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第20話 許嫁とテストのご褒美

「おい莉音、お前今回のテスト良すぎじゃね?」


 テストの答案が返されてから数日が経過した。俺の学校では、合計点が優れた上位30人は廊下の掲示板に順位を張り出される事になっている。


 だからテスト終わりには皆んな見に行くし、この日は俺も修馬と共に見に行っていた。



「全体順位12位じゃねぇか」

「本当だ」


 その掲示板を見てみれば、俺の名前が載っていた。上から12番目に。いつもは英語が悪すぎるので、ここに載ることはほとんどなかった。

 前に一度だけ載ったことがあるが、それでも30番とギリギリだった。


 中間テストは赤点があったので見に行かなかったが、こうして手応えを感じた時に見に行けるのは、個人的には良いシステムだと思った。



「そんなに勉強ガチったのか?」

「まーそうだな。割と頑張ったかもしれん」


 俺は毎日勉強しているし、ここ数日は結愛と苦手な所を重点的に行ったので、本気でやったと聞かれたら本気でやったと言える。


 まあ人によって度合いはあるが、俺なりには本気だっただろう。



「てか白咲さんはまた一位か」

「この前もだったのか?」

「この前どころかずっと一位だぞ?おまえ見てなかったのか?」

「いや見てたけど」


 俺の名前から11つ離れた所には、白咲結愛という名が載っている。



「白咲さんすげぇよなぁ」

「頭も良くて顔も可愛いとかやばすぎ!」

「しかも性格も良いもんな!」

「天から愛されてるよなぁ!」


 結愛のことを頭に浮かべれば、周りの噂する声が次々に入ってきた。

 頭も良くて顔も良く、性格も良い。確かに学校だけでの結愛を見たらそう判断するのも無理はないだろう。


 実際、つい最近までは俺もそうだと思っていた。


 でも違った。本当は人一倍努力したからこその今であり、元々才能を持っていたわけではなかった。だから凄いと尊敬出来た。もちろん顔には出していないけど。



「莉音、どうした?」

「何もない」

「そうか」


 一通り確認し終えれば、俺と修馬は教室に戻る。その時、数人の友人と一緒に廊下に来ていた結愛とすれ違った。


 人形のように綺麗な笑みを浮かべている結愛と。



「白咲さん、一位おめでと」

「えっ、、あ、どうもです」


 その日の放課後、真っ直ぐ家に帰ったら、俺は何よりも先に結愛にそう言った。学校では声を掛けることなんて出来ないので、話すとなると当然家だ。



「八幡さんも載ってましたね」

「本当、お陰様で……」

「勝ち取ったのは八幡さん自身ですよ」


 今日も変わらずリビングに教材を広げ、2人ソファに並んで座る。テストが終わってからも勉強を教えてもらってるというのは、俺からすればとてもありがたいことだった。


 ある程度集中すれば休憩がてらに夕食を作り、それを食べる。そんな充実した生活が、ここに来た当初はまさか送れるとは思っていなかった。



「白咲さんさ、今までも一位だったわけだろ?」

「えぇまあ……」

「自分へのご褒美とかないの?」


 勉強を開始しながらも、隣に座る結愛に声を掛ける。



「ご褒美、ですか」


 俺が質問をしたら、結愛はペンを動かしていた手を止めた。



「そんなのないですね。強いていうなら、一位になるのが自分へのご褒美です」

「まじか」

「はい」


 うーんと数秒間唸った結愛は、冗談とかではなく真面目な顔で言う。

その言い方だと、勉強をしたご褒美が一位を取ることになってしまう。

 そんな感性の持ち主がいる事にも驚きだが、本当はそうであるべきではない。


 いやそれが実現するのなら1番良いのだが、一位を取るというのは決して容易ではない。

 まして一位という順位がご褒美であることもあり得ない。普通は一位という順位に対してご褒美があるものだ。


 長く寂しい年月が、結愛の中に誤った価値観を植え付けていた。



「…………これやるよ」

「何ですか?これ」

「ただのチョコレート。今日は学校が終わったらすぐ帰ったから何も買えなかった。だから元々買ってあったチョコレートやる」

「チョコレート……ですか」

「要らないなら俺が食べるけど?」

「…………要ります」


 お互いソファに正面を向いて座っていたが、今は体を少し動かして目が合う姿勢で会話をする。

 俺からチョコレートを受け取った結愛は、糖分でも欲しくなったのかその場で口に入れた。


 ついチョコが大きく見えるほどに小さい口に入れば、口の中だけでなく表情もとろけていった。



「また今度ケーキでも買ってきてやるよ……」

「そこまでしなくていいですよ。一位を取ったからって、私別に祝わないですし。それにチョコレートも十分すぎるくらいに美味しいですから」


 本当に美味しそうに食べるものだから、小動物でも見ているかのような気分になる。



「…………違う。俺がしたいんだ」


 結愛がこれ以上のご褒美は拒もうとするので、俺は無意識に言葉を口から溢していた。



「それは何故です……?」

「別に。ただ気に食わないんだよ。白咲さんが努力して取った一位とかを、才能とか思ってる奴等が。だから俺は頑張った人にはご褒美をやる。それだけだ」

「それだけ、ですか」


 俺は気に食わなかったのだ。ろくに結愛のことも知らないくせに、噂だけは一丁前に立てる人達の事が。


 顔は遺伝もあるので噂立つのも仕方ないが、努力して身につけたものを天才の一言で表すのは、努力をした結愛が可哀想だ。


 そして結愛の場合は、努力して結果を残しても本当に欲しかったものは手に入らなかったのだから、俺が想像するのよりも何倍も悲しいだろう。

  


「…………あの、もし八幡さんがご褒美くれるというなら、どちらかというと私は料理教えてもらいたいです。食べ物も嬉しいですけど、たまには八幡さんの代わりに作りたいので」


 横で顔を逸らしながらそう言う結愛は、家に帰って来た時よりも緩やかな顔付きになっていた。



「俺は白咲さんがそれでいいなら全然教えるけど、いいの?」

「はい。それがいいんです」 


 俺は疑って再度聞き直したが、結愛は首を頷かせた。まあ食べて形が消えてしまうものよりも、教えて知識として頭に残る方が良いのかもしれない。



「…………言っておきますけど、変な勘違いはしないでくださいね。私は別に、人の迷惑になりたくないだけなので」

「俺は迷惑とか思ってないけどな」

「こっちの問題ですので」

「あそう」


 最後に素っ気ない対応で済ませれば、俺は止まっていたペンを握った。握りはしたけどまだ動かさなかったのは、隣から結愛が声を掛けてきたからだ。



「あと、一応私もご褒美あげておきます。貰ってばかりは嫌なので」


 結愛も用意してくれていたようで、鞄の中から箱に入ったクッキーを取り出して渡してくれた。



「どうも……」

「勉強に戻りましょうか」

「だな」


 手渡しでクッキーを受け取れば、結愛は一足先に勉強に戻る。



(何か書いてある………)


 俺も邪魔にならない所に置いてから、結愛と共に始めようとしたが、クッキーの箱に文字が書かれているのに気が付いた。



『おめでとうございます』


 そこには、細めのマジックペンでそう書かれていた。隣の結愛の頬は、少しだけ上気していた。


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