鞄を隅の方に置いて、ソファのある方へと向かう。テーブルの上にはすでに飲み物の入ったカップが用意されていて、用意の良いことだと関心した。



「あ、俺今日は風呂掃除の当番だから、洗ってから飲むわ」

「それならさっき済ましておきましたよ」

「え?」

「ですから、私がやっておきました」


 今日は俺が当番のはずだが、日付を勘違いしたのか。そう思ってスマホで確認してみるが、やはり今日は俺が当番の日だ。


 そうなれば結愛が曜日を勘違いしていることになるが、何故か平然さを保ったまま俺の方を見ていた。


 むしろおれが不審がられているのでは?と勘違いするくらいには、結愛は表情を微動だに動かさなかった。



「やってくれるのは嬉しいんだけどさ、多分結愛曜日を間違えてると思うぞ」

「知ってますよ」

「え、じゃあ何で?」

 

 間違いを指摘すれば、結愛は意図してやったことだと告白する。それを聞けば、反射的に疑問を浮かべるのは当たり前だろう。



「何でというか、私たち良く考えたら友達になったわけじゃないですか。なら料理を作ってもらってるのに何もしないのは悪いなと思って。だからせめて掃除くらいはわたしがやろうかなと」


 俺の記憶が正しければ、前にもこんな話をしたような気がする。その時は結愛が直接的に行動に移すことはなかったが、今日は先手を打たれた。


 それもこれと友達という関係性になったから、結愛の中の意識が変わったのだろうか。いや、いくら友達になったとはいえ、別に許嫁と許婿という関係が途切れたわけじゃない。


 それは結愛自身が最も分かっているはずだし、俺だってそう伝えたはずだ。そうだとすれば、結愛の中で考え方が変わったのかもしれない。


 まだ足枷はあるだろうが、少しでも自分自身が明るく歩める方を。



「何度か言ったけど、俺は料理を楽しくてやってるから変に気にしなくていいんだぞ」

「私も楽しくて掃除してるので、気にしなくていいですよ」

「ぐっ……、」


 これまでのように俺が楽な道を差し出すが、綺麗な返しをされては言い返すことは出来なかった。

 


「たまには仕事を奪われる感覚を味わってください」

「…………はい、」


 する事がなくなったので、俺は結愛の座るソファへと足を運んだ。まさか結愛がこうも強く出るとは、想像もしていなかった。


 自分でもよく分からない喜びと、胸にポカンと空いた無力感を抱きながらも、珍しくテレビの付いているリビングで、ソファへと体を預けた。



「冷める前に飲んだ方が良いですよ。それ莉音くんが帰ってくる前から入れてあるので」

「…………そうするか」


 今この瞬間は、いつも以上に居心地が良かった。のどかな雰囲気に、あまり内容は入ってこないが音のついたテレビ。外の気温を考慮した暖かい飲み物。


 そしてその空気感が、かつて無くした懐かしい家のような、ほっと心から安心出来そうな感じだった。

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